15.幽霊 × 巣穴
転校生である萌黄優菜さんを迎えて、俺の新しい高校生活の幕が開いた。
意外なことであるが、裏路地での接触から詩織が俺に関わってくることはなかった。
クラスメイトから聞いた話では、そもそも詩織は学校に来ていないらしい。
体調不良を理由に学校を休んでおり、顔を合わせることすらなかった。
「えっと……詩織が学校を休んでいるみたいだけど、何か心当たりある?」
詩織のクラスの女子からはそんなことを聞かれたし、中には『お前が原因だ』とばかりに問い詰めてきた者もいる。
そういった友達思いの女子には、詩織の浮気によって別れたことを懇切丁寧に説明してあげた。
食い下がる女子もいたのだが、新しく買い替えたスマホに転送してもらった浮気の証拠写真を見せるとすごすごと引き下がっていった。
詩織と顔を合わせることさえなければ、俺の高校生活に不自由はない。
順風満帆に青春を謳歌できているといえるはず。
「いえるはず……だったのにね」
「邪魔をするなあああああああああああっ!」
「はあ……面倒臭いなあ」
襲いかかってくる女子生徒の首根っこを掴んで、電流を流す。
女子生徒はバリバリと身体を痙攣させて、身体から黒い靄を放出させて気絶した。
「多すぎるだろ。何で繁殖してんの、コイツら?」
刀を取り出して黒い靄を切り裂くと、稲光をまとった斬撃によって霧散する。
これで事件解決。また堕神を倒すことに成功した。
「まあ、また禍津霊だけどな。どうして、ウチの学校はこいつらばっかりなんだ?」
俺がいるのは体育館倉庫。
すぐ目の前のマットには何故か半裸になっている男女が気を失っている。
休み時間に堕神の気配を感じ取った俺は体育館倉庫に急行したのだが、そこで半裸の女子がカッターナイフで男子生徒を襲っている場面に遭遇した。
女子生徒は禍津霊に憑りつかれているようで、どんな経緯かは知らないが男子生徒を刺そうとしていた。
「校舎裏での遭遇を含めて、これで四回目。たった一週間でだぞ? どう考えてもおかしいだろ」
校舎裏での戦いを皮切りに、俺は一週間で四度も禍津霊と戦っている。
それも四回ともこの学校の生徒が憑りつかれていた。これで何もないという方がおかしいだろう。
『フム……確かに妙じゃのう』
俺の胸の内で八雷神も首をひねる。
『禍津霊は複数体いる堕神ではあるが、だからといって校内にこれほど巣食っているのは不自然じゃの。どこぞに巣穴があるのかもしれぬの』
(巣穴って……ネズミじゃないんだから)
『あり得ぬことではない。先日、小娘の作った異界に取り込まれたことは覚えておるな?』
(そりゃあ、まあな。路地裏のことだろ?)
路地裏で詩織と戦った際、彼女が作った結界のようなものに取り込まれた。
『それと同じようなものを禍津霊の大元が生み出し、隠れておるのかもしれぬな。異界に潜んでいては気配も辿れぬ』
(大元って……女王でもいるのか? 本当に巣穴があるのかよ)
『なれば、元を絶たねば意味がないのう。絶え間なく奴らが湧いてくるじゃろう』
「…………」
面倒臭い状況である。
単純に現れる堕神を倒すというだけではなく、巣穴を探し出して叩くというミッションが加わってしまった。
(とはいえ……放置するわけにもいかないよな。授業中に抜け出すのにも限界があるし)
今回は休み時間だからまだ良いが、一度など授業中に現れたため体調不良を偽って授業を抜け出すことになった。
あんなことが続いては色々と怪しまれてしまう。萌黄さんにも心配をかけてしまったことだし、あまり校内で戦いたくはない。
「おっと……誰か来たな。退散しよう」
休み時間が終わりに近づいて、体育館に人が集まってきた。いずれ倒れている二人も見つかることだろう。
俺はそっと抜け出して、この場を立ち去るのであった。
〇 〇 〇
この学校に人間に憑依する堕神……禍津霊の巣がある。
巣穴の存在に気がついた俺は放課後になって禍津霊の巣穴探しを始めたのだが、捜査は思った以上に難航していた。
生徒の立ち入りを禁じている一部の部屋を除いて、学校中を見回ってみたのだが……残念ながら、巣穴を発見することはできなかったのだ。
(参ったな……いったい、どこにあるんだ?)
『連中、随分と上手く気配を隠しているようじゃな。直接、巣から出てくる現場を押さえぬ限り、異界のある場所はわからぬな』
(……お前でもわからないのか? 神様なのに?)
『妾は戦いの神じゃからな。人探し、物探しは得手ではない……こういったことは、本来であればあの小娘のような退魔師どもが得意とすることなのじゃがな』
「…………」
詩織であれば、巣穴を見つけることができるということか。
そうだとしても、彼女に連絡を取って協力を仰ぐというのは御免だが。
(あるいは……憑依されていた連中の身元を洗うという手もあるな。アイツらが校内で禍津霊に憑りつかれていたというのであれば、どこの誰かがわかれば巣穴の場所を絞れるかもしれない)
こんなことならば、彼らを倒した後で生徒手帳などを確認して名前だけでも押さえておくべきだった。
タイの色から学年はわかるが、クラスや名前はわからない。
(先生に聞いても教えてくれないよな、たぶん。地道に聞き込みするしかないのか……?)
「相談役が、アドバイスをしてくれる『脳』が欲しいな……」
思わず、口に出してつぶやいてしまう。
堕神について、自分が置かれている状況について、誰かに相談に乗ってもらってアドバイスが欲しい。
残念ながら、俺はあまり頭が良い方ではないのだ。
八雷神も秘密主義でおまけに脳筋なところがあるし、知恵袋となってくれる人間が欲しかった。
『好き勝手に吹聴すれば退神師どもに動きを気取られるやもしれぬ。あまりお勧めはできぬな。よほど信頼できる者ならば良いが』
(口が堅くて信頼できる友人か……武夫だったら相談に乗ってくれるだろうし、協力だってしてくれるはずだ)
だが、武夫は部活動で忙しくて、大学生の彼女持ち。
あまり巻き込みたくはないし、そもそも頭脳労働として使えるようなタイプではない。
(詩織に刺されたことを話したら、絶対に問い詰めに行くよな。詩織の仲間……退神師に俺のことがバレるかもしれない)
ならば、他に人がいただろうか。
クラスメイトに百パーセント信用できるほど親しい人間はいない。
唯一、萌黄さんだけは真剣に相談を聞いてくれるかもしれないが……彼女を巻き込んで危険にさらすなど、絶対にありえなかった。
『信用できる友人が一人しかおらぬとは寂しい奴じゃのう』
(放っておいてくれ。友達は多い方が良いって考えの人もいるかもしれないけど、親友は一人いたら良いんだよ)
『自分への言い訳に聞こえるがの』
(放っておいてくれ……ん?)
「着信か?」
ポケットのスマホがバイブした。
先日、買ったばかりのそれを確認すると……MINEのメッセージが来ていた。
メッセージを開くと、淡白で短い指示が書かれている。
【部室に来い。幽霊くん】
「ああ……アイツがいたな。そういえば」
そのメッセージの送り主の名前を見て、俺は「うわあ」と顔を顰めた。
このメッセージの送り主ならば、非日常的な内容でも受け入れてくれるだろう。
好奇心によって協力もしてくれるだろうし、相談役としても役に立つ。
秘密は独り占めして楽しむタイプなので、意味もなく吹聴したりもしないだろう。
「雨宮キサラ……オカルト研のアイツに頼らなきゃいけない日がこようとはな」
俺は友人……武夫ほどではないが親しい友人の顔を思い浮かべ、全力でしかめっ面になったのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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