もう一つのお話し「マッスル」
(イツキ、もう少しで着くぞ。)
(ミカエル様、ありがとうございます。)
「オッカム、カレンさんもう少しで診療所に着きます。」
「あ、あぁ。ゆっくり頼む。」
帰りの時もオッカムとカレンさんを抱きかかえて移動した。二人にもう少しで到着を告げるが返事をしたのはオッカム。カレンさんは固く瞳を閉じて頭を縦に振るだけだった。魔族領は相変わらず湿気が強いのがよく分かる。火山地帯を抜けたら急に体がべたべたしてくる。しかも南の土地だからなおさらか。
(イツキ、目的地の上空だ。)
ミカエル様からの言葉で横向きの重力を解除しゆっくり落下した。モヤがかっているが下に降りるにつれ診療所の屋根が見える。それと診察を受けに来たであろう人が沢山居るのが見える。
「うそ・・・なんでこんなに沢山人が居るの?」
ゆっくり落下に切り替わったんでカレンさんは目を開けて周りを見る余裕が出来たようで診療所の周りの様子を見て唖然としている。
「昨日の今日だからだろ。食糧を配ったのが知れ渡ったんだよ。」
オッカムが冷静に現状を見ている。そしてその沢山の人の中にゆっくり降り立つ。3人が空から降りて来た事に診療所に来ている人達は唖然として見ているので、俺が声を張り上げて叫んだ。
「あなた達は何も見ていない!!まぼろしです!!」
カレンさんが診療所の鍵を開けすばやく中に入ると玄関の扉に『準備中』の札を吊るした。
3人が診療所の中に入り素早く開院準備をする。そして開ける前に3人で擦り合わせをし手順の確認をした。
「オッカムはいつも通り診察をし、その間にカレンさんが患者さんの家族構成を把握、その患者の家族の食糧の必要量を裏で待機している俺がカレンさんから聞き、そして俺が見合った量を袋に詰めカレンさんに渡す。診察が終わったと同時にカレンさんが食糧を渡して患者に速やかにご帰宅してもらう。薬や包帯が必要な場合はオッカムが取りに来てくれ。カレンさんも手一杯のはずだから。オッカム、カレンさん忙しくなるけどしっかりな、二人が主役なんだから。」
二人は頷く。そして二人の手を取り治癒の魔法を掛け、午前中の疲労を回復。そして俺は・・・
「子供の居る所を優先で。もし、暴れる奴や恐喝する奴が居たなら俺が対処するから。」
っと言って奥の部屋に入った。少しして診療所の玄関の方からカレンさんの大きい声が聞こえてきた。
「診察は子供優先で見ますのでご了承下さい!!」
その大きい声に反応するように診察を受けに来た人達の一喜一憂する声が聞こえてくる。そして待合室はいっぱいになる。ただ、昨日と違い診察室の空気は重々しい感じではないようで親子の明るい話し声が聞こえてくる。恐らく昨日食糧を配った時にこの事は秘密とは言ったけどどこかで漏れたんだろう。漏れる事が前提ではあったし噂が立ったから集まったのだろう。
(今日は少し荒れるだろうな・・・このままいくと3日後に事が起こるかもしれないな・・・)
とりあえず当面の起こるであろう事に対応、対策を考えた。そしてカレンさんが扉を開けて俺に患者が持参したであろう袋を渡し指示を出す。
「イツキさん、3名分お願いします。その内、子供が1人です。」
そして俺は袋に適当に見繕って食糧を詰めてカレンさんに渡す。
「この位で良い?」
「もう少し果物を入れて下さい。塩は必須です。どこの家庭も不足してるはずですから。」
「了解。遠慮無しに言ってくれ、カレンさん。」
そして袋に詰めた食糧をカレンさんに渡しカレンさんが診察に来た親子に秘密である事を告げてから渡す。子供の親は感謝の言葉を言いながらも秘密にする事を約束して帰って行った。最初の親子が食糧の入った袋を持って出て行ったのを他の親子が見たからか待合室は歓喜の声に包まれた。どんな会話か終わったらカレンさんに聞いて見ようと思う。そして俺は途切れる事無く食糧を袋詰めに勤しんだ。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
「オラァ、何時になったら俺の番になるんだぁーーー!!」
突然そんな怒声が突然響いた。待合室の明るい雰囲気が一変して静かになる。
「最初に言いました通りに子供を優先で診察させて・・・」
「うるせえ!」
(やっぱり来たか。どこの国でもこういった輩いるもんだな・・・。さて、どうしたものか・・・。)
そう思いながらカレンさんとのやり取りと様子を伺っていると大きい物音が聞えた。
「ゴン!!ガラガラガラ・・・」
その音を聞いて俺は部屋の扉を開けて待合室に入った。椅子が倒れていたので蹴り倒しと思われた。カレンさんは俺の方を向いて・・・
「イツキさん!!」
「なんだてめぇは?なんで魔族じゃない奴がここに居るんだぁ?」
俺より二回り位大きい魔族の男とその後ろに数人仲間がいる。大きい魔族の男がおそらくリーダーなのだろう。いきり立って俺に食ってかかって来た。
「ここの診療所に世話になってるんだけど・・・ここで暴れられると他に人の迷惑になるんじゃないか?」
「んなもん、知ったこっちゃねぇよ!!」
(まぁ、そう言うだろうな。想定内の答えってやつか。)
そう思いつつ大きい男に話す。
「ここじゃなんだから外で話そうか。」
そう言って俺は診療所の外に出た。外には順番待ちをしている長蛇の列、その全ての人が俺と大きい魔族、その取り巻きを見ている。中からカレンさんとオッカムがその様子をみている。
「とりあえず列に並ぼうか、診察しないとは言ってないんだからさ。見た感じ健康そうだな、俺は医者じゃないけど見てやろう。」
そう言って腰を落とし両手を前に出しプロレスなんかの力比べポーズを試みる。大きい魔族の男は俺のポーズの趣旨が分かったみたいで・・・
「あ、なめんな!ヒョロガリの分際で!!俺に勝てると思ってんのかよ!!望み通り潰してやるよ!!」
大きい体の魔族の男から見れば俺はヒョロヒョロでガリガリに見えるんだと思う。だから力比べを申し出された事に怒っているようだ。そして握り合い力比べを始めた。俺は御方様から肉体的に強化して貰っているので見た目より大分強い。その上で先生からも訓練も受けているから負ける要素は無い。
「ふんーーーーー!!」
二回り大きい魔族の男が力を入れて押し込めようとしているが俺にはそれほどを力を感じない。ある意味予想通りではある。
「なんなんだよ!!おめぇはよぉ!!なんで動かねぇんだ・・・。ぐぬぅぅぅ・・・」
しばらくそのままの状態を維持し男が汗だくになり疲れた頃を見計らって俺は力を入れて逆に押し込む。二回り小さい男から下向きに押し込められたので俺が見下ろす格好になる。
「痛て!!痛て痛て痛て・・・放せ!!この野郎!!」
俺は力比べを止め大きい魔族の男を解放する。負けた格好になりバツが悪かったのだろう舌打ちをして去って行こうとする。
「ちっ!!んだよ!!」
俺はその男に・・・
「お前面白いな。診療所が終わってからまた来るといい。受け取れ。」
そういって空間収納から酒瓶を一本出して投げて渡した。
「・・・・・。帰るぞ!!」
酒瓶を手に取り、一言言い残して取り巻きを連れて消えて行った。俺は診療所に戻り一部始終を見ていたオッカムとカレンさんの横を通る時に・・・
「余裕。」
とボソっと言い残し奥の部屋に入る。その後は何事もなかったかのようにオッカムが診察を開始しカレンさんの言われるがまま、食糧を袋に詰めて渡しを繰り返す。そして終わったのは日が暮れて夜になっていた。




