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幻境文庫 2

 


   ◇



 【〇月×日、今日はお城に二人の人間が入ってきた。どうやら一人はうまくお城に転移できなかったようだけど、無事入ってきてくれてよかったと思う。

 一人は私と同じぐらい身長の女の子。でも私と違って地味な服装に髪色だった。せいふく?みたいな服を着ている。

 もう一人は少し年上の男の人。んーというよりオカマ。二人は少し怖がりなのに私にないような発想をしてすごく面白い。見てるこっちまで楽しくなっちゃうの!

 一体どんな人たちなんだろ?話してみたいなぁ〜。この人たちは常識に囚われることなくいつでも勇気を持った行動をする。

 世界のバグに乗ってきた子と絵画に火をつける人は初めて見たよ。

 まぁでも城内の謎を解いたり他の作品たちから逃げるうちにどうにも元気がなくなってきたみたいなの。疲れちゃったのかな?

 みんなクタクタになっていく。持っては本もドンドン薄くなっていく。

 そしたらつまらないよ。


     あぁそうだ。私から会いに行こうっと】



   ◇



 「頼むから無事でいてよ…!!」


 レオンは階段に通ずる廊下を走りながらそんなことを呟いた。セレナが今普通じゃなくなってしまえば一番初めに標的になるのは紅美だということをわかっていたからだ。

 それに今思えばおかしな点もたくさんあった。

 中でもセレナと行動を共にしてから直接的な危害を加えるものたちがいなくなった。それはつまり仲間、もしくは親玉的なポジションにいた人がいたことになる。

 しかもあの歳でこの恐怖を普通な顔して耐え切れるのも通常考えにくい。

 考えれば考えるだけ疑いの点は増える一方だった。


 だから、だからこそ、それを否定するべくレオンは紅美の場所へと急ぐのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


<紅美視点>


 「この下に、レオンがいるってこと?」

 「え?」

 「だって今声聞こえなかった?多分あれはレオンの声だったと思う」

 「んー」


 ほぼ確信に近い紅美の声とは対照的にセレナは不思議そうに手に顎を当てた。

 どうやら迷いごとがあるらしい。今までに見たことがないほどに真剣な様子だった。

 やがて「でも、おかしいよ」と、セレナは口を開いた。続けて理由を説明する。


 「私たちは階段を一階分しか登ってないよね?」

 「え、まぁうん。階段もそんなに長くはなかったかも」

 「そしたら距離もそんな離れてるはずないよ。せいぜい一階差でこんな声が聞こえないかな」


 今までの無邪気を具現化したような彼女には見えなかった。鍵を落としてしまった紅美を責めるわけでもなくただ淡々と事実を口に出す。

 紅美が納得を得たら次はこんなことを言い出した。


 「鍵もなくなっちゃったし〜どうしよっか」


 言葉の意味はすぐにわかった。

 さっきまで持っていた鍵を使えば最後の部屋が開いたかもしれない。そしたらそこで更なる情報が得られたかもしれない。

 しかし今その鍵がなくなって紅美たちは行き先に困ってしまった。

 戻るにも先を行くにも手詰まりはすぐに来る。あと行けるところはあの不気味なほどに真っ暗な廊下ぐらいだろうか。


 「ふ、ふふ。フフ」

 「…?セレナどうしたの?」


 不気味な音に紅美が目をやると微かに微笑むセレナの姿があった。何か面白いことでもあったのだろうか?いきなり笑い出す姿に少しの恐怖を感じた。

 その笑みは止まらず、さらには言葉まで発した。


 「私、、…私、私はセレナ。私セレナっていうの。ふふふあははあふふあはは」


 セレナ…?と心配するような言葉は出なかった。紅美は困惑と恐怖が混合し身が硬直してしまった。

 そんな紅美の顔を覗き込むようにセレナが言った。


 「どうして、?どうして怖がってるの?私たち…ともだち、、でしょ?」


 声は今も出ない。背中に嫌な汗が流れるのを感じる。とても今まで通りのセレナだとは思えなかった。

 それでも紅美はなんとか笑みを作り、言葉を紡ぐ。


 「そ、そうだよ。私たちは友達」

 「だよね。よかった」


 その笑顔は信じられなかった。

 セレナはそれから元いた場所へと歩みを進める。

 そこはあのマネキンの部屋だった。いまだに月明かりは一つのマネキンを照らしている。

 しかしそれを見ているセレナの目はさっきとは打って変わっていた。キラキラとして見開いていた目はもうない。嫌悪を表しているかのような目線でそのマネキンを見ていた。


 「邪魔だなぁ…」


 紅美は唾を飲んだ。今までとまるで雰囲気が違いすぎるセレナに困惑を覚えるよりも早く恐怖を感じた。

 さっきまでの和やかさはもうそこにはなかった。

 そんな時、一人の言葉を紅美は思い出した。

 「誰も信じないことっす。特にあの城に行くなら」

 ここに来るまでにあった検問のお兄さんの言葉。あの人は自分自身すら信じるなと言った。ここはそういう世界だと。

 これまで信じ切っていたセレナのことを今は信じられなくなってしまった。

 それを認識すると紅美はその部屋から足を出していた。静かに後退りた。声は出なかった。


 ゆっくりと退散したからかセレナはそれに気づいていないと言った様子だった。故意的にセレナを遠ざけたわけではない。けれど、本心でそう言えるかはまた別の問題だ。

 無意識だったとしても紅美の感情の一つに恐怖が生まれた以上その可能性は否定しきれなかった。

 それから紅美はその廊下へと足を向けていた。極力行きたくないのは今も変わらないけれど今進めるのはこの先だけなので進むしかなかった。

 薄暗い廊下を歩いていると一つの扉を見つけた。もしかしてそれにも鍵がついているのではないか?そしたらいよいよやることが完全になくなってしまう。

 「あいた…」。しかしその壁はいとも簡単に開く。これまでとは少し傾向が違うように感じた。

 扉の先は螺旋状というには平坦な階段があった。階段は下の階へと繋がっているようだ。ここで何かをしていても状況は変わらない。そう思い紅美が一歩階段に近づいた直後、「ねぇ?置いていかないでよ」と、背後から声が聞こえて寒気がした。


 「ご、ごめん。置いて行ってるつもりは…なかった…」


 咄嗟に出た言葉が本心かどうかは自分でもわからない。しかし今はそういうしかなかった。

 それでも、セレナは止まらない。これまでの選択を間違えてきたことをさらに実感する。


 「ずっと一緒って約束したよね」

 「、う、うん」

 「じゃあ何で逃げるの?なんで一人で進んじゃうの?」

 「………」

 「ねぇ?」


 声を出せずただ後退りしてしまう。そんな紅美をゆっくりと追い詰めるようにセレナは近づいてくる。

 嫉妬や怒りなんかではない。これまでとはまるで違うセレナがそこにはいた。何かがあってこうなったのだとしたら変化が大きすぎる。その原因はわからない。

 紅美は考えたくもないセレナの仮説を頭が勝手に立てていた。思考ではそれを否定するけれど、感覚はそちらに向いている。「セレナは人間じゃないかもしれない」。


 「紅美!!」


 恐怖で目を瞑っていると、バタンと何かが倒れるような音と共に名前を呼ぶ声が聞こえ、目を開ける。


  「………レオン…」


 紅美の前には片手を広げ、紅美を守るようにそこに立つレオンの姿があった。ついさっきまで狂気じみた雰囲気を出していたセレナは腰をつきレオンを見上げている。

 状況から察するにレオンが押し倒したのだろう。そこに手を差し伸べていないことから意図的にだということもすぐにわかった。優しかったレオンのその行動にも少し恐怖が残る。頭の中をあの言葉が巡る。


 「何するの?私たち友達になったんじゃないの」

 「ええ、そうよ、アナタがなにもしなかったら…」

 「うるさい!!」

 「…!!」


 ギョッとした。恐怖とはまた違った感情が生まれるのを感じる。大きな声を出したセレナは続けて言葉を告げる。どうやらもうすでに立ち上がっているようだった。少しレオンと取っ組み合いになるような体制に見えた。


 「あのまま。あのまま閉じ込められてればよかったのに…」

 「やっぱり……アナ、」

 「邪魔しないでよ?ねぇ、邪魔しないでよ!!」

 「待ちなさい、」

 「なんで、サルスなんて無ければ。あれが無ければあの男もあんな生物も現れなかったのに!」

 「『セリナ』落ち着きなさいって」

 「離して!………キャッ」

 「あっ、、、」

 「……………」


 訪れたのは沈黙だった。レオンの足の隙間からは寝転び言葉を発さないセレナの姿があった。組合になった際またレオンが強く押したようだった。そんなレオンは紅美の方に視点を移した。


 「大丈夫?怪我はしてない?ってわ!」

 「レ、レオンーー」

 「そうよね…怖かったわよね。ごめんね近くにいてあげられなくて」


 紅美はレオンに抱きついていた。弱音がポツリと口から垂れる。あの言葉が頭を離れない。それなのにレオンを信じてしまっていた。

 レオンは優しく頭を撫でる。それが紅美に安心感を与えた。裏切られる恐怖を知ってもなお、紅美はレオンから離れようとはしなかった。

 それは、感情が思考を超越しているようだった。


 「とりあえず先を行きましょ。なにか手掛かりは見つかった?」

 「…あんま。それよりセレナは?」


 うつ伏せに倒れているセレナに目をやり紅美は疑問を口にする。しかし即座に返答は返ってこない。

 次はレオンに目を向ける。レオンは目を背き戸惑っている様子だった。

 長く綺麗に伸びた白銀の髪の毛をした少女はパクりとも動かない。気絶しているのか?少し心配だ。

 紅美が手を伸ばそうとする。すると「実は…」と、レオンが言葉を発した。

 その事実を聞いて紅美は酷く気が動転した。


 「実は……『セレナ』は人間じゃないの」


 時間が止まったかのように感じる。理解が追いつかないなんてものじゃない。外からの音が全て遮断されたかのような感覚だった。


 「色々言わないといけないことがあるわ。とりあえずここを離れましょ。『セレナ』が目を覚ましたら危険よ」


 返事はしなかった。正確にはできなかった。そもそも紅美にはその言葉が理解できるほどの思考力が残っていなかった。

 次に認識したのは手を握られているということだった。それを最後に紅美は目を閉じた。



   ◇



 長い夢を見ていた。実際はどうだったのだろう?うまく思い出せない。まだ目の前が真っ暗だ。理由は、わからない。ここはどこで何をしているのだろう。

 そんなことを考えていると目の前が光に包まれている感覚がして目を開けた。

「もみちゃーん!」。それは長く聞いていないような気がする声でどこか懐かしさと安心感を感じているのを実感する。

 周囲は見慣れた景色だった。そう。ここはいつもの通学路。いつもと何も変わらないただの道だ。

 昨日も明日も明後日もこの道はここでこのような景色なのだろう。振り返ると彼女はいた。

 可愛い笑顔が太陽みたいで少し眩しい。きっと勘違いなんだろうけどそう見えた。

 その子は覗き込むように少女の顔を見て心配そうな顔をした。なぜだろう?

「つまらなそうだね。どーしたの?」。覗き込みながら少女は呟いた。そんなにつまらなそうな顔をしていただろうか。

「そんなことないよ」と言い返すとパーと笑顔を取り戻す。何か忘れている気もするけど、忘れるということはその程度なのだろう。普通が今目の前にある。普通に生活しよう。

 だというのに違和感は拭えきれなかった。


 歩いているうちにも会話は続いた。なんら変哲のない普通の会話だ。楽しさが何かわからなくなっていた。


 『逃げないでヨ』


 頭痛のようなものを感じた。でもそれはそんな簡単なものじゃなくて頭の中に言葉が浮かんできたように感じる。

 誰の何だろうか。

 「だ、大丈夫?」。少女が訴いた。咄嗟に「大丈夫」と返答する。しかし頭の中にはまた文字が浮かぶ。


 『なんで楽しそうなの』


 まるで意味がわからない。クラっと立ちくらみのようなものを感じ体勢を崩す。横にいた少女が手を差し伸べてくれたのでなんとか転ばずに済んだ。

 しかしその少女の顔を直視できなかった。いや、違う。少女の顔を認識できなかった。

 それに気づくとドミノ倒しのように世界が黒く染まる。そういえば通学路ってこんなにも長かっただろうか?

  ………………ーーここはどこだ?ーー……………



   ◇



 「はっ、」

 「紅美……?わかる?アタシよ」


 ボヤける視界の中ではレオンが顔を覗き込ませてるようだった。顔はしっかり認識できる。

 なんとか姿勢を起こし言葉を紡いだ。


 「あの後、どうなったの?ここは?」

 「ここはさっきのところからすぐ近くの空いていた部屋よ。あなたは倒れたのよ」

 「そうだったんだ…」


 ぐるりと周囲を見渡す。確かに見覚えがあった。微かに見える光。今見ても綺麗だと思えた。

 そう、月明かりだ。そこに輝く一筋の光は一つのマネキンを煌びやかに照らしていた。それだけでどこの部屋かは簡単にわかる。

  ついさっきまで紅美たちもここにいた。ただ一人ではない。もう一人少女と一緒にだった。


 「セレナは?あの後どうなったの?」

 「……ごめんなさい。わからないわ」

 「そっか、、」


 突然伝えられたレオンの言葉。いまだに理解をしろということは難しい。けれどあんなに優しいレオンが選んだ行動だ。何かしらの理由があるのだろう。

 紅葉が考え込んでいると「でも」とレオンが言葉を続けた。


 「でも、さっき言ったことは事実よ。間違いじゃない確かな事実」


 レオンの言う「さっきのこと」。それはきっとセレナのことだろう。

 急にに言われても納得ができるわけがない。それだけ重大な事実だということだけは簡単にわかる。


 「もう一度言うわ。落ち着いて聞いて…」

 「………うん」

 「『セレナ』は人間じゃない。ビクトス=マクマホンが書いた一作品なの」

 「う、うん」

 「これを見て」


 そうして一冊の本が差し出される。題名は『セレナ』。『もみじ』や『レオン』と同じセレナの持っていた一冊の本。

 それを持つ人の生命力を共有するその本だった。

 どうやらレオンはセレナが持っていたところから奪ってきた(とってきた)ようだ。

 受け取った瞬間それを渡された理由が分かった。言葉で伝えるよりも確実だと思ったのだろう。

 その本は偽造品だった。


 「それでわかってもらえたかしら」


 何をとは言わないその問いかけに紅美は静かに頷き肯定を表した。

 それと同時に疑問も露わにする。


 「ビクトス=マクマホンっていうのは?カンテル=マクマホンと関係があるの?」

 「そうね。それも説明しないとね」


 「でも、」とレオンは立ち上がり言葉を変えた。


 「まずは安全なところに行くのが先決よ。ここはまだ『セレナ』が帰ってくる可能性は十二分にあるんだから」

 「……わかった」


 静かな肯定。それが行動開始の合図となった。

 この部屋を知っているということもあり紅美が思考を巡らせることが多かった。それでもこれと言った手がかりはなし。何かのアクションを起こすにはヒントがあまりにも少なかった。

 少し戻ってみようというレオンの意見で長い廊下に足を運んだけれどそこにセレナの姿は無くなっていた。意識を取り戻し移動したのだろう。

 その先には下の階に通ずる階段がある。異質な形をしているが他に辺な点はない。

 レオンはこの先には何もないということで再び先ほどのフロアに戻ってきた。あの絨毯のところにも行ってみたけれど、絨毯は跡形もなく姿をかしていた。

 紅美たちにできることはもうないとすら思えた。


 「何か突破口があるはず…。なにか見落としてるのよきっと」

 「でも、セレナといた時からここでできることなんて…っ」

 「ん?どうしたの?何か心当たりでもあった?」


 心当たり、と言ってもいいほどのものなのだろうか?紅美の頭には少しだけ現状を変えるかもしれない案が浮かんだ。

 どのみち今立ち止まることになんの意味もない。やるだけやってみようとレオンにその話をする。


 「えっと、そっちの部屋に氷付にされた鍵があるの」

 「え?まだ鍵を取れるところが?」

 「うん…でも、とてもじゃないけど壊せる厚さじゃなくて」


 最初にセレナと入ったあの部屋。あそこの氷をどうにかすることができればまた何かしらの変化が訪れるかもしれない。

 可能性として一番高いのはもう一つの扉。そこが何かの重要な役割を持っているかもしれない。


 「そう、とりあえず行きましょう。あの部屋かしら?」

 「うん。そう」


 扉が開いていたからかレオンはすぐにその部屋を見つける。

 このフロアにいる扉、つまり部屋の数は三つ。そのうち二つはすでに扉が開き部屋に入れる状態になっていた。

 その中で何かのアクションを起こすことでこれまでも鍵を手に入れてきた。一つの鍵は落としてしまったけれどどうやらそれもレオンの開ける扉の鍵と一致していたようで救われた。

 つまり残るは開かずの扉と相手はいるけれど攻略法のわからない氷の部屋だけとなった。


 「これは、どうしようもないわね」

 「私も、そう思う。さっきも何もできなかった」


 紅美とセレナの会話の中ではレオンの持っているライターで火を起こすなんて考えもあったけれど考え得るリスクを考えたらそれは避けたい。

 他の何かを考える必要がありそうだった。

 もう一度その部屋全体を見渡す。あるのは氷のそれを映す鏡があるだけだ。


 「火の熱でどうにかならないかしら?」

 「氷は溶けてもその他でのリスクが高すぎると思う。火はやめよ」

 「そうね。ありがと」


 どうやらレオンも紅美と同じ思考だったようだ。その作戦をたまたまではいいけれどそこからどうするかあまりにも手札は少なかった。


 「鏡、、か。アタシの顔なんて映さなくていいのに…」

 「……大丈夫…」

 「…!!ふふ、ありがとう。元気出るわ」


 レオンはレオンで何かを抱えているのかもしれない。鏡を見てそんなことを呟き、髪の毛をいじる姿は実に高校生女子のようにも感じる。

 紅美も紅美の周りでも持ち運び可能な小さなサイズの鏡は必ず持っていた。なんなら今もポケットの中に…。

 瞬間一つの光が見えた。答えへの道を照らす微かな光が。


 「もしかしたらこの氷溶けるかも」

 「え?ほんと。どうやるの?」

 「鏡の反射を使うんだよ」


 キラリと光を反射するその鏡。その"反射"そここの謎を解く鍵だったのだ。

 ただの光、ただの月明かりならば簡単にはいかないことだろうけど今ここは違う。ここは『ソリトゥード』の本の世界。常識破れなんて今更だ。


 「よし。これでどうかな」

 「す、凄いわね。本当に光が橋のように繋がったわ」

 「反射の角度とか進む道さえ解ればなんとか」


 その光に鏡を当てそれ連鎖させるように鏡を並べる。あの部屋に大きな鏡があって助かった。

 光は思惑通り氷の方まで続いてくれた。すると向こうの部屋で待機していたレオンからの声が聞こえた。


 「紅美!紅美!来たわよ!本当に熱が入ってるみたい」


 歓喜の混ざったそんな声に紅美が足をやると本当に少し水滴が地面に溜まっていた。それが元々氷だったことは言うまでもない。

 どうやら成功したようだ。あの月明かりにはこの氷を溶かすだけの熱を持っていた。ペースも申し分ない。

 あと五分十分もすれば全て溶けきるだろうと紅美は見立てた。


 「紅美凄いわね。アタシだけならこんな仕掛け絶対思いつかなかったわよ」

 「うん。鏡と光で思いついたの、それに……」


 つい言葉に詰まってしまう。紅美の頭には少し前の光景が浮かび上がってしまった。

 いまだに信じられない現実に下を向いてしまった。


 「それに?大丈夫紅美?」


 顔を上げると心配そうな目でレオンが見ていた。もじゃもじゃで目を隠すほど伸びた髪の隙間から見える目に初めての恐怖は失われている。

 それどころか今は安心感をくれる優しい目のように感じる。


 「んーん。大丈夫。物理の授業でちょうどやってたんだ」

 「そうなのね。優等生だったのね」

 「そんなことないよ。そう…表面ではそうだったかも、、しれないけど」

 「表面だけでもね。人によく思われるようすることは思ったより難しいことよね」

 「ぇ?」


 レオンが小さく呟いた。いつのまにか少し暗い雰囲気になってしまっていたこの空間で静寂が訪れた。

 見えるのは一筋の光だけ。氷で乱れるように反射するけれど今は程よい光源だ。

 静寂の中に聞こえる水の滴る音。それに重なるようにレオンが口を開いた。少しニヤけるように笑っていた。


 「アタシね。ここで紅美に会えたのはすごく良かったと思ってるの」

 「う、うん。私もそう思う。助けてくれるし」

 「助かるか〜確かにこのお城の中ではそうかもね」


 何やら意味深なことを言うレオンに紅美は首を傾げる。どこを見ているのだろう。無気力に前方に顔を向けていた。


 「アタシは、、アタシは()()()()()に助けられていたと思うの」

 「………」

 「紅美の過ごしてた外の世界とアタシの見ていた世界はきっと違う。同然この世界の住民も」


 すごくと回しの発言がなぜだか今の紅美には意味がわかってしまう。

 そんな紅美を横目にレオンは話を続けた。氷の反射はさっきより広がっている。


 「もし外の世界で出逢うことができたのなら。その時も仲良くしてちょうだい」

 「……もちろんだよ、」

 「アタシたちだけじゃなく。みんなで」

 「、うん。だから生きてね」

 「……!」


 驚いたように目を丸めるレオンをしっかりと見つめるのは、目尻に何か液体を溜めた紅美だった。

 それに気づくと同時にポツリと水滴が垂れる音がした。

 それが溢れないように必死に堪えている紅美なものではないだろう。ならきっと氷の音だろう。レオンはそう結論づけ笑顔で「もちろん」と返事をするのだった。



   ◇



 「そういえば紅美には渡しといたほうがいいわね」


 レオンがそんなことを言い一枚の紙を差し出した。無造作に破られたような痕跡があることから元は本のようなものだったことが予想できる。

 書いている内容に目をやり紅美は震えた。


 「それがかくなる証拠。下の部屋から持ってきたの」


 冷淡だった。あくまで無表情で冷たくレオンが言い放つ。きっと笑顔なんて嘘でも作れなかったのだろう。そう思わせる無表情だ。

 渡された紙は『セレナ』作品としての彼女だった。

 紹介文などは少なくなっているように不自然に途切れている。しかしそこに描かれた彼女だけは本物だった。

 長い白銀の髪にお姫様のようなドレス。さっきまで一緒にいた彼女と瓜二つ故の証拠。


 「……やっぱり、そうだったんだね…」

 「ええ、アタシも嘘だと、何かの間違えだと何度も思い込もうとしたわ。でも、彼女の持っていた本は偽物だった」

 「うん……」


 この世界では本と生命線がリンクしている。それが偽物な『セレナ』の本はこの世界では生という概念がないのかもしれない。

 これまでにあった人や絵画、謎の生き物たちはきっと本を持っていない。それは初めからこの世界の住民として外の世界でいう死を感じないからだろう。

 それが『セレナ』が紅美たちと()()()()じゃないことを強めた。


 もし、もしものことがあればだなんて紅美は何度も考えた。しかしそれを口には出さない。それはあくまで一説に過ぎないから。

 気づけば『幻境文庫』のことも頭から抜け落ちていたようでふと今になって思い出す。『もみじ』『レオン』はいったいどうなってしまうのだろう。

 自分の持っているその本に紅美は手を伸ばそうとした。


 チャリンーー……。


 「溶け切れたようね」

 「…うん」


 そんな音と共に金属製の何かが落ちた。そう鍵だ。今まで地道に光で溶かしていた氷がどうやら鍵のところまで届いたようで氷から鍵が開放された。

 本に伸びていたては自然と元の位置に戻っていて鍵に目線をやる。

 鍵はいつも通り何の変哲もないものだけど、少し雰囲気が違うようにも感じた。どこかで見たことがあるような、そんな鍵だった。


 「さぁもう立てる?」

 「うん。急いだ方がいいと思うし」

 「そうね。じゃあ行きましょう。残るは」

 「「あそこ」」


 声が重なり指を指す。この空間でまだ行けていない扉。ここまでのこの城の中でもまだ行けておらず扉が見つかっているのもあの部屋のみ。すなわち最後の扉のようだった。


 「まだ続く可能性はいくらでもあるのに終わりのように感じるわね」

 「私も…そう思った」


 二人の感じ方は一致。それを確認しその扉へと一歩一歩進む。

 ガチャ。と鍵を差し込んだ後に回せば扉は開いた。息を呑み込みその部屋を見る。驚きの声が漏れた。


 「まっしろ、」

 「それに、机かしら?」


 扉の先で待っていたのは白がベースとなったワンルーム。ところどころピンクで飾られていたり少ないけれど棚や机のようなものもある。

 まるで家の一室のようだった。

 扉を開けて真っ先に見えるのは何やら大きな絵画。題名は『大空』。大空というなら空の雰囲気は少なくどちらかといえば小学校低学年が描いた家族の絵よようだった。

 背景は青で少し赤が混じっていることから空なのだと予測はできるけれどそれ以外に空と言えるようなものは見つからない。

 ミニマリストが住んでいるかのような部屋だった。


 それでも何かがあるかもしれない。むしろ手がかりがここに無かったのなら二人はまた振り出しに戻ってしまう。それも詰みがあまりにも早い。

 レオンは足を踏み入れる。続くように紅美もその部屋に入った。机には一枚の紙が、棚には多くの絵本が飾られている。

 まさにこの空間だけがこの城から断絶されているかのように何の変哲もないただの部屋だった。それも小さな子供が住んでいるように可愛らしい部屋だ。


 パッと見たところの手がかりは何も無かったけれど、部屋の隅っこに部屋と部屋を繋げるような本棚一個分はどの穴が見たかった。

 同時に紅美がそちら側の壁を軽く叩くと向こう側は空間のようにポンポンと音を上げた。

 つまりこの空間はこの壁によって切り分けられた片側にすぎない。

 外から見た景色では隣は廊下なのでそこまで大きな部屋ではないだろう。小さくバレにくい。まさに隠しものをするには最適な場所だ。


 「ここには何もなさそうね。この机の上の紙だけが頼りかしら」


 そんな言葉と共にソレに手を伸ばすレオン。直後どこからかトントンと音が聞こえた。この部屋からではない。むしろ廊下の方。

 足音だ。

 本に伸びていたレオンの手は一瞬ピクリと止まった。しかしことの重大さに気づいた瞬間に顔が青ざめる。

 紅美も同様だ。

 『セレナ』と行動を共にしていこう直接的に何かに襲われるということは少なくなった。故に忘れかけていたけれどここはそういうお城。油断も何もあったものではない。


 「ひとまず隠れよう」

 「か、隠れるって言ったって…」

 「こっち。今はこの裏しか」


 紅美の案により二人は壁を隔てた向こう側に身を潜めることにする。二人が息を潜め数秒後。誰かが扉を開けた。

 これまでのこの城で扉を超えて襲ってくるものはいなかった。だから自由に扉を開けれないものだと紅美は考察していた。

 万が一に備えて隠れることができたのは幸いであると同時にある仮説が浮かぶ。

 もし、この世界。さらにはこの城の怪物たちが扉の開け閉めをすることができないと仮定するならば、今回のこれは例外的なものだ。そして例外だなんて心当たりは一つしかなかった。


 「………いない…どこに行ったんだろう?まぁいいかもう時間だし」


 「ぁぁ」


 その仮説を決定付けるかのような声だった。聞こえた声は『セレナ』なもので間違いないだろう。そして言葉からも予想できるように彼女は紅美たちを探している。

 目的は定かじゃない。でも、今無防備に姿を現すことはできなかった。


 声が聞こえなくなり扉の音も聞こえてからというもの二人は胸を撫で下ろす。

 入ってきたこの部屋は人が二人、無理をしたら三人ほどが入れる幅で長さは隣のものと同じだった。

 見渡すけれど何もない部屋でただただそこにある空間のようだった。その宝箱を除けば。

 入り口から最も離れた場所にゆわんとばかりの宝箱があった。開けてしまえば何かが起こるとそんな予感がした。


 「ちょっと紅美、いい?」

 「ん?なに」

 「これって、そういうことよね」


 さっきと同じように声に元気がない。その手に持っていたのはさっき取ってきた紙。何やら文字が書いていた。


 「……うん」

 「そっか…そうよね〜」


 レオンは天を仰いだ。真っ白な部屋に異様な空気が彷徨う。それに呑まれるようにレオンは言葉を漏らした。


 「なによ。こんなのあんまりじゃない。アタシは、、アタシは」


 レオンは泣いていた。そして怒っていた。強く強く握り拳を作っている。そんなレオンに冷静に声をかけたのは紅美だった。


 「今は、嘆いてもしょうがない。なにか考えなきゃいけない。動こう」

 「ぇぇ。そうね。ごめん」


 とはいえできる行動の量は先ほどからあまり変化がない。新しく出来ることはこの部屋を調べ尽くすこと。

 そして、あの宝箱の存在を知ることだ。その一心で紅美は宝箱に近づいた。


 パカリといとも簡単にそれは開いた。問題は開いた後だ。そこには何も入っていなかった。

 何も入っていないというよりは無だった。

 底がない。箱の中に一つ世界が広がっているかのようだった。


 「何もないね。暗いだけ?」

 「んー探ってみましょう」


 真っ暗で中が見えないだけかと思いレオンがそこに手を伸ばした直後。二人以外の声が聞こえた。今となってはよく聞き慣れた彼女の声だ。


 「そんな中になるなら入ってみれば?」


 響き渡ると同時に背中に強い衝撃が伝わる。すると人が入れるはずのない宝箱に吸い込まれるように落ちていった。

 少なくなっていく光の中で少女が不敵な笑みを浮かべているのが見えた。手を伸ばそうとも少女には届かなかった。



   ◇



 ーチリンーー…


 ……チリン…


 「ぅ…」


 チリン…。


 「はっ、ぅ、頭痛い。。セレナは?レオンは?」


 意識を覚醒させた紅美は周囲を見渡した。

 そこは色鮮やかな世界で今までの世界『ソリトゥード』とは程遠いように感じた。しかしどこか雰囲気は似ている。

 馴染んだようなクレヨンで書かれたかのような花や動物。見慣れたようなものだけど違和感がすごく残る。


 「ぅぅ、何だか気味が悪いよぉ」


 横にいたレオンはいない。体力も限界を迎えている。『もみじ』の本に手を伸ばす。そこで気づいた。


 「ない、?どうしよう」


 さっきまで持っていたところから無くなっていた。

 その世界でのあの本は生命と繋がっている。あのページがなくなれば紅美生命は終わってしまう。

 その事実は紅美を焦らせた。


 「なんで、なんでこうなの?」


 溢れる弱音。それでもそんなのはここでは無意味だった。ボロボロな身体をなんとか持ち上げ本を探し出す。

 色鮮やかな世界でそれを見つけるのはなかなかに骨が折れる。

 しかし今は行動するしかないのだ。


 「レオンも、どこだろ」


 一緒に落ちてきているからこの空間のどこかにはいるはずだ。そうでなければいよいよ収拾がつかない。ここが最後だった。

 無限に広がるとまで思わせるその空間で紅美はやっと本を見つけた。

 パッと見ただけでわかるほどに薄くなっていた。ページ数が底をつかるのも早いかもしれない。


 「レオンを探さないと…」

 「その必要はないわ、」

 「レオン!!」


 振り向いたところにはレオンがいた。自分の本とさっき取ってきた紙をしっかりと持っているところを見ると意識を戻したのも早かったのか落としてなかったのかもしれない。


 「レオン大丈夫だった?ページ数は?」

 「大丈夫よ。そんなことより怖かったでしょ。ごめんね」

 「レオン、大丈夫じゃないよ」


 レオンの姿は見るも無惨で傷だらけだった。きっと紅美がその状態にやられて終えば立つこともままならないだろう。そう思わせる状態だった。


 「どうしたの?ねぇ、何があったの?」

 「何もないわよ〜落ちてきちゃった時にちょっと」

 「ちょっとって……」

 「ほら出口に向かいましょう。アタシたちにはやらなきゃいけないことがある。ね?」


 声が出ない紅美にそっと手を差し伸べてきた。紅美はそれを静かにそして強く握り返した。

 でも内心は気が気でなかった。



   ◇



 それから少しその空間を彷徨った。しかし歩幅はさっきよりも大きく回転も速かった。

 その理由となるのが紙に書かれていた一言。【時間制限】。

 紅美たちはこの世界に来て役十二時間を過ごしたらこの世界から出ることはできなくなる。作品になるということ。

 この世界での十二時間は元の世界の一時間。つまり一時間向こうの世界で紅美たちの存在は消えていることになる。

 一時間程度なら心配もされないはずだ。それに時間も時間。寄り道や部活をしていたら普通のことだ。

 この情報から解ったこともいくつかあった。

 それはこの世界に来るための条件のことだ。過去に紅美が拾った紙に書いていたかぐやの島。これはほぼ間違いなく月のことを言っているのだろう。

 それが満足。つまり満月だ。だから初めてさの本屋『幻境文庫』に訪れてから一ヶ月後にまた姿を現したのだと予想ができる。

 時間帯は詳しくは解らないけれど、その一時間には何かしらの理由があると考えられる。


 「紅美?大丈夫?」

 「だ、大丈夫だよ。ちょっと考え事を」

 「あの紙のことね。アタシも思うことはたくさんあるわ」

 「一時間。そして十二時間。私たちが来てからどれぐらいが経ったんだろ」

 「きっと、」


 レオンは何かを悟ったように前を歩いていた。そして若干優しさのマジだか声音で言葉を続ける。


 「きっと、六時から七時がこの世界の道が開ける唯一の時間だと思うわ」

 「六時から七時?なんで?」

 「その時間帯は昼でも夜でもないの」

 「夕方…」

 「そうね。そして夕方というのはあの世とこの世を繋げる時間帯。こんな呼ばれ方もするわ。“境界線が壊れる時間“」

 「もしかして、」

 「それが幻境文庫の名前の由来、、とでも言いたげですね」


 紅美の言葉に被せるように新しい話し声が飛び込んできた。

 ギョッとした。これ以上言葉も声も聞こえないと思っていたから。

 それはレオンも同じで二人して振り返った。


 「あ、どうも、(わたくし)マケと申します」


 ぺこりと頭を下げたのはまさかの“猫“だった。

 紅美はどこか見覚えがあった。その柄、耳の形、間違いなくあの猫だ。


 「もしかして、君」

 「あら?私が言葉を発することに驚かないんですね」

 「それは、びっくりだけど」

 「い、今更よね」

 「ありゃ、まぁいいです。とりあえずここから抜けることが先決でしょう」


 急に現れたものの言っていることは正しいと思ったら紅美は一つの疑問を問いかけた。


 「何で私を、私たちをここに呼んだの?」

 「紅美?」

 「レオンは違うの?私はこの猫の後をついて行ってあの本屋を見つけた。それも二回も」

 「そ、そうね。アタシも同じだわ」

 「なにか勘違いをしているようですよ?私は一度たりとも貴方たちを呼んだことはないです」

 「じゃあ、あの音は?あの時何で私の前に姿を現したの?」


 紅美のいうあの時。それはここに来るまでの調べ物をしている最中のとかだった。

 首を見ても鈴音は付いていない。だから二匹いるうちの一匹。紅美が本屋に入ろうとすることを妨げていたかのような猫だ。


 「私は貴方たちにここに入ってこないようにと、全力は尽くしたんですけどね」


 やれやれと言わんばかりに手を広げた。そして言葉を続ける。


 「まぁ、入ってきたものはしょうがない。弟の意思が一枚上手だったのでしょう」

 「意思ってなんのことよ。さっきから何を言っているの」

 「そんなことどうでもいいじゃないですか。せっかく忘れ物届けにきたのにそれも無くしちゃいますし」


 次はふーと息を吐いた。そういえば紅美が来る前にこの猫が何か本を咥えていたのを思い出す。たしか題名は…。


 「『サルス』?」



   ◇



 「キャキャキャキャキャキャ」。そんな音が聞こえたのはそれからすぐ後のことだった。

 さっきまでの塗り絵の世界は色が反転し、描かれていた絵は実態を持ち動き出した。


 「紅美!逃げて」

 「キャッ」

 「ほらあっち!階段があるわ」

 「ぁぁ、そっちは…」


 そうして紅美たちはその絵から逃げるように階段を駆け上がった。細い道を抜けた先にはしばしの空間が広がっていた。

 一つは簡単に入れそうな扉。もう一つは鎖のようなもので厳重に閉ざされていた。


 「にゃはぁ〜ここから出るべきと思いますけど」

 「でも戻ってもどうしようもなかったよ」


 紅美の発言通りさっきの空間。すなわちこの階段の下の階には逃げ道がなかった。

 少しの時間しかいなかったとはいえ歩いているうちの少しの情報で大まかな形は読み取れる。

 下の階はまさに宝箱の内部のように長方形で構成されていた。大きさも大きすぎない故にこの階段以外のルートが無いことは見て取れた。


 「そうね。アタシも戻ることには賛成できないわ。それにアナタのことも信用しきれたいない」

 「はぁ、そこまで言われてしまえば私目に止まることはできませぬ」

 「さぁ紅美、とりあえずあの扉開けてみましょ?」

 「………」

 「紅美?」

 「あ、ごめん」


 鎖のようなものに手を伸ばしていた紅美はどこか上の空のような様子だった。

 どうやらその通路を塞いでいたのは葉っぱのようなもので絡み合うように塞がっていた。

 それに片手で触れ、空いた方の手で胸を押さえていた。何か思うところでもあるのだろうか。


 「私、ここより奥に行かなきゃいけない気がする。呼び込まれてるかのような」

 「その先って、、でも現状それを超える手が…」

 「でも、でもその扉よりも先にこっちに行かないといけないの……ご、ごめん」

 「んーん。アナタがそこまで言うんだもん何かあるに違いないんだわ」


 レオンは思い当たる節があった。これがもし本当に植物性のものなのだとしたら手立てはたくさんある。そのうちの一つが“火“だ。

 レオンはライターを持っている。この世界で火を使うと言うことは危ないことかもしれないけれど、今はやってみる他なかった。


 「レオン?いいの?」

 「ええ、まだ時間もあると思うし」

 「どこまで能天気なんですか貴方達。いいですか?貴方達は帰らなければならないんですよ。宝箱からの逃げ道も解ってないのに時間を割く暇は…」

 「頭じゃわかってるわよ。わかってるけど、それで制御できないのが人間の心なのよ」


 猫は黙った。レオンの言葉に感化されたのか呆れたのか、その事実はわからない。それでも猫が口出してくることは無くなった。



   ◇



 「それじゃ、火使うわね」

 「…うん。お願い」


 火を着火すると想像よりも上手く広がり、その葉を全て燃やし尽くした。


 「(はす)の花だね。これ」


 火が燃え尽きる頃にはその場から何かが落ちた。

 綺麗で大きく、どこか儚いそれは花だ。

 それを拾い上げた紅美はそっとそんな言葉を吐いた(ついた)。この世界のものとは思えないほど綺麗な見た目をしている。


 「はすのはな?」

 「そう。この葉っぱの形とか、花の色とか、蓮の花だと思う」

 「そうなのね。紅美は物知りね」

 「でも、蓮の花ってこんなに広がって咲かないはず。それに沼とか水の上とかに咲いてるイメージ」

 「花が水の上に咲くのね。なんだか聞いたことがあるような」

 「蓮の花には水耐性、撥水性(はっすいせい)を持っている植物として有名ですから、天敵から守るものとしてね」


 何か猫が言っていたけれど、特に気にすることはないだろう。二人は静かに先に通ずる道を進むのだった。

 紅美な花をそっと床に置いていた。二人は気づいていなかった。その花の中に()()()()が隠されていたことに…。



   ◇



 「ず、随分と雰囲気が変わった部屋ね」

 「なんだか、懐かしい」


 どうやら宝箱とは違う部屋のようだった。思い返せばさっきの部屋も宝箱とは別のものなのかもしれない。塗り絵も追ってこなかったし。

 紅美は、なんだか懐かしいとと言っていたけれどそれはレオンも感じている感覚だった。

 どこか懐かしいような。どこか見たことがあるような部屋だった。

 そんな部屋の側面には何か額縁のようなものが張られていた。暗くてよく見えない、一体何が飾られてるのだろう。



   ◇



 「あーあーあー。何も考えずに入っていくだなんて全くあの人たちは…」


 道の先へは進まなかった猫は一人でそんな言葉を漏らしていた。猫は何かを待つかのようにその道の入り口上部に目をやった。

 猫の脚力と特有の爪で壁に飛びつき引っ掻いた。

 どんなに上から張り替えても、衝撃さえ与えてしまえば簡単に元の姿を取り戻す。

 そこには部屋の名前が書かれている。それはこの城全てに言える事実。

 二人は全く気づいていないけれど、本当は全ての部屋に名前があるのだ。そしてそれはもちろんこの部屋も例外ではない。

 この部屋、『なずきの間』もだ。


 「入ってしまいましたね〜時間もないと言うのに…」


 「…一体どこに行ったのよ」


 「ッ!」


 その場に現れた少女にバレないようにと、猫は姿を隠した。

 彼女もまた、その部屋に進んで行った。蓮の花の壁が無くなっているのを確認すると少し歩幅が大きくなっていた。



   ◇



 「これ……ッて」

 「ァ、ぁ…」


 二人は飾られている額縁の前でただ茫然と立ち尽くしていた。

 立ち尽くす、と言うのも二人の状態はほぼ対極なものだった。


 「まって、待ってよ。なによ…この部屋の」

 「お母さん、お父さん…翔」

 「ァァァァァァァァァァァァ」

 「レオン!どうしたの?大丈夫?」


 唐突に取り乱すレオンに焦りと心配の混じった言葉をかける。

 しかしそれはそうと紅美もその額縁から簡単に目を離すことができなかった。自分の心が鷲掴みにされたようにそれを見てしまう。

 レオンには何が見えているのだろう。紅美と同じものなのだろうか。いや、そんなはずなかった。

 だって、だって今紅美の目の前にあるのは…。


 「家族の……絵…?」

 「こんなの、こんなの。無いわ」

 「レオン、とりあえずこっちを見て、レオン、落ち着いて」

 「ぁあ、ああぁあ」


 声にならない声が響き渡る。汗が止まらない。それなのに額縁から目を離さないのがレオンだった。

 焦点が合わない。耳に声が届いていないようだ。

 それでも紅美は声をかけるのをやめない。


 「レオン。何が見えてるの。レオン、ねぇ、話を聞いて」

 「はぁ、はぁ、」

 「ねぇ、レオン!」


 気づけば紅美はレオンに抱きついていた。

 そっと抱きしめたレオンはまだ落ち着いてはいなかった。そんなレオンに必死に言葉をかける。


 「レオン、大丈夫。大丈夫だから。今は私がいるから。一人じゃないから」

 「アタシは、アタシは、なんで…」

 「レオン!」

 「…!!」


 どうやら少しは落ち着いたようで、言葉が届いている様子だった。

 それでもその恐れを成している顔に変化はなかった。


 「ねぇ、レオン話してくれない?貴方には何が見えてるの?」

 「アタシは、アタシは、”幼い頃に捨てられたのよ”」

 「えぇ?」

 「アタシはレオナード王国で産まれた一人の子供だった」


 これから明かされることになる。レオンの王子としても生涯を。その過酷な人生の全貌だ。



   ◇



 「アタシは一国の王子として産まれた。血筋はそりゃすごいもので誰でも言うことを聞かせることだってだきたの。それゆえにアタシの家族はみんなプライドが高かった。

 みんな普通に優秀な逸材を求めたわ。アタシの兄妹は四人。アタシは三人目だったわ。兄も姉も弟もそれは優秀で愛されて育った。

 でもアタシにはみんなが異常に見えた。意思も持たずにただプライドと地位のために動くロボットみたいに。

 アタシはそれが疑問で仕方がなく、自分の考えを行動に移した。それからと言うもの人生が地獄に変わったわ。

 アタシの性格はどうやら生きにくいみたいなの。兄妹にはもちろんいじめられたわ。お前は普通じゃ無いんだって何度も言われた。

 アタシが大切にしていたものは女の子のものだと壊された。アタシの服装は着るなと怒られた。

 そして、希望だった両親もアタシを毛嫌い、その名をアタシから外した。

 最後に言われた言葉はこれだった。{どうか、どうかレオナードを名乗らないでほしい。お前は私たちの生涯の恥}だと。

 アタシは逃げるようにそこから逃亡した。悪いことだって何度もした。生きるために必要なことだったの。

 それから一つの国に辿り着いた。そこで見つけたの。瀕死になっている猫を見つけたの。さっきのとすっごく似ている猫。

 どこか違うとしたら首輪が付いていないことかしらね。

 それに案内されるがままに進んだの。そこならアタシはアタシでいれる気がしたから、、それがあの本屋さん。『幻境文庫』だった…」



   ◇



 「それがアタシがここにきた理由。ここにきて怖いことも死にそうになることもたくさんあったけど、辛いとは、、あんま思わなかったわね」

 「そう、、だったんだ」


 言葉にできないほどの感情が一気に紅美の胸に飛び込んできた。

 なんて声をかけてあげればいいのか、いつも助けてくれたレオンを助けることはできないのだろうか。


 「大丈夫だから。アタシは、大丈夫、、はぁはぁ」


 そんな紅美を見かねてだろうか。レオンは荒い息の中でそんな言葉を吐いた。

 そんな姿が紅美には謎で仕方がなかった。


 「…なんでよ、、何でなのよ」

 「え?も、紅美?大丈夫?」


 紅美は涙を流していた。


 「こんなに頑張って生きて、こんなに優しいのになんで…」

 「だから、いいのよそれは。アナタの見えている絵に心を傾けて、、あげて」


 紅美は解った。これまでわかったつまりになっていただけのただの知識だ。

 なにが大丈夫だ。なんで今助けられているんだ。


 「じゃあなんで、なんで、なんで震えてるのよ」

 「ぇっ、」

 「なにが大丈夫よ。なんでそれをレオンが言うのよ。レオンは大丈夫だって言われる側のはずでしょ?」

 「そ、そんなこと…」

 「私はレオンの優しさに触れた。レオンの暖かさに触れた。過去のことが何?プライドが何よ」

 「……」

 「私はレオンいればいい。レオンが生きてくれたのならそれでいい。レオンの持っている問題は無駄じゃない」

 「もみじ…」

 「私は、まだまだちょっとしか生きてないし恵まれた環境で生きてきたけど。私の肩なら、、いくらでも貸すよ?」


 二人はそっと額縁に目を戻した。さっきまでの震えはまるで無くなっていた。過去の事実を飲み込んだわけではない。

 でも、向き合う勇気をもらった。



   ◇



 「なんでここにいるの…、、ねぇ、なんでここにいるの!!!!!!」


 背後から聞こえた怒号。そして歪んだ地面。その空間は一瞬にして懐かしい雰囲気を無くした。

 代わりに禍々しさと嫌悪が支配した。


 「『セレナ』……」

 「なによ。早く出てってよ」

 「待ってよ『セレナ』アタシたちの話も」

 「早く出て行ってよ!!!!」


 目の前にいる少女にはどうやら二人の声は届いていないようだった。いや、届いているけれどそれを認めたくないのだろう。

 あんな、紙まで残して…。


 「紅美、無駄よ。アタシが気を逸らさせるからその間に逃げるしか」

 「また無茶するの?一緒に逃げようよ」

 「………そうね、“一緒に“ね」

 「もうどうせ時間もないんだ。は、はははもう終わりだ」


 『セレナ』がその場に膝をつく。二人はその横を急いで走り抜けた。

 なぜ今になってこんな膝をつくなんてことをしたのだろう。その答えは今はまだ解らない。でも、逃げるチャンスに他ならなかった。



   ◇



 それから二人は急いで廊下を抜けた。抜けた先には猫が重そうに腰を下ろし座っていた。

 何かを伝えるつもりはないのか言葉は発さなかった。


 「急いでこっちの扉に入りましょう」

 「う、うん」


 そうしてその扉に手をかけた。鍵は掛かっておらず、すぐに開けることができた。中には真っ暗な階段が広がっていた。

 降るための階段。光はほぼ無く、かなり危ないところだった。


 「紅美、足元気をつけてね」

 「レオンもね」

 「本はしっかり持ってる?」

 「持ってる」

 「じゃあ行きましょう」


 なるべくスピードを落とさぬよう二人は階段を駆け降りる。階段の途中では走馬灯のようにこの世界での記憶が二人の頭を駆け巡った。

 もちろんあの紙のことも。



 【紙の内容】


 私の友達を作る。そんなことを願って何年経ったのかな?この世界の人はみんなあの人の作品にすぎず感情を持ってるようには見えない。

 じゃあ私は何?多分失敗作なんだろう。私が願わなければ、私が産まれなければ、こんな思いをすることもなかったのに…。

 あの人の意思が私たちを生かす原動力になる。だから私は死ねない。彼に永遠に生き続けられる呪いをかけられたようなものだと思う。

 そんな私も友達を作れるかもしれない。優しそうで私とも話してくれるような人がいい。

 だから私は選ぶことにした。選んだのは「外の世界」と呼ばれるような場所から人間を連れてくること。でもひとりぼっちは寂しいから二人ぐらい連れてきたいな。

 でも本当にそんなことしていいのかな?その人たちの家族は?その人たちの人生は?私の一存で全てを終わらせてしまってもいいのかな?

 迷惑、、だよね。でもそれぐらいしないと…私は。

 もし人間がこの世界に来れば十二時間でこの世界の人になる。あとは本が無くなることがトリガーらしい。それまで何とか…。

 私の命はもう時期消える。きっと本屋と共に。

 もう、やるしかないんだ。優しさなんて、罪悪感なんて全部捨ててやろう。私は『ビクトス=マクマホン』の作品で孤城のただのお姫様なんだから。

 でも、外に出てみたいな。


 「『セレナ』最後なんで私たちに手を出さなかったんだろう」

 「それは…」


 言葉に詰まる。二人の間にはそんな微かな沈黙が流れた。とても居心地が悪い。

 すると光が差し込んできた。その光を追いかけるように階段を降り終わるとその場所に辿り着いた。


 「ここは、」

 「本屋さんだ。見覚えがある」

 「そうね。ここは…」

 「「幻境文庫」」


 二人が辿り着いたのは幻境文庫。全ての元になった本屋さんだった。

 元の世界に戻れるとしたらここからあの本『ソリトゥード』をもう一度開けばいいと二人は考えていた。

 二人の足取りはバラバラだ。そんな足でその本の前に立った。どうやら周りの本も含め置き方には変化がないようで初めてこの本屋に来た時と同じ場所にその本は置いていた。


 チリン…。

 「ニャァァ」


 本の前にそっと立っていると横からそんな聞き慣れた音が聞こえた。

 恐る恐る横に目をやる。結果は予想通り。あの猫が姿を現した。


 「どうしたの?私たちをここに連れてきた張本人」

 「ニャァァ」

 「どうせ喋れるんでしょ?なら…」

 「無理だと思いますよ。彼はもうまともな思考を持っていませんから」


 次に聞こえたのは鈴の聞こえてない方の猫の声。何かを知っているようだった。


 「知ってることがあるなら話して、貴方たちは一体なんなの?」

 「全く、あの中で何が起こったのか知りませんけど強くなりましたね」

 「雑談はいらない。今は結果を結論を。今私たちには時間がないの」


 『ソリトゥード』の本を手に取るだけで元の世界に戻れる可能性が高い。しかしどうにもそこに手が伸びなかった。その理由を猫たちに押し付けなんとか結論を得ようとした。


 「ニャァァ!」

 「危ない!!」


 押し倒されて紅美は尻餅をついた。渋々目を開けるとレオンが馬乗りになっていた。どうやら猫が攻撃をしてきたようだった。


 「お二人は早く元の世界へ。弟がどうも迷惑かけてすみませんでした」

 「弟?まさかその猫が」

 「意思を閉じ込めるビクトスの呪い…そう言うことかしら」

 「何してるんです?早く!もう時間が」


 今はどうやら猫同士で取っ組み合いのような状態になっていた。今ならすぐにでも元に戻ることができる。

 でももし、このまま二人が帰って終えばここは、この本屋さんはどうなるのだろう。存在自体が異質なここはきっと普通ではいられない。

 そうすれば、、セレナが…。


 「お二方!どこにいくのです?なにを!」

 「もうどうでもいい。時間はまだあるはずでしょ。私は戻るまだあの場所に一人の()()が残ってるから」

 「アタシも同感よ。あんなの残して明日の朝食べるご飯が美味しいとは思えない」

 「ニャァー」

 「あぁーもう。ならこれ忘れ物ですよ」


 猫は紅美に一輪の花を投げ渡した。

 すると本棚の隙間からたくさんの化け物が出てきた。どうやらこの本屋の全てがビクトスの作品のようだ。

 後ろはもうすでにお祭り状態、あとからその場所に入っていける確証なんてどこにもなかった。

 それでも二人は振り返らない。ただがむしゃらに階段を逆走した。


 「紅美、アナタだけでもいいのよ?アタシは」

 「今更だよそんなの」


 強い意志を宿した目をしている紅美の一言はレオンに理解をさせた。

 二人は言葉を使わずに階段を登った。



   ◇



 ポツリと一人その場所で膝をつき茫然としている少女がいる。とても静かに座っていてその姿に怒りの感情は見て取れなかった。


 「こんな部屋、無くなればいいのに…」


 そんな少女は独りではなかった。


 「「セレナ!」」

 「……!!」


 声の方向に振り返るとよく知った二人の姿があった。一人は同年代ぐらいの女の子。物静かそうで優しい見た目をしている。もう一人は身長も歳も上の男の人。なんだか喋り方や仕草は女の子のような特徴ある二人だ。

 でもなんで二人がここに来ているのかは全く解らなかった。


 「何しに来たの…」

 「アナタを助けに来たのよ。こっちに来なさい」


 そう声をかけるけれど少女はピタリとも動かない。ただ一つの額縁を見ていた。

 少女にはどのように見えているのだろうか?あの額縁はもう世界観のような基準になっていた。


 「ねぇ、セレナ。ごめんね。私たち何も知らずに…知らないふりをしてセレナが一番頑張ってるのに」

 「同情?早く行きなよ。二人は帰る場所があるでしょ」


 会話はできる。少女は怒鳴ることも無くただ無表情に額縁を見ていた。


 「私はねこの額縁を見ても何も見えない。私が背中を向けているようにしか見えないの、それがどんなに」


 強く下唇を噛んだ。握り拳が強くなる。


 「早く帰ってよ」

 「じゃあなんで私たちを逃したの!」

 「…!」

 「そうよ。紅美の言う通り、アナタはやっとの思いで私たちをここに連れてきた。それならもっとやりようはあったはず」

 「たまたま二人の運が良かっただけだよ。せっかく運がいいんだから」

 「運なんかで貴方の優しさを終わらせたくない!」

 「宝箱に落とした時、なんでアナタは悲しそうにしていたの?ずっと隠せるのならそんな顔にはならないはずでしょ?」

 「うるさい」

 「あんな紙まで置いといて、あそこはセレナの部屋なんでしょ?」

 「うるさいうるさい」

 「アタシたちは黙らない。アナタがまだ幼いただの人間なんだから」

 「ずっとサインを出していたのに気づかないでごめんね。この花「蓮の花」の花言葉思い出したよ…」

 「関係ない」

 「ある。だってこれは、「助けて」って花言葉なんだから!」


 最後の言葉にセレナな泣きながら二人に目線を向けた。本当はずっと向けたかった。涙を流したかった。

 でも運命がそれを制限した。だけど、溢れるようにそれは止まらなかった。

 二人の瞳に反射するセレナもまた泣いていた。


 「私は貴方達を殺そうとしたんだよ…?今更…」

 「でも、殺さなかったじゃない」

 「わがままなんだよ?自分勝手なんだよ?貴方の人生をめちゃくちゃに」

 「うん。それがセレナでしょ?なら、いいよ」


 全てを肯定するかのようなその言葉を掛けながら手を伸ばす紅美にセレナも無意識に手を伸ばしてしまっていた。

 刹那、ゴゴゴと何が崩れるような音と共に部屋の天井が浮かび上がった。

 いや、浮かび上がったなんてものじゃない。何かに吸い込まれるかのように崩れていった。

 伸びた二人の手は繋がらなかった。

 それはセレナもなにかに吸い込まれてしまっていたからだった。


 「ごめん。ごめんなさい。やっぱ私には無理みたい」

 「セレナ!」

 「なに、諦めてるのよ!アタシがそれを許すとでも思ってるの?」


 間一髪でセレナの手を掴んだのは紅美よりも腕が長いレオンだった。必死に捕まるけれど引き返すには力が足りなかった。


 「キャッ」


 ゴゴゴと地面も崩れ始める。気づけば空が見えるほどに天井は崩壊していた。

 それまでは害がなかったと言うのに気づけばレオンの足も紅美の身体も宙に浮き始めていた。


 「私は本を通して元の世界に戻れる保証はない。そこで消えちゃうかもしれない。だから二人だけで」

 「いつまで、いつまで逃げるの?楽しいことは外にしかないんだよ。この世界じゃセレナは楽しめない」

 「わっ!」


 風が強くなりセレナとレオンの繋がっていた手は解けてしまった。握力の限界だったのだろう。

 吸い込まれる速さが増すようにセレナは浮かんでいく。紅美は追いかけるようにその力に身を任せて身体を浮かした。


 「セレナ!手を、、伸ばして」

 「も、紅美…」

 「もう逃げないで、自分の運命と戦って、貴方はセレナ。作品なんかじゃ無く一人間だよ」

 「でも…」

 「私はここで貴方を知ってしまった貴方がいない世界なんてもうやだよ。私は貴方と外に出るんだ」



   ◇



 「手、届いたね」

 「でもこのままだと紅美も」


 空を見上げるとなにやらブラックホールのようなものに吸い込まれていた。あの中に入って終えばもう元の世界に戻ることはできないだろう。

 そんなことも考えずに二人は手を離さなかった。


 「仕方ないよ。私の友達は、私は、、いつでも楽しいこと最優先だから」

 「うん!」


 二人は笑顔だった。孤独のお姫様は救われたように満足そうだった。



 「……….がぁ…」



 「あれ?今何か聞こえた?」

 「かもしれない」


 繋いだ手を解かぬよう強く強く握っていた。そんな二人の耳にこれまでとは明らかに違う音が聞こえてきた。

 下からは城にいた多くの化け物が浮かび上がってくる。しばらくするとレオンも浮かんできた。


 「もうアタシだけ仲間はずれは嫌よ」

 「二人とも…」

 「待ってあれ見て!あれってもしかして」


 ブラックホールももう近いと言うそんな場所で紅美は全く逆の方向を指差した。

 そこには夢のような景色が広がっていた。流星群でも見ているかのようで、それはひたすらに美しい眺めだった。


 「ぐがぁぁぁ!ぐがぁぁ!」


 潔白な身体はこの世界に似合わない。ところどころ輝きを放ち美しさを際立たせる透明感の強い青は彗星をも彷彿とさせる。

 全てが吸い込まれる中で自由に飛ぶその姿はまさかに、希望だった。


 「貴方たち!」

 「さ、サルス!?」


 そのドラゴンのような生き物は紅美たち三人を器用に背中に乗せその吸引から救ってくれた。

 そして空を飛んだ。


 「な、なんで!」

 「大丈夫。この子達は優しいから。ねぇ貴方たち私したへ行きたいんだけど連れていってくれない?」


 紅美がその生き物に声をかけるとそっと降下を始めた。

 羽根に傷跡らしきものがあるこの生物にはとても見覚えがあった。あの時、レオンに会う前紅美が応急処置をしたあの子だ。


 「まって紅美、貴方サルスを手懐けてるの?」

 「手懐けるってほどでもないけど彼らは優しいから」

 「驚いた…」


 そうこうしているうちに三人はその場所まで辿り着いた。他の場所とは違い確かに形を保っているそこは『幻境文庫』。その本屋だ。


 「全く遅いですよ。もう時間がぁぁぁってサルス!?」

 「ニャァァ」


 そんな驚くべきことなのか、サルスと呼ばれるこのドラゴンを見ると全ての化け物が姿を絡ませる。鈴付きの猫も例外ではなかった。


 「ま、まぁいいです。早く『ソリトゥード』を」

 「うん。ありがとう猫さん」

 「マケです〜」

 「まけ……」

 「どうしたのセレナ?大丈夫かしら?」

 「あぁ、うん。ありがとうレオン」

 「さぁみんな行くよ」


 紅美が声をかけると皆が硬直した。そして一番は間にいたセレナだろう。

 彼女はこの世界から安全に出れる保証はどこにもない。出た先で独りになる可能性だって充分あり得る。最悪の場合…なんてことも考えられる。

 人一倍自由を夢見て、外を夢見て生きてきたからこそ、怖いものがあるのだろう。

 そんなセレナの右手を紅美の左手が覆った。


 「大丈夫。もし出れたら必ず私たちは会えるから」


 すると左手にレオンの右手が重なった。


 「こうやって繋がっていれば一人残されるなんてことないでしょ?安心して」


 こんなに安心できる場所がある。そんな事実を初めて感じた。それが背中を押した。


 「二人ともありがとう」


 そうしてその本に手をかけた。

 強風が吹く。辺りの本がバサラバサラと床に落ちる。けれど『ソリトゥード』だけはしっかりと形を保っている。

 パラパラと捲れるページには多くの文字が書いていた。どうやら紅美たちのことが記されているらしい。

 この世界のことが小説のように。


 「これが、外の世界。もっと、楽しい世界。でももしかしたら私は…」


 セレナの言葉を最後にあたりは真っ白な光に包まれた。



   ◇



 「ぁりがぁとぅ」


 「うぅ…」


 眩しい紅く鋭い光に目を突かれ紅美はそっと目を開けた。

 静かな状況を脳で理解しようと姿勢を整える。紅美は本棚の前で倒れ込んでいた。

 しかし今までとはまるで雰囲気が違う。その場所にホッと息を吐いた。


 「手……」


 紅美は自身の手を見つめる。なにかを忘れている気がするけれど、思い出せない。この手には大切な何かがあるような…。

 そんなことを頭の恥で考えているとパサッと本のような何が落下する音が聞こえる。そちらに視線を向けると案の定一冊の本が床に落ちていた。

 特に目的があったわけじゃないけれど、それに心を惹かれたような感覚に陥り、手を伸ばした。

 題名は『サルス』。どこかで聞いたことのある名前だ。

 紅美は一ページ、また一ページと文を読み進めた。


 「あぁ、私なんで、、忘れてたのかな」


 本が水滴で少し萎れる。正体は紅美の目尻に浮かんでいるものと同じだ。

 そっと左手に目を落とす。そこに何もないことを認識すると仕切が無くなったかのようだった。

 溢れ出す大粒の雫を止めることはできなかった。止めようともしなかった。

 ふとお尻に何かが当たってる感覚を覚える。ポケットの中の物に心当たりがあった。

 そっと取り出したのは一輪の花「蓮」だった。手に取ると枯れ落ちるかのように花びらが朽ちた。

 紅美は懸命にそれを拾い上げ、静かに立ち上がった。

 花びらがこちらにあるのだからセレナもこちら(この世界)にいてもなんらおかしくはない。「蓮の花」の花言葉は“助けて“の他にもいくつかある。そのうちの一つが、これだ。


  『信頼』。


 紅美はそんな花言葉に希望を託し、本屋さんを後にした。

 ひゅーと冷たい風が吹く。季節外れの音はもう聞こえない。


        ーー 幻境文庫 完 ーー

 「どうだった?信憑性出てきたろ?」

 「んまぁな。サルスって本は?」

 「なんかいまいちわかんねーんだけど、ビクタス以外の誰かが書いた希望を歌った小説らしいな」

 「ふーん…それが守ってくれたのかもな」

 「どうだろうな」

 

 変哲もない語り継がれる冒険談。不思議な冒険はどこにあるのだろうか。

 いつかあなたの街にも……



          チリン…

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