欲しがりの妹に全部あげてみた
間違えて連載設定にしてしまったので、短編に直しました。
「メルティス、お前は姉なのだから、妹に譲りなさい」
「メルティス、妹を泣かせるものではありません」
何度となく私はその言葉をぶつけられた。
妹のヴィスティは金の髪に、輝く青い瞳の可愛らしい美少女で、私はぱっとしない茶色の髪に深い緑の瞳だ。
聞き分けの良い姉、と我侭な妹というだけではなくて。
将来家を継ぐのは私だから、妹が手元に居る内に甘やかして可愛がるのだという。
私には淑女教育に加えて、領地経営の勉強も始まって大変な目にあっているというのに。
目の前で妹は、これでもかと周囲の人々に可愛がられるだけの日々。
当然妹は、何でも欲しがるし、増長して我侭放題になるから、私が注意をするだけで悪者にされてしまう。
主人達の軽んじる私を軽んじる使用人もいるけれど、昔からの使用人はそんな事はしなかった。
何せ妹の無理難題や八つ当たりから救ってきたのだから。
そして、いずれはこの家の当主となるのは私だとわかっているからだ。
伯爵家は、上位貴族の中に入る。
とはいえ、何でも許されるほどの身分ではない。
けれど、家で散々甘やかして育てたヴィスティは当然お茶会でやらかすのだ。
「ねえ、貴方のその首飾りとっても素敵ね」
笑顔で言われて、相手のご令嬢は嬉しそうにはにかんでお礼を言う。
ここまでは微笑ましい。
だが、ヴィスティはにこにこととんでもない事を言う。
「わたくしにくださらない?」
「えっ」
えっ、だよね。本当に。
相手は子爵令嬢で戸惑っている。
飼い主の母親は遠くで御夫人方と談笑中。
私は仕方なく、二人に近づいた。
「ヴィスティ。貴方が欲しがって良いのはわたくしの持ち物だけよ。他所様のご令嬢の持ち物を強請ってはいけませんわ」
「何で?だってわたくしが欲しいと言っているのよ?」
いつものようにじわり、と大きな瞳に涙を溜める。
私は困ったように眉尻を下げて、周囲でうわあ……と遠巻きに見ているご令嬢達にお辞儀をする。
「申し訳ございません。まだ幼くて躾も行き届いていないので、何でも欲しがってしまいますのよ。いつも注意しているのですけれど、わたくしの言う事には耳を貸して貰えなくって」
「大変ですこと……」
「お気を落とさずに……」
周囲の人間に慰めを受ければ、耐え切れないというようにヴィスティは泣きながら飼い主……いえ母の元へ。
「お姉様が意地悪をいうの!」
「まあ、何て事!メルティス……貴方ヴィーを泣かせるなんて」
母娘劇場が開幕した。
ひしっとしがみ付く妹のヴィスティはそれは可愛らしいし、大粒の涙を零していたら、誰も彼もが守りたくなるだろう。
私はそれを見て呆れるしかないのだが、先程慰めをくれた御令嬢の一人が、助け舟を出してくれた。
「わたくしが見たままをお伝えいたしましょう」
優しい言葉に私が驚いた。
ありがたく頷いて、私は妹と母の元へ彼女と歩き出す。
「お口添え頂くだけでありがたく存じます。……お母様、申し訳ありません」
「本当に、いつも貴女は……そんなに優しく出来ないのなら、将来の事を色々考えないとなりませんわね!」
謝った私に、これみよがしに雷を落としてくるが、大丈夫だろうかこの人は。
訳も聞いていないのに。
「今度からは気をつけますわ。ヴィスティがわたくしにするように、ヴィスティが欲しいものを持っている方に、物を強請るのを注意するのは止めます。今日は子爵令嬢の首飾りが欲しいと我侭を申しておりまして、彼女が困っておりましたけれども」
「立場が上のヴィスティ様から欲しいと言われて、彼女も困っておりましたところを、私も拝見いたしました」
私と口添えを頼んだ令嬢の言葉に目を白黒させた母は、ヴィスティを見る。
ヴィスティは唇を可愛く尖らせた。
「だって、素敵だったんだもの」
「同じ物を買ってあげますから、他の方から頂くのはおやめなさいね、ヴィスティ」
優しく言い聞かせる母は、さっきまで私に大声で怒鳴りつけていた姿と全く違う。
ヴィスティは不承不承、母に縋りついて頷いた。
「もういいわ、戻りなさい。皆様お騒がせ致しました」
「よくあることですわ」
「まだ幼いのですもの」
周囲のご夫人達に謝罪をして、社交辞令で受け入れられて、終わったとばかり私は踵をかえすが、一緒に来ていたご令嬢はその場に残って言い放った。
「謝罪はございませんの?」
夫人達もぴたりと、動きを止める。
私もだ。
「間違った事を間違っていると注意した者を、怒鳴っておきながら、謝罪がないのは何故でしょう?それに、家では妹の欲しがった物を全部姉が与えなければいけないなんて、理不尽ですこと」
「あ……え………」
にこにこと微笑む御令嬢の辛辣な言葉に、母は何も言い返せないまま、周囲を見回した。
何もこのお茶会は仲良しごっこをする場ではない。
情報共有の場でもあり、情報戦の場でもある。
周囲だって友人もいれば、敵もいて、扇の下ではニヤニヤしている人だっているのだ。
母は仕方なく、取り繕うように微笑んで猫撫で声で言った。
「そうね……悪かったわメルティス」
「はい、お母様」
仕方なく謝る母に、仕方なく私は微笑み返す。
帰ったら荒れそうだけど、気味が良い。
私ももう少し戦い方を学ばねばいけないな、と隣で微笑む少女を見る。
「お友達になってくださる?わたくしはメルティス」
「ええ、こちらこそ、宜しくお願いいたしますわ。わたくしはシェリー」
こうして私は生涯の友人を得た。
お茶会の後半は彼女との作戦会議となり、私はそこから自分の運命を切り開く事にしたのである。
帰った後はやはり、母は屈辱を受けた事で荒れ狂った。
だが、基本的に淑女ではあるので、何かを壊したりする事はないけれど、私に対して怒鳴りまくる。
あまりの理不尽さに使用人が青褪めるほどに。
「お母様。お言葉に全て従います。妹を大切に慈しみ、泣かせない事を誓います。魔法の誓約書をご用意頂けたら、きちんと誓約も致しますわ」
そう言うと、母はぴたりと怒鳴るのをやめ、やっと冷静になった。
「そうね、それもいいかもしれないわね。誰かに魔法省へ買いに行かせて頂戴」
満足げな母の命に従って、誓約書が用意された。
妹を大切に慈しみ、泣かせないように気遣う
この家に居る限り、姉として得たものは全て妹へと譲る
私と妹の誓約に、母が後見人として署名をする。
普通は誓約者と公証人に届ける三枚だが、この場合は四枚の書類が出来るのだ。
妹はそれを嬉しそうに宝石箱にしまいこみ、私は忠実な侍女に銀行の貸金庫に預けるよう手配を頼む。
母は書斎の金庫に2枚を持って行こうとするので、それを止めた。
「お母様、最後の一枚は公証人へと提出しなければ。わたくしの侍女に届けさせますわ」
「え……な、何を言ってるの、そこまでしなくて良いではないの」
母にしてみれば、ちょっとお灸を据えてやるかという気持ちだったのだろうけど、こちらにとっては生命線にもなりうるのだ。
私は冷たい視線を向けて言う。
「こういう事は正しくあらねばならぬと、父に教わっております。きちんと公証人へ提出致しませんと、困るのはお母様ですわ。魔法省では購入した人物が、きちんと公証人に書類を提出しているか確認を行いますもの。半年以内に提出しない場合は、誓約書を返却しなくてはいけない法律に反する事になりますわ」
まさか十に満たない娘に指摘されるとは思わなかったのか、知らなかったのか、母は渋々と書類を私の侍女へと渡した。
「ちゃんと提出なさいね」
「畏まりました」
それから、私はひたすら妹を甘やかし始めた。
何でも与え、可愛いと褒めまくり、妹はすくすくと成長する。
我侭には拍車がかかるけれど、私一人が犠牲になってそれを止めて悪者になるのは大変だったから。
優しい虐待にものすごく協力的になった。
妹は家で泣く事がなくなり、母も素直に従った私に大満足だ。
ただし、私は妹を甘やかす代わりに一緒のお茶会に参加する事は止めてしまった。
どうせ、何かやらかすから。
責任は全て親がとればいい。
私が十二歳になる頃、妹は十歳になりお茶会の数も増えてきた。
ある程度の教育はしているが、妹の嫌な事はしなくていいという我が家の方針で、家庭教師も厳しくは教えられない。
厳しくして泣かせた家庭教師は辞めさせられるからだ。
だからまぁ、やらかすのは時間の問題だったし、私には関係ないので勉強に没頭していた。
気がかりなのは、私の髪の色だ。
地味な色だった筈なのに、段々金色に近くなってきていて、私は仕方なく魔法薬でそれを調整している。
妹より目立たない姉の立場は守らないといけない。
髪の毛を全部剃れとか言われたら、やらなければならないかもしれないからだ。
面倒くさいけれど、私がこの家を継ぐか捨てるまでの事。
いつもどおり過ごしていたら、お茶会から帰ったら大騒ぎする声が聞こえてきた。
「待ちなさい、ヴィー!」
「いやよ、お母様なんて大嫌い!」
泣きながらヴィスティが走り込んできたのは、姉である私の部屋だ。
その顔は涙に塗れている。
私は大袈裟に叫んだ。
「まあ!どうしたの!ヴィー!泣いているじゃないの。可哀想に」
「お姉様……」
私は妹の顔をハンカチで拭いながら、追いかけてきた母を睨む。
「ヴィーを泣かせるなんて、酷いですわお母様!」
ヴィスティは私の腕の中で、勝ち誇った笑みを見せているだろう。
私に母の腕の中からそうしてきたように。
「この子は!よりにもよって侯爵令嬢に、無礼を働いたのですよ!髪飾りを欲しい欲しいと強請って……」
「あら……素敵な髪飾りだったのですわね?ヴィー」
「ええ、そうなの。とても綺麗な青い宝石がお花のようについていて、あの人よりわたくしの方が似合うわ!」
「そうでしょうね、ヴィー。髪飾りだって、ヴィーに使って貰った方が幸せよね」
私達のやり取りに、母はわなわなと震えている。
ヴィスティは私の言葉にすっかり上機嫌でにこにこ笑っていた。
「いくら我が家が裕福な伯爵家だとはいえ、侯爵家に…」
「分っておりますわ、お母様。その不興を買わないように立ち回るのが母親である貴女の仕事でございましょう。ヴィーを泣かせて何になりますの?」
私の方がまるで母親のように、目の前の母を叱り、母は呆然とした様子で私を見た。
興味が失せた様に、私は妹の頬を撫でながら優しく微笑む。
「ああ、可哀想なヴィー……お父様に言って、その髪飾りを買って頂きましょうね?折角だからわたくしとお揃いに致しましょう。わたくしは貴女の輝く宝石のような目の美しさには及ばないけれど、緑色の石のものがあれば、ほしいわ」
「そうしましょう!お姉様」
「良かったですわ、ヴィー。やっぱり貴女は泣き顔よりも笑顔でいないと」
「うふふ、お姉様大好き」
そう。
甘える相手と依存先が替わっただけ。
私は妹に何の責任もない。
立場さえ入れ替えてしまえば、楽なものだ。
注意しようとする相手を遮って、責めればいいだけなのだから。
母は父にもヴィスティの事を言って、私と同じ事を父に返されていた。
「貴方も叱ってくださいな」
「お前が何とかしなさい」
どれだけ大変だったか、やっと身に染みたのかしら?
身近にその至極真っ当な注意を、甘やかして引っくり返す人がいると、どれだけ大変か。
まだ幼い内から、大変な教育に加えてそんな理不尽を強制された私の身にもなってほしい。
母もそれが分ったのか、防波堤にしようとして、私をお茶会に誘ってくるようになった。
「貴方にも招待状が来ているのよ。偶には一緒に行きましょう」
「いいえ、もう返事を書いてしまいましたの。授業で忙しくて大変なのです。お父様からお預かりした書類も仕上げねばなりませんし……楽しんでらしてくださいませ」
心の裡を言葉にするならば。
「大変だから、偶には手伝って。何ならお前が全部片付けろ」
「やなこった。先に断っといたよ。せいぜい楽しんでこい」
にこにことそんな攻防を繰り返して、とにかくヴィスティとは…というよりお茶会自体気の置けない御令嬢同士のお茶会や、親しい友人のご令嬢の家門が主催するお茶会にしか行っていない。
噂はきっちり入ってくるけれど。
ヴィスティは見た目はいいけど、躾のなっていない子供である。
あちこちでやらかしては、皆の良いお茶うけになっていた。
何とか母が頑張っているものの、見張りに神経を注いでいて社交も難しいだろう。
色々な事件を乗り越えて、私は十五歳になり、デビュタントとなる。
社交界に正式に入る一員として、王城で開かれる夜会に参加するのだ。
デビュー前に婚約を交わしている家もあるが、ここからが本番である。
一人前の女性としても認められるので、自分の意志で婚姻可能になるのだ。
だが、そこは貴族なので勿論、家の意向や親の意思によっては叶わないこともある。
ドレスの色は白と決められていて、エスコートするキャバリエは兄弟や従兄弟など親類縁者から選ぶ事が多い。
私の場合は従兄弟のフォーヴァーだ。
伯爵家の嫡男であり、父の姉の嫁ぎ先の息子である。
次期伯爵なので、父としてはヴィスティを嫁がせたいと考えているだろう。
この国では従兄弟との結婚は可能だ。
「私も参加したいですっ!」
むう、と膨れた妹に、流石に両親が眉を顰める。
そんな急に参加出来るものではないし、そもそも十五歳にならないと招待状が来ないのだ。
何とか諦めさせようとする父母に、ヴィスティが泣き出す。
面倒だけれど、変な妨害をされたり、突撃されても困るので、私が優しく泣きじゃくる妹の頭をなでた。
「わたくしもヴィーと参加したいけれど、でもいいの?」
「だって、お姉様だけ、ずるいです」
久しぶりに聞いたわね、その台詞。
ずっと何でもあげていたものね。
「今年はいらっしゃらないかもしれないけど、貴方がデビューする歳になる頃には第三王子殿下が参加されるのに?デビュタントになれるのは、生涯で一度きりなのに、いいのかしら。わたくしと交換する?」
交換なんか出来るわけはないけれど、妹はこの言葉に弱い。
無い知恵を振り絞って、どちらが得なのか考えるのだ。
ただで貰えるなら貰うが、自分の犠牲も払わなくてはいけないとなれば、途端に現金になる。
そして、より良い方を彼女なりに、選ぶ。
「いいえ……王子様がいらっしゃる時の方がいいです」
ヴィスティの言葉に、あからさまに両親がほっとした顔をする。
実際にはどうだか知らない。
女性が主役だから、男性は添え物だ。
社交界デビューは身も蓋も無く言えば、婚姻可能な女性の品評会である。
エスコート自体はキャバリエだが、この国では最初に父親がデビュタントの手を引いて会場を練り歩く。
最後に、キャバリエに令嬢を引き渡して、礼を交わして立ち去る。
そしてファーストダンスは高位の女性達が数人選ばれて踊り、その後参加者全員で踊り出す。
婚約が決まっていない高位令息や王子が、淑女達の立ち居振る舞いや美しさを見て、ダンスに誘う事もあるとは聞いていた。
私は父母とキャバリエのフォーヴァーと共に王城へ向かう。
不貞腐れていたものの、妹は王子の存在に心をつかまれたのか、大人しく部屋に篭った。
恙無く夜会が始まる。
私の髪は魔法薬を飲むのを止めて、家を出る時に効果を消す方の薬を飲んできたので、会場入りする頃には髪は金色に燦然と輝き始めていた。
「メ、メルティス、貴方その髪、どうしたのです?」
流石に母は気づいたが、父は母の言葉でやっと私の髪色が変わったことに気がついた。
私は首を傾げる。
「あら、いつもよりも淡い色ですわね。きっと王城の眩い光のせいでしょう」
そう言って微笑むと、両親は納得いかなそうなものの、他に理由はなさそうだと頷いた。
魔法薬は別に万能ではない。
元々の髪色の濃さを調整は出来るが、黒髪は灰色か白にしかならないし、茶色も薄い茶色にしかならない。
髪の色がたまたま茶色に見える濃い金色で、大人になるにつれ色が薄くなってきた私が特殊なのだ。
そして私は、あまり積極的にお茶会にも参加していなかった事で、驚かれる事になった。
あの伯爵家って、アレ以外にも令嬢がいたんだ、と。
ダンスの後も友人達と楽しんで会話していたが、母は特に積極的に私に接しては来ない。
なので、誘われるままに色々な男性とダンスに興じる事にした。
中には年上の公爵令息も居て、相手が分かっていない私に自己紹介してくれた。
知識としては知っている家だが、ふーん、そう、でもわたくしは一応家を継ぐから関係ないわねという態度が、何故か彼は気に入ったらしい。
その後またダンスを誘われて、仕方なく私は我が家の内情を話す事にした。
何せ不良物件なのだ。
「ふむ。ではまだ結婚の申し込みは止めておこう」
「いえ、ずっと止めておいた方がよろしゅうございますよ。いずれは家を出ようと思っておりますけれど、わたくしの瑕疵になるでしょうから」
「それはどうかな?」
何だろう、この諦めの悪い人は。
しかも、新しい玩具を見つけたと言わんばかりの顔だ。
にこにこと上機嫌な令息に、不審げな目を向ける令嬢。
そんな二人に近づいてきたのは、仲の良い友人と、その婚約者だった。
社交界デビューが終わった翌日。
山の様に伯爵家に婚約の打診が舞い込んだ。
我が家は大わらわである。
髪色をまた元の色に戻した私も、釣書きを捌いていく。
嫡男は論外なので、婿入りできる人間に限られる。
「嫌だこの方、悪い噂が立っている人じゃございませんの。恋人がいるのにこんな釣書送ってくるなんて、気持ち悪いですこと」
「ふむ、どなただ?」
一緒により分けていた父が、釣書を見ながら尋ねるので私は答えた。
「侯爵家のダニエル様。嫡男だからお断りするのは簡単で良かったのが救いですわ」
ぽい、と私は嫡男なのでお断り案件にそれを重ねた。
そして、私は友人を釣書の中に見つける。
伯爵家の次男で可も無く不可も無い。
「お父様、この方は如何かしら?」
「ふむ、悪くないな。悪い噂も聞かないし、お前の一つ上か。来年貴族学校でも会えるだろう。一応他にも見てみるが、第一候補にしてやろう」
「ありがとう存じます」
ああ。
この餌にヴィーが食いついてくれますように。
私の婚約が決まった事を知ると、ヴィスティが思ったとおり騒ぎ始めた。
「お姉様ばかり、ずるい!私も婚約者が欲しいわ!」
私は宥める様にヴィスティの頭を撫でる。
ヴィスティは唇を尖らせているものの、暴れたりはしなかった。
「でもねぇヴィー。社交界デビューまでにもし貴方に婚約者が出来てしまえば、王子様と踊れなくなってしまうかもしれなくてよ?それに、貴方はこんなに可愛らしいのですもの。それは素晴らしい殿方から山のように求婚されますわ。私にも沢山届いたのだもの」
「……そうなの?」
興味を示したヴィスティに私は頷いた。
「でも社交界デビューの前に婚約していたら、申し込みは一つも来ないでしょうね」
「何故?」
「だって、婚約していたら、他の人は申し込めないでしょう?幾ら貴方の事を好きになってしまったとしても」
常識的な事なのだが、考えのいたらないヴィスティはそこでまた損得を考える。
そして、やはり思ったとおり、渋々ながらコンヤクシャホシイの呪文は封じられたのであった。
学院で友人達と楽しく過ごしている内に月日は流れ、ヴィスティの社交界デビューの時期が訪れた。
大小さまざまな事件がありつつも、婚約者のウォルターとは色々な事を話し合って、家には来ていないのでヴィスティとの面識もないまま。
ヴィスティは白いデビュタントのドレスに身を包んで、意気揚々と両親とキャバリエを連れて出て行ったのである。
でも想定外の早さで家族が帰ってきて、いきなり妹に怒鳴られてしまった。
「お姉様の嘘つき!!」
私が首を傾げて両親を見ると、蒼白である。
ぶるぶると子犬のように二人は震えていた。
ああ、何となく察しました。
王族に不敬を働いて。
でもデビューしたてのデビュタントだから許されたのですね。
「まあ……可愛いヴィーに嘘なんてつくわけないじゃないの」
「でも王子様と踊れるって言ったじゃない!」
「いいえ、王子様が参加されるって言ったのですわ。踊れるかもしれないとは言ったけど、誰が選ばれるかはわたくしには分からないもの。それに明日になったらきっとヴィーの事を見初めた方から結婚の申し込みがくるかもしれないわ。機嫌を直して?ヴィー」
くるかもしれないと言ったが、くるとは言っていない。
だが、両親はもう死んだ目をしている。
極刑にならずに済んだだけマシで、家名に泥を塗ったのだろうから。
当然、結婚の申し込みなど一つもこなかった。
そして、父を問い詰めてそれを知った妹がぶち切れる。
晩餐の席で妹は大暴れした。
「何で!私に婚約の話がこないの!」
「それは貴方が……あんな事するから……」
母がおろおろと言葉を濁し、父は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「お姉様は婚約者がいるのに!……お姉様の、婚約者………そうだ、お姉様の婚約者を私に頂戴?」
ひらめいたと言うように、ヴィスティが言う。
流石に父が、それを諌めた。
「駄目だ。メルティスが伯爵家を継いで婿を取る事は決まっている。お前が結婚するなら別の相手を選ばなくてはならん」
「じゃあ、伯爵家を私が継げばいいじゃない」
「お前はきちんと教育も出来ていないのだから、無理だ」
父は必死になって抗うが、母がぽとりと食器を皿の上に落とした。
そして、信じられないものを見るかのように、こちらを見る。
「ねえ、おねえさま、私に譲ってくださるでしょう」
「ええ、ヴィー。貴方が望むのなら何でもあげるわ」
父は反対したけれど、母が保証人となった誓約書は有効で。
守らなければ娘と妻が呪われてしまうのだから、履行するしかなかったのである。
私は侯爵家へ養女に入り、そこから公爵家へ嫁ぐことになった。
ウォルターには事情を話してあったので、婚約の白紙撤回と適度な慰謝料を払い、お互いの瑕疵にはならず。
ヴィスティには領地経営が出来る事優先で、婿が選ばれた。
勿論、ヴィスティに実権は渡されない。
他に相手もいない事から、大人しくヴィスティは結婚したが、ヴィスティの後に結婚した私の相手と爵位を聞いて、ズルイズルイ病が発症してしまったらしいが、会う事もないので無視して終わった。
家族にはあまり恵まれなかったけれど、友人には恵まれた。
幼い頃からの友人に支えて貰って。
友人から夫になった人と、結婚して新しい家庭を築く。
子供達に正しく愛情を注げるか心配だけれど、すぐ近くに見守ってくれる人がいるのだから、きっと大丈夫。
もう私は大事なものを手放す事はない。
シェリーはちょこっとだけしか出てきてないのでシリーズに加えるかどうかお悩み中です。
子育てにおいては全てが親の責任!とは思わないけど、姉妹格差は辛いと思う。