16.友達 × オカルト
雨宮キサラ。
その人物は校内でもきっての変わり者として知られていた。
俺にとっては中学からの友人、武夫と共に親しく交流のある相手である。
「やあ、幽霊君。久しぶりだね」
オカルト研究部の部室に行くと、黒いローブを身に付けた小柄な少女が出迎えてくれた。
まるで黒魔術の最中のような姿で現れたこの人物こそが、オカルト研究部の部長である雨宮キサラである。
「キサラ、君はまたそんな服を着て……よく先生に怒られないもんだね」
「部活中にユニフォームを着て、何を責められる理由があるのかね? 野球部もバスケ部も専用の服を着ているじゃないか」
キサラが愉快そうに肩を揺らして笑った。
顔立ちこそそれなりに整っており、美少女といっても過言ではないキサラであったが、今の彼女を見て女性的な魅力を感じる男はいないだろう。
ボサボサの髪を長く伸ばし、目の下には色濃いクマを作り、小柄ながらもそこそこ発育の良い体躯はダボダボの黒魔術ローブで覆っている。
「『入道君』に連絡したんだけど、彼は来れないようだね。薄情な友人だよ」
「放課後なんだから普通に部活だろう? 真面目に全国を目指してるんだから邪魔をするなよ」
『入道君』というのは武夫のことだった。
オカルトマニアであるキサラは、親しい人間を妖怪や魔物の名前で呼んでいる。
武夫は身体が大きいから『入道』。俺は影が薄いから『幽霊』らしい。
「それで? わざわざ呼び出したりして、何の用事だよ」
「親愛なる友人である君に聞いてもらいたいことがあってね? 現在、校内で起こっている超常現象についてさ」
「超常現象……幽霊でも出たのか?」
「それに近いかもしれないね。人間に憑りつく悪い幽霊だよ」
キサラがケラケラと笑い、部室の奥にあるPCへと向かっていった。
「情報弱者の君は知らないだろうが……この学園では、先月から校内での暴行・傷害事件が多発している。生徒からの行方不明者も出ていて、まるで世紀末のようだね」
キサラがPCを操作すると、学園の見取り図と複数人の生徒の名前が記載された名簿が表示された。
「今日も午前中に体育館倉庫で、痴情のもつれによる傷害事件が起こったそうだよ。先週などイジメられていた少年が逆上して、クラスの男子四名を病院送りにしたそうだよ。愉快なことにね」
「…………」
心当たりがあり過ぎる話だった。
それはどちらも禍津霊によって引き起こされた事件であり、俺が加害者をしばいて終わった事件である。
「被害者の中には、加害者である生徒に黒い霧のようなものがまとわりついているのを見た者がいるようだよ? 全員が見たわけではなく、見える者と見えない者がいるのが逆にそれらしいじゃないか。私はこれが人ならざる存在によってもたらされた超常現象だと考えている。餅は餅屋……我らオカルト研究部の出番というわけさ」
「…………」
PCに表示されたデータには事件の加害者・被害者の言い分や関係性、事件が起こった経緯、病院に運ばれた彼らの現状に対する情報が事細かに書かれている。
いったい、どうやってこれほどのデータを集めたのかと疑わしいことだが……この女、雨宮キサラであれば不可能ではないだろう。
雨宮キサラはとんでもないレベルの変人である。
しかし、それでも彼女は天才だ。
中学の頃から成績は学年一位を譲ったことはないし、全国模試でもトップ争いをしているらしい。
校内でこんな怪しい格好をしたり、授業にも出ずに謎の研究にふけっていたりして許されているのも、ただただ彼女が成績優秀だからである。
『ほう……よくぞまあ、ここまで調べたものじゃのう。確かに、これほどの才覚を持った者であれば協力者として申し分なさそうじゃの』
(まあ、ね。コイツに助けを求めなければいけないのはすごく悔しいというか、おっかない話ではあるけどね)
協力者が欲しいとは思っていたが、この変わり者を巻き込むことには抵抗がある。
危険な目に遭わせてしまうからという心配ではなく、キサラを秘密の共有者にすることに空々しい恐ろしさを感じるのだ。
(とはいえ……やっぱり相談役は欲しいな。すでに禍津霊の事件を追っているようだし、やっぱり手伝ってもらった方が良いな)
「私はこの事件を『黒霧事件』と名付けて、真相を追求したいと思っている。そこで幽霊君にも手伝ってもらいたいのだが如何かね?」
「如何もなにも、とっくに巻き込まれているよ……」
「ふうん? どういう意味かな?」
「…………」
俺は一度、大きく深呼吸をしてから意を決して口を開く。
「あのな先々週の土曜日の話なんだけど……」
俺が話しはじめると、すぐにキサラが両眼を輝かせた。
「堕神……退神師……黄泉の宝……最高だ! 最高だよ、幽霊君!」
「うわあっ!」
俺が巻き込まれている事態について話すと、キサラがいつもは眠そうに半開きになっている瞳を見開き、抱き着いてきた。
部活中はダボダボのローブを着ているためわかりづらいが、キサラはかなりの巨乳である。柔らかな感触が腹の辺りに押しつけられて、さすがに焦ってしまう。
「君はできる奴だと思っていた! やはり君をオカルト研究部に招き入れた私の目に狂いはなかったようだ!」
「いや、俺が入ったのは人数合わせだろうが。部員の数が足りなくて部室取り上げられそうになって、涙目になって頼んできたからだけど」
「こんな最高の神秘を持ち込んでくれるとは……アハハハハハハ! ハハハハハハハハハハッ!」
キサラが俺に抱き着きながら、テンションを爆上げにしている。
中学の頃から、興味のあるものを見つけると周りが見えなくなり、研究一辺倒になる奴だった。
周囲の迷惑なんて考えずに己の道をいく……それが雨宮キサラという女子なのである。
「ハハハハハハハ……さて、ひとしきり喜んだところで、真面目な話をしようか」
……と、キサラが唐突に俺から離れてPCの前に座る。
「堕神に黄泉の門……なるほど、合点がいった。八雲市には昔から超常現象の目撃例が他の町に比べて多くある。行方不明者の人数もただ静かに暮らしたい殺人鬼が潜んでいるのではないかというくらいに多いんだ」
「そうなのか?」
「ああ、それなのに行政から特に働きかけも無くて不自然に思ってはいたんだけど……なるほど、退神師という連中が揉み消していたわけか」
キサラがカチャカチャとPCを操作して、いくつかの画像を呼び出す。
それはホラー映画の一部を切り取ったような画像だった。黒い靄のようなものが映っていたり、奇怪な形状の生物がいたり、数本の腕に刃物を持っている怪人がいたり……何も知らないものが見たのであれば、CGか合成写真だろうと判断するものだった。
「これらの写真はホラー写真の投稿サイトに挙げられていたものだ。場所はいずれも八雲市内。場所が地元であることを除けば、作り物と判断して気にも留めないようなものなのだが……これらはいずれも投稿から一日以内に消去されている」
「消去?」
「ああ、投稿者が自分で取り下げたのか、それとも管理人が消したのかは知らないけどね。こうやってページのスクショを撮っていたから残すことができたが、もうネット上にこれらの画像は残っていない。一つや二つならばまだしも、八雲市内で撮影された不可思議な画像がどれも消されているんだ。陰謀の匂いを感じるじゃないか」
つまり、堕神の存在を隠蔽するためにネット上の画像を消している者がいるわけか。
退神師とやらがやっているのだとすれば、なかなかに忙しい連中である。
「黄泉平坂……黄泉の国の門というのも聞いたことがあるね。日本神話に登場する死後の世界の入口で、イザナギが妻であるイザナミを迎えに行った際に通った場所だね。有名な話だから聞いたことがあるだろう?」
「ああ……まあ、それくらいはね」
細かい部分までは知らないが……火の神を産んだ際に焼け死んだ伊邪那美という神を迎えに行くため、夫の伊邪那岐が黄泉の国まで迎えに行く。
しかし、イザナミは黄泉の食べ物を口にしてしまったために帰ることができなくなっており、それでもどうにか帰れるように相談するので待っていて欲しいとイザナギに言う。
絶対に開けるな……そう言い残して扉を閉めるイザナミであったが、この手の約束を昔話の登場人物が守った試しはない。
約束を破ったイザナギは身体が腐って蛆が生え、変わり果てた妻の姿を見てしまう。
怒ったイザナミは追手を放ってイザナギを追いかけるのだが、イザナギは黄泉の入口である黄泉平坂を岩で閉じてしまう。
「日本神話でもっとも有名な逸話の一つだね。この時に黄泉平坂を封じた大岩が『道返しの大神』。ちなみに、イザナミがイザナギを追いかけるために放ったのが『八雷神』だよ。偶然だね、君の身体に宿ったのと同じ名前だ」
(そのあたり、どうなんだよ?)
『さあのう、人間共の伝承になど興味はないわ』
「『黄泉平坂』という地名は日本神話の故郷とされる島根県に実在している。また、『八雲風土記』という古書によると、八雲市にもかつて同名の場所があったらしい。現在では、その正確な場所はわからなくなっているね」
「なるほど……?」
「それから、この学園を脅かしている存在……『禍津霊』だったか? まさにその黄泉の国の逸話で、イザナミが身体から落とした黄泉の穢れから生まれた神が『禍津日神』という名前だ。神学者である平田篤胤は全ての人間の心には禍津日神の分霊が存在しているとして、それが怒りや憎しみなどの感情を産むとしている」
「…………」
「禍津日神には対となる神がいて『直毘神』という。禍津日神がもたらす災いを打ち消す神とされており、人間の心に生じる悪を消し去る善性の神であるともされているね」
「………………………………そうか」
わかったような、わからないような話である。
キサラは得意げに話をしているが……この話はいつまで続くのだろう。
日本神話のエピソードは興味深かったが、それが禍津霊の巣を見つけるのに役立つとは思えないのだが。
「……と、話が脱線したところで、計算が終わったようだ」
「は?」
「いや、私だって別に自分の知識を披露して得意げになっていたわけじゃない。このコンピューターに入れているAIが計算を終えるまで、時間潰しに話をしていただけさ」
いつの間にか、デスクトップ型のPCには俺に理解できない計算式のような画面が映し出されている。
「幽霊君から得た情報を元にして、禍津霊に憑依されていた人間の校内での移動パターンをAIに計算させていた。彼らが何処で禍津霊に憑依されたかがわかれば、必然的に巣穴の場所も導き出されるだろうからね」
「そんなことをしてたのか!? いつの間に!?」
「僕はオカルトの信望者ではあるけれど、科学の力を軽んじてはいない。神秘を解き明かすために科学技術の力が必要とあれば、もちろん使うさ」
キサラは得意げに笑って、PC画面上に映し出された校内マップの一点を指差した。
「学年、クラス、性別、所属する部活動、委員会……あらゆるものがバラバラの禍津霊被害者の全員がこの二週間で共通して訪れている場所。それはここしかない」
「進路指導室……」
俺はその部屋の名前をつぶやき、大きく目を見張った。
そこは生徒の誰もが訪れる場所。
俺が詩織に刺される前日、担任教師から呼び出されて進路について話をした場所だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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