第1話
第1話
――もし君に出会わなかったら、ボクらの人生はどうなっていたのだろう?
ボクらのピース
第1話『出会い』
今日は本当にツイていない。
いや、いつもツイてるかと言われるとそうではないかもしれないが、それでも今日はツイていない、と少年は思わずにはいられなかった。
鬱蒼とした森の木々を掻き分け、湿った空気に"さいあくだ"とため息と共に愚痴を零す。
零れた言葉は誰に拾われるでもなく森の空気に溶けていく。齢12程の小柄な少年は湿った落ち葉を踏みしめながら今朝からの出来事を思い返した。
まず、朝だ。
昨日は運良く宿に泊まる事ができ、柔らかい…とは言えないが、カチコチの冷えた地面で凍えながら眠ることなく朝を迎えることができた。大変有難いことである。
気持ちの良い目覚め、さぁ今日も頑張るぞと身体を起こして背伸びをした瞬間、目の前に大きな蜘蛛が落ちてきたのだ。
(それはもう、手のひらサイズの蜘蛛だったんだ。吃驚もするさ!)
誰だって起き抜けに手のひらサイズの蜘蛛を見たら驚く、悲鳴だってあげてしまう筈だ、と自分を正当化して今朝の行いは恥ずべき事では無い……筈。と自分に言い聞かせる。
まぁ、朝から響いた悲鳴のお陰で宿の主人に怒られて、朝ごはんを食べるヒマも、出かける支度をするヒマもなく荷物と一緒に追い出されてしまったのだが。
ボクは悪くない。うん。とかぶりを振る。
それから今日は森を抜けて隣町へ向かう予定だったから、装備を整えようと、路地裏で身なりを整えてからお店へ向かった。
(そしたら何があったと思う?)
……何も無かったのである。そう、何も。
前日にご大層なギルドメンバーがお越しになったそうで、装備やらアイテムやら、全て買い占めていってしまったらしい。
店主はほこりしか残ってない棚を見て、ほくほく顔で「参っちゃったな〜!」と喜んでいたが、少年は悲惨な顔で「参っちゃったな〜!」と嘆くしか無かった。
小さな村だったから、装備とか売ってるのはそのお店だけだったのに、前日にサーチした時に買っておくべきだったと熱くなる目頭を抑えても、あとの祭りだった。
「ツイてなさすぎる……」
がっくりと落とした肩から滑り落ちるバッグは軽く、装備が十分ではないことが分かる。
少年は少しの食料と大きな街で売ろうと思っていた素材が少しだけ入ったバッグを肩に掛け直しながら、また大きなため息を零した。
この森は【虫さざめく森】という。
その名の通り虫型のモンスターが多いエリアで、ここを通り抜けるならば火属性のアイテムを必ず用意しろ。さも無くばお前のような弱い人間はあっという間に喰われてしまう、と昔口うるさく言われたものだ。
こんな時、強い"守り神"がいたら、これ程心細い思いはしなかっただろう。
少年は口を尖らせ、少し先を進む小さな姿を瞳に映した。
――守り神。
守り神は願いを持つもの達のそばに現れる存在で、ずっとずっと昔から人と共に在るそうだ。
守り神には個々の能力があり、風や水、炎を操ったり、感情を読んだり記憶を消してしまえたり…多種多様な能力をもつ守り神の中でも未知の能力をもった存在も確認されている。
姿も人型から獣型、武器の姿をしたものや形をもたないもの、と様々である。
守り神の能力はその守り神が憑いている"守り人"の強さに比例して、強かったり弱かったりもする。
因みに、ココ最近守り神を交換する事が出来る。なんて噂も立っているが、基本守り神は交換出来るものではない。
しかし、もし交換出来るのであれば、この目の前を行くふわふわと髪を揺らし、ぴょこぴょこ耳をこちらに向けて聞き耳を立てている妖精型の守り神も、強い守り神と交換して貰えるのだろうか…と少年は淡い期待を抱かずには居られなかった。
本人には、言えないのだけれど。
「ハル」
そう声をかければハルと呼ばれた守り神は、少年と同じように口を尖らせて振り向く。
その姿に(考えていた事がバレたのだろうか)と肝を冷やしたがそんな事はないらしく、頬を膨らませて子犬のようにキャンキャンと吠えた。
「ルカ!わたしもうこんな虫だらけの森嫌!だからワイバーンをレンタルして空から森を越えましょう!って言ったじゃない!!」
ルカ、と呼ばれた少年は、この森に入ってから3回は聞いたであろう文句に(あぁ、またか)と天を仰ぐ。
そう、彼女は森に入る前そのように提案してきたのだ。
レンタルワイバーンは各国で重宝されている移動手段のひとつで、レンタル料金もルカ1人で森を越えるくらいなら、この小銭しか入っていない財布の中身でも事足りるのだ。しかしそれを断って徒歩で森を抜けようとしているのには理由がある。
「仕方ないじゃないか!……怖いんだもの!」
そう、あのギョロりとした目玉、涎で怪しく光る牙、鋭い爪はルカの皮膚なんて簡単に引き裂けてしまう。
そんなワイバーンに跨って飛ぶのがルカは怖かった。
「レンタルワイバーンは飛竜ギルドがきちんと躾をした子達よ!?何もしてこないわよ!!」
「分かってるよ!分かってるけど怖いものは怖いんだ!!」
分かってる!分かってない!とルカたちは本日3度目になる喧嘩のゴングを鳴らした。
ここは虫さざめく森、お腹をすかせたモンスターだらけ。
そんな所でぎゃあぎゃあ騒いでいたら……何が起こるかなんて、想像するのは容易い。
喧嘩を始めて数十秒、ソレが背後に現れてルカ達は脱兎のごとく逃げてきて、今に至るのである。
誰に向けて言ったわけでもない、心の内で今日のツイてなさについての回想を終えたルカは大きなため息を零さずにはいられなかった。
今日は本当にツイていない。
戦う?そんな事出来るわけがない。だってボクとハルはとっても弱いのだ。
いつもモンスターから逃げているから、逃げ足だけは早くなった気がする。全然嬉しくない成長である。
あぁ、強くなりたいな、と切実に想う。
息を切らしながらなんとかモンスターを振り切り、やっと息を落ち着ける場所へたどり着いたそこは、少し開けた場所になっており森の中でも小型モンスターの住処だったようで、ちらほらと此方の様子を伺う小さな姿が確認出来る。
特に人を襲わない、害のないモンスターしか居ない事を確認しながらキョロキョロと辺りを見渡してみると、ひとつの大きな樹がルカの視線を惹き付けた。
その樹の根元に、何かが集まっているのが見えたルカは思わず喧嘩したばかりのハルの足をつついた。
「なんだろう、アレって"ポポ"だよね?」
つつかれた事に驚いた様子のハルは樹の根元を見やり、よく見えないのかルカの肩に降り立った。
集まっていたのは植物型のポポと呼ばれるモンスター。
彼らは普段大型のモンスターから隠れる為に森の奥に潜んでいるのだが、旅人を見かけると自分たちの種を服に付着させる為に擦り寄ってくる。
種はポーションの材料にもなるし、ちょっと服にモコモコとした綿と種が付着する程度なので特に危険視はされていない。そんな特に害の無いモンスターであるポポは、本来もう少し森の奥まった所に生息している筈で、肉食系モンスターがうろうろしている場所で1箇所に10数匹も集まる事はしない……筈なのだ。
ハルも不思議に思ったようで「ちょっと見てくるわ」と、ポポの集まる場所へ飛んでいってしまった。
――数秒後、
「た、たいへんよぉ〜〜!!!!!!!」
「!?大きな声を出しちゃダメだよ!!」
酷く慌てた声に驚いて、ルカも慌ててハルの元へ駆けつけるとそこには
「お、女の子……?」
女の子が、横たわっていた。
こんな森の奥深く、なんの装備も身につけず、不思議な衣服を纏った女の子。
異様な光景にルカは目玉がころんと取れてしまうのではないかというほど目見開く。
「……」
「……はっ!ボケっとしてる場合じゃないわよ!ルカ!!」
ルカ!と揺さぶるハルを無言で手のひらで押し返し、ギャンギャン騒ぐハルを置いてそのまま落ち葉を踏みしめながら女の子に近づいた。
乾いた落ち葉がカサカサ音を立てているが女の子はこちらに気付くことなくスヤスヤと眠っている。
ポポ達は不思議そうに女の子を見つめており、ルカに気が付くと足元へ擦り寄ってきた。
木の葉の隙間から射し込む光に照らされた女の子は酷く神秘的で、もしかして空から落っこちてきた天使なのかな?等と思ってしまう程に女の子は綺麗だった。
「きみ、大丈夫?」
まるでルカを待っていたかのように、それまでぴくりともしなかった女の子の瞼が震えた。
その様子に憤慨していたハルも落ち着きを取り戻し、慌てて女の子の側へやってくる。2人でどきどきしながら女の子の瞼が持ち上がるのを見ていた。
ゆっくりとした動きで持ち上がった瞼から覗いた瞳は燃えるような赤、ゆらゆらと炎のように揺れる瞳がルカ達を映した。
形のいい唇を開いたのを見てルカが声をかけようとすると、女の子の口はたちまちへの字に曲げられ、
「………………なにこれ」
開口一番、女の子は綺麗に整った眉を寄せながら
それはもう、とんでもなく不機嫌そうに言い放ったのだった。
やはり今日のルカはツイてないようだ。
――かわいそうに、と慰めるように乾いた落ち葉がルカの頭へ舞い降りたのだった。