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東金凛々子02

一章①→http://ncode.syosetu.com/n9717k/1/

 こういうことは初めに言っておかなければならないと思うから言うが。

 僕に焼きそばパンをくれたこの女生徒は東金凛々子ではない。

 彼女が東金凛々子であるのならば、それは僕にとって天にも昇る想いであり、砂漠の日の下でやっと見つけたオアシス。または、高速道路で強烈な尿意を我慢していたところでのサービスエリア。

 ……最後のはあまりふさわしくないかもしれない。

 とにかく、その女生徒と東金凛々子はまったくの別人である。

 あいつはもっと恐く、そして精錬された日本刀のように美しい刃のようだった。

 だから、僕はあの事件に巻き込まれたのだ。

 僕らの町を襲った連続殺人事件。

 あいつと関わらなければ、それは日常のテレビの中での事件だったんだろう。

 しかし、巻き込まれた。

 あいつと関わったから。

 




 結局あの女生徒は何者だったのかということだが、それについては僕の悪友とでも呼ぶのだろう友人が知っていた。

「それ、清風(きよかぜ)しほりだよ。『天使のような』ってんなら間違いないね」

 幸村人一(ゆきむらひといち)はそう言うと、パーマがかかった自慢の茶髪を指でいじりながら、堰を切ったように彼女について語り始めた。


「158センチ42キロ。C組のクラス委員長。入学して以来その愛らしいルックスでファンを増やし続け、三ヶ月が経った今や『恋人にしたいランキング』『妹にしたいランキング』『ミス・鳥高』の三冠を達成。しかし彼女をそこまでの地位に押し上げたのは、誰それかまわず助けて回るシスターのような地道なボランティア活動と、困っている人を助けずにはいられないその性格である。好きなものは可愛いもの。しかしその分野は広く、普通の女子高校生が気持ち悪いと思うものも範囲内である。天使のような容姿と常に笑顔を絶やさない振る舞いから『ピュア・エンジェル』と呼ばれている。本分社新訳国語辞典参照……」


「――って辞書に載ってんのかよ!!そんな有名人!?」

「嘘に決まってんじゃん。こんな単純なギャグに引っかかるなんてバカだなぁ!久重は」

「っわかってるよ!わざわざ合いの手を入れてやったんだろ!お前の辞書に突っ込みという言葉はないんかい!!」

「ハッハ!、辞書なんて買った事も無いって」

「載ってる以前の問題っ!?」

 女生徒を見送った後、僕は自分の教室に戻り、僕の席に向かって椅子を背もたれに寄りかかり、その姿勢のままコンビニ弁当を食べている幸村とアホな会話を繰り広げていた。

「しかし、よく一個人の情報にそんなに興味が沸くな」

「感心したか?」

「いや、寒心はしたが……」

 今のこいつに感服の念を抱く奴がいたら会ってみたい。

「それで、お前もエンジェルの施しを受けたわけか」

 幸村がにやけながら問いかける。

 清風しほり。

 彼女からもらったグレート焼きそばパン(裏メニューなのか、僕は存在すら知らなかったが)をちょうど口に入れるところだった。

「ん。ああ、これな。おかげで午後から空腹には困らなさそうだけど、……なんだか悪いことしちゃったよな」

 僕はグレート焼きそばパンを目線の高さまで上げ、清風さんのこれを渡したときの顔を思い出す。

『私困っている人がいると放っとけないんです』

 最高の笑顔だったなぁ。

「ああ、最悪だな」幸村はゆっくりと言う。

「人のやることじゃねえ」

「まさかの人間失格!?」

「お前の正体は鬼だ」

「鬼は人間って説もあるけどなぁ!」

 幸村は僕の言葉など聞こえていないように続ける。

「オレだったらそれをきっかけにアドレス聞いて、んで速攻スパイクをぶち込むけどな!」

「初対面でそんな事したら捕まるけどな」

 ちなみに正確にはアタック。

 どっちも意味は同じバレー用語。

「ていうかお前には無理だろ」

 僕は突っ込む。

「何でだよ!?オレのスパーキングすごいんだぜ!?」

「勝手に笑顔ウルトラZに進化してんじゃねぇよ。お前チキンだからアタックするどころか、アドレスも聞けないだろ」

「はっ!なめられたもんだ。オレもよ。これでも中学のときはアドレスリスナーと呼ばれた男なんだぜ」

「アドレスリスナーってラジオ聞いてる人は大体そうだろ……つーかそんな言葉はねぇ!」

「まぁ、いいんだよ。ところで、お前今まで知らなかったのか?清風の事」

「えっ?ああ、うん」

 急な話題変更に僕は気の抜けた返事を返してしまう。

「え~、いくら友達少ないからって、なぁ。あれだけの有名人を知らないって言うのはちょっと、なぁ」

 わざとらしく幸村は繰り返す。 

「うるせえ!友達少ないのはお互い様だろう!」

「オレは少ないわけじゃないもん。あんまり関わらないだけー」

「……そういうのって自分が言うとすっげぇかわいそうだな」

「いいんだよ!オレにはオレを愛してくれる女の子さえいてくれれば」

「いないだろ」

 幸村人一。

 極度の女好き。

 軽度の男嫌い。

 そして、最高のバカ。

 この県内屈指の偏差値を誇るこの高校に入れたことは、学校の七不思議だとささやかれている(もちろん僕だけだが)ほどにバカ。

 そのバカに何の縁かはわからないが入学して以来、僕は数少ない友人として扱われている。

「難儀な奴だな……」

「えっ?何時な奴?おいおい、オレが(おとこ)になるのは真夜中だぜ!」

「お前童貞だろ」

「いいいいいきなりばらすんじゃねぇよっ!!」

 追記事項。

 女好きだが――ヘタレ。

「そういえば、あの()――清風さんだっけ。なんでか僕の名前知っていたんだよな」

 僕は何らかの反応を求めて呟いてみる。

「そいつは妙だな。お前めちゃくちゃ地味なのに」

「派手を気取っているチキンよりマシじゃないか?」

「ああん?誰のことだ?」

 おお……!どうやら本当にわからないらしい。

 さすがミスターポジティブ。

「何にも接点無いのに何でだろうなぁ」

 もらった焼きそばパンを大きくほおばる。

「それは俺があいつに話したからだろう」

「!」

 僕の背後。

 机を挟んで座っている幸村の視線の先にその声の主はいた。

「クラス委員会で何度か隣になったからな。その時にお前の話題が出たんだ」

「足音を立てないで背後に回るんじゃねえよ!!忍者かお前は!?」

「オレも気付かなかったぜ……!宇佐美……!!」

 いや、お前の位置からは見えるんだから気付けよ。

 

 宇佐美 慶(うさみけい)

 寺の息子。

 幼いころに両親をなくしていて、それ以来お祖父さんと二人暮し。

 それが作用してか、高校生とは思えない落ち着きを持っている。B組クラス委員も務めており、僕にとってはかなり頼れる友人である(バカはまったく頼れない)

 身長は高く、ガタイも良い。剣道部に入っており、全国大会に出るほどの腕前らしい(春の新人戦で弱小のうちの剣道部から、関東大会まで進んだ生徒がでたというのは一時期ニュースになっていた)

 そんなステータスで黒短髪が似合う好青年なのだから、当然もてるのだが、唯一の弱点が。

 究極。

 完全的に。

 鈍感なのである。

 まぁ、常に何考えてんだかわからないところはあるが、それにしても酷いのだ。

 ある日のことだった。

 関東大会出場の噂を聞きつけてうちのクラスに何人か違うクラスの女子が来た事があった。

 アドレスでも聞いてお近づきになろうとしたらしいのだが。

 この鈍感男は言った。

「お前たちとメールする理由が無い。そのための用が無いからな。だからアドレスをわざわざ教える必要も無いだろう?」

 あの時は、まるで教室が凍りついたようだった。

 ――そういえば、あの時なぜか僕があの()たちに取り繕って、あいつはその間、まるで興味がなさそうに自分の席で読書してたんだ。ありえないよな……。

 

 話を戻す。

「で、お前は何で清風さんに僕の話なんてしたんだ?」

 宇佐美は無表情で言う。

「俺から話したわけじゃない。あっちが聞いてきたんだ」

 何?

 それは、完全に予想していなかった答えだった。

 清風さんが僕のことを?

 あの可愛い子が?

 天使と証されるあの子が?

 なんだろう!すげえうれしい!

 一気に惚れてしまいそうだぜ!!

「ちっちなみに!それは一体どういう――」

「『あの赤縁眼鏡をかけている幸の薄そうな、宇佐美君といつも一緒にいる男の子ってなんていう子?』って聞かれたんだ」

「一気に夢をぶち壊すなぁっ!!幸の薄そうなって何だよ!?」

「ハッハッ!さすが地味っ子だなぁ、お前にピッタシなイメージだぜ!!……プフフ!」 

 幸村が腹を抱えてこれ以上笑わせるなと右手で合図している。

「言っとくがお前は()()()()()()()()()()()()()()にカウントされてすらいないからな」

「ッ!!なにぃ!?」

「ああ、お前のこと忘れてた。……まぁでもあっちも聞きたいのは久重のことだけだったみたいだぞ」

 そう言うと、宇佐美は幸村の隣の席に座り、持っていたハードカバーの本を開いた。

「…………ちきしょおおおう!!!!オレも文学少年になってやるぅぅぅ!!!!」

 友達扱いすらされなかったバカは、そう叫びながら廊下を出て行った。

「……図書室にでも行くのかな?」

 僕は廊下を眺めて宇佐美に聞く。

「ならすぐ帰ってくるな」

「えっ何で?」

 本に目を落としたまま、変わらない口調で宇佐美は言った。

高校(うち)の図書室には漫画は無いからな」





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