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5.人 × 刀

 初めての堕神との戦いに勝利した俺は公園を立ち去ることにした。


 倒れている少女もいることだし、警察や救急に連絡するべきかと迷ったのだが……そもそも、スマホを持っていなかった。

 スコップ坊主からパクってきたスマホは地図として使わせてもらった後は、帰路にあった交番の前に置いてきている。


 仮にスマホを持っていたとしても……怪物猿が死体も残さずに消滅してしまったため、警察に説明を求められても話しようがない。

 半裸に剥かれた少女もいることだし、最悪の場合、こっちが性犯罪者の汚名を被せられる可能性もあった。


 幸いなことに、『大雷』の轟音に気がついて公園の入口に人が集まってきている。彼らが代わりに通報してくれるだろう。

 救い出した少女には上着だけ被せておき、そのまま誰にも見られないように公園を囲っている柵を乗り越えて逃げ出した。


『フム……少々間抜けなところもあったが、一応は及第点をくれてやるかのう。よくやったな、小僧』


「言ってくれるよね、偉そうにさ」


 夜道を自宅に引き返す道中。

 上から目線でこちらを採点してくる『常世の媛』の声に、俺は憮然とした様子で答える。

 後から気がついたことだが……彼女の声は胸から引き抜いた日本刀から聞こえていた。


『妾はお主を甦らせた『常世の媛』そのものではない。黄泉の主神たるあの御方から分かたれて、小僧の身体に宿った分霊(わけのみたま)……つまり、力の一部でしかないのじゃよ』


「つまり……『常世の媛』からもらった加護そのものに人格があって、俺に話しかけているということかな?」


『そういうことじゃ。妾のことは『常世の媛』ではなく『八雷神(やくさのいかずち)』と呼ぶが良いぞ』


「呼びづらいなあ……そんなことよりも、コレってどうにかならないかな? 誰かに見られたら警察を呼ばれちゃいそうなんだけど?」


 今の俺は、抜き身の日本刀を持って夜道を歩いているという通報案件な状態だった。

 おまけに手にした日本刀に話しかけているとか、ヤバさ爆発である。

 どうにか人気のない道を歩いているため、今のところ誰かと遭遇はしていないが……それもいつまで続くかわからなかった。


『何を言うておる、妾を胸に収めれば良いだけじゃろうが』


「胸に収めるって……どういうこと?」


『妾は刀であり、小僧は振るい手にして鞘なのじゃ。用が済んだら、鞘に納めるように身体の(うち)に戻せばよい。簡単なことじゃよ』


「…………」


 簡単と言ってくれるが、自分の身体に刀を差すのは相当に勇気がいる。

 とはいえ……いつまでも日本刀を持ち歩いて、夜道を徘徊しているわけにもいかない。

 覚悟を決めて、刀の切っ先を自分の胸に突き刺した。


「おお?」


 痛みはない。驚くほど簡単に胸の中に入っていった。

 先ほどまでは日本刀から聞こえていた女性の声が、頭の内側から聞こえるようになる。


『ほれ見よ。簡単だったじゃろう?』


「あ、ああ……そうだね」


『これにて、初陣は終いじゃ。よくやったの、今宵はゆっくりと休むが良いぞ』


「…………」


 これまでとは打って変わって優しくなった言葉に、俺はかえって怪訝な気持ちになる。

 しかし、そんな疑念はすぐに氷解することになった。


『明日から、また次の戦いが始まる。堕神どもは主に夜に活動するじゃろうから、朝までゆるりと眠って体力を回復させておくのじゃよ』


「明日って……ええ?」


『何を驚いておる。まさかとは思うが、これで終わったと思ってはおらぬじゃろうな?』


「…………」


 終わった気分でいた。

 初めての敵を打ち倒し、やり遂げた気持ちだった。

 考えても見れば……『常世の媛』から要求された任務はまだ始まったばかりである。俺はまだ何も成し遂げてはいない。


『堕神どもを倒し、いっそう腕を磨き……そして、いずれは『道返し』の神を復活させねばならぬ。妾とて鬼ではないから寝ずに働けと言うつもりはない。しっかりと眠り、(まま)を食らい、英気を養って次の戦いに備えると良いぞ』


「…………」


 八雷神の声に応えることなく、俺は途方に暮れたように頭上を見上げた。

 見上げた空には煌々と月が照っており、俺のことを見下ろしている。


「どうして、こんなことに……俺が何をしたんだよ」


 こうなった原因……かつての恋人であり、俺を刺し殺した張本人である詩織は今頃、何をしているのだろう。

 もしもあの男と乳繰り合っている最中だとしたら、本気で殺意すら湧いてくる。


「……帰って寝よ」


 胸中に凝っている淀んだ感情から目を逸らし、俺は無心で家を目指すのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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