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18.異界 × 美少女

 禍津霊の巣がある異界に取り込まれてしまった。

 これ自体は問題ない。最初からそのつもりだったのだから構わない。

 問題は……俺と一緒に萌黄さんとキサラまで異界に入り込んでしまったことである。

 俺は二人の女子を抱きかかえた状態で『天井』に倒れている。八雷神はここに来るときの衝撃で消えていた。


「あの……鬼島君、ここはいったい……?」


「……順を追って話をしよう。まずは聞きたいんだけど、どうして萌黄さんは進路指導室に入ってきたんだ?」


 二人を身体の上からどける。

 小柄なキサラはもちろん、萌黄さんも驚くほどに軽かった。ちゃんとご飯を食べているのか不安になってくるくらいに。


「私は部活動の見学のために学校に残っていたんですけど、向かいの校舎から鬼島君がこの部屋に入っていくのが見えたんです。その……変わった格好の女の子と」


「ああ……そういうこと」


 この学校には東館と西館の二つの校舎があり、一方の校舎の窓からもう一方の校舎の廊下が見える位置にある。

 クラスメイトの男子が魔女のような怪しい格好の女子と歩いているのを見て、気になって様子を見にきたのだろう。


「ご、ごめんなさい……その、ストーカーみたいなことをしたかったんじゃなくて、こんな時間に何してるのかなって気になっただけで……」


「いや、萌黄さんは悪くないから。こんなアホな格好をしてるコイツが悪い」


「おお……すごい、すごいぞ! 全てが血のような色に染まっている! 太陽も電灯も光を灯していないのに目が見える……何と不思議な現象なのだ! 私達はどうやってこの景色を目にしているんだ!?」


 キサラはというと、異界の光景に目を輝かせながらアレコレと触っている。


「危ないからウロチョロするなよ……まったく」


「鬼島君、あの人は?」


「俺が所属しているオカルト研究部の部長で雨宮キサラだ。えーと……事情を話すと長くなるんだけど、簡単に言うと、今はオカルト研の活動中だよ」


 俺はかなり内容を端折(はしょ)って説明をする。


「最近、校内に人間に憑りついて悪さをさせる幽霊が出ているんだ。その調査をしていたところ、こんな場所に来ちゃったわけさ」


「そうなんですか……」


「そうなんだよ……巻き込んでしまって申し訳ないね。本当にごめん」


「いえ! それは良いんです! 私が生徒指導室に入ってきたせいですよね。私が変なタイミングで扉を開けなければ、二人とも廊下に逃げられたのに……こっちの方こそごめんなさい!」


 萌黄さんが左右に両手を振る。

 彼女の表情は本気で申し訳なさそうなものであり、心から俺に対して謝っているのがわかった。


「良い子じゃないか。幽霊君はいつのまにあんな子を見つけたんだい?」


「もう探求は終わったのか、キサラ」


「とりあえずね。それにしても……この空間はなかなか興味深いよ」


 キサラがニマニマと揶揄うような顔で戻ってきた。


「気がついていると思うが……この場所は私達が先ほどまでいた生徒指導室を上下逆転したような形をしている。まるで重力がひっくり返ったようだが、電灯は御覧の通りに上に伸びているし、本来床であるべきはずの場所にある机や椅子が落ちてくる様子もない」


 上を見上げると床があり、そこには机や椅子が張り付いてた。

 重力が反転しているように見えるが、実際に上下がひっくり返っているのは俺達だけである。


「先ほど計測してみたところ、この空間全体に微弱な磁場が生じているようだね。富士の樹海を十倍にしたくらいかな。方位磁針も機能しないようだ」


「スマホも圏外になっていますね」


 萌黄さんがスマホを確認する。

 力ずくで入口をこじ開けて中に入ってきたは良いのだが、ここから出るのは入ってきたときのようにはいかないだろう。


(詩織の結界に閉じこめられたときのことを考えると、この空間を作っている張本人を倒せば元の世界に戻れるのかな?)


『強引に力ずくで破るという手もあるが、小僧はともかくとして小娘二人が無事で済む保証はないのう』


(つまり、実質的には不可能ということ。『主』を倒すしかないな。気配はそこら中からしているんだけど、どこにいるんだ?)


 この空間に入ってから、全方位から堕神の気配が感じられる。

 これでは、敵が何処から襲いかかってくるのかわからない。


「二人とも、くれぐれも俺から離れないように……」


「おお、ここから廊下に出られるぞ!」


「話を聞け!」


 キサラが明かり取りための窓を開いて、廊下に出ていってしまった。

 俺は萌黄さんを連れて慌てて追いかける。


「おお……廊下も反転しているな!」


「おい、キサラ! 勝手に動くな!」


「そんなことよりも幽霊君、向こうから何かやってくるぞ」


「何かって……ああ?」


 廊下の端からウネウネと軟体動物のようなものが迫ってきた。

 ウミウシのようなフォルムのそれは黒い触手をバタバタと振りながら、こちらに気がついたのか接近してくる。


「アレは……?」


『禍津霊じゃな』


「禍津霊? 全然、形が違うぞ?」


『おそらく、この異界の内部では人に憑りつかずとも自立して行動できるのじゃろう。ここは奴らのテリトリーじゃからな』


「敵のホームグラウンドというわけか。想像以上に厄介なことになりそうだな」


 俺は再び八雷神を呼び出し、二人の友人を背中に庇って刀を構えた。


「幽霊じゃないな……実体がある」


 外の世界では幽霊のように人間に憑依しなければいけない禍津霊であったが、彼らのテリトリーでは実体を持つことができるらしい。


「鬼島君……!」


「大丈夫だから、下がっていてくれ!」


 不安そうな萌黄さんに軽く手を振っておく。

 やせ我慢ではない。後ろに二人の存在を意識していると、不思議なほどに力がみなぎってくるのだから。


「フー……」


 俺は八雷神を構えて長い息を吐く。

 稲光を放っている刀に恐れることなく、巨大なウミウシが緩慢な動きで迫ってくる。

 人ならざる者がすぐ傍まで接近しているにもかかわらず、不思議なことに心にさざ波一つ立つことはない。


(集中しろ。もっとだ……)


 頭上に刀を掲げて上段に構えて、精神を集中させていく。

 何度か八雷神を召喚したことでわかったことだが……この刀に宿っている『雷』は一つではない。

 その名が示している通り、この神刀には八つの『雷』が宿っている。

 性質の異なる八つの雷。その特性を身体で理解してコントロールする……それで初めて、『八雷神』という存在を使いこなしたことになるのだ。


(集中しろ……俺が負けたら後ろの二人が死ぬ! 殺された気になって精神を研ぎすませ!)


 二人を自分の事情に巻き込んでしまったのだ。俺には命がけで二人のことを守る義務がある。


(キサラは自業自得のような気がするけど……誰も死なせはしない。死んでも守る!)


『やはり面白いのう、小僧。そなたは自分が殺されそうになっていたときよりも、後ろに守るべき誰かがいる方が明らかに集中力が増しておる』


 刀から掌を通じて、八雷神が愉快そうに笑う気配が伝わってくる。


『人神一体の境地……今の小僧ならば、その入口程度には踏み込めるじゃろう。さっさと斬れ。力を見せよ!』


「言われなくてもやるに決まってる!」


 こちらに接近していた巨大ウミウシが太い触手を振るってくる。

 遠心力が十分に乗った一撃。まともに喰らったのであれば、骨の一本や二本軽く砕けることだろう。


「『火雷(ほのいかずち)』」


 しかし、触手よりも俺の斬撃の方がずっと(はや)い。

 刀から放たれる雷が焼けつく炎に変わり、巨大ウミウシの巨体を触手ごと包み込む。


「~~~~~~~~~~!」


 声にならない絶叫を上げて、巨大ウミウシが炎に焼かれる。

 苦しそうに触手を振り乱していた巨大ウミウシが端から焼け落ちるようにして小さくなっていき、やがて跡形もなく消滅した。


「おお……素晴らしい! 幽霊君、そんなこともできたんだな!」


「き、鬼島君……その刀はいったい……?」


 喝采するキサラとは対照的に、萌黄さんは驚きに目を見開いている。

 以前、狒々神から助けた時にもこの力を見せているが、萌黄さんはその記憶を失っていた。


「これは……あー、ほら。オカルト研究部だし?」


「お、オカルト研究部ってすごいんですね……って、そんなわけないですよね?」


「うん、とりあえずはそういうことで。後でちゃんと説明するから許してくれ」


 今さら萌黄さんに隠しておくことは不可能だろう。

 キサラに続いて、萌黄さんにも自分の身に起こった秘密を明かすことを決めた。


「禍津霊を倒したのは良いけど……異界が消えないってことはコイツが『主』じゃないのかな?」


『そのようじゃのう……ほれ、あの中に親玉がいると良いのじゃが』


「あの中にって……うげっ!」


 廊下の端、あるいは途中にある教室から、ダラダラと軟体動物の群れが這ってくる。

 先ほどの巨大ウミウシほどの大きさはないが、大型犬ほどのナメクジやイソギンチャクの化物がこちらに向かってやってくる。

 その数は少なくとも五十以上。現在進行形で数を増やしており、廊下を埋め尽くそうとしていた。


「これは……不味いんじゃないか?」


「き、鬼島君……」


「おお、これは怖い怖い! 深淵が我らを喰らいにきたようだな!」


 どんどん数を増やしていく軟体動物……禍津霊の群れを前にして、俺達は三者三様に顔を引きつらせたのであった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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