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14.夢 × 説明

 その日の夜の出来事。

 一人きりで食事を摂り、風呂に入ってベッドについた俺であったが、気がつけば深い深い暗闇の中にいた。


(この世界は……?)


 その場所には覚えがある。

 数日前、俺が詩織に刺されて死んだ際にやってきた場所。

 黄泉の国の管理者である『常世の媛』と会って話をした、この世とあの世の境……『黄泉平坂』である。


「おいおい。まさか……また俺は死んでしまったのか?」


『そうそう何度も死んでもらって堪るものか。寝ぼけておるのか、小僧』


「八雷神?」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、眼前に紫電をまとった刀が突き刺さる。

 バチバチと稲光を放つそれは俺の中に宿った黄泉の神の加護……神剣である『八雷神』そのものだった。


「アンタは……?」


 そして突き刺さった大太刀に背中を預けるようにして立つ女性の姿。

 骨のように白い肌と漆黒の髪。喪服のような衣装を着崩した女がそこにはいた。


『いかに女に纏わりつかれて浮足立っていようとも、誰かわからぬほど惚けてはおるまい?』


「……八雷神なのか、お前?」


『お前呼ばわりは不愉快じゃが、こうして人の姿で参ってやったぞ』


 クスクスと嘲るような笑い方は間違いなく八雷神のものだった。

 刀を背にして立つ女は顔の部分だけが黒い面でも被っているかのように見ることができない。代わりに着崩した着物からは豊満な胸の谷間が覗いているのだが。


『ちなみに……妾の姿はこうと決まったものではなく、小僧のイメージを元にしている。顔よりも先に身体を形作るとは色狂いめ。そんなに妾の乳が気になっておったのか?』


「…………」


 その指摘にぐうの音も出ず、思わず押し黙ってしまう。


 確かに、目の前にいる人型の八雷神の姿は「こんな感じかな?」と頭の中で想像していたものと同じである。

 それこそ、着物からこぼれ落ちそうになっている二つの果実の大きさもそのものだ。


『顔の造形が曖昧なのは許してやろう。妾となれば相当な美女に相違ないじゃろうからな。小僧の貧相な想像力では限界があろう。適当な顔を見繕って自分で用意するとしようかのう』


「う、うるさいなあ! それよりも……わざわざ夢の中に出てきて何の用だよ!」


 さすがの俺もここが現実世界でないことは気がついていた。

 先ほど、ベッドで眠った記憶もあることだし、おそらく夢の中だろうと察しがつく。


「わざわざそんな人型を用意するくらいだ。何か大事な話でもあるんだろう?」


『フム……そうじゃな。その通りじゃ』


 八雷神がつまらなそうに鼻を鳴らして、本題へと入る。


『小僧。そなたは昨晩に狒々神を、今日の内に禍津霊を二体討滅している。そして、あの盗人の小娘とも相対して、相手の精神状態が不十分であったとはいえ退けた。これからもお役目を続けていけそうじゃと判断して、これまで話していなかったことを教えてやろう』


「……ようやくか。随分と待たせてくれたよな」


 お姫様といい、八雷神といい……必要な情報をちっとも教えてくれないと思っていたところだ。

 中途半端な力と知識だけ与えられて敵と戦わされて、いったい自分が何のために戦っているのかもよくわかっていなかった。


「そもそも、どうして隠したんだよ。最初から教えてくれてもいいだろうが」


『別に隠していたつもりはない。ただ、ゆっくりと話す機会がなかっただけじゃよ』


「同じだろうが……それで、何を教えてくれるんだ?」


『まずはお役目の内容についての確認じゃ。小僧、そなたに与えられた役割は二つ。一つ目は黄泉から逃げ出した逃亡者……『堕神』の討伐』


「…………」


 俺は頷いた。

 すでに何度か経験していることである。


『そして、もう一つ。眠りについている『道返し』の神の復活じゃ』


「そんなことをお姫様が言っていたな。具体的にどうすればいいとか全く教えてもらってなかったけど」


『道返し』の神というのがどういう存在なのかも不明。どうして眠りについているのかも。


『『道返し』は黄泉平坂を守る門番のようなものじゃな。黄泉から逃げ出して現世に抜け出そうとする堕神や悪霊を追い返す役割を持っている』


「…………」


「かの神は百年前に眠りについてしもうた。退神師どもの罠に嵌められてな」


「退神師って……詩織のことだったか?」


 詩織と、それに婚約者の男がそんなふうに呼ばれていた気がする。

 堕神と戦う役割を持った人間という話ではなかったか。


『ウム、奴らは堕神と戦う役割を持っていてな。黄泉の門がある八雲の地には、十の家が江戸の御代より根を張っておる』


 八雷神の説明によると、人間に害悪を成す神……堕神は日本各地に出没しているらしい。

 その中でも、八雲市にはあの世の門……『黄泉平坂』があることで堕神の発生率が非常に高く、退神師が管理者のごとく幅を利かせているらしい。

 警察などの官憲にはもちろん顔が利くし、市長や市議会も退神師の十家には逆らうことができないようだ。


「なるほどね。俺が殺されたことが明るみになっていなかったのも、国家権力……というと大袈裟かもしれないけど、公的な力を味方につけていたことが理由か」


『ウム、街中で人を刺し殺してなかったことにできるのじゃから、それなりの力の持ち主ということになるじゃろうな』


 本来であれば、あのまま俺は行方不明になって処理されていたことだろう。

 詩織に生存がバレたこともあるし、何らかの接触を図ってくる可能性もある。


『さて……ここからが本題なのじゃが、八雲市にいる十家の退神師どもがかつて『道返し』の神を騙して儀式を行い、かの者の権能を奪い取った。即ち、黄泉の宝物……『十種(とくさ)冥宝(めいほう)』をな』


「『十種の冥宝』……?」


『小僧も覚えがあるじゃろう? そなたを刺し殺した小娘の剣……あれもまた『十種の冥宝』の一つじゃよ』


「…………!」


 忘れるものか。自分の心臓を刺し貫いた刀なのだ。


 あの刀と詩織の顔を思い出した途端、俺は強い幻痛を左胸に感じた。


『『道返し』の神を復活させるためには、『十種の冥宝』を奪い返さねばならぬ。それが小僧に与えられたもう一つのお役目じゃ』


『十種』というからには、詩織の剣を含めて十の宝があるのだろう。

 それらを全て奪い返すことが俺に与えられた役割。文字通りに黄泉返らされた理由である。


『小僧、『道返し』の神を目覚めさせることができれば、この町に現れる堕神の数も大きく減ることになる。そなたのお役目は終わり、本来の日常に戻ることができるじゃろう』


「それは……!」


 つまり、元通りの平凡な日常に帰ることができるということか。

 命を賭けて堕神と戦ったりすることもなく、普通の高校生として生きていくことができるということになる。


「ちょっと待った。その宝を取り戻すことが目的だったら、どうして詩織と会ったときにそれを教えてくれなかったんだよ!」


 俺はまさに今日、詩織から剣を向けられて戦った。

 それは戦いなんて呼べないようなお粗末なものだったが、その時に剣を奪い返してやれば良かったのではないか。


『そう上手くはゆかぬのだよ。十種の宝は特殊な術によって拘束され、継承されているのじゃからな』


「継承……?」


『ウム、仮に小僧があの娘から剣を奪ったとしても、正当な所有者として認められていない者には持つことはできぬ。すぐに娘の手に戻ってしまうじゃろうな。妾が小僧の身体に宿っていて、他者に使うことができぬのと同じじゃよ』


「……つまり、その術とやらを解いて、詩織から引き剥がさなくちゃいけないわけか?」


『然り。仮に小娘を殺したとしても、血縁者の誰かに継承されて送られてしまうじゃろう。術を無効化せぬ限り宝物を取り戻すことは不可能じゃ』


「だったら……仮にの話だけど、詩織を含めて血縁者全員が亡くなったらどうなるんだ?」


 正直、一族郎党を皆殺しにするような覚悟はない。

 だけど、それで宝が戻るというのであればシンプルな解決策と言えるだろう。


『奴らが宝を奪ったのは百年前のこと。一族の血がどこまで枝分かれしているかはわからぬ』


 しかし、八雷神が無念そうに首を振った。


『八雲の外に……あるいは、海の外にまで宝が飛んでしまっては対処のしようがないからの。八雲市の内に宝がある状況を崩したくはない』


「……だったら、どうしろって言うんだ?」


『小娘の実家を含めた十の家を調べて、術式の内容について暴くのだ。秘伝書でも見つけることができれば満点じゃな』


「……そんなスパイみたいなことをやれっていうのか、俺に?」


 できる気がしない。

 八雷神のおかげで戦えるようにはなっているが、他人の家に忍び込んで必要なものを盗み出せとか無理ゲー過ぎる。


「そうじゃな……だが、小僧よ。そなたには取れる手段があるじゃろう?」


「手段……?」


「ああ、十家の一員であり、内通者として使える女を知っておるではないか」


「まさか……」


 俺は奥歯を噛んで顔を歪めた。

 八雷神がいうところの内通者が誰であるか気づいたのだ。


「詩織を味方に引き込めっていうのか? 俺を殺した女を?」


 それこそ、ふざけた話である。

 俺が詩織を仲間にして笑顔で握手するだなんて未来は有り得ない。彼女の手を握るくらいならば腕を斬り落とした方がマシだ。


「積極的に殺したいほどの関心はないけど、だからといって味方には出来ないよ。百パーセント不可能だ」


 俺は断言した。

 ここだけは譲れない。

 八雷神の……その背後にいるであろう『常世の媛』のヘイトを買ってしまったとしても、譲歩することができない部分がある。

 詩織との和解はそれほど俺にとって忌まわしいことだった。


『別に小娘を許せとは言わぬ。味方にしろともな』


 しかし、八雷神は何でもないことのようにヒラヒラと手を振った。


『手を組むというよりも『使ってやる』というふうに考えよ。もっと言えば、小娘を生かしておく必要はない。殺して従属させれば良いのじゃからな』


「……どういう意味だ?」


『いずれわかる。小僧がたゆまぬ努力によって精進すれば、そなたの身体に宿ったもう一つの力が目覚めるじゃろう』


「…………?」


『アレは悪食じゃ。早くせねば、小僧の感情を残らず食い尽くされてしまうぞ』


「ちょっ……」


 グラリと視界が反転する。

 世界がひっくり返るような衝撃を受けて、俺は思わず八雷神に手を伸ばす。

 伸ばした手は届かない。

 ただ、黒く覆われた面がケラケラと愉快そうに笑うのが見えた。


 次いで、強い衝撃に頭を襲われる。


「……世界がひっくり返った」


 朝になって目が覚めて、俺はベッドから転がり落ちた体勢のままそんなふうにつぶやいたのであった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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