もう一つのお話し「ヒューマンエラー」
「お待たせ、リースさん。先生、話しは聞きました?」
俺はバランタインさんとの用事を済ませ、ファウスト先生とリースさんの訓練をしている所に来た。
「あ、イツキさん遅いよっ!!」
「先生、リースさんの言うのは出来ます?」
「・・・・・。何も聞いてないですが?」
「ちょっとー!!イツキさん無視しないでよー!!」
「リースさん、話して無いんですか・・・。」
『はぁ・・・。』
「あ~・・・いや~・・・。」
あらかじめリースさんには先生に聞いてみては?っと提案してはいたがしていなかった。思わずため息が出てしまう。リースさんは自分が言った事を忘れていたのだろうか?まぁ・・・とりあえず俺の方から先生に相談してみる。
「リースさんが自動で治癒の魔法が出来る様になりたいと言うんですが、どういった方法があるんでしょうか?」
「うん、そうそう!!先生なんか方法無いかなぁ?」
俺の説明にリースさんが乗っかり先生に聞いてみる。先生は悩む素振りすらみせず話す。既に答えが用意してあったようだ。その辺りが御方様のホムンクルスなんだろう。ただ、俺にとっては頼れる先生だ。
「人間の欠点として1つの事に集中してしまうと他が疎かになってしまうんです。リースさんは戦闘中の負傷を気にする事無くしたいと見受けられますがおそらくは無理でしょう。そして1つの魔法を永続的にかけ続けるのはリースさん本人のみならず人間では不可能でしょう。」
「そうですか。やっぱり無理ですか。」
俺は自分でもいろいろ可能性を考えていたがどうしても答えが分からなかった。先生の回答にリースさんはシュンとしていた。そして先生は話しを続ける。
「ただし、リースさんに治癒の魔法を掛けるのがリースさん本人では無ければその限りではありません。」
俺は先生の言葉に驚き聞き直す。リースさんも顔を上げて目を輝かせて先生を見つめている。
「それは可能と言う事ですか?」
「治癒と言うには誤解がありますが、この場合『原状回復』と言った方が良いでしょう。」
「どういう事でしょうか?」
俺は先生の言う事を確実に理解する為、真剣に聞く。
「人間の体は魂の入れ物、その入れ物をもう一つ用意しどちらかを主体とします。主体では無い方すなわち客体が傷ついた時、主体と同じ姿に『現状回復』するよう入れ物に魔法を掛けると言う方法です。この場合は魂を2つに割いて両方に入らないといけません。入れ物に同一の共通点が無いといけないですから。そして、絶対条件として主体は傷付いた状態にしてはならないと言う事。言いましたように客体は主体をベースにしますから主体が傷付けば客体も傷付いた姿になります。なので主体が傷付いた場合は速やかに治療しないとなりません。」
「・・・・・。」
俺は・・・真剣に聞いているが理解が追いつかない。そもそも魂を割くと言う事が可能なのか?入れ物の体をもう一つ用意なんて出来無いのではないか?しかしそれをあっさり言う事はおそらく出来るからなんだろうけど。そして、先生は話しを続ける。
「この場合の欠点は主体の損傷の他に2つ。1つは客体は主体以上の能力を有する事が出来ない。それは客体は主体がベースになるからです。ですので主体の能力が上がれば同時に客体の能力め同等に上がります。それとは別に主体と客体の能力は同じであるにも関わらず客体のパフォーマンスが下がるという事。これは客体が傷付いても死なないゆえに発生するヒューマンエラー。人間の言葉で言うなら『慢心』『油断』『甘え』等々。」
先生は淡々と説明するが恐ろしい事を言っている。裏を返せば不老では無いにしても不死になる方法を言っている。まさか、リースさんの希望の話しでここまで話しが飛躍するとは思わなかった。このまま不老不死の方法を聞けは淡々と言ってしまうだろう、そこまでは聞かないが。そして先生が言った事を実際に行なった場合どういった代償を払わねばならないか分からない。俺はその事が気掛かりだったので聞いてみた。
「先生、その方法で使用者に対しての不具合やリスクは発生したりするんですか?」
「先程言いましたように魂を2つに割くので使用者の死後の魂は不安定な状態になります。また人間に転生出来るかは期待しない方が良いでしょう。最悪そのまま消滅もあります。私は魂を2つに割く事は出来ますが1つにする事は出来ません。それが出来るのはこの世の摂理から離れた存在の方・・・」
「御方様ですか?」
「はい、ですが御方様はこの世界とは違う世界にいらっしゃいます。いつお戻りになられるかは未定です。それともう一方。その方は人間を作られた方です。」
「どなたですか?」
「大天使序列第6位アズラエル様です。この方は死を司るお役目の他に人の魂を司ります。この方はこの世界にいますが、現在御方様のご命令で職務を離れていらっしゃいます。」
「そうですか。ありがとうございます。」
俺は先生の話しを聞き終えてあまりにリスクが大きい事を理解した。魂の消滅は死ぬ事より酷い事だと思う。生まれ変わっての人生の再スタートの機会すらなくなる。
(この事はリースさんに受けさせる訳にはいかないな・・・。)
そう思い、一緒に先生の話しを聞いていたリースさんを横目で見る。リースさんは俯きながら押し黙っている。俺に質問する訳でも無く一言も話さないという事が、会話の内容を理解した事を暗に示している。
「ありがとうございました、イツキさんもありがとうございました。私、少し考えてみます。」
リースさんは笑顔で先生と俺に挨拶をし・・・
「先生、打ち込みの訓練お願いします。」
そう言うと先生とリースさんは俺から離れ、いつもの様に訓練を始めた。ただ、打ち込むリースさんの目には迷いとも諦めともつかない色が浮かんていた。




