17.異界 × 進路相談室
俺達が通っている学校は私立の付属高校で、母体である大学がある。
進学校というわけではないため、そこまで生徒に対して受験勉強の追い込みをかけたりしない。
それでも外部の大学に受験するものは一定割合はいるため、進路指導室があって希望者には教員からの指導も行われていた。
「……進路指導室が開け放たれていて良かったな。簡単に入れる」
放課後、誰もいない進路指導室に足を踏み入れた。
進路指導室には鍵がかかっていない。
生徒への指導が行われていないのであれば、自由に立ち入りすることができるのだ。
赤本や大学の資料などがラックに保管されているため、好きに読めるようにするためである。
「誰もいないようで調査にはうってつけだね。フフッ……オカルト研究者としての血が騒ぐよ」
「キサラ……お前は外で待っていろって言っただろ?」
俺に続いて進路指導室に入ってきた友人を嗜めた。
キサラは黒いローブ姿のまま、手には十字架やら御札やらをジャラジャラと持っており、肩からはずっしりと重そうなバッグを提げている。
おかげで廊下ですれ違う生徒からは不審者を見るような目で見られてしまったが、それがオカルト研究部の人間だとわかると「またか」という感じで視線を逸らされていた。
「私がこの場所を突き止めたのだ。ならば、この場に居合わせる権利があると思うが?」
「権利がどうのとかは知らないけどさ。危険だって言ってるのがわからないのか?」
「『汝が深淵を覗くとき、深淵もまた汝を覗いている』……オカルトを探求するのであれば、棺桶に片足を踏み込まなければいけないのは道理だよ。神秘を暴こうとするのだからリスクは承知の上さ」
「……どうなっても知らないぞ」
俺は溜息をつきながら、進路指導室の中へと視線を戻す。
部屋を見回して意識を集中させる。精神を研ぎすまして気配を探っていくが……やはり、堕神の気配は感じられない。
「……いないな。やっぱり空振りだったか?」
「まあ、待ちたまえ。そう結論を急ぐんじゃない」
「……何だ、それ」
キサラが重そうなバッグを床に置いて、何やら機械を取り出している。
「これは私が開発した『万能測定器』さ」
「万能測定器……?」
「ああ、この機械一つで温度と湿度と電磁波と放射能を同時に測定することができるんだ」
「放射能って……」
いや、そんなものを測定してどうするというのだ。
俺が呆れている横でキサラは万能測定器とやらをあちこちに向けており、液晶画面に表示される数値を記録している。
「その禍津霊というのは異界とやらに隠れていて、気配を探ることができないと言ったね?」
「……ああ」
「それは納得したよ。だけど、気配をたどることができないからといって、そこにある何かが本当に観測できないものと考えるのは早計だよ。まずはしっかり検証をしないと」
キサラは測定器を持ったまま机の下に潜り込み、ゴソゴソと石の下の虫のように怪しい動きをする。
「本当にそこに異界とやらがあるとして、はたして何の痕跡も残さないということがあり得るのだろうか? 空気の流れ、温度や湿度、あらゆる事象に影響を与えることなくして存在しうるのだろうか? 否、断じて否だ。そこに存在していてまるで観測できないなどあり得ない! 観測できないというのであれば、それは存在しないということなのだから!」
弁舌を振るいながら机の下を調べていたキサラであったが……やがて顔を出して、ニヤリと笑う。
「ビンゴだ。見つけたよ、幽霊君」
「何?」
「この机の下の空間……ここだ。この直径一メートルの空間のみ、微弱な電磁波が発生している。気温も周りよりも0.5度ほど低くなっている。ここにその異界とやらがあると見た!」
「まさか……本当に見つけたのか?」
「科学技術がオカルトに勝利した瞬間、とでも言っておこうか? 研究者のあきらめない心はいつか必ず真実を……ふぎゃっ!」
「あ」
キサラは何やらカッコいいセリフを決めようとして失敗した。
立ち上がろうとしたところでローブの裾を踏んづけて、そのまますっ転んだのだ。
まくれ上がったローブ。一緒になって乱れたスカートからパンツが丸見えになっていたる。
俺は鼻をぶつけて悶絶している友人から目を逸らし、クマさんプリントのパンツを見なかったことにしたのである。
〇 〇 〇
雨宮キサラの協力により、生徒指導室に隠されていた禍津霊の巣らしきものを発見した。
「なるほど……見たところはまったく違和感がないけど、触ってみるとちょっと変な感じがするな」
『よくぞまあ、あんなおかしな機械で異界を発見したものじゃ。なかなかにできる小娘ではないか』
(俺も驚いているよ。こういう言い方はどうかと思うけど、ここまで使える奴だとは思わなかった)
馬脚を露した友人に俺と八雷神は呆れと感心を同時に覚える。
まさか、本当に科学技術によって禍津霊を発見するとは思わなかった。
天才だとはわかっていたが、雨宮キサラという人物は想像していた以上の傑物だったらしい。
「さて、場所はわかったが問題はどうやってコレをこじ開けるのかだね。何か方法はわかるかい、幽霊君」
キサラが先ほど転んだ際にぶった鼻を撫でながら訊ねてきた。
異界を開く方法なんて思い当たらないが……知恵や技術が足りないのであれば、やるべきことは力押しである。
「まあ、とりあえず斬れるかどうか試してみるさ」
邪魔な机とイスをどかしてから、俺は『八雷神』を取り出した。
「おお……! それが黄泉の神から授かった刀! 見せてくれ、貸してくれ、触らせてくれ、舐めさせてくれ……オオオオオオオオオオオオオオオッ! 痺れた、痺れたぞ!」
「……馬鹿なのか。お前は」
取り出した刀……八雷神に飛びついてきたキサラが帯電している刀身に触れて、電撃に悶えている。
さっきまであんな優秀な姿を見せてくれたというのに、床に転がってヨダレを流しているキサラはあまりにも間抜けすぎた。
「いいから下がっていろよ。危ないぞ」
「はう……かいかん……」
「それじゃあ、やるぞ」
キサラの首根っこを掴んで強引に下がらせ、剣を構える。
目の前の空間には何もない。こうして見ると、本当に異界の入口があるというようには見えなかった。
しかし……。
「『八雷神』!」
紫電をまとった刀を振り下ろす。
バチバチと斬撃に込められた雷光が瞬いて、部屋の中がパッと明るくなる。
「ッ……!」
「おお!」
すると、振り下ろした斬撃の形に空間が割れた。
スッパリと黒い穴が開いて、周囲の景色を飲み込みながら広がっていく。
『当たりのようじゃ! 異界じゃぞ!』
「不味い……取り込まれるぞ!」
開いた扉はどんどん広がっていた。
最初から異界の中に入るつもりだった俺はともかくとして、キサラは逃がす必要がある。
「キサラ! 部屋の外に出ろ!」
「ま、待て待て、幽霊君! 私は研究者として最後まで結果を見届ける必要が……!」
「言ってる場合か! さっさと出ろ!」
抵抗するキサラを猫のように掴み上げ、そのまま進路指導室の入口に運ぶ。
焦りながら扉に手を伸ばそうとするが……廊下側からガラリと扉が開かれた。
「え……鬼島君?」
「は……?」
進路指導室の扉を外から開いたのはまさかの人物。
我がクラスにやってきた転校生であり、新しい友人となった美貌の少女……萌黄優菜だったのだ。
萌黄さんは片手に刀、片手にキサラを掴んでおり、背後の黒い空間の裂け目に飲み込まれようとしている俺達に啞然と両目を見開いた。
「どうして、いったい何が……!」
「危ない!」
萌黄さんの登場にフリーズしてしまったのが悪かった。
いつの間にかすぐ背後まで広がっていた闇に飲み込まれ、そのまま異界に引きずり込まれてしまう。
「鬼島君!」
「ダメだ、逃げ……!」
萌黄さんに危険を呼びかけようとするが、彼女は反対にこちらに向けて手を伸ばしてきた。
意識が黒い空間の裂け目に取り込まれ、そのまま視界が反転して……気がつけば、俺達は見知らぬ空間に放り出されていた。
「ここはいったい……ふぐっ!」
「きゃあっ!」
「うにゃあ!」
床を転がり、身体を起こして……同時に胸の中に二人分の体重が飛び込んでくる。
萌黄さんとキサラだ。
逃がすことができず、二人も一緒に異界に入ってきてしまったようだ。
「ふ、二人とも大丈夫か……?」
「は、はい……私は大丈夫です」
「クックック……とうとうやってきたぞ! 雨宮キサラが神秘の世界に足を踏み入れたぞ!」
「こっちも大丈夫そうだな。ここはまさか……?」
周囲の景色が赤黒く染まっている。
毒々しい色に染められた景色、の場所に見覚えはない……と思ったが、冷静に周囲を観察すると見知った場所だった。
「まさか……進路指導室か?」
そこは進路指導室だった。
しかし、俺が知っているその部屋ではない。
赤黒く染まったその部屋は上下が反転しており、俺達三人は天井であるはずの場所に転がっていたのである。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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