もう一つのお話し「マザー」
「・・・・・。」
昼過ぎ、診療所の扉が開きリーガルが入ってきた。ズカズカ入ってきてドカッと椅子に座って俺に話した。オッカムとカレンさんは黙って見ている。
「おぅ!来てやったぞ!これで満足か!」
「おお!よく来た!来ないと思ったよ!」
俺がニヤニヤして言うと・・・
「お前が来いって言ったんだろうが!!」
「うん、言った。」
「・・・・・。んで俺に何させようってんだ?」
「何も無いよ。ただ、ここに座って居てもらうだけだよ。」
「はぁ?お前、俺をおちょくってるのか!?」
「いや、マジだけど?最後まで居たら酒やるよ。」
「言ったな!嘘だったらここに火を着けるからな!!」
オッカムとカレンさんは俺の考えが読めないらしくリーガルに居させる事に少し抵抗があるようだ。でも、居させる事に承諾してもらった。
「俺は診察が始まったら奥の部屋に行くから、診断受けに来た人を怖がらせないようにな。」
「しねぇよ!」
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カレンさんが昨日と同じように子供を優先する事を大声で告げ診療所を開けた。待合室はすぐに診察を受けに来た親子でいっぱいなった。ただ、昨日ように明るい雰囲気では無い。リーガルが待合室に居たもんで静かだった。でも、オッカムが診察してイツキが食糧を詰めてカレンさんが渡すっという一連の流れは昨日と変わらない。診察を受けに来た親子が食糧を受け取ると顔を綻ばせカレンさんに感謝の言葉を言って子供は手を振り帰っていった。リーガルはその光景を黙って見ている。
「・・・・・。」
そしてしばらくして痩せ細ってグッタリしている幼い子供を抱いた女性が駆け込んで来た。その女性もかなり痩せていた。
「すいません!む、娘を助けて下さい!」
すると待合室がザワザワしだし診察の順番を飛ばしてその連れ込まれた幼い娘を見る事になった。オッカムが待合室に出て来て幼い娘の脈を測りながら冷静に女性に問い掛ける。
「いつ頃から気を失ったんですか?」
「今朝からなんです!昨日までは意識はあったんです!」
「なんでもっと早く来なかったんですか!」
「いつもお世話になっている祈祷師の先生の所に行ってお祈りして・・・・それでも全然目を覚まさなくて・・・・。」
「・・・・・。クソが!」
オッカムは誰に向かってでもなく一言だけ小声で汚い言葉を吐いた。カレンさんは祈祷師の話しを聞いて怒っている。リーガルは絶句している。
「リーガルくんは女の子を診察室のベットまで運んで!カレンは包帯と消毒液の準備!俺は栄養剤を取りに行ってくる!」
急に幼い女の子を運ぶ事となりリーガルは動揺していた。ただ、何もしない訳にもいかないのでそっと持ち上げ診察室に入りベットに寝かせる。
カレンさんが消毒液などの備品を集めてから女の子の服を脱がせたら痩せ細って文字通り骨と皮の状態で肋骨が浮き出ている。
リーガルは少し離れてその幼い女の子の状態を見て一言の発する事が出来ないでいた。
オッカムも診察室に戻り栄養剤の注射を打つべく腕をアルコールの消毒液で拭く。そして栄養剤の注射を打った後お腹を押したりと触診をする。そして母親であろう女性に・・・・
「娘さんは極度の栄養失調です。」
っと告げた。さらに・・・・・
「衰弱して内蔵もかなり弱っているかもしれません。私共はやれる事はやりますが覚悟はしてて下さい。」
「イヤーーーーー!!!!」
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女性の悲痛な叫び声が響く。
奥の部屋に居る俺の耳にも聞こえた。その声に呼ばれるように部屋を出て診察室に向かう。
『ガチャ!』
扉を開けるとベットには痩せ細った幼い子供が横たわっている。その子供のすぐに折れてしまいそうな手を握って女性が泣いていた。俺は一目見て大体を把握してミカエル様に聞いてみる。
(あのベットにいる子の状態教えて頂きたいのですが。)
(寝てる子は完全な栄養不足。体の臓器はほとんど機能してない。手遅れだ。)
(なんとか助けられないですか?)
(イツキが手を施すなら命を繋ぎ止められるかもしれないが。)
(どうするんですか?)
(魔力を体の隅々に流して血液の流れの補助。幸いあの男が燃料をその子に施したからそれを使って内臓系と脳の機能低下を治癒魔法で回復。ただし治癒魔法も魔力の出力を下げて時間を掛けてゆっくりと燃料を馴染ませるようにしないと生命維持に必要な臓器は動かない。臓器が本来の状態に回復したなら後は本人の生きる意思の問題だ。それと燃料はまだ足りない。途中で施さないといけない。)
(・・・・・。)
「オッカム、その子に何か施した?」
「とりあえず、栄養剤は投与した。」
(なるほど、燃料は栄養剤の事か。)
「オッカム、本当は分かってるんじゃないか?」
「!?」
俺がそう言うとオッカムは顔を俯かせて答えた。
「今まで何度も同じ子供を見た。でも俺に力が足りなかった。」
「うん、手遅れだね。」
その俺の言葉に幼い女の子の母親が殴りかかってくる。
「手遅れじゃない!!必ず助かる!!うわぁーーー!!!」
それを受けているとカレンさんとリーガルが取り乱した母親を取り押さえて引き剥がしてくれた。落ち着いて取り押さえた手を離すと幼い女の子の所に駆け寄り、手を取り静かに泣きだした。
「ごめんね、ごめんね・・・うぅぅ・・・。」
俺はその光景を見つつ溜息をもらす。
『ハァ・・・・』
「しかし・・・この子は運が良いな。本当に運が良い。名医と本物の祈祷師が二人揃っているんだから。どちらか片方だけだったら息絶えるのを待つだけなんだから。」
俺の言葉にその場に居た全員が俺に振り向く。
「これからは本物の祈祷師の領域だから準備をしないといけない。リーガル、俺の代わりをしてくれ。奥の部屋で袋詰め作業だ。カレンさんの指示に従ってくれ。オッカムはこのまま診察を続けてくれ。俺はこの子の治療に当たるから。お母さんはこの子の手を握っててくれ。」
俺はそう言い残し奥の部屋の戻った。大量の食糧を出してから以前、先生から一本歯下駄と揃いで出してもらった木箱と1着の服を出す。そしていつも着ている甚平を脱ぎ出した服に腕を通す。木箱の蓋を開け面を出し顔に着ける。その面は赤黒く怒った顔で何より特徴的な部分は鼻が長い。空間収納から右手に身の丈程の錫杖、左手にはヤツデの葉の団扇を出す。その出で立ちはまさに『天狗』。




