縁談
「・・・リリア」
母と2人でお茶を楽しんでいたのだが、出かけていた父が帰ってくると、リリアに声をかけてきた。いつもと様子の違う父の声に不思議に思って首を傾げていると、オルファは予想もしていなかった言葉を投げてきた。
「お前を嫁にという相手が現れた」
「・・・え~と、どなたかと間違っていませんか?」
目が不自由なぶん聴力には自信があったので、聞き間違えはしていないだろう。
まさか自分に結婚を申し込んでくる人間がまだいたとは考えていなかった。
目が不自由なため、社交界から遠ざかった生活をしている。それでも縁談話を持ってくる者がいるのは確かだ。その場合爵位か財産目当てしかいないと考えたほうがいい。リリア自身に興味がある人間などいないのだ。人違いでない限り、それくらいしかリリアと結婚したい人はいないだろう。そう考えていると、父は先を話し始めた。
「黒騎士のアルベルト=ウォルスターを覚えているか」
当然覚えている。
「この前の夜会で助けていただいた方です。お父様に頼んでケーキを渡してもらったはずですが」
ちょうど城に行く予定だった父に頼んで、夜会の時のお礼を渡してもらった。その日は帰ってきた父からちゃんと渡したと聞いていたが、それが今の話とどうつながるのかわからない。
「彼には兄がいて、現ウォルスター公爵になる。その公爵と今日城で会った」
そこで言葉を切った父は、ため息をついてから話を続ける。
「弟のアルベルトがリリアの渡したケーキを気に入ったらしくて、それを聞いた公爵が2人の縁談を勧めたいと言ってきた」
「・・・それは、家同士のお話になりますか?」
貴族の結婚は当事者同士ではなく、その家同士で決めることが多い。いわば政略結婚だ。もっと昔は生まれた時点で、相手が決められていた時代もあったらしいが、今は本人同士での恋愛結婚も増えてきている。
父はリリアの目のことを考えて、結婚に対して前向きな動きをしてこなかった。そのため、20歳になっても相手が決まっていない行き遅れの状態になっている。リリア自身このまま1人の可能性も考えて、将来のことをいろいろと考えるようにはなっていた。
「わたしとしては、本人同士の気持ちを尊重したいと思っている。公爵にもそのことは伝えた」
「公爵様はなんて?」
「まずは一度顔を合わせてみないかと」
「お父様はお返事を?」
「リリアの気持ちを聞いてから返事をすると答えておいた」
そこでリリアは言葉を詰まらせた。気持ちを確認してからと言われても、一度助けてもらった相手なので、好感は持てるだろうが、好意は今のところ特にない。見えないぶん余計に相手の情報が無さ過ぎて返事のしようがなかった。それでも、相手は公爵家の人間だ。伯爵家のリリアでは断ることなど身分を考えれば最初からありえない。
困っていると母が声を弾ませた。
「いいお話じゃない。一度会ってみたらどう?」
「でも・・・」
戸惑うリリアに、サラは自分がお見合いをするかのように楽しそうにしている。
「何もわからないのなら、会ってからいろいろ知っていけばいいのよ。会うことが婚約に合意したことになるわけじゃないのよ」
前向きなサラの声にリリアは父を見た。
「会うだけなら問題ないと思うぞ。それに相手は公爵家だ。できることなら受けておいた方がいい」
オルファの爵位は伯爵、相手は公爵だ。身分では明らかに相手が上になる。
「会うだけということでしたら」
リリアの言葉に、2人がほっとしたような、喜んでいるような気配は伝わってくる。
「会うのはいつになるの?」
「それはこれから決めることになるが、相手のアルベルトは遠征も多い第3騎士団所属だ。次の遠征前には顔を合わせられるように調整することになるだろう」
「それじゃ、急いでドレスを新調しましょう」
2人がどんどん話を進めていくのを聞いて、リリアは慌てた。
「お母様、そこまでしなくても。ただ会うだけだから、今ある服で大丈夫よ」
「なに言ってるの!こういう時こそ新しい服にして気分を変えなきゃ駄目よ。あなたはあまり外に出ない分、他のご令嬢よりドレスが少ないの。タイミングがあるのなら今新調しなくちゃ。あなたもそう思うでしょ」
「あ、ああ、新しい服を着るのも気分転換になるかもしれない」
急に気合の入った母に、少し戸惑っている父の声が返ってくる。
「それじゃ、ドレスはお母様に任せるわ。お父様は公爵様にお返事をお願い」
「わかった」
「仕立て屋を手配しないと。楽しみね」
冷静な父とウキウキしている母の温度差を感じながら、リリアは苦笑するしかなかった。