兄の策略
「一体どういうことですか」
できるだけ冷静な声でアルベルトは兄のクリステッドに質問した。
「どういうこととは?」
「久しぶりに帰ってきてみれば、明後日縁談があるから準備しておけとはどういうことかと聞いている」
兄からの呼び出しで家に戻ってきてみれば、出迎えてくれた執事から衝撃の報告を受け取ることになった。
「言葉のままだ。2日後にフラクトル伯爵令嬢と顔を合わせてもらう」
「どうしてそういうことに?」
アルベルトはため息をついて肩を落とした。兄が決めたことがいまさら覆るとは思わないが、なぜそうなったのか理由くらいは聞く権利があるはずだ。
「そうだな。お前がフラクトル伯爵令嬢からケーキをもらったと聞いたぞ」
それを聞いて頭が痛くなった。送り物を受け取ることで、渡してきた相手が縁談を迫ってくる可能性は考えていたが、まさか自分側で縁談を進められるとは思っていなかった。
「しかもちゃんと食べたそうじゃないか。受け取ったうえに口にするんだから、よっぽど相手を気に入っているのだろう?婚約者もいないことだし、一度正式に会ってきなさい」
フラクトル伯爵からカップケーキを受け取ってから10日は経っていた。完全に油断した。
ケーキを渡された日のことを思い出す。
部屋に戻って袋を開けると、甘い匂いが鼻をくすぐり、食べ物には罪はないと思って一つ口にしたのだ。予想以上に美味かったのも覚えている。
その時に部屋にいた部下に指摘され、誰からもらったのか言ってしまったのがいけなかった。夜会で会った令嬢の正体がわかったことで、気が緩んでしまったのかもしれない。気にしていた部下たちに教えといてあげようという親切心が、こんなことになるとは全く思っていなかった。
その時いた部下の誰かが兄に伝えたのだろう。身内に兄と通じる者がいたことにがっかりするしかない。
「言っておくが、内通者をあぶり出すような真似はするなよ。相手はお前のことを想って私に報告してきただけだからな」
アルベルトの内心を読んだように指摘され、言い返す言葉もない。
「相手方は何か言ってたか?」
仕方がないので話を元に戻すと、兄は首を横に振った。
「あちらは伯爵家、こちらは公爵家だ。縁談を断る明確な理由がない限りは了承するしかない状況ではあったからな」
爵位を盾に縁談をまとめてきたらしい。さらに頭が痛くなりそうで、アルベルトはこめかみを押さえた。
「向こうはすでに決まった相手がいない上に、そういった相手を探していない様子だったから、結構すんなりまとまったぞ。場所は相手の都合で、フラクトル伯爵家になった」
「俺が相手方の屋敷に行けばいいんだな」
「そうだ。くれぐれも縁談をぶち壊すような真似だけはするなよ」
これ以上何を言っても縁談がなくなることはないだろう。諦めと了承の意味を込めて頷くと、兄は笑顔を向けてくるだけだった。