ダークサイド01
二章です。
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七月七日。まるで夏の花火の中にいるみたいな、そんな暑い日。
私は落ち込んでいた。
「はぁ……、私、久重君に迷惑かけちゃった……」
今日、私は宇佐美君の友達だと言う久重君と知り合った。
実は何度か顔は見たことがあったのだけれど、あまり印象に残るタイプの男の子ではなかった。どちらかと言えば――言わなくても地味だし、特徴と言えばあの赤縁メガネくらいしか思いつかないような子だった。
その久重君に質問をされた。
そして私は答えることができなかった。
屈辱、だわ。
こんっな不快な気分にされるとはまったく思っていなかったわよ!完ッ全ッに想定外ッ!今朝の時点では私は今日もパーフェクトなまるで天使のような女の子で、みんなから愛される美少女の予定だったのよ!なのに!まさに終了間際!放課後の下駄箱という状況であの赤縁メガネが東金凛々子なんて守備範囲外の奴の事を聞いてくるからァァァ!
……私は答えられなかった。それは赤縁……久重君に迷惑をかけてしまったというわけで、そしてそれは自分が完璧ではないと言うこと。
返答を求めている相手にはその相手の欲している回答をしなければならない。
それが完璧と言うもの。
私は完璧じゃない。
……いいわ。
調べてやろうじゃない。
この清風しほりの名にかけて、東金凛々子を骨の髄まで調べてやるわよ。
私はその時駅のベンチに座っていた。
それほど大きいというわけではないその駅には、会社帰りのサラリーマン、放課後を満喫している女子高生。彼らを相手にティッシュ配りをしているアルバイトやらで溢れ返っていた。夕焼けに照らされた人々が影のコントラストを作り、一日の終わりを感じさせる。広場の中心にあり、ベンチの後ろにある大きな大木は青々とその葉を茂らせ、駅のシンボルとしてその場に聳え立っていた。
私がそこで所在なさげにしていると、鞄からバイブレーションの音が聞こえてきた。
携帯を取り出す。
ディスプレイには『受信メール一件』の文字があった。
決定キーを押してその内容を確認する。
それは東金凛々子と同じ中学だった友達から来たものだ。
東金先輩はとにかく頭がいいみたいでよく全校集会でなにかしら表彰されてたよ。そういう表彰ってスポーツでいい成績を残した人がもらうことが多かったからその中で明らかに浮いてた。そもそもあの人、暗そうな人だったし誰かと話しているところなんて見たことないしなぁ。だから私も良くわからないんだけど、なんか噂ならいろいろあったよ。
たとえば、友達をイジメグループの主犯格を返り討ちにして土下座させたとか。まぁ、あくまで噂だけどね。
私が送ったメールに対しての返事だ。
しかしそれは、すでに私が知っているような情報ばかりであった。東金が誰かと話しているところを見たことがないと言っている以上、友達は少なくきっと誰に聞いても同じような内容が帰ってくるのだろう。
「いきなり行き詰まっちゃたなぁ……」
私は情報通ではあるが、それはあくまでも出所はたくさんの友達から来るものだ。だからその友達がわからないとなるとあまり打つ手を持っていない。
先ほどまでの夕焼けはすっかり姿を消してしまい、まるで今の私を表すように日は沈んでいた。
「……明日直接乗り込もうかしらね」
東金凛々子と直接会話をすれば何かしら情報が集まるのではないだろうか。私はそう考えていた。
しかし、危ない奴だとも言われていた。
確かに私は誰にでも優しく接することができる。
完璧に。
だが、その私の自信を壊させるほどの何かを私はその東金凛々子から感じ取っていた。友達が少なくて、頭が良くて、イジメグループのリーダーを土下座させる。そんな女。
あまり関わりたくない人間ではある、私なら特に。
私は悩む。
悩んで。
挙句に今日はもう帰ろうとベンチから立ち上がった私の目の前をそれは通った。
風に靡く黒い長い髪。
その髪の美しさを強調させるどこまでも白い肌。
鋭い凛とした瞳。
すらりとしたまるでモデルのように背の高いその女。
駅の前、人がたくさん行きかう中、その姿はどこか浮世離れしていた。
ああ、私はこの女を見たことがある。
東金凛々子だ。
彼女はまるで私に気付かず、私がさっき歩いてきた方向とは逆方向に歩いていった。
そして彼女と私はすれ違う。
――チャンスだ。
今ここで彼女に話しかけることができれば、いろいろな情報が掴めてあの赤縁メガネ君の私に対する評価を取り戻すことができるかも!
私は振り向いた。
が、そこに東金凛々子の姿は無い。
見失ったぁ!?
あちこちを眺め回しながら広場から歩道に出る。
下校するときは通るのを禁じられている裏路地。私はそこの曲がり角を折れる美しい黒い髪の後姿を見つけた。
しかし私は、気付いた。
それは学校に向かう方向でもあったが、同時にあの殺人事件が起きた橋の方向でもあった。
あの深くよどんだ黒い瞳を思い出す。
まさか……ね。
気に留めない振りをして、私は駆け出した。
話しけることはきっと簡単だった。
そこに知り合いがいなければ……だ。
東金凛々子はいると思ったら消え、また現れたと思うとまた姿をくらます。
まるでイタチごっこのように私は追いかけっこをしていた。
息も切れ切れになってきた私は駅の近くにあるスーパーの裏路地を通る東金を見つける。
「なん……なのよ、あの人……」
何でこんな良い運動を高校生になってまでしなくちゃいけないのよ!
ていうか、何であの人息一つ切れてないの。いや、それ以前に走る姿すら見ていないのよ!
疲労しきった体を引きずるように動かし東金を追いかける。
しかしそこでおそらく今の私にとって一番会いたくないであろう人物が目に映った。
「なんっで久重君がいるのよっ!」
私と東金凛々子のちょうど中間にいるあの赤縁メガネは紛れも無く、昼のメロンパン男の者と同じであった。大きなスーパーのビニル袋をもった久重君はこそこそとあたりを見渡しながら一定の距離を保ち、まるで東金凛々子をつけているように見えた。
「……ストーカー?」
そうか、そういうことか。だからこの私に聞いてきたのね。この天使のように純朴な少女である私に。
それなら一石二鳥だ。
東金凛々子の情報を手に入れつつ、この久重辰巳のストーカー疑惑もゲットだわ!
私は追いかける。
東金凛々子をつける久重辰巳を。
私の腕に巻かれた赤の蛍光色の腕時計が示す時刻は、すでに七時を回っていた。