もう一つのお話し「ゴール」
俺はこの身体の持ち主の名前を知らない。この世界には前の世界で死んだ後、魂のみの形で御方様と呼ばれている神々の長に招かれた。そしてこの身体の持ち主が死んだ後に俺が使わせてもらっている。御方様に身体自体を強化してもらいその上で訓練も行った。
本来ならこの世界の母親と父親の間から産まれる。転生者であってもそれが自然なのだろうが。あの『恐ろしい娘』でさえそのルールに則ってロシュフォールと言う貴族の家に産まれ落ちた。
俺だけが唯一、この世界では異質でありイレギュラーな存在。何と言うべきか分からないが前世の時の言葉を借りるなら『妖怪』『魔物』『怪異』なのだろう。
だからこそ俺は『妖怪』の長であろう『天狗』の姿になった。
『シャン・・・シャン・・・』
錫杖を床に突きながら歩くので先の飾りの輪っかが音を鳴らす。待合室で待たされている健診に来た親子が俺の天狗の姿を見て絶句する。この世界には無い山伏の姿と面。異様さで泣き出す幼い子供もいる。しかし俺は気にする事も無く診察室の扉を開ける。そして中に居る者全てが言葉を失った。
「さぁ、始めよう。」
幼い女の子の横に立ち柏手を一つ叩く。
『パーーーン!!』
乾いた音が診療所内に響き渡ると面を外しベットの枕元、女の子の頭の横に立てかけた。そしてしゃがみ込み女の子の体に両手で触れる。静かに息を吐き抑えながら魔力を流す。
「ぐぅっ・・・・。」
今まで魔力を抑えて使うなんて事がなかった為、集中力を使う。無理な状態をずっと維持し少しづつ体力が削られる。
気を緩めると無意識に魔力を強く出してしまう。右手を女の子の額に、左手をお腹に当てる。悪くなった血の流れを整える。右手に触れる女の子の髪の毛がカサカサして年相応の潤いを感じられない。
しばらくして手に汗が籠り山伏の服に汗の染み模様が浮かぶ。後ろではオッカムが待合室に居る人達の診察を再開している。当然ながら俺のやっている事が人の目に晒されてしまっていた。子供を連れた親は痩せ細った幼い女の子を見てなんとも言えない表情をしているだろう。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
しばらくして弱々しかった呼吸が少しだけ落ち着いてきているようだ。そして、改善が感じられなくなったのでオッカム言う。
「栄養剤の注射をお願い。」
「あまり打ち過ぎても良くないぞ。大丈夫なのか?」
「大丈夫、最初に打ったのはもう体の中には無いから。」
そう言うと注射を施した。手を握っている母親に
「お母さん、この先生が子供の細い血管にも的確に注射出来るから凄いんですよ。なかなか難しいんです。」
「ありがとうございます・・・。」
母親はオッカムにお礼を言う。オッカムも女の子を観察し呼吸が安定している事に気付いたようだが何も言わなかった。
そして女の子の治療を再開させる。
体中のから汗が吹き出る。額から汗が流れ顎に集まり水滴となって落ちる。
相変わらず後ろでは診察が続いていてカレンさんから食糧を受け取り感謝の言葉を口にするが雰囲気が重い。やはり母親と幼い女の子を気にしてだろう。
それからしばらくして3回目の注射打つ時、水を飲み汗で失われた水分を補充する。
オッカムの診察も終わり奥の部屋からリーガルが診察室に入って来た。
「終わったぞ。っでどうなんだ、女の子は?」
「分からない。最後までやってみないとな。」
「絶対死なすんじゃねぇぞ。」
「リーガル、勝手にハードル上げんなよ。」
俺はそう言いつつ汗だくで笑う。
「リーガル、今日は終わりだな。手伝ってもらって悪かった。お疲れさん。余った食糧は好きに持って帰ってくれ。後これな。」
そう言って空間収納から酒瓶を1本出す。
「お前、ここまで来て最後まで見届けない訳ないだろうが!」
「好きにして良いけど、オッカムとカレンさんに聞きなよ。居ていいかどうか。」
そう言うとオッカムが・・・
「それは構わない。」
「だってよ。」
オッカムの許可を得たリーガルが悪態をつきながら椅子に座った。俺は治療を続けていると・・・
「あっ!今、手が動いた!少しだけ動いた!」
母親が叫ぶ。とりあえず少しづつ回復しているのが分かるようになった。そして継続して治療に当たっていると今度はおしりの辺りが膨らむ。臭いがしたので・・・
「カレンさん、わりぃ。お風呂位の温度のお湯沸かして。」
すると急いで用意してくれる。そしてオッカムとカレンさんはお尻から発する臭いで女の子が排泄した事に気付いたみたいだ。そして喜んでいる。
後から臭いに気付いたリーガルは意味が分からずオッカムに聞き、それに答えている。
「なぁ、なんで喜んでいるんだ?」
「この女の子は栄養失調で臓器がほとんど動かなかったんだ。けれど今、排泄したという事は動きを取り戻しているという事なんだ。」
カレンさんは女の子のパンツを脱がせ排泄したそれを取り除き汚れたおしりを温かく濡らしたタオルで拭く。吹き終わってからオッカムに注射をお願いし女の子の下半身にバスタオルを掛けてからさらに治療を再開した。大分回復しているからもう少し。そして、ゴールを迎える事となる。
「・・・ママ。」
幼い女の子の瞳が少しだけ開き母親を呼ぶ。意識を取り戻した。
「サラヤ!!」
母親は幼い女の子の名前を叫び抱きしめて顔をグシャグシャにして泣いた。俺はそれを見て終わった事を実感し後ろにひっくり返る。
「終わったーー!!マジ疲れたーー!!」
大の字になって横になった。




