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『反魔の魔女』の私は、王太子に「愛想がない」と婚約破棄を告げられました

作者: アナグラム

 リガンダ王国。大陸の中心に位置するこの国は大陸の3分の1を占める大国であり、そこには大陸中に名を轟かせる王太子と公爵令嬢がいた。

 他の追随を許さない剣技と美貌を誇る王太子ノア。膨大な量の魔法を使いこなし、王国最強の魔法使いと言われる公爵令嬢オリヴィア。

 この二人は婚約を結んだ恋人であり、共に研鑽を重ねる良き友人でもあった。

 ノアはオリヴィアに大層惚れ込んでおり、その様子は周りが嫌みを言うほどであった。故にあのような出来事が起きるとは誰も思ってはいなかった。


 


 ***



「最近、オリヴィアに会えていない」


 絹の様になめらかで短く切り揃えられた白髪を揺らし、翡翠のような色をした目を伏しがちにこの国の王太子ノアはそう言った。


 言っていることは情けないが美男が憂いを見せているのはやはり様になるな。と関係無いことを考えながら、彼に話しかけられた初老の執事オルガはノアに向かって答えた。

 


「仕方がないでしょう?ノア様。オリヴィア様は今、隣国に魔法研究の留学中なのですから」


 一見、無礼な答えにも見えるが、生まれた時からノアの遊び相手として側に使えてきたオルガだからこそ、ノアに対してこのように話し方が出来るのである。

 

「そうは言ってもだな、オルガ。会えなくて寂しいものは寂しい。どうにかしてほしいものだ。毎日毎日、執務と剣の修行に身を投じていると言うのに癒やしはないのか」

「ノア様。何が寂しいですか。毎日手紙を書いておいででしょう」

「会いたいと言っているのだ」

「では、オリヴィア様を一度呼び戻してみてはいかがでしょうか? 会いたいと言ってみては?」

「オルガ。お前も分かっているだろう。オリヴィアは僕が会いたいと言った所で魔法の研究を中断して戻ってはこない」

「そうですね。ノア様ではなく、魔法に恋をしていますからね」


 毎回聞かされるノアからのこの手の相談に答えるのがめんどくさくなったのか、執事オルガは投げやりにそう言った。主の前だと言うのにその辟易した顔を隠すつもりもない。

 そしてそれを見ているノアも気にした様子はなく、オルガに向かって話を続けた。

 

「オルガ。何か良い案を出せ」


 無理難題も良いところである。


 毎回無茶ぶりがひどいな、この色ぼけは。


 そう思いながらもオルガは何か良い方法はないかと思考を巡らせた。数十秒の間、そうしていたオルガだが、何かを思いついたように口を開いた。


「では、ノア様。夜会を開いてはいかがでしょう? そうです…、出来れば陛下にも始めだけ出席していただいて。最初だけとはいえ、陛下が出席なさるとなれば宰相である公爵も出てくるでしょう。そうなれば娘であるオリヴィア様もきてくれるのでは?」

「……それだ!!!!」


 そのオルガの出した案を聞いたノアは早速、夜会を開こうと走り出し、王の下へと向かった。


 

 

***





「憂鬱だな…」



 ノアとは対照的に真っ黒なその髪を煌びやかな飾りで彩り、ルビーのように赤く輝く目。

 煌びやかな王城に着いた馬車の中でそう呟くのは公爵令嬢オリヴィアである。


「そんな事を言ってやるな。ノア殿下がわざわざオリヴィアを呼びつける為に開いたって事は分かっているんだろう?」


 そう言ってオリヴィアに対して説教まがいの事を言うのはノアがオリヴィアに付けさせた近衛騎士、アーバンである。アーバンはノアとオリヴィアと共に育ってきた侯爵令息である。アーバンもノアまでとはいかないが剣技が秀でており、美男との呼び声も高い。


「そんなことは分かっているわ。だから憂鬱だと言っているのよ」

「なぜだ?ノア殿下と会えるのだぞ?」

「馬鹿ね、アーバン。会って、そのあとどうなる思っているの? こっちにいる間、四六時中ついてこられて、興味のない剣技の試合を見せられるのよ。魔法の研究だって集中して出来ない」

「いいじゃないか。ノア殿下にそこまで愛されていると言うことだぞ? 嫌なのか? ノア殿下に愛されることが」

「……そうじゃないけど」


 オリヴィアは愛されているという言葉を聞き、少し照れくさそうにしながら、アーバンの言葉を否定した。一見、愛らしい、初心な反応とも言えなくもないが、毎回この手の話になると同じ様な反応を見せるオリヴィアにアーバンは少し辟易していた。


 めんどくさいなこいつ。

 そう思ったアーバンはそれを隠す事なく露骨に顔に出す。


「めんどくさいと思っているでしょう。アーバン」


 アーバンの顔の変化に気づいたオリヴィアはアーバンに鋭い目を向けながらそう言った。


「…このツンデレ野郎はいつになったら素直になるのかと思っていただけだ」


 馬車の外を見ながらアーバンはそうぼやいた。

 しかし、その瞬間に馬車の中に魔力が満ちた。


「ツンデレですって? あなた、死にたいのかしら」

「…殿下に愛されているけど、それを素直に嬉しいと言えずに、憂鬱だとか言って強がっている奴のどこがツンデレじゃないと言うんだ」

「ほう、いつからそんなに口が回るようになったのかしら。一度痛い目を見ないと分からない見たいね?」


 オリヴィアが魔力を氷へと変え、氷の刃を若干涙目になっているアーバンに向けていると、いきなり馬車のドアが開き、初老の老人が姿を見せた。


「お二人とも、さっさと馬車から降りなさい。夜会が直に始まります」

「…オルガ。久しいわね」

「ええ、久しぶりですね、オリヴィア。アーバン」


 執事オルガに喧嘩の場面を見られたオリヴィアとアーバンは気まずそうに馬車から降り、王城の中へと歩みを進めた。





 ***





 煌びやかな王城の中にある夜会やパーティに使われる部屋。

 天井には数多の色を使った装飾が施されており、灯りとして宝石がこれでもかと埋め込まれたシャンデリアが提げられている。床には沈み込むような感覚を感じさせるほどの絨毯。壁には大きな窓枠が用意され、星々の光を存分に見られるようになっている。そのほかにも至る所に宝石がちりばめられたり、高そうな花瓶などが飾ってある。

 王国の国力を表したかのようなこの豪華絢爛な部屋には今、多くの貴族、そしてその令息令嬢が集っている。皆、腹の中を探り合いながら談笑をしていた。皆が王が現れる夜会であることもあり、豪華に着飾っていた。ある貴族は異国から取り寄せた最高級の絹のドレスを、ある貴族は世界で最も高価と言われる宝石の装飾を。

 そしてオリヴィアとアーバンもその中にいた。



「アーバン。私の近衛騎士なら騎士らしく、貴族から私を守って見せてはどうかしら」


 様々な貴族に実に中身のない話を延々とされたオリヴィアは自分の横でニヤニヤと笑っているアーバンに向かって声をかけた。オリヴィアが疲れているのはそれもそのはず、オリヴィアに声をかけてくるのは宰相兼公爵の父には直接声をかけられないから娘であるオリヴィアに声をかけるような小心者か、未来の王妃に取り入ろうとする欲の見えたゲスばかりであった。


「偶には、貴族の中で揉まれておかないとな? 将来は隣国相手にも腹芸をすることになるんだから」

「うるさいわ。アーバン。令嬢に鼻を伸ばし続けているあなたからは下品な匂いがするわね」

「なんだと?」


 嫌みの応酬を行い、互いににらみ合っていると大きな楽器の音が鳴り響き、部屋の扉が開いた。

 心臓に響く様な大音楽と共に扉から現れたのはこの国の王、アルガンダ陛下とその正妻であるソフィア王妃殿下、王の側に付き従うように続くオリヴィアの父であるビサント公爵、そして王太子ノアである。

 王達が姿を見せた瞬間、割れる様な拍手が鳴り響き、王達はそれに対して手を振ったりにこやかに歩いたりしていた。貴族達は王達が自身の前を通るときに今後も絶対の忠誠を誓う事を示すように丁寧に礼を行っていた。オリヴィアとアーバンも他の貴族達と同じ様に深く礼をした。


「……」


 しかし、オリヴィアの前をノアが通った時、オリヴィアは微かな違和感を感じた。何がと問われれば答えられないが何かしらの違和感。自分の直感がいつもと違うと告げているがそれが何なのかは分からないというモヤモヤがオリヴィアの胸の中に生まれた。

 オリヴィアはそう感じたが、隣にいるアーバンを見るとその様な様子はなく、いつもと変わらない。そのため、オリヴィアは自身の勘違いだろうと、その違和感を気にしないようにした。


 しばらくして王達が壇上に到着し、王座の前に立った。それまで拍手をしていた貴族達は静まり返り、王の言葉を待っている。皆が片手にワインの入ったグラスを持ち、乾杯の挨拶を今か今かと待っていた。

 王はその様子を見ながらワインの入ったグラスを片手に口を開いた。



「今宵はこの夜会に集まってくれて感謝する。この夜会は貴族達の親睦を深めるために開いたものだ。偶には何かを祝う席ではない夜会というのも良いだろう。皆、存分に語り合うがよい。乾杯!!!!」


「「「乾杯!!!!」」」


 王がその様にいいながらワインの入ったグラスを掲げ、貴族達もそれに合わせてグラスを掲げた。

 王は乾杯の挨拶を終えた後、王妃と宰相を連れ、会場を後にした。何でも、この後も多くの執務が残っており、夜会は挨拶だけとなっていたようである。最初だけとはいえ、数分はいるだろうと考え、王に挨拶をと思っていた伯爵以下の貴族や、遠方からやってきていた貴族は残念そうにしている。主催者が挨拶だけと言うのも何とも言えないが王が忙しいことは皆が承知の上であるため、何も言えなかった。

 王に挨拶が出来ないからといって、貴族達が足を止めるか、口を閉じるかと言われればそんな訳もなく、多くの貴族が談笑を開始した。



 


 

 夜会が始まり、少しの時がたった時。ノアが壇上から大きな声を上げた。

 

「皆の者! 少し、耳をこちらに傾けて欲しい!!」


 ノアとは後からどうせ話すから今は良いかと周りの貴族に対して苦手な腹芸を見せていたオリヴィアを含め、その場にいた多くの貴族が壇上のノアに注目をした。

 その様子を見て十分に注目を集められたと思ったのか、ノアは再度、言葉を発した。



「今宵、今、この場で私はオリヴィア・ビサント公爵令嬢との婚約を破棄する!!」


 ノアから放たれたその言葉は貴族達に大きな動揺を生んだ。ざわざわと近くの貴族達と話し合っている。

 

「ノア殿下は何を言っているのだ?あんなにオリヴィア嬢に惚れ込んでいたというのに」

「王太子殿下とオリヴィア様は愛しあっていたのではないのか?」

「王太子殿下は浮気者なのか?」


 様々な会話が飛びかっている。しかし、ノアはそのざわめきが静まるのを待っているかのように静かに貴族達を見ているだけだ。

 徐々に、ノアにたいして説明を求めるような視線を貴族が向けるがノアはその視線を意に介することなく黙っている。そして黙ったまま、視線を貴族の中にいるオリヴィアに向けた。そうすると貴族の視線は操られるかのようにオリヴィアへと向かう。

 

 なぜ、殿下は何も言わないのか。殿下の婚約者のオリヴィアはなにを思っているのか。なぜ声を上げないのか。


 そんな疑問がオリヴィアに向けられる視線から感じられた。


 しかし、視線を向けられたオリヴィアはじっと、ノアを見つめているだけだった。その目には落胆の感情や悲しみの感情は浮かんでいない。まるでノアを信頼しているかのように目を向けている。互いに見つめ合うノアとオリヴィア。隣にいるアーバンにも意図は分からず、ただ、オリヴィアとノアを交互に見ていた。

 誰も言葉を発さず、奇妙な時間が過ぎていく。ノアとオリヴィアの間にいた貴族達は自然と端に避けはじめ、二人の間には道が出来ていた。


 

 

「ノア殿下。婚約破棄というのはどうしてでしょうか?」


 先に言葉を発したのはオリヴィアだった。

 それに呼応するようにノアも反応を示す。


「どうしてか。それはなオリヴィア。私をより愛してくれる人を見つけたからだ。前に出てきてくれるかな。ハニー・スイート子爵令嬢」


 ノアから発せられたその言葉を合図に、待っていたかのように一人の令嬢がノアの前に出てくる。オレンジの髪を飾り付け、髪と同じオレンジ色のドレスに身を包んでいる。その顔は可愛らしく、桃色の大きな目に小さな鼻、薄く、しかし柔らかそうな唇であり、男性の支配欲を誘うような顔をしていた。ノアはその令嬢に合わせるように壇上から降りてきて、彼女の横に立った。そして腰に手を回し、体を抱き寄せた。ハニーは驚いたようにしながらも体をノアに預け、その目をうっとりとさせている。ノアもハニーの方を見つめ、目をうっとりとさせていた。

 その様子を見ていたオリヴィアは自分の恋人が他の女性と見つめ合っているにもかかわらず、怒りも悲しみも抱いていなかった。


 …なるほど。そういうことか。


 オリヴィアの中に浮かんでいたのは納得と嘲笑の感情だった。先ほど、ノアが前を通り過ぎた時に感じた違和感。その正体が分かった事に対する納得とその程度でどうにか出来ると思っている者に対する嘲笑だった。


「分かったな。オリヴィア。私はこのハニー令嬢と婚約を結ぶ。貴様のような愛想も愛もなき令嬢にはこの私は相応しくない。貴様はそこら辺の愛想のない男とでも結婚するがいい。貴様の近くにいつもいるアーバンなどちょうど良いのではないか?」


 そう言ってノアは嘲笑うようにオリヴィアに言った。その横ではハニーが勝ち誇ったような顔で笑っている。

 周りの貴族はその様子を見て、王太子には落胆したと言う者、愛想がないのは事実であると言う者など様々だ。

 そんな周りの反応などは気にしていないオリヴィアはノアに向かってではなく、ハニー令嬢に向かって言葉を投げかけた。


「ハニー令嬢。あなたは実に愚かだな」

 

 自分に話しかけてくるとは思っていなかったのだろう。ハニーは驚いたような反応を見せたあと、一瞬だけにんまりと口を曲げ、悲しそうな顔を作り、オリヴィアに答えた。


「何がでございましょうか?オリヴィア様。そんなひどい言葉を言わないでくださいませんか?私、悲しゅうございます」

「ハニー令嬢の言うとおりだ、オリヴィア。愛もなければ思いやりもないのか貴様は。相手が言って傷つく言葉も分からぬとは」

「ノア殿下。少し黙っていてください。私はハニー令嬢と話しているのです」

「恐いですわ!ノア様!」


 ハニーはそう言うとノアへ抱きつき、ぎゅっと力を込めて顔を埋めた。


「…仕方がないか」


 そう呟いたオリヴィアは目にもとまらぬスピードで魔法を行使した。

 その瞬間、ノアは氷に包まれた。文字通り氷漬けになったのである。


「な、なんて事を!」

「婚約を破棄されたとはいえ、王太子殿下に!」


 氷漬けにされたノアを見た貴族達は口々に声を上げ、騒ぎ始める。オリヴィアはそんな()()を見抜けない貴族達に苛ついて貴族達を睨みつける。

 卓越した魔法使い、それも目の前で自身よりも高貴な者に魔法を行使したオリヴィアににらまれた貴族達は急速にその口を閉じ始めた。その様子を見たオリヴィアは再びハニーに話しかけた。


「ハニー令嬢。いや、ハニー・スイート。この程度で王太子や私をどうにかできると思っていたのか?」


 オリヴィアの話す内容は貴族達にとっては意味不明だった。ハニーもそれは同じ様で涙を浮かべてオリヴィアを睨んでいる。

 オリヴィアはその様子を見て、沸々と怒りがこみ上げてくる。

 まだ、騙せると思っているのか。押し通せると思っているのか。この私を前にして? よりにもよって()()で? 

 

「分からないふりか? ハニー・スイート」

「な、何をおっしゃっているのか、わ、分かりません」


 涙を浮かべながら子犬のように吠える彼女の姿に愛らしさを感じたのだろう。男の貴族達が再度騒がしくなりはじめる。中には彼女を守るべきと言い出す者もいた。

 オリヴィアは埒が明かないとハニーに決定的な言葉をつげた。


「ハニー・スイート。貴様、魅了の魔法を使っているな? 魅了魔法は世界に数人が先天的に生まれ持つとされる魔法。魔法のトリガーとなるのは目。魅了魔法を持つ者は桃色の目を持つとされ、目を見て魔法をかけるとされている。魅了魔法の使い手が最後に確認されたのは数百年前。若く魔法に疎い貴族達が知らないのも無理はない」

「そ、そんなのはでたらめです!! 魅了魔法だなんて使っていません!」


 ハニーはそう叫ぶが、彼女の味方をする声は少ない。

 その様子を知ってか知らずか、オリヴィアは言葉を続けた。

 

「魅了魔法は相手の思考、言動を操る非常に強力な魔法。しかし、その欠点として思い通りの言葉を言わせるためには相手の目を見て、直接言葉を送り込む必要がある」


 そこまで言ったオリヴィアはハニー・スイートを見つめた。

 


 …オリヴィア・ビサントは魅了魔法を知っている。この口を塞がなければ。それに私に逆らったのだから死んで貰いましょう。


 魅了魔法に関する知識を持つオリヴィアを警戒しつつも、その実力は自分に及ばないと考えているハニーはオリヴィアを見つめ、目に魔力を通した。魅了魔法を発動させたのだ。


 自身の魔法に対して絶対的な自信を持つハニー・スイートは勝利を確信していた。これまで、これで様々な男を操り、子爵令嬢までのし上がってきた。邪魔をする女であっても、魅了魔法には逆らえなかった。高名な魔法使いであっても魅了魔法には逆らえなかった。その自負が、自信が彼女にはあった。







 

 だからこそ、うぬぼれてしまった。かの有名な王国の魔女。オリヴィア・ビサントにも魅了魔法は通じると。

 




 

「ふふっ」


 ハニーは笑った。勝利を確信して。

 しかし






「何を笑っている。ハニー・スイート」


 オリヴィアはいつもと変わらない様子でその場に立っていた。魅了魔法にかかった者特有の愛を請い願うような視線はなかった。


「な、なんで……!!!!」

「だから最初に言っただろう。ハニー・スイート。この程度で私を、王太子をどうにかできると思っているのかと。私を、私の愛しい婚約者をあまり舐めないでもらおうか」


 そう言うとオリヴィアは指を鳴らした。

 それと同時にノアを包み込んでいた氷がはじけ飛んだ。そして氷の中からノアが凄まじいスピードで飛び出た。その手には氷の剣を持っている。

 そして、それを視界に収めたアーバンも大勢の貴族の中から飛び出た。会場の中で近衛騎士にのみ帯剣が許されている白銀の剣。それを使うのは今だと言わんばかりに剣を抜きながら。


 自身に向かって氷の中から飛び出てくるノアを見てハニーは再度勝利を確信した。彼はこの大陸に名を轟かせる剣士。その剣士が目の前の魔女を切ってくれると。そう確信し、笑おうとした。






 



 



「良くもやってくれたな」





 しかし、ハニーは笑えなかった。なぜなら、自身の首に二本の剣が当てられているからである。1つは氷で出来た剣。もう1つは白銀に輝く近衛騎士の剣。


「な、なぜ…!! ノアは私の魅了にかかっていたはず…!!」


 そう嘆くハニーに向かって正面に立つオリヴィアは告げた。


「魅了魔法には弱点がもう一つある。魅了魔法を使う者以上の魔力を持つ者から放たれた魔法を受けた者は魅了魔法が解ける。故にノア殿下にはもう魅了魔法はかかっていない」

「なっ…! なら、手当たり次第に!」


 魔力量の多いハニーはオリヴィアの言う欠点を知らなかったのだろう。驚いた表情を見せていた。しかし、そうしながらも魅了魔法を自身の方を見ている周辺の貴族に行使しようとした。


 しかし魔法が発動されない。


 確かに自身の魔力を目に込めた。魅力魔法をいつも通り行使したはずである。しかし、何度魔力を込めても魅了魔法は発動しない。


「なぜ……!!」


 自身の魔法が発動しない事に困惑したハニーは当然の疑問を口から漏らした。

 その問いに答えたのはオリヴィアではなくノアだった。


「ハニー・スイート。君はこれまで強敵と言う者に出会わなかった。だから相手のことを良く調べると言うことをしなかったのだろう。だから彼女の2つ名を知らない」

「知っている…!! 王国最強の魔女! それがあいつの異名のはず!!」

「違うさ。それは王国内、一般市民に向けて言った異名だ。彼女には他国の魔法使いが彼女を恐れて付けた名前がある。彼女の前に魔法使いとして相対する者が現れぬように。彼女の2つ名は---------





『反魔の魔女』





 彼女の前では全ての魔法が使えなくなる。そう言った先天性の魔法を使うことからついた名前だよ」

「ま、魔法が使えなくなる魔法…。そんな…魔法が…」



 ノアの言葉を聞いたハニーは膝から崩れ落ちた。これ以上反抗する意思もないようで、崩れ落ちたハニーはその場から動かない。

 ノアとアーバンは剣を下ろし、ノアはオリヴィアの元へと歩いていった。アーバンはノアの後ろでハニーを魔法使い用の牢屋へ連れていくように衛兵に指示を飛ばしている。


「オリヴィア」


 オリヴィアの近くまできたノアはオリヴィアに話しかけた。


「あら、ノア殿下。ハニー・スイートはもう良いのかしら? 婚約を破棄するのではなくて?」

「オ、オリヴィア…。すまないと思っているよ…。魅了魔法の危険性は散々オリヴィアから聞いていたのに…」

「あなたのことです。どうせ目の前であの子がこけたから声をかけたとかそんな所でしょう?」

「う…。そ、その通りだよ。で、でも!決して彼女が可愛いからとかではなくて…!」

「そう。可愛いとは思ったのね。私がいながら」

「いやっ…、そうじゃなくて…」

「私、殿下が婚約破棄を言った時、少し不安でしたのよ?」

「そ、それは本当にすまない…」


 バツが悪そうにするノアを見て少し意地悪だったかと考えたオリヴィアはノアに気にしていないと声をかけた。


「…ノア殿下、嘘ですよ。気にしていません。常人は魅了魔法には逆らえませんし」

「ほ、本当かい…!!」


 嬉しそうに声を上げ笑うノア。

 愛しい婚約者、しかも王国でも類を見ない程の美男をにこんな顔をされてはたまらないといった様子でオリヴィアは顔を背けて頬を赤くした。


「あ、そうだ!!」


 オリヴィアに許されたノアは何かを思いついたように声を上げたあと、オリヴィアの前に跪き、右手を左胸に当て、オリヴィアの目を見つめた。

 急なノアの行動に驚いたオリヴィアは目を見開いている。



「オリヴィア・ビサント。私は魅了魔法によってそなたとの婚約を破棄してしまった。しかし、そなたは私の魅了魔法を解き、真に愛するものを思い出させてくれた。オリヴィア・ビサント。もう一度、私と婚約を結んでくれないだろうか。私はそなたを愛している。今後もその愛は変わらないことを誓おう」


 そういってノアは手を差し出した。それに対してオリヴィアは、手を添えて言った。








 


「はい。ノア・リガンダ王太子殿下。私も殿下を愛しています。この愛は永遠に変わらないと誓いましょう…!」




 この時のオリヴィア・ビサントの顔は今までに見たことがない赤く染まっており、天使のように笑っていたという。


 


 



 

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