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東金凛々子03

一章①→http://ncode.syosetu.com/n9717k/1/

 さて、そろそろ東金凛々子はどこへ行った?と突っ込みが入りそうだが、しかし待ってもらいたい。

 物事には順序があって。

 あいつについては順を追って説明しないとあの事件に結びつかないのだ。

 ――いや、違うか。

 あいつそのもの(・・・・・・・)が事件だったんだ。







「そういえば、お前は今までどこへ行っていたんだ?」

 幸村がいなくなり静かになった教室の一角で、僕は読書にふけている宇佐美にそう聞いた。

「ああ、別に。たいしたことじゃないさ。ただ――」宇佐美は続けた。

「校内にある二つの自販機を破壊した犯人が茶髪(・・)でパーマ(・・・・)をかけて(・・・・)いた(・・)、という生徒の目撃証言があってな。……まぁそれについてクラスを代表して職員室に呼ばれただけだ」

「あれの犯人はやっぱりあいつかあッ!!」

 回し蹴りによって側面に大きなへこみができた、我が校唯一の自販機。

 やっぱりバカをやる犯人はバカなのだ。

 ていうか、クラス代表というより、いつも一緒にいる保護者代わりとして、宇佐美は職員室に呼ばれたんじゃないのか!?

「あいつのせいで、僕は水道水でパンを食べるはめになったんだぞ!」

「そうか、そいつは大変だったな」

 僕の言葉を聞き、宇佐美は微笑む。

 分厚いハードカバーの本を閉じ、横にあったカバンの中から水筒と紙コップを二つ出す。

「お前も飲め」

 そう言うと、水筒から冷たそうな麦茶を注ぎ、僕に差し出す。

「お、サンキュ」

 僕は紙コップを受け取る。

 麦茶を(すす)る僕を見て、宇佐美はまた微笑む。

 それは人によっては笑っているとは表現できないかもしれない微弱なものかもしれなかった。

 けれど、宇佐美は間違いなく笑っていた。

 僕にはわかるのだ。



 宇佐美とは小学校からの付き合いである。

 当時、三年生だった僕らは同じクラスに属していたが、特に友達と呼べるほど親しい仲ではなかった。

 せいぜい知り合い。

 ただのクラスメイト。

 その程度の関係だったんだと思う。

 僕にはそのとき、一緒に遊ぶ友達はほどほどにいたし。宇佐美は今と変わらず、無口で、あまり人を寄せ付けないオーラを出していたからである。

 ある日、どういうわけかは覚えていないが、たしか僕は読書している宇佐美に自分から話しかけた。

 何か用があったのかもしれないし、ただの気まぐれだったのかもしれない。

 だが、とにかく、僕は自分から話しかけていた。

 会話の内容は細かく覚えている。

 その本面白い?という僕の問いかけに対して、……興味深い、と宇佐美は答え。どんな話?という問いかけに、……人が死ぬ話、と答えた。

 ふぅん、と僕がつまらなそうに言うと、……一回読んだものだから読みたいのなら貸す、と宇佐美は本を僕に向かって差し出した。

 正直、こんな分厚い本は辞書以外に読んだことは無かったし、あまり興味も無かった。

 しかし、読書中にしつこく質問したのは自分だったので、断ることもできず、感謝の意を告げその本を借りた。

 その日の放課後、友達はみんな用事があったので、僕は道草せずに帰宅した。

 家に帰ると、両親は共働きで、妹はまだ帰っていなかったので、僕は一人だった。

 することも無く、暇をもてあましているとランドセルの中に、あの分厚い本があるのを思い出した。

 もちろん、学校から宿題も出されていたが、頭の中で天秤にかければ興味があるのは、あの無口で何を考えているのかわからない宇佐美が読んでいた本の方だった。

 僕はランドセルから『鬼人』と書いてあるその本を引っ張り出し、表紙をめくった。

 それとの出会いは、まさに衝撃的であった。

 最初は退屈だったが読み進めていくにつれてその重厚な物語に引き込まれ、ページをめくる手が止まらなくなった。

 僕はこんなものが世の中には存在したのか!と感心し、そしてそれを今まで知らなかったことに後悔をした。

 次の日、僕は宇佐美にその本について熱く語った。

 周りから見たら、それは僕が一方的に話しかけているだけだったろう。

 宇佐美は眉一つ動かさない、いつもの無表情だった。

 しかし、『あそこには驚かされた』『あの人のあの行動はかっこよかった』など、僕の言うことをしっかり聞いて、その全てに頷いてくれた。

 そして時より、誰にも見せない笑顔を僕に見せた。

 僕と宇佐美はそれ以来、親友になった。



 

 結局、昼休みが終わり、五時間目が始まる前には幸村はもう教室に戻ってきて机に突っ伏していた。

 どうやら、五時間目の生物は最初から寝るつもりらしい。

 次は教室では無く、生物実験室での授業なのだが。

 面白いから放っておこう。

 宇佐美と一緒に実験室へ向かう。

 ちなみに宇佐美はそのことについてスルーである。

 授業開始直後――。

「テメェ!久重ぇ!何でオレを起こさねぇんだよっ!」

 生物の老教師に首根っこをつかまれて幸村は連れて来られた。

 そして僕を見るなり、幸村は暴れ始めた。

「静かにしろ幸村。お前が勝手に寝ていたんだろう」

 老教師によって制される。

 さすが、年の功というか、扱いに慣れていらっしゃる。

「そういえば」老教師は思い出したように言う。

「学校の自販機を壊したのもお前だって話だったな。まったく、少しは落ち着いて生活できんのか」

 それを聞いて、ラグビー部と野球部の数名がなにぃ?と幸村に睨みをきかせた。

「おいおい、どういうことだ。幸村ぁ?」

「俺たちの大事な水分補給源に何してくれてんだよ。ああん!?」

「ちょっとツラ貸せやぁっ!!」

「あっあれ?ちょっちょっと?」

 立ち上がったラグビー部たちに囲まれる老教師と幸村。

「こらこら、お前たち。授業を始めるぞ。席に着かんか」

「そっそうだよ。おちつこう、ね」

 落ち着いた様子の老教師に比べ、幸村は明らかにテンパっていた。

「先生」

 ラグビー部の一人が言い出る。

「僕たち、ちょっとトイレに行きたいんですけど」

 老教師は、う~んとしばらく悩む。

 やがて、

「よし行って来い」

 数名の申し出を受け入れた。

「おい!ジジイ!!こらぁーッ!!」

 引きずられていく幸村。

 ――やれやれ。

 僕の出番か。

「おい、お前ら!」

 僕はそいつらを呼び止めた。

「ああん?」

「何だよ、久重ぇ。なんか文句あんの?」

 ラグビー部たちは今度は僕を睨む。

「久重ぇ!助けてくれっ!」

 足元にすがりつく幸村。

 まったく、余計な体力使わせやがって、こいつはよ。

 ――放っておけないんだよ。

「これも使ってくれ」

 僕は暑さで砂糖がとけ、触ったらべたべたになるであろうメロンパンであったものをそいつらに手渡す。

「久重ぇっ!お前友達じゃなかったのかよっ!!」

 幸村は僕に悲痛の叫びをあげる。

 僕はそんな足元の幸村を見下して言う。

「そんな奴いないだろ」

 廊下を引きずられて行く幸村の叫び声はだんだんと聞こえなくなっていった。



 六時間目の現国が終わり、HRが始まる頃。

 バカは帰ってきた。

 メロンパン(であったもの)に顔を埋めて。

「お前……すごいな。前見えんのかそれ?」

「ふぁいふぉのふぃふぉふぉふぉヴぁふぉへふぁふぉっ!!」

 まるで、テレビでよく見かけるパイ投げ状態である。

 何言ってんのかわからんけど。

「『最初の一言がそれかよ!!』と言っているな」

 そしてお前はなぜわかる。

 むしゃむしゃと中からメロンパンを食べきると(まるでパックマンのようだ)幸村は言う。

「お前、今回ばかりは酷すぎるぞ」

「えっメロンパンの味が?」

「違ぇよ!!いや、違くはないけど……」

 幸村は渋い表情を浮かべている。

 そんなにまずかったか。

 あれ?

 でも砂糖溶けただけだから、味は変わらないはずなのに。

「なんかすっげえすっぱかった」

 ……………。

 パンも発売禁止にされたら困るから黙っておこう。

 こいつだったら食中毒も起こさなそうだし。

 そんな会話をしている中、教室のドアが勢い良く開かれた。

「おい、お前ら席に着け。大事な話があるからな」

 そこから体育教師である僕のクラスの担任が教室に入ってくる。

 だが、いつもの陽気な顔とは違い、神妙な面持ちだ。

 それを見て全員が慌てて席に着いた。

 僕たちもすぐに席に着く。

「最近、この辺で起きてた通り魔のことなんだがな」

 通り魔。

 それは最近、この町に出没していた不審者の話である。

 身長は男にしてはやや低く、痩せ型。

 髪は長く、後ろで結んでおり。

 いずれの犯行のときも、赤い野球帽を被っていたと、目撃者談。

 出没地域はうちの高校の近くにある川の遊歩道。

 被害者は、女子生徒が三人、近くの女子中学生が一人の計四人。

 いずれも日が落ちてからの犯行だった。

 だが通り魔と言っても、実際に怪我をした者はおらず、被害者の話によれば、その『赤帽子』はただ刃物を見せてゆっくりと近づいてきただけであるという。

 しかし、それでも念を押して、学校側は厳重注意と集団下校を生徒たちに義務付けていた。

 ――のだが。

 何かあったのだろうか?

担任の様子を見てそう伺える。

 嫌な予感がした。

 担任は間を取って小声で、しかし生徒たち全員に聞こえるような重く、低い声で、それを伝えた。

「……ついに犠牲者が出ました」






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