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6.お約束 × 転校生

 家に帰りついた俺は風呂に入り、冷蔵庫にあった魚肉ソーセージを三本ほど齧ってから眠りについた。

 殺されたり殺したりと色々とあった、さぞや夢見が悪いかと思いきや……何の夢も見ることなく熟睡することができた。

 それだけ、身体が芯から疲れていたからかもしれない。


「……自分でも引くほど元気だな。どうなってるんだ、俺の身体は?」


 自室のベッドで目を覚ましたときには、自分でも驚くほどスッキリとしていた。身体に疲労は少しも残ってはいない。

 怪物猿に殴られて骨折もしていたような気もするが、その痛みもなかった。どうやら、一晩で治癒してしまったようである。


加護()の力が宿っているのじゃ。肉体が強化されていてもおかしくはあるまい』


 いっそ全てが夢であれば良かったものを、現実を突きつけるように胸の奥から女性の声が聞こえてきた。

 俺の身体に宿っている黄泉の神の力……『八雷神』の声である。やはり、昨日の一連の出来事は夢幻ではなかったようだ。


「ハア……本当にやれやれな気分だよ……」


『フム? 先ほどから何をそんなに落ち込んでおるのじゃ?』


「落ち込みもするさ。彼女には浮気されるし、猿にどつかれるし、身体に日本刀が入ってるし……俺の平穏な日常はどこに行ったんだよって感じだ」


『妾の器になれたことを嘆くとは、無礼な小僧じゃ。本来であれば、黄泉の主神たる御方から直々に使命を与えられ、神器を授かったことは泣いて感謝するべき名誉なことなのじゃぞ?』


「名誉よりも、平穏と浮気をしない可愛い彼女が欲しかったよ……心の底からね」


 何度目になるかもわからない溜息をついて、俺は寝間着を脱ぎ捨てる。

 高校の制服に着替えて、鞄を手に取って部屋から出た。

 今日は月曜日。土日を丸ごと非日常に奪われてしまったものの、それでも月曜日はやってくる。

 一人の高校生として、学校に通わなければいけなかった。


「朝ごはんは……もう、バナナで良いか」


 気分的に食欲はないのに、腹は減っている。

 俺は買い置きしていたバナナを一房丸ごと食べて、家から出た。


 玄関から一歩外に踏み出すと、四月の陽光が俺の身体を柔らかく包み込む。

 皮肉なほどに良い天気だ。俺の気分とは真逆の空である。


 地元の私立高校に入ってから一年が経ち、今年から二年生になった。

 高校生活にもすっかり慣れた。いずれは大学受験の準備を始めなければいけないものの、そこまで上のランクの大学を狙っているわけでもない俺にとって、受験はまだ遠い出来事。

 今年は可愛い彼女と精いっぱいに高校生活を満喫する予定だったというのに……そんなプランははるか遠くに消え失せた。


「ハア……」


 気がつけば、詩織の事ばかり考えて溜息をついている気がする。

 みっともない未練だ。

 自分を裏切った女のことなんて考えても仕方がないのに、それでも彼女の顔が脳裏にこびりついている。

 初めてできた彼女。初めての失恋である。

 おまけにあんな形で恋が終わってしまったのだから、仕方がないかもしれないが。


「せめてキスを……いや、おっぱいくらいは揉ませて欲しかったな……」


『……最低じゃな。小僧』


「しょうがないじゃない。思春期の男の子だもの……」


 高校生男子の性欲を舐めないでもらいたい。

 彼女に裏切られたのはもちろんショックなのだが、自分とはキスすらしたことのない彼女が他の男とは最後までしているという事実が酷く惨めである。

 こんなことなら、もっと積極的にいけばよかった。大事にしたいとか気を遣ったりせず、ガツガツと貪欲に求めれば良かった。

 そうしていれば……あるいは、童貞卒業くらいはできたかもしれないのに。


『愚かよのう、小僧……性欲など死んでから何の役にも立たぬぞ? 人はみな死ねば骨。黄泉に落ちて終わりじゃよ』


「死んだあとのことなんて、どうでも良いよ。生きてるうちに、ほどほどにエッチで楽しい人生を送りたい……」


『ウウム、これが若さというものなのか? そんなに女子の乳が揉みたいのであれば、妾のものを触らせてやろうかの』


「いや、刀の胸を触っても意味ないんだけど……」


『いやいや、妾は刀であるが、同時に『常世の媛』より魂を分けられた神霊じゃ。その気になれば、人の姿をすることもできる。乳に触れさせることはもちろん、(とぎ)くらいならしてやっても良いぞ?』


「伽って……」


 セックスのことだったか?

 非常に魅力的な誘いのように聞こえるが……同時に、巨大なアリジゴクを前にしているような不安な誘いである。


『もっとも……妾が人型に顕現するためには、所有者であるそなたがもっと精進せねばならぬな。未熟な今の小僧では、妾を刀の形に顕現するのがやっとじゃろう』


「…………」


『これからも己を鍛え上げ、堕神を討ってゆけ。さすれば、妾を人の形にして呼び出すこともできるじゃろう。その時は、この身体を好きにさせてやる。せいぜい、頑張るのじゃな』


「つまり、アメとムチか……意地が悪いなあ」


 結局、どうあがいても俺を堕神と戦わせる方向に持っていくつもりなのだろう。

 拒めば死が待っている。逃げ道は完全にふさがれている。


「あーあ……本当に最悪だよ。せめて、どこかで可愛い女の子に出会ったりできないかな?」


 ぼやきながら、俺は通学路をトボトボ歩いていく。

 空は俺を嘲笑うかのように晴天であり、太陽が温かな光を降りそそいでいた。


 せめて、どこかに新しい出会いでも転がっていないだろうか?

 そんなふうに虚しい願いを胸に描きつつ、高校に向かっていくのであった。



     〇     〇     〇



「初めまして、今日からクラスメイトになる萌黄優菜(もえぎ ゆうな)といいます。よろしくお願いします」


「…………」


 いつもの高校。いつもの教室にやってきた俺であったが……さっそく出会いが待ち受けていた。

 四月の終わりという時期にはふさわしくない転校生の登場。

 一限目前のホームルームに現れたのは、長い黒髪を背中に流した清潔感のある美少女である。


「わあ、すごい可愛い子!」


「マジかよ、超ラッキーじゃん!」


「どうしてこんな時期に転校生が? 何か事情でもあるのかしら?」


 予想外の転校生の登場に沸き立つクラスメイト。

 そんな彼らの喧騒に紛れて……俺は背中に汗をかきながらひっそりとつぶやく。


「おいおい、マジでか……」


 教室の壇上に立っている少女には見覚えがあった。

 服装こそ異なっているものの……萌黄優菜と名乗った彼女は、間違えようもなく、昨日、怪物猿の堕神に襲われていた女性だったのだ。

 昨晩、あんなことがあったばかりだというのに彼女は平然と学校に通学しており、転校生として俺の前に現れていた。身体が細くて気弱そうに見えるが、意外と剛の者なのかもしれない。


『ほう? 昨日の娘か。偶然なこともあるものじゃのう』


(偶然で済ませて良いのかよ……)


 愉快そうな八雷神の声に心の中で言葉を返す。

 八雷神の声は俺以外には聞こえていないらしい。独り言を周りに聞かれないように、注意しながら言葉を交わす。


(命を助けた女の子がたまたま転校生で、翌日に同じクラスにやってくるとか、どれくらいの確率なんだ? こんなことがあり得るのか?)


『偶然でないのなら運命だとでも言うつもりか? 小僧、それは少しばかり自意識過剰ではないか?』


(いや、そういう意味じゃないけどさ……)


『人の縁というのは得てして奇異なものよ。縁結びの神は気まぐれじゃからのう。いちいち気にしていては身が持たぬぞ?』


「…………」


 揶揄うように言ってくる八雷神に眉を顰める俺であったが……転校生の自己紹介はなおも続いている。


「本当は四月から通う予定でしたが、父の仕事の都合で引っ越しが伸びてしまい、入学が遅れてしまいました。どうぞよろしくお願いします」


「えー、そういうわけだから、仲良くするように。萌黄さんはそっちの空いている席に座ってもらうからな。周りの席の奴らは助けてやるように」


 担任の女教師が言って、入学式以来ずっと空いたままだった席に転校生を座らせる。

 その席はまさかと思ったが、俺の隣の席だった。


「よろしくお願いします。萌黄です」


「よ、よろしく……鬼島です」


「鬼島さん……あの、おかしな話ですけど、どこかでお会いしましたか?」


「………………初対面、かな?」


 不思議そうに首を傾げる萌黄さんに、俺は全精神力を振り絞って顔が引きつらないように努力する。

 昨日、怪物猿と戦った際に萌黄さんとは少しだけ顔を合わせていた。すぐに彼女は気を失ってしまったため、わずか数秒の出来事である。

 おそらく、俺のことは覚えていないだろうが……少しだけ不安があった。


『フム? バレて困ることでもあるのかのう?』


 わからない。

 正体がバレて不自由することがあるのかは知らないが、お約束として内緒にしておいた方が良い気もする。


「すみません、鬼島さん。まだ教科書を貰っていないので見せていただいても良いですか?」


「ああ……もちろん、良いよ。どうぞ好きなだけ御覧になってくださいませ」


「……しゃべり方がおかしいですけど、どうかしましたか?」


「いや、何でもないです……何でもないよ」


 緊張しながらも席をくっつけ、取り出した教科書を萌黄さんと共有する。


「なんでアイツばっかり……」


「クソッ! 彼女持ちのくせに……!」


「羨ましい……席代われ、もしくは爆死しろ……!」


 美貌の転校生と肩を寄せ合うことになった俺に、クラスメイトの怨嗟と羨望の視線が突き刺さる。

 慣れ親しんだはずの教室で肩身の狭い気持ちになりながら……ホームルームが終わって、一限目が始まるのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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