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11.歓迎会 × 嫉妬

 午後の授業が終わって、放課後になる。

 いつもであれば帰宅部としてさっさと帰るか、さもなければオカルト研に顔を出して友人を冷やかすところだが……その日はいつもと違った。

 転校生である萌黄さんの歓迎会が開かれることになり、みんなでカラオケに行くことになったのだ。

 歓迎会に参加したのはクラスの男女十五人ほど。大部屋のカラオケルームでも多すぎる人数である。


「それでは、新しい友達の編入を祝って……乾杯!」


「「「「「乾杯!」」」」」


 クラスメイトが一斉にグラスをかち合わせ、ドリンクを飲み干す。

 カラオケの機械に順番に曲を入れていき、思い思いの曲を歌っている。

 流行の歌を熱唱するものもいれば、一昔前のフォークソングを歌い出す者もいる。アニソンを熱烈な歌声で奏でてクラスメイトの度肝を抜いてくる者までいた。


「ねえねえ、萌黄さんはどんな歌が好きなの?」


「前の学校の友達ともカラオケ行ってたの?」


「部活動は決めたの? 私は手芸部なんだけど、優菜ちゃんもどう?」


「東京では彼氏とかいた? やっぱり、都会だから進んでたのかなあ?」


 そうやってカラオケをしている中で、女子を中心としたグループが萌黄さんを囲んでいて、様々な質問を浴びせかけている。

 萌黄さんはそれに丁寧に答えながらも、プライベート過ぎる質問は笑って受け流していた。


「部活動は……そうですね」


「ん?」


 萌黄さんがチラリとこちらに視線を向けてくる。

 妙に意味深な様子で悪戯っぽく微笑む。


「オカルト研究部に入りたいと思っています」


「ブフッ!」


 思わず、飲んでいたコーラを吐きそうになった。

 確か、昼休みに入っている部活動を聞かれたが……オカルト研究部はお勧めできないと言ったはずなのに。


「オカルト研って……そんな部活あったっけ?」


「ほら、あの変わり者の……」


「ああ……あの子が入ってるやつね。それと鬼島君も」


「う……」


 クラスの女子がそろってこちらを見てくる。まるで責めるような眼差しで。


「鬼島君、いくら人数が足りないからって、何も知らない転校生を自分の部活に引っ張り込むのは良くないと思うんだけど……」


「誘ってないよ! 誰があんな変人の巣窟に人を道連れにできるんだよ!?」


「うっわ……自分で言っちゃったよ。変人の巣窟って……」


 女子達がドン引きする。

 オカルト研究部にいるのは俺のように名前を貸しているだけの幽霊部員を除けば、変人奇人変態ばかりである。

 そんなところに清楚っぽい転校生を誘うことなどできるものか。


「そうなんですか? せっかく、鬼島君と一緒に部活動ができると思ったのに……」


 萌黄さんが眉尻を下げてガッカリとしたような表情をする。

 そんな転校生の様子にクラスの女子達も不思議そうな顔になった。


「……萌黄さんって、やけに鬼島君に懐いてるよね」


「ひょっとしたら、転校前からの知り合いだったりするのかな?」


 意外と鋭い切り口である。

 転校の前日、俺は狒々神に襲われていた彼女を救い出していた。

 その記憶は消されているようだが……ある意味では、転校前からの知り合いと言えなくもなかった。


「いいえ、知り合いではありませんよ」


 しかし、萌黄さんは穏やかな笑みで首を振った。


「知り合いではありませんが、始めて見た時から不思議と気になっています。ひょっとしたら、これが一目惚れというやつかもしれませんね」


「ブフオッ!」


 ボディブローのような言葉をぶつけられ、俺はその場で悶絶する。

 一目惚れ……萌黄さんのような美少女が、見た目完全なモブキャラの俺に対して?


「うわあ! やっぱり萌黄さんってすごい!」


「ハッキリ言っちゃうんだ……さすが東京者」


「萌黄優菜さん……恐ろしい子!」


 爆弾発言を受けて、女子達がキャアキャアと盛り上がる。

 一方で、輪に入ることができない男子達は怨嗟の眼差しを俺に向けてきた。

 これはヤバいかとカラオケルームから逃げようとすると、ガッチリと肩を組んできて逃走を阻止される。


「よーし、次は失恋ソング縛りにするぞー」


「男子全員、浮気されて捨てられた哀れな男を囲んで歌うんだー!」


「ちょ……やめてくれない!? 本気で嫌なんだけど!?」


 まるで「かごめかごめ」でもしているかのように俺を中心において、男子達が失恋ソングを歌いまくる。

 彼女を寝取られた哀れな男に対して、地味な嫌がらせをして傷口に塩を塗ってくるのであった。



     〇     〇     〇



「やれやれ……困った連中だよ」


 隙を見てカラオケルームから抜け出して外に出て、俺は深々と溜息をついた。


 時刻はすでに夕方の六時を過ぎている。

 駅前はこの時間でも人通りが多く、会社帰りのサラリーマンやOL、遊び歩いている高校生や大学生が道を歩いていく。

 カラオケボックスの建物の外壁に背中を預けながら、俺はぼんやりと道行く人の姿を眺めている。


「それにしても……本当に騒がしかったな」


 何故か距離を詰めてくる転校生の萌黄さん。

 俺と萌黄さんの仲を囃し立ててくる女子クラスメイト。

 嫉妬と怨嗟を向けてきて、血の涙を流しながら攻めてくる男子クラスメイト。


 本当に騒がしい連中ばかりである。

 おかげで、遊びに来たはずなのに体も心もグッタリだった。


『そのわりには楽しそうに見えたがの』


(八雷神……)


 胸の内から話しかけてくる彼女に俺は眉をひそめた。


『女を奪われて殺された男とは思えぬような顔をしているぞ?』


(……そうかな。いや、正直自分でも驚いてはいるんだけど)


 恋人を寝取られて、その恋人に刺されて死んで……復活して、黄泉の神様の手先になった。

 自分に起こった出来事を考えると、こうやって馬鹿騒ぎの中心にいられることは奇跡のようである。


『自覚はないようじゃが、お主もまた剛の者じゃ。自分が殺されたことも、お姫様の手の者となって堕神を狩ることも、文句を言いながら平然と受け入れておる。与えられた使命に押し潰されることなく、くだらんことで一喜一憂しているのだから大した精神力だと呆れるばかりじゃよ』


(……もしかして、褒めてくれたのか? お前が?)


 八雷神から褒められたのは初めてかもしれない。

 俺は高く評価されたことへの喜びよりも、気持ちの悪さを先に感じた。


『失礼な小僧じゃのう……せっかく、この妾が評価してやったというのに』


(いや、だけど……うーん……?)


『もう良いわ。そんなことよりも……客が来たようじゃぞ』


(ん……?)


 八雷神の言葉に顔を上げると、駅前の通りを行き交う大勢の人々の間に見慣れた顔を発見した。

 その人物は迷うことなくこちらに近づいてくる。偶然ではなく、あらかじめ俺がここにいると知っていたかのように。


「ホムラ君……」


「……やあ、舞原さん」


 声をかけられたので、仕方がなく応じた。


 やってきたのはかつての恋人。

 大学生らしき彼氏、あるいは婚約者に奪われたはずの女性……舞原詩織だった。


「どうして、俺がここにいるとわかったのかな? もしかして、ストーカーだったりする?」


「……友達に聞いたのよ。今日はこの店で転校生の歓迎会をするって」


「ああ、なるほどね」


 歓迎会のことは別に隠しているわけではない。

 クラス中の人間を誘っているのだから、聞かれたら答える奴くらいいるだろう。


「口が軽い奴はどこにだっているからね。でも、場所がわかったからって誘われてもいない歓迎会に来る理由はないよな……何の用だ?」


「……話があるの。ちょっと来てもらえるかな?」


 詩織が通りから外れた路地裏を指差した。

 人気のない場所である。そんなところに男を誘うのだから、尋常の理由ではあるまい。


「もしかして、エッチなお誘いかな? そういうのは婚約者さんとやったらどうかな……舞原さん」


「…………」


 あえて名前ではなく苗字で呼ぶと、詩織が辛そうに表情を歪める。


 どうして、そんなに泣きそうな顔をしているのだろう。

 泣きたくなるような目に遭わされたのはこちらの方だというのに。


(まあ、泣かないんだけどね。別に悲しくもないし)


 こうやって詩織と話していても、やはり負の感情は湧いてこない。

 悲しいとも憎いとも感じられない。まるで悪意を身体の内側にいる何かに喰われてしまったようである。


『面白い(たと)えをするのう。まあ、間違ってはおらぬが』


(八雷神……)


『念のために言っておくが妾ではないぞ? 勘違いをするなよ?』


(だったら、誰がやっているって言うんだ……いや、どうでもいいけどさ)


 そう、どうでも良い。

 舞原詩織に対する感情なんてもはや必要ない。

 愛情も憎悪も、残らず畑の肥やしにでもしてやろう。


「いいよ、付き合おう」


 どうせ断っても、付きまとわれるだけだ。

 ならば、ここで決着をつけてやろうではないか。


「来て……ホムラ君」


「フン……」


 (いざな)う詩織に応えて、俺は言われるがままに暗い路地裏へと進んでいった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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