第3話
第3話
――まひる曰く、ここはゲームの世界らしい。
ボクらのピース
第3話『神様』
「ごめん、ちょっと何言ってるか分かんない」
「私も自分で言ってて頭おかしいんじゃないかと思ってるわよ」
「わたしにはよく分かんないわ……」
曰く、ここは"神様"が用意したゲームの世界で、ルールは簡単。神様を倒したら勝ち、勝ったら願いを叶えてくれる。そんなゲームの世界なのだとまひるは言った。
そんな馬鹿なと嘆くまひるにハルは"自分で言ったんじゃない"と胸元のリボンをつつく。
「確かに、この世界にも"神様"はいるし、"神様"を倒したら願いを叶えてくれるってのはボクも聞いたことあるけど…」
ボクの旅の目的も神様だし、と零すルカをハルはじろりと睨んだ。気付いてないみたいだけど。それにまた少し腹が立つ。
神様神様って、わたしがいるのに。
わたしだって守り神なのに、わたしが叶えてあげるってずっと言ってるのよ。でもルカはわたしを頼ってくれない。わたしのこと弱いと思ってる。
小さな身体、細い手足、弱っちぃって思われても仕方ないんだろうけど。
そうじゃないのに、ルカは分かってくれない。
悔しいから、自分で気付いて欲しいから、わたしからは言ってあげないんだけど。
ふん、と気付かれないように鼻を鳴らしてルカから顔を背ける。
そんなハルに気付くことなくまひるとルカは話を続けた。
「そのゲームへの参加は任意なんだけど、現実世界に生きる願いを持つ人達は全員参加資格があるんですって。
私も変な場所に連れていかれ…飛ばされて?説明を聞いたんだけど、参加しなかった人達はそのまま現実世界へ戻るけど、身体と記憶のコピー?をNPCとしてちょっと弄って世界に登録するとかなんとか…うぅん、口にすると何言ってるのか本当に分からないわね」
「うぅぅん……えぬぴーしー……?悪いけど、言ってることがよく分からないし、ちょっと信じられないや」
まひるの話はむずかしい。
願いを持つひとたちに能力を与えるってのは、この世界の守り神と似たようなものなのかな?って思えるけど。
ちょいちょいとリボンを引っ張りまひるの気を引く。
こちらを見下ろすまひるの顔は少しだけ申し訳なさそうで、どうにも嘘をついているようには見えなかった。
「そりゃそうよ、私だってこんな話信じられないもの」
がっくりと肩を落とすまひるの肩に飛び乗り慰めるように髪を撫でてやる。
昔はよく、ルカが落ち込んでいる時に同じようにしてあげたな。ルカは覚えていないんだろうけれど。
「……うぅん、例えばここがゲームの世界だとして、まひるはこのゲームに参加したってことだよね?」
「……私、参加するつもりは無かったの」
「え?」
少しだけ考える素振りをして、首を横に振ったまひるはぎゅ、とシワひとつなかったスカートを握りしめ、ぽつりと"私の願いは願うことすら烏滸がましいのに"と呟く。
これは聞こえなかったことにした方がいいのかしら、とルカに視線を送ったが少し離れた位置に座っていたルカにはその呟きは聞こえなかったようで、では何故此処に来たのかと首を傾げていた。
うん、あとでまひるに聞いてみよう。話してくれないかもしれないけれど。
「……選択肢を、選ばなきゃいけなかったんだけど、……後ろから腕が伸びてきて、誰かが私の選択をYESにしたの」
ホントに余計なことしてくれたわ、とまひるは少し怒ったような顔で拳を握る。
難しい顔をして拳を握るまひるに、ルカはまだ半信半疑で帰ることは出来ないのか、と問いかけた。
「帰れるなら、とっくに帰ってるわ」
帰れないのか、と目の前の女の子を見つめる。
恐らくルカと同い年くらいであろう女の子。ここが何処かも分からず何処へ行けばいいかも分からない。そんなの心細いよね。
帰り方も分からないなら、この子はひとりぼっちなのか、とハルとルカはなんとも言えない気持ちになった。
「「とりあえず、ボク(わたし)達と一緒に来たら?」」
綺麗にハモった言葉にまひるは"でも"と渋る。
ここで自分は目覚めたのだから、ここに帰る手がかりがあるかもしれない。そう渋る気持ちは分かるのだけれども。
この森は危ないから、とハルが言いかけた瞬間、それまでのんびり過ごしていたポポ達が何かに気づき、一斉に逃げていくのが見えた。
「え?…なに?」
その様子にまひるは不思議そうにポポ達が逃げた方を見ている。
ぞわりとハルの背中に怖気が走った。
まずい、と思うと同時にルカとまひるの腕を引く。
「……!!何じゃないわ!逃げるわよ!」
「えっ、わぁ!?」
「えっ、何?」
ポポ達が逃げた先をぽかんと見つめていたまひるは、焦った様子のハルと怯えた顔のルカの方へ振り向き、ぴしりと固まってしまった。
あぁ、この子は守り神を見たことがないってことは、もしかしてモンスターも見たことがないのでは?
みるみる青ざめるまひるを見て、見てはダメだと声をかけるがまひるの視線が逸れることはなかった。
如月まひるという女の子に抱いた印象は、落ち着いたクールな女の子、というものだった。
しかしまひるは普通の女の子なのだ。わたしたちからしたら当たり前のように存在しているモンスターを見たことがないなら、アレは普通の感性で見たら相当気持ち悪く恐ろしいモノなのではなかろうか。
「なっ……!?、に、アレっ……カマキリ!?!?」
絞り出すかのように出された声は、やはり恐怖と困惑の色を含んでいた。
それもそうだ。如月まひるは生まれてこの方16年、自分より遥かに大きいカマキリなんて見たことがなかったのだから。
正確に言うとカマキリのようなモンスターなのだが、苔むした身体にはカモフラージュの為に岩や植物が生えており、苔の間から鱗が見える。
大きな鎌は赤黒く薄汚れており、何で汚れているのかなど想像するのは難しくない。
口元に覗く不揃いな牙は獣の様で、流れる涎が気持ち悪い。
青ざめた顔のルカとまひるの腕を引くが、まひるの身体は動かない。
ルカ、あんたはせめて動きなさいよと強めに引っ張るとハッとしたようにまひるの手を引き始めた。
「まひる!逃げよう!」
「……」
「マディの前で止まっちゃダメよ!!」
立ち止まったままのまひるとルカを血走った目が捉える。弱った獲物、と判断されたらしい。ギチギチと不快な音を立てて牙を鳴らしてマディと呼ばれたモンスターは此方へ向かってきた。
「この……!」
「ハル!?」
仕方ない、とまひるとルカの腕を離してマディに立ち向かう。
マディに此方に来るなとでも言うように両手を掲げて集中すると、辺りの落ち葉を巻き上げるような風が吹き始めた。
「ハル!無理だよ!」
「やってみなきゃわかんないじゃない!」
わたしとルカの属性は"風"だ。
本来なら風の刃で切りつけたり、木の葉を巻き上げて相手を切り刻んだり、空気の塊をぶつけたりとか出来るのだ。
ぐ、と身体に力を込めて巻き上げた風をマディへぶつける。
「?」
しかし辺りに吹く風は、マディも首を傾げる程のそよそよとした優しいもので、巻き上げた落ち葉もマディの身体へ当たると役目は終えたとでもいうようにカサリと音を立てて地に落ちた。
「……ほらぁーーー!もぉーーっっ!!」
「うううううるさいわよルカ!!あんたがしっかりしてたらホントはもっと良い感じになるのよ!!」
「嘘だね!ハルが弱いからこんなに風も弱いんでしょ!ボクが弱いのもちょっとは関係してるかもだけどさ!」
「なっ!また弱いって言ったわね!?いい!?大いに関係あるのよ!いい加減認めなさいよ!」
「だから強くなりたくて旅してるんだろ!でも旅をするにもこんなに守り神が弱くちゃ強くなれるものもなれないよ!」
「なんですってー!?」
「……」
マディを前にしてルカとハルの本日4度目の喧嘩が始まる。
その様子を見てまひるは、喧嘩してる場合じゃないんじゃないかしら、と少しだけ冷静を取り戻したのだった。
願うことすら烏滸がましいと思うけど、後悔せずにはいられないことがある。
如月まひるは少しだけ冷静になった頭で目の前のマディを睨んだ。
マディを前に顔を真っ赤にしながら喧嘩するハルとルカ。
少しだけ呆気に取られたマディはもう臨戦態勢をとっている。
あぁ、こんな所で死んでたまるか。
私にはやらなければいけない事があるのよ。
帰るために、生きなきゃいけない。その為に必要だと言うのなら、
「やってやるわ!!」
突如大きな声で叫んだまひるに、ルカとハルはビクリと身が強ばらせ、まひるはその隙を見て2人を後ろへ引く。
「ゲームだかなんだか知らないけれど、元の世界に帰る為にも、やってやろうじゃないの!!
だから、神様!私にもハンデを寄越しなさいよ!!」
振り上げられた大鎌から目を逸らさずに立ち塞がるまひるの傍でその声に答えるかのように「分かったぞ!」という声がして、
当たりは炎に包まれた。