黒騎士隊訪問
魔物討伐の準備で忙しいことから、アルベルトとはなかなか会える時間を作ることが出来ないでいた。
そこでメリーナの提案でリリアから彼に会いに行くということになった。
とはいえ手ぶらで行くこともできない。何か口実が必要だと考えて父のオルファが第2騎士団へ行く時に一緒について行くことにした。手にはいつも騎士団に差し入れる籠が1つ。それとは別にもう1つ籠を抱えている。
1つはいつも通り第2騎士団への差し入れだ。もう1つは初めて訪れる黒騎士隊へ持っていくことになっている。
こっそり行くことも提案されたが、リリアは目が不自由なため慣れていない場所を歩くのには必ず補佐が必要になる。オルファとは途中で別れることになるので、それ以降黒騎士隊までの道を案内してくれる人間が必要だった。
アルベルトにはいつ行くのかを伝え騎士団の建物の前で会うことを決めた。
「リリア」
父の腕を借りて歩いていると聞き慣れた声に呼ばれた。
「アルベルト様」
黒い影がこちらに向かってくるのがわかった。久しぶりに聞いた声に自然と笑みが零れる。
「久しぶりだな」
「ご無沙汰しています。伯爵」
目の前に止まった影はまず父に挨拶をした。
「魔物討伐の準備で忙しいだろう。娘の我が儘を聞いてくれて助かる」
「いえ、わたしもあまり会いに行く時間がなかったので、来てくれたことは嬉しく思っています」
オルファと軽い会話を済ませると、リリアの手にそっと触れてきた。
「ここから黒騎士隊までは俺が案内する」
「お願いします」
籠を1つオルファに渡してからアルベルトの腕に手を回した。
「部下達にもリリアが来ることは伝えてあるから周りを気にせず過ごすといい」
「差し入れに来ただけですから、そんなに長い時間いるつもりはありません。皆さんの邪魔になるといけませんから」
差し入れをするという口実でここに来たのだ。だらだらと黒騎士隊にいては迷惑になるだろう。少しの時間アルベルトと過ごせるだけで今日は満足することにしていた。
「甘い匂いがする」
歩きながらアルベルトがリリアに顔を寄せてくるのがわかった。籠の中を覗こうとしたようだが、布がかけられていて中身を確かめることはできない。
「お昼のサンドウィッチと、軽食用にクッキーを焼いたんです。甘い匂いはクッキーですね」
特に隠しておくつもりもなかったので、籠の中身を発表した。
「食べる場所は決まっていますか?中庭とか、食堂とかですか」
「いや、黒騎士隊の部屋で食べるよ。君の手料理を部下に自慢しないといけないだろう」
「て、手料理という程の物ではないと思います」
なんだか急に甘い言葉を言われたようで恥ずかしくなって俯いてしまう。きっと顔が赤くなっているだろう。
「さぁ着いた」
ドキドキしながら歩いていると、いつの間にか黒騎士隊の部屋までたどり着いていた。
始めて訪れる場所に緊張していると、それを気にすることなくアルベルトが部屋へと促してきた。
「し、失礼します」
腕に引っ張られるように部屋へと入ると、部屋の中は思っていた以上に静寂で満たされていた。
黒い影がいくつも見えるが、それは黒騎士たちなのだろう。だが、あまりの静かさに戸惑いを浮かべる。これは歓迎されていないのではないかと不安に思い始めていると、隣のアルベルトが押し殺したように笑っていることに気が付いた。
「アルベルト様?」
「いや、部下達の反応があまりにも面白くて」
視線を感じるから、黒騎士たちがこちらに意識を向けているのはわかっていた。だが、誰1人としてリリアが入ってきたことに反応していないように静まり返っていて、もしかすると来てはいけなかったのではと心配になってしまった。表情がわからないのでアルベルトの反応もいまいち理解できずに戸惑ってしまう。
「私はお邪魔ですか?」
少し悲しい気持ちになりながらアルベルトに尋ねると、彼は耳元で優しく囁いてくれた。
「大丈夫。リリアが来たことにみんな緊張しているだけだ」
「そうなんですか?」
もう一度部屋の中を見渡してみると、黒い影が1つ動きを見せた。
「お久しぶりですフラクトル令嬢。リックス=オルフェニアです。覚えていますか?」
近くに来たリックスの姿は黒い影でしかわからないが、声は聞き覚えがある。
「確か、夏の夜会でご挨拶をしたはずです。今日は私の我が儘でこちらに来てしまったのですが、ご迷惑でしたらすぐに帰りますから」
静かな部屋に差し入れを渡したら帰るべきだろうと考えてしまった。もう少しアルベルトと一緒にいたかったが残念に思う。
「迷惑だなんて思っていませんよ。皆隊長の婚約者が気になっていて会えるのを楽しみにしていたんですから」
「そうですか?」
首を傾げるとアルベルトが声を押し殺して笑っていた。体が小刻みに震えているのが腕から伝わってくる。彼はこの状況を楽しんでいるようだ。
「初めて会う部下達もいるだろう。夏の夜会にいたけれど挨拶ができなかったと後で文句を言われていたからな。あとで全員を紹介するよ」
未だに戸惑いの方が大きいが、どうやらここにいても良いらしい。ほっとしつつ会話をしたことのない部下達を紹介してくれることはありがたかった。
リリアがわかるのはリックスとミライヤくらいだ。アクトとリュックとは会っているのだが、仮面を着けていた時や、誘拐されてバタバタしていた時に接触していたため、声と名前が一致していない。それを考えると、ほぼわからない黒騎士だらけだ。
アルベルトの言葉を聞いた黒騎士たちが一斉にざわついたのがわかった。どういう意味で反応したのかわからなかったため困惑してしまうと、リックスが困ったような声を出した。
「申し訳ありません。全員フラクトル嬢と話をしてみたいと思っていたようで、紹介してもらえるという隊長の言葉に浮かれているようです」
リリアの目のことを理解してくれているリックスが部屋の状況を教えてくれた。
どうやら拒否されているわけではないらしい。受け入れてもらえることにほっとしていると、アルベルトが部屋の中へと案内してくれた。
部屋は広くないため、黒騎士たちに与えられている机やいすに各自の荷物なので歩くスペースが狭くなっていた。腕を組んで歩くとどこかに体をぶつけそうになってしまい、それに気が付いたアルベルトがリリアの腰を掴むと自分に引き寄せた。
「少し歩きづらいがこの方が安全だ」
急な密着に驚いて固まると、心拍数が急上昇するのを感じる。
「あ、ありがとうございます」
とりあえず礼を言ってみたが、ドキドキが収まることはない。
「隊長が羨ましい」
「人前で大胆ですねぇ」
「俺も婚約者は無理でも恋人がほしくなるよ」
狭い通路を歩いていると周りからそんな声が聞こえてくる。生暖かい視線を感じるのは気のせいではないのだろう。
恥ずかしさに俯きながら目的の場所まで移動出来たようだ。促されるままに椅子に座ると、アルベルトもすぐ隣に腰を降ろした。
「みんな、もう昼食の時間だ。さっさと食堂に行ってこい」
追い払うようにアルベルトが言うと部下達が一斉に声を上げた。
「さっき、紹介してくれると言いましたよね」
「食後でいいだろう」
「俺たちのいない間にここでイチャイチャするつもりですね」
「リリアとの食事を見せつけてほしいのか?」
いちいち応えていくアルベルトにリリアはたまらず服を引っ張った。
「アルベルト様、別のお部屋はないのですか?これじゃ、ゆっくり食事もできませんよ」
「すまない。今は忙しい時期でもあるから個人的に部屋を使う余裕がなかったんだ。騒がしいのはすぐに追い出すから」
「隊長、ひどい」
誰かがそう言うが、アルベルトは気にしていないようだった。
アルベルトと部下達の応酬に戸惑って持ってきた籠を抱えたリリアは籠から放つ甘い匂いにあることを思い出した。
「アルベルト様、お昼とは別にお菓子も用意してあります。たくさん持ってきたので、よろしければ他の黒騎士様たちにもどうかと思っていたんですけど」
そこで部屋が静かになった。
どういうわけか、皆の視線がこちらに向いた気がする。失敗しただろうかと思っていると、近くの黒騎士がぽつりと言葉を零した。
「俺たちの分まで気を遣ってくれるなんて、天使か」
「こんな素敵な人が隊長の婚約者だなんて、もったいない気がしてきた」
「そこ、俺はあげていいとは許可してないぞ」
「そ、そんな。隊長ケチですか」
「菓子は後だ。それよりも食堂に行け。いつまで経っても進まないだろう」
追い払うような言い方をすると、部下達は仕方がないなと言わんばかりの雰囲気でぞろぞろと部屋を出て行き始めた。
部屋の入り口に人が流れていく光景をぼんやりした視界で捕らえていると、1人だけこちらに向かってくる影があった。上の方が赤い影になっていることから赤毛だろう。
「お久しぶりですフラクトル令嬢。騒がしくて申し訳ありませんが、許してやってくださいね。みんな隊長の婚約者を見たくて部屋にずっといたんですよ」
女性の声に黒騎士で唯一の女性騎士のミライヤだとわかった。
「私が急に来たから皆さん戸惑っているのだと思っていました。歓迎していただけたなら嬉しいです」
「迷惑だなんて思っていませんから、どうぞゆっくりしていってください」
ミライヤもすぐに部屋を出て行く。
総勢12名の黒騎士隊だと聞いていたが、アルベルト以外全員いなくなると急に部屋が広く感じられて、静かになり過ぎたことに寂しささえ覚えてしまう。
「まったく、好奇心だけは十分あるな」
静かになった部屋にアルベルトの愚痴が響く。それを聞いてリリアはくすくすと笑うしかなかった。
「リリア?」
「ごめんなさい。あんな風に部下の皆さんと話をするアルベルト様は初めてだったので、なんだか新鮮な気がしました」
いつもリリアと接する時は優しく包み込むような雰囲気のアルベルトだ。部下達と何気ない会話の応酬はいろいろなことを言っている割にどこか楽しそうにさえ思えた。お互いが信頼しあっているからこその会話だったのかもしれない。
「別の一面を見たような気がして、楽しかったです」
黒騎士たちに拒絶されているのかもしれないと不安があったが、リックスやミライヤが言うように誰もリリアを邪険にするような雰囲気を持っていなかったと思う。受け入れてもらえた安心感が今になって感じられてきた。
「みんな食事に行ったことだし、俺たちも昼食にしよう」
「はい」
ひと段落したことで抱えていた籠を渡すと、2人でゆっくり昼食時間を楽しむことになった。




