繋ぎ役
「依頼していた薬品は途中なので、完成品がありません」
「作り直すと我々では倍以上の時間が必要です」
「研究していた魔法も、報告書がありません。一緒に森に持ち帰ってしまった可能性があります」
魔術師団に来たのはいいが、魔術師団長がいる部屋へ足を踏み入れた途端数人の魔術師がイグナスを取り囲むようにして報告が飛び交っていた。
「北の森の結界もピリカに頼んでいたはずです。あちらの結界は今はまだ継続されていますが弱まってきています」
「結界の維持を中断したんでしょう。このままでは消えるのも時間の問題です」
「魔物討伐の遠征に派遣する予定の魔女の席はどうしますか」
「聖女巡礼に派遣予定も空きがあります」
次から次へと投げかけられる言葉にさすがにイグナスも辟易している様子だ。
「お前たち、今の状況はわかっているが優先順位をつけて順番に解決していこう」
ピリカの魔女が姿を消して5日。すでに所属している魔術師や魔女たちの顔には悲壮感が漂ってきていた。魔術師団全体が不穏な空気に包まれている。あまりの人手不足に、ピリカの魔女がいたことがどれだけ貢献につながっていたのかわかる。
魔術師の数は回復士や浄化師よりも多い。それでも魔力量の少ない者から多い者まで幅広くいる。そのため個人にあった仕事が振り分けられているのだ。ピリカの魔女たちは魔力量が多く強い魔法が使えたため、高度な依頼を受けることが多かった。
薬品などの大量生産も、彼女たちの魔力ならあっという間に用意できたため重宝されていた。特に遠征が決まると、回復薬を頼むことが多いが、ほとんどピリカの魔女作だ。
アルベルトが見守る中、イグナスが順番に指示を出していく。指示を受けた魔術師からどんどん部屋を退出していくと、最後にイグナスとアルベルトだけが残った。
「聖女も余計なことをしてくれたな」
2人だけになると今まで溜まっていた愚痴を吐き出すようにイグナスが天井を見ながらぼやいた。
気持ちはわかるので頷いて同意しておく。
「ピリカへの連絡役として師団長と一緒にピリカに行くように言われています」
魔女たちが森に姿を消してから向こうからは連絡が来ていない。おそらくこちらの出方を待っている状態なのだろう。
王家の考えを伝えなくては交渉も始まらない。アルベルトの任務はピリカの魔女の長に王家が話し合う気があることを伝えるというものだ。交渉となればそれに対応した人間が選ばれるだろう。
アルベルトはリリアの婚約者ということでピリカとの繋がりがあると考えられて任命されたのだが、リリアがピリカの血筋であることをつい最近知った身としては複雑な気持ちになる。
オルファの方が適任のような気もしたが、彼の顔もそうだが威圧的な雰囲気を考えると適任とは言えなかったようだ。
イグナスは魔術師団の代表として一緒に行くことが決まっていた。交渉の段階になっても彼は参加することになるだろう。
「森に行けば、誰か対応はしてくれるだろう。まずはそこから始めるしかない」
直接ピリカの長と話が出来ればいいのだが、きっとその前に何人かを通すことになるだろう。時間はかかるが確実に前に進む方法だ。
「すぐに向かえますか」
「一通りの指示は出しておいた。あとはフィルに任せておく」
副師団長のフィル=ロードに残りの仕事を任せることになっていたようだ。
「移動魔法ですぐに向かおう。今からだと夕方になるが、対応はしてもらえると思う。無理なら引き返してまた明日になるだろうが、ここはピリカ次第だな」
ここで気を張っても仕方がないというようにイグナスは言っているが、それでも今の状況を改善したいという気持ちは強いだろう。一番のしわ寄せは魔術師団なのだから。
「行きましょう」
力強く答えるとイグナスがわずかに笑みを零した。
「君にとっても他人事ではないな。リリアとの未来がかかっているのだから」
「そうですね」
ピリカとの交渉が始まらなければリリアと再会できる機会も先延ばしになっていく。いつ戻ってこられるのかわからない状況ではあるが、今のところフラクトル家から婚約に関する話は聞かされていない。リリアがいなければ婚約自体を白紙にされてしまう可能性はある。アルベルトは当然白紙にするつもりがないので、こちらから婚約に関する話はしないつもりでいる。フラクトル家もきっとアルベルトの心情を理解してくれているはずだ。
必ずリリアと会えることを信じて今は動くしかない。
まっすぐにイグナスを見返すと、彼も心得たように頷いた。
「城を出てからがいいのだが、時間が惜しいな。このまま森まで移動することにしよう」
本来城内で無闇に魔法を使うことは緊急事態でない限り禁止されている。実験や訓練などで使う時は場所が決められているのだ。魔術師団長の部屋で移動魔法を使うことは想定外だ。
イグナスは悪戯を思いついたようにニヤリと笑うと人差し指を口に当てた。
「ばれなければ問題ない」
いきなり部屋から師団長がいなくなれば、他の魔術師たちが気が付くと思うのだが、そこは何とかなるのだろう。魔術師団の中のことはアルベルトの管轄外だ。
「お任せします」
そう答えるしかない。諦めの混ざった感情ではあったが、すぐに森に行けるのならすべて見なかったことにしておこう。
「手を」
差し出してきた手に自分の手を重ねると、急に2人の周りに魔力が渦巻いた。
「光と闇よ、我が力に応えよ」
移動魔法は光と闇属性を同時に使わなければならない。2つ以上の属性を合わせて同じだけの力の均衡を保ちながら使うというのは強い魔力と高い技術が必要になる。魔術師団でそれができるのはイグナスとフィルだけだろう。
巻き起こる魔力の渦に目を閉じたアルベルトは、次の瞬間空気が変わったことを感じた。
目を開けるとそこはすでにイグナスの部屋ではなく、目の前に森が広がっていた。
「やはり森の前までしか無理だったな」
手を離したイグナスが考え込むように腕を組んで森を見上げる。
「どういう意味ですか?」
「できればピリカの集落まで移動したかったのだが、どうやら結界を張っているようだ。こちらの魔法を拒否したようで、森の前までしか移動できなかった」
相手も移動魔法で侵入することを考慮していたのだろうか。そう考えると完全にピリカは王家を拒絶しているように思えた。
「もともと侵入者を防ぐために結界は張られているんだ。誰が来ようと森の前までしか移動できないから深い意味はないぞ」
アルベルトの考えを読んだようにイグナスが肩に手を置いた。
「それに、今のでこちらが接触を図ろうとしたことが伝わったはずだ。話し合いをするためにも誰かが顔を出してくるだろう。まずはそれを待つ」
「はい」
魔法で移動しようとしたことをわざと知らせる意味もあったようだ。そうすることで魔術師団からの使者が来たことが魔女たちに伝わる。誰が来るのかわからないが、今は待つしかない。
ここからアルベルト達の戦いは始まるのだ。ピリカが拒絶すれば何も先に進められない。国とピリカの未来がかかっているのだが、それよりもアルベルトにとってはリリアとの未来がかかった重要な時間となるだろう。
改めて気を引き締めてアルベルトは静かに待つことになった。




