魔女
「疲れたわ」
屋敷に戻るなり着替えを済ませてベッドに寝転がったリリアは、開口一番にそう言った。
着替えたドレスを片付けながらエルが声をかけてくる。
「人がたくさんいたので気疲れしたのではありませんか?」
あまり外に出ないリリアは普段から大勢の人と接する機会がない。急にいろいろな人と会話をするのは心身ともに疲れてしまう。だが、それだけが今回のお茶会の疲れた理由ではないことをわかっていた。
半身を起こして大きく息を吐く。
「メリーナお義姉様、魔女だったわ」
次回のお茶会までに呼び慣れておく必要があると思い、すぐに公爵夫人からメリーナの名前へと切り替えた。
「それは・・・大変ですね」
気遣うような戸惑いの声が聞こえてくる。
「訓練をしているとはいえ、いざ魔力持ちに会うと視線が動くから気を遣ってしまったのよ」
「気づかれたようですか?」
「たぶん大丈夫」
もう一度ベッドに転がると、ぼんやりとした天井を見上げた。
リリアの目には秘密がある。
彼女の目はぼんやりとした物を捉えることができない弱視だ。だが、一定の条件があるとぼんやりとしか見えないはずの対象物をはっきり視ることができる。
それは魔力だ。
魔力を帯びた物や人に対しては、はっきりと視えてしまう。
詳しい原因はわかっていないが、リリア自身も魔力持ちなのが影響している可能性があった。
公爵邸に到着した時、メリーナがはっきりと視えてしまい戸惑った。すぐに平静を装ったので気づかれることはなかったが、彼女の体に纏った魔力は常にリリアの視界にはっきりとした像を結んでいた。
お茶会が終了するまで、視えていることを悟られないように視線を少しずらしてやり過ごした。
普通に生活している人の中にも魔力持ちは存在する。その中でも魔法を使うことのできる人間を魔術師や魔女と呼ぶ。
弱い力の魔術師たちは体の外に魔力が漏れることはない。そのため側にいてもリリアは視ることができない。だが、高い魔力を持った魔術師はうっすらと魔力を体に纏わせて一定の魔力を放出している者がいる。持て余している魔力を使うためにわざとそうしている者がほとんどだ。
メリーナ夫人も強い魔力を所有しているようで、身体に魔力を纏っていた。そのためリリアには夫人がはっきりと視えてしまっていた。
お茶を飲みながらぼんやりした視界の中にはっきりとした姿があるのは、いつになっても違和感を覚える。
「奥様は気が付いていましたか?」
「たぶん私の反応で気づいたと思う」
母のサラも魔力持ちではあるがとても弱く、魔女と呼べるほどではない。そのためサラの姿をはっきり視ることはできない。
リリアの特殊な目のことに気づけたのは、幼い頃に父の友人である魔術師が色々と調べてくれたおかげなのだ。ぼんやりとした視界の中に時々はっきりとした人を捉えることができるリリアは混乱することも多かったのだが、魔術師の指導の甲斐もあって、少しずつ不思議な環境に馴染んでいった。
「これから会う機会が増えるだろうし、気を付けないといけないわね」
魔力が視えることを知っているのは家族とごく一部の人間だけだ。もしも周りに知られてしまうと、特殊な目の噂を聞きつけて、リリアを利用しようとする人間が現れる可能性がある。それを避けるために、目の不自由な伯爵令嬢として通している。基本的にぼんやりとしか見えていないのは事実なので問題はない。
ふと、アルベルトのことを思い出す。彼とはお互いを知るための仮の婚約者ということになっている。本当の婚約者となり結婚が決まれば、目のことを話す必要があるだろう。
自分から積極的に話をしたことがない内容に、どう打ち明けるべきなのかその時が来たらきっと戸惑うことになるとは思っている。
その時、彼がどんな反応をするのかわからない。
「今から考えても仕方がないことね」
婚約破棄になれば話すこともなくなる。先のことを心配しても仕方ない。
今は目の前のことをやり遂げて行くしかないのだ。
アルベルトが不在の今、メリーナは気を使ってまたお茶に誘ってくれるだろう。今度は友人を招くことのない2人だけのお茶もどうかと誘われていた。
「気を引き締めないとね」
そのまま夕食に呼ばれるまでリリアは部屋でゆっくり過ごすことになった。




