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3.死に装束 × 見知らぬ村

「プハアッ…………あ?」


 目を開くと、知らない天井があった。

 まるで異世界に転生したようなシチュエーションだったが……周りを見回すと完全に日本。

 座敷に敷かれた布団の上で寝かされていたようである。


「夢……じゃないよな。どこだここは……?」


 全部全部、夢だったとすれば幸運なことだが……そうでないことは先ほど、姫様に言い聞かされたばかりである。

 よくよく見ると、布団から少し離れた場所にある台座には線香が焚かれており、部屋の奥には一抱えほどの大きさの仏像が置かれていた。


「お寺かな……?」


 広い座敷といい、仏像といい、自分がいるのがお寺のような場所であるとわかった。

 そして……自分の身体を見下ろすと、白い着物を着ていることもわかる。


「これって、もしかして死に装束なんじゃ……うわっ、三角のアレまで付いてるじゃないか!?」


 額に触れると、そこには正式名称不明の三角の布が巻かれていた。幽霊がよく付けているアレである。


「やっぱり死んでたのか……だけど、ここはどこだ……?」


 自分が死体として扱われていることは理解できたが……ここはどこだろう?

 少なくとも、ウチが檀家をしている近所の寺ではない。墓参りや法事で何度も訪れているので、そうだったらわかるはず。


「あー……何か、物音がしたかあ?」


「あ……?」


 そうかと思えば、ふすまが開いて坊主頭の男性が現れた。

 無精ヒゲを生やした中年の男である。やたらと眠そうな目をしており、全身から気怠そうな雰囲気がにじみだしていた。

 そして、何故か肩には大きなスコップを担いでいる。


「うおおっ!? 死体が動いてやがる!?」


 坊さんっぽい男……服装はジャージなのでただのハゲかもしれないが、男は驚きの悲鳴を上げて身体をのけぞらせる。


「ぞ、ゾンビか!? は、早く頭を撃たないと……って、銃がねえよ! ウチはただの寺だっての!」


「おい……」


「よし、とりあえず頭を潰すか!? 脳みそぶちまけたらぶっ殺せんだろ!」


「うわあっ!?」


 男が一方的に叫び、担いでいたスコップで殴りかかってきた。

 俺は布団を跳ねのけて飛び退り、頭に振り下ろされた凶器を回避する。


「逃げるんじゃない! 成仏させてやるから大人しくしろ!」


「出来るか! 死ぬだろうが! お願いだから話を聞け!」


「うおおおおおおおおっ! 往生しろおおおおおおおおおおっ!」


 必死に言い募るが、男は話を聞かずなおもスコップを振り回してくる。

 畳の上を転がるようにして逃げる俺であったが、やがて部屋の隅へと追いつめられてしまった。


「仏の加護を我に与えよ! あの世に送ったらあああああああああっ!」


「くううっ、この……二度も死んで堪るかよ!」


 頭部にスコップを叩きつけられそうになるが……俺は腕で掴んで受け止める。

 そのまま力を込めると、卵を握りつぶすような容易さでスコップがへし折れた。


「へ……?」


 そんなに力を入れた覚えはない。

 スポーツも格闘技も殺っていない俺に、そんなパワーがあるわけなかった。


「は、え? どうしてこんな簡単に……?」


「クッ……本物の化け物かよ! マジで死にやがれ、このゾンビ男があ!」


「っ……い、いい加減にしろおっ!」


 男が今度は拳で殴りかかってきたので、こっちも拳で迎撃する。

 殴り合いのケンカなど生まれてからしたことがなく、情けなさ全開のヒョロヒョロのパンチだったが……その拙い攻撃は男の頬に命中して、細身の身体を撥ね飛ばす。


「グッハアッ!?」


「ええっ!? 嘘だろおっ!?」


 殴られた男が、格闘ゲームでライフゲージがゼロになったキャラクターのように吹っ飛んでいった。

 わざとやらなければこんなに綺麗に吹き飛ぶことはないだろうと、疑わしくなるほどド派手に。


「ちょ……だ、大丈夫か!?」


「ぐ、は……死体のくせに、いいパンチ持ってんじゃねえか…………ガクッ」


「えー……何なの、コイツ」


 襖を破って隣の座敷にまで転がり込み、男は気を失ってしまった。

 俺は呆然と立ちすくみ、死に装束を身に纏った状態のまま放心してしまう。

 幸い、男は呼吸も脈も正常で死んだりはしていなかったが、目を回していて起きる様子はなかった。

 男から話を聞いて状況を確認したかったが……それもできそうもない。


「本当に何なんだよ……もう、訳が分からない……」


 とりあえず、この格好から着替えたい。

 いつまでも死に装束を着ているのは、気味が悪すぎる。


 俺は何か着替える服がないか探すべく、寺の中を物色した。


「あれ、これって……?」


 寝かされていた部屋の隣の座敷。

 そこに木箱が置かれているのを見つけた。

 箱の中には財布などの俺の持ち物が入っており、財布も無事だった。

 ただし、スマホは縦長の大きな穴が開いていて完全に壊れている。

 画面が割れているとかいう次元ではない。胸ポケットに入れていたため、詩織の剣で貫かれてしまったのだろう。


「スマホが弾丸を受け止めてくれて助かった……とか刑事ドラマみたいなこと、現実にはないよな。一緒に殺られてんじゃん」


 一応は服も入っていたのだが……胸元に大きな穴が開いており、ベットリと血も付いていて着られたものではなかった。


「お、こっちの服は着られそうだな」


 幸い、別の部屋のタンスに男性物の服を見つけた。

 先ほど、スコップを振り回していた坊主の物だろうか。

 勝手ではあったが……無難なところでシャツとジーンズをお借りして、死に装束から着替える。もちろん、頭の三角のやつも外して畳に投げつけた。


「さて……これから、どうしようかな?」


 まずはここが何処なのか、場所を確認したい。

 スコップ坊主に訊ねるのが早いが……個人的にはあの男を起こしたくはない。また暴れ出したら面倒そうだし。

 地図とかないかと部屋をさらに物色していると、テーブルの上にスマホが置かれていた。これも坊主の物だろう。

 スマホを起動させると不用心なことにロックがかかっていなかった。アンテナ一本ではあるが電波も通っており、これで場所を確認することができそうだ。


「ここは……一応は市内なのか?」


 地図アプリを使って場所を確認すると……ここが『温羅郡(うらのぐん)』という山奥の集落であることがわかった。

 一応は俺が住んでいた『八雲市』という町の一部、端の端である。バスもちゃんと通っていて、帰ることができるルートもあるようだ。


「良かった……どうにか帰れそうだな。あの人は、気絶したままか」


 ジャージ姿のスコップ坊主を確認すると、俺に殴られて倒れた姿勢のまま気を失っている。

 念のためにもう一度、呼吸を確認するが……特におかしいところはない。このまま放っておいても問題ないだろう。


「この服はもらっていく。スマホも借りるよ。そっちはスコップで殴り殺そうとしたんだから、これくらいは慰謝料として貰って行ってもいいだろう?」


 気絶している男に言い置いて、そのまま建物から外に出た。地図を頼りにバス停に向かう。

 日本家屋の建物から出て改めて気がついたことだが……やはりここは寺だったらしい。

 敷地の入口には、読み方のわからない『巳温寺』という寺名が書かれた木札が掛けられていた。


 寺の周囲は田園風景に囲まれており、まばらながら古い家屋が立っている。

 同じ八雲市にあるとは思えない。日本の原風景のような光景だ。


「お、あった」


 それでも、見知らぬ村落の中を歩き回っているうちにバス停を見つけることができた。

 バスは一日に二本しか来ないようだが……幸い、夕方のバスに間に合いそうだ。時刻表によると一時間ほどで次のバスが来るらしい。


「……って、日付が変わってるじゃないか!」


 バスを待っている間にスマホを再度確認して気がついたが、俺が恋人の浮気現場に遭遇して刺殺されてから丸一日が経過している。

 俺が刺されてから、いったい何があったのだろう。どういう経緯があり、この寺に運び込まれたというのだろう。

 家族には、学校には……俺が死んだことは伝わっているのだろうか?


「死亡届とか出されてないよな……?」


 スマホが無事なら友人知人に確認できるのだが、残念ながら俺と一緒にお釈迦(しゃか)になっている。着信を確認しようがない。


 ただ、これは完全な推測であるが……詩織は俺を殺害したことを表沙汰にしていないような気がする。

 もしも俺の死が公然のものであるとすれば、運び込まれるのは見知らぬ山奥の寺ではなく、近所にある檀家の寺のはずだ。

 堕神に憑依されて刺殺されるという表沙汰にできない死に方をしたため、俺が死んだことは公表されず、何らかの方法であの寺に遺体を運び込んで後始末を任せたのではないか。

 ゆえに、自分の死は家族や友人にも知らされていない……そんな気がした。


「退神師といったか……人を殺しておいて、揉み消せる程度の権力は持っているのかな。おっかない話だ」


 姫様は詩織のことを『退神師』と呼んでいた。

 ひょっとすると、そういう特殊な職業の人間を集めた組織や秘密結社が存在して、俺が殺されたことを隠ぺいしているのかもしれない。

 ライトノベルのような話ではあるが、死んで復活しておいて、今さらありえないとは思わなかった。


「……まさか恋人がこんなヤバいことに関わっていたとは。最悪だ」


 あるいは、退神師である彼女らにとってはこれが日常なのだろう。

 堕神と呼ばれる邪悪な敵と戦い、その過程で命を落とした一般人を闇に葬り、行方不明者にしてきたのかもしれない。

 自分もあと少しで、そんな行方不明者の一人になるところだったと思うと……背筋に悪寒が走ってくる。


「早く帰って寝よう……」


 ちょうど良いタイミングで、バスがやってきた。

 バスの中には運転手以外に誰もいない。バス停で待っている俺を見ると、運転手はわずかに驚いたような顔をしていた。

 この集落からバスに乗る人間がよほど珍しいのだろう。

 俺は迷うことなくバスに飛び乗り、そのまま見知らぬ集落を後にしたのである。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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