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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

脳内麻薬の救世主

作者: 四ヶ谷波浪

 ある「王国」には、最強の救世主と讃えられた存在がいた。


 まだ年若い青年といってもいい彼は、魔物とのかつての大戦を知る老兵に尊敬され、戦争を終わらせた国の英傑たちにすら畏怖を抱かせた。


 魔物でないならば、つまり、人間であるならば。必ず先天的に一つ、神に創られた精霊による「加護」あるいは「技能」と呼ばれるものをもって生まれる。ゆえに、彼のその類まれなる戦闘能力や身体能力から、加護は加護でも神々から直々に与えられた特別な加護なのではないかと噂された。


 またある者は、それはただの加護ではなく、特別に複数の加護を与えられたのではないかとも。伝説的存在、神話の英雄と同じ加護を持っているのではとも。あるいは加護が特別なのではなく、奉られている英雄たちの記憶を持って生まれた彼らの生まれ変わりなのではとも。素晴らしい技能を類い稀なる才能で使いこなし、さらに神に愛されているのだと。


 ディゾルディーネ。


 それは負けずの救世主。不可侵の放浪人。


 疑いの余地もなく最強でありながら、名誉ある王国の英傑にならず、あくまで所属のない放浪者に甘んじる青年。その時々で様々な武器を使いこなし、いかなる強敵相手でも無敗を誇り、どんな相手だろうと無傷で帰還する奇跡の体現者。しかも、彼が現れた戦場で死人が発生することすらないという。


 一介の下級貴族の次男の生まれながら、王国の誰しもが名を知り、畏れられる彼は、ただ、「幸運」で「無鉄砲」なだけだったのだが。


 「英傑第零番」に密かに数えられる彼だったが、それは本当に、幸運なだけなのだ。女神に愛されているわけではなく、ただそれは、それまで「幸運」だっただけなのだ。願いと行動が極めて合致した結果。


 これは、年相応にクール気取りな自己犠牲精神な青年と、その兄と、周りの人たちのちょっとした話。


 そして、力に溺れたただの青年の話。











「あぁ、ディーネ……」

「その、女みたいな呼び方をいますぐやめてくれ、兄よ」

「……すまない。我がかわ……弟よ。私たちの危機を救ってくれて……ありがとう」


 吹き荒ぶ風に揺れる、王国民にしてはとても珍しい青みがかかった二人分の髪は、よく色味が似ていた。それは偶然ではなく、二人が紛れもない兄弟であるからにすぎない。彼らの領地では青の一族と親しまれる色だった。


 その日、王国の精鋭である「英傑」第十八番、「烈撃」のフィロールは同じ英傑何人かと共に、王国の郊外で暴れる強力な魔物の群れを退治する任務についていた。もちろん命令に従った結果であり、その結果はディゾルディーネがいなければ全滅の憂き目に晒されているところだったのだが。司令官の非というよりは魔物が想定以上に多かった、という不幸の結果。


 正式に認められた「英傑」は一人の例外もなく国のお抱えである。ゆえに、すべての英傑は適切な任務を割り振られ、魔物退治や国境の警護などの任務についていることが普通だった。


 とはいえ、それはあくまで人間の采配にすぎない。今回のように、時に貴重な英傑を消費してしまいかねない「例外」に出くわすこともある。そこに駆けつけ、英傑や民間人の命を救って回るのがこの、救世主ディゾルディーネなのだ。


 圧倒的な力を誇る英傑たちがあわやというところまで追い込む敵すら屠る圧倒的な力。力に振り回されることなく的確に振るう判断力と技量。そしてなにより、最も王国で重んじられる名誉も、それに付随する富も、なんの見返りを求めない高潔さ。


 紛うことなき英傑並みかそれ以上の偉業を成し遂げておきながら、唯一の兄の説得でようやく初めて国王への謁見に応じた折でさえ、その力を存分に振るうため英傑になれと命じられども、他の英傑と比べ、自身の能力が見劣りしているという理由で断ったという。


 すべての人間はそれを否定したが、すべての英傑が束になっても叶わない可能性のある相手の不興を買ったとなれば失墜するのは国家権力の方である。見送らざるを得なかった。名誉こそすべてのこの国で、最も有名なのは今や王ではない。


 救世主が英傑になりたくないと言っているのだ。それがすべてで、そうであれば従うのも理だった。


 そして、彼は変わらずある時は魔物と日々戦う英傑たちの危機に駆けつけ、ある時は燃え盛る屋敷から取り残された子どもを救い出し、ある時は老朽化して崩落した遺跡から学者を救出し、魔物が城壁に迫り、城壁の崩落に巻き込まれた者が現れだした時、颯爽と現れて人々を救い出し、そのまま討滅戦に参加した。


 今回も救世主の弟ほどではないが数々の偉業を打ち立て、十八番目の英傑として数えられている「烈撃の戦士」フィロールが苦戦するこの戦いに参加したのだ。


 なお、フィロールを慕う女兵士に請われ、偵察気味に戦場にやってきたディゾルディーネのことをフィロールは目にするまで参戦を知らなかった。 


 ディゾルディーネは戦場に着くや、兄が邪悪な竜に食われかけるのを見た。兄の仲間たちはすでに地面に倒れ伏し、兄を救える状況でないことを理解した。途端、彼は大きく跳躍して兄を救った。


 正しく英雄的な、救世主的な、一方的な戦い方で。


 首が二本もある凶悪な竜を、その長い首を落とすためのたったの二振りで殺し、……得物は吹き飛ばされた兄が取り落とした竜殺しの剣を用いた。使い慣れているはずの背にある己の得物を抜き放つことすらなかった……倒れていた英傑共々、無詠唱の回復魔法で傷をすっかり癒したディゾルディーネは無感動な目でしばらく兄を見つめていたが、不意に手にしていた兄の剣を兄の傍に突き刺して背を向けた。


 そして歩き去ろうとする背に、フィロールは声をかけた。


「ディー……ディゾルディーネ! また、立ち去ってしまうのか? 城へ行けばお前が救った沢山の人々がお前を称え、礼をしたいと会いに来るだろう。しかし、お前はいつでも命の危険をはらえばどこかへ行ってしまう。

私はお前の兄として、見合った報酬と、名誉を受けて欲しいのだ、可愛い弟よ」

「『烈撃の戦士』が万全ならば、この戦場は安泰だ。そうだろう、兄よ?

ならば僕は、他に救いを求めている人間のところに行かなくてはならない。今も誰かが僕を待っている。僕は彼らを救わなくてはならない」

「無欲は美徳だろう、弟よ。その精神は高潔なことだろう、弟よ。

しかし、私は兄として、弟が正当に評価される国であって欲しいのだ。何、少しだけでいい」

「国に評価されるのは兄だけで良い。評価されたい者だけがされたらいいんだ。僕のことはフィロール兄さんが知ってくれているならば、それ以上望まない。

生まれながらに家督は兄が継ぐと決まっていた。その上、いまや僕はただの放浪人。声無き救いを求める声を、恐怖に打ちひしがれた救いを待つものを聞き、彼らを一刻も早く救うためにいるのだ。

それ以外は必要ない。名誉があれば命が救えるだろうか? 必要なのは早い脚。救いのためにいかに手を伸ばせるかだ。そうだろう?」

「あぁディーネ……」

「兄よ、兄が兄として弟を心配しているというならば、及ばない。僕には……そう、幸運の女神がついている。貴方の弟は健康で、やりたいことをしているだけだ。僕は幸福だ。困っていることはない。だから名誉はいらない」

「そう、か……」


 今度こそディゾルディーネはゆっくりと立ち去った。しばらく無言であったフィロールは、剣を地面から抜き放ち、戦場を共にしている他の仲間たちの元へ加勢に向かった。


 ディゾルディーネの言葉の通り、「烈撃の戦士」、つまり戦闘のエキスパートである「ジョブ」、戦士であるフィロールの放つ烈撃……つまり、「全ての攻撃がクリティカルヒットする」彼がいれば、圧倒的に格上な二ツ首の竜でもいない限り、勝利は約束されたようなものだった。


 ファロールは引っ込み思案で自分の後ろをついて回っていた弟の成長を目の当たりにしたことを喜べばいいのか悩み、弟が立派に戦い、強くなった様を姿を讃えてやれなかったことを後悔しながら、剣を振るい、英傑としての役目を全うしていた。


 「名誉」、それがなにより重んじられる王国で、それを受け取らないゆえに不当に恐怖される弟に憐憫し、そして心の奥にある感情を抱きながら。


 かつての快活さを失った弟のやつれた顔を思い返しながら。











 ディゾルディーネは類まれなる技能の持ち主ではない。実際のところはやや珍しい程度の技能の持ち主だ。希少さでいえば兄の「烈撃」の方が余程希少である。そして彼のジョブもそう珍しいものでもなく、なろうと思えば、相応の覚悟さえあればなれるものだ。


 彼が英雄的活躍をするのは、奇跡的な噛み合わせの結果にすぎない。


 彼の性格は冷静を装っているだけの無鉄砲であり、それはつまり言い換えるならば、命の危険を顧みないところや名誉欲が極端にないところであり、冷静を装ったというのは本来の彼の内面のことを指している。


 彼の性格はかつて、人並み以上に熱く、正義感に満ち溢れていて、他者が無念に死ぬことを人並み以上に許せない質であった。ゆえに力の使い方を知ってからは駆けずり回って人の危険を救い続けている。


 しかし、元々兄のことを慕ってついて回っていた子ども時代の快活さを失い、今はただ、ある種の力の奴隷であった。一度その圧倒的な力を振るってしまえばその魅力は悪魔の囁きと同種であり、二度と手放すことも見なかったことにすることもできなかったのだ。


 兄を「烈撃の戦士」と呼ぶならば、彼は「幸運の救命士」、ディゾルディーネ。


 技能「幸運」とは、「ジョブ」の確率判定を無視して必ず成功するというもの。


 ジョブ「救命士」とは、人の命を救っている最中のみあらゆるステータスが大幅に上昇し、救命に用いた道具の効果を倍にし、そして何より「確率で本人の能力関係なく救出に成功する」。また、救命中、いかなる道具であってもある程度確率で使いこなすことができる。


 「救出に成功」とは、救出開始から対象が追加でダメージを受けず、また「救命士」本人も傷を負わないことを指す。故に、「幸運な」彼が人の命を救うために奔走するならば確実に救えるし、無傷で帰還するのだ。確率判定をすべて成功させた結果、ディゾルディーネは救命活動中は対象にいかなる傷を負わせず、自分も負わず、さらに神の加護を授かった勇者の剣ですら使いこなせるのだ。


 技能の名前は本人にしか分からない。そして、細かい効果はいまだにわかっていない。


 しかしながら、技能にあったジョブはおおよそわかっていて、攻撃判定がすべてクリティカルになる「烈撃」に向いているのが、攻撃すべてが威力上昇する「戦士」であるように、確率で儲けが増える「商人」が技能「幸運」にはぴったりのジョブだというのが通例だったのだ。


 もちろん、彼が「救命士」である以上、ステータス上昇や確率判定は人の命を救う時しか意味は無い。つまり、力に溺れ、悪魔に取りつかれたディゾルディーネは四六時中助けを求める人間を探し続ける存在になった。自分が英雄的な力を振るっている間に感じる圧倒的な快楽に溺れ切って。


 しかし、本人含めてカラクリが理解されていない今、ディゾルディーネは伝説の技能「神の加護」持ちのみがなれるジョブ「英雄」であるかもしれない、だとか囁かれるわけで。


 上手い具合に噛み合った技能持ちの救世主気取りの青年は、真の救世主として名を知らしめるのだった。


 いくら、救命中は事実上の無敵であっても、器はただの青年であるというのに。










「あの! 助けていただき、ありがとうございます!」

「例には及ばない。それよりも早く体をやすめるべきだ。危険にあったのだから。さぁ、街へ送ろう」

「なんて優しい方……どうか、わたしにそのお名前を教えていただけませんか」

「名乗るほどの者じゃない。さぁ、向こうにいる僕の馬に乗っていこう」

「はい……優しい方」


 力のない人間を助けると、そのままその辺にほっぽり出してまた何かがあっても困るから、街まで送ることにしている。人里ならなんでもいい。そこからはなんとかするだろう。指定があるなら沿うことにしているけれど。


 彼女を送ったら次はその街の中を軽く巡回して、何もなければ森を巡ろう。森も何も無ければ今度は川べりだ。ずーっといって、なにもなければ向こうで橋をわかってまた川べりをずっと歩いて、そしてそのまま城壁をぐるっと回る。なにもなければそのまま宿に泊まって、夜が明けたら今度は王国北部へ行こう。


 きっと、誰かがいる。いなければいるところを探せばいい。


「もしや貴方様は、英傑の方ですか?」

「違う」

「まぁ、そんな! 貴方様のほどの勇敢で腕のたつ方を英傑にしないなんて……」

「英傑になれば、今のように自由に動けない」

「そんな、皆さん英傑になるために日々切磋琢磨していらっしゃるというのに」

「……」


 英傑か。昔は、兄のようになりたかった。立派な兄のように誰かに手を差し伸べる立派な人になりたかった。だが今、英傑になる必要は無いことくらいわかっている。憧れももうなく、そして僕は道を見つけたんだ。救命士という。


 人を救えた時、頭の中が弾けるように嬉しい。だけども、救ってしまえば終わりだ。いつだって楽しいのは救っているさなかだけ。救ってしまえば、そこにあるのはいつも通りの自分と、ただの人間。僕を英雄に変えてくれる人間はただの人間になり、僕も普通の男になってしまいだ。


 なら、より多くを救うために。それ以上は望まない。


 僕には幸運の女神がついている。だから、王国中を走り回ろう。


 女を町の入口で降ろす。女は、いいや、男もだけど助けた人は名前を聞きたがる。だけど嫌だね、教えるなんて。ディゾルディーネ、なんだかちょっぴり女みたいな名前でさ。長いし、女みたいで、しかも意味だって碌でもないときた。もっと平凡な……トムとか、ジェレミーとか、そういう名前だったなら真摯にちゃんと名乗ったかもしれない。


 なんにせよ、名乗る時間がもったいない。口を開くのも億劫だった。


「どうか、優しい方! お礼をさせてください!」

「お礼が欲しくてやっているわけではないから」

「なんて高潔な! ですが、あんな斜面が崩れた山道を歩き、私を背負って連れ帰ってお疲れでしょう、少しお休みになるだけでも!」

「あれくらいで疲れちゃいない。

さようなら。心配はいらない。僕には、幸運の女神がついているから」


 助けた後の人なんて、心底どうでもいい。僕が気になるのは救いを求めている人であり、もう救われた人じゃない。


 こういうとき馬だととっとと逃げられて楽だ。徒歩だと呼び止められて時間を取られてしまう。町の方へとっとといけば、それでしまいだ。


 早く、助けを求めている人を見つけられたらいい。それ以外のことは好きじゃない。


 本当は誰も困っちゃいなくて、僕は一日中駆けずり回ってただの骨折り損なのが一番なのは分かってるけれど。見つからなかったらいい。見つかったらいい。ふたつの気持ちをもっている。


 僕には幸運の女神がついている。だから、不思議とすぐに助けを求めている人が見つかる。


 次はなんだろうか。なんだっていい。


 人を救うこと以外に興味はないし、救っているとき以外は高揚感もない。何もないのはいいことのはずだ。だけど、つまらない。だから駆けずり回って救いを求めている相手を探すんだ。


 はやく誰かを見つけたい。延ばされた手をつかむとき、世界に色がつく。










「標的発見、今すぐお救いしますよ」


 もうもうと煙が立ちこめる中、無感動で涼し気な声がいやにはっきり聞こえた。


 煙の切れ間から、小柄な青年の後ろ姿が見えた。


「確認、魔物。状況、交戦。対象、成人男性三名。目標、撃破および応急手当」


 右腕を負傷し、うずくまる仲間の傍に彼が歩みよる。彼が手をかざすと温かな光が照らし、傷が癒されたことがわかった。身のこなしは生粋の後衛職のものでは無い。流れの僧侶か、魔法戦士か。


 なんにせよ、ありがたい助太刀だ。こちらはみな満身創痍、しかし助けに来てくれた彼は相当な手練のようだ。


 ほっとしたのもつかの間、彼は何かを持ち上げた。


 仲間の斧である。巨体の彼に合わせて作られた大振りな一品で、鍛えてはいるだろうがごく普通の背丈の彼が振るえるような代物ではない。なにせ、柄だけで彼の背丈ほどある。


「少し借りる」


 しかし、その斧に似合わない細腕を、それも片腕で軽々と掴んだ青年は凄まじい勢いで駆け出した。


 討伐対象だった魔物は木の怪物だ。植物ならば燃やせばいいと安直に考えたが、生木がそうそう燃えないことも理解出来ていなかった浅慮な俺たちは、周囲の木々が燃え盛る中、視界を奪われ、仲間を負傷していくはめになったのだ。


 そのため十分に振るうことも出来なかった大斧。きちんと振るえばもちろん、大ダメージが期待できるだろう。しかし、それは使いこなせたらの話だ。


 随分力自慢のようだが、さすがに……。


 ガツン!


 煙が晴れていく。あんなに激しく燃えていた木々はすっかり燃え尽くしたのか、それとも涼やかに吹いた風の影響か、おさまっていた。


 木の魔物の悲鳴が響く。地面を揺るがす重低音。


 ガツン!


 あぁ、間違いない。


 ガツン!


 青年が魔物の幹を斧で切り倒そうとしている!


 そんな馬鹿な! 馬鹿なことがあるものか! 魔物の幹を切り倒すなんてことがあるものか、あの細腕の青年にできるものか!


 しかし、現実にそれは起きている。


 葉が燃えたせいで陽光が差す。彼の髪が青々と煌めく。


 ガツン!


 魔物は呻きながら逃れようとした。幹はえぐれ、白い中身がのぞいていた。しかし、巨大な斧を用意したのは奴がでかいからだ。やつは素早くは逃れられない。木である以上、根を張っているので尚更である。せいぜい身動ぎするのみ。


 さしずめ、ベテランの木こりに狙われた木のようだった。奴は切り倒され、それでしまいだった。言葉で表せばそんなものだった。魔物がへし折れ、力を失い、すっかり動かなくなると青年はようやく斧を下ろした。


 そして体に似合わぬ大きさの斧を担いでゆっくりと振り返り、彼はこちらにやってきた。


 逆光だが、なんとか表情はうかがえた。静かな水面のように無表情、無感動である。


 斧を持ち主の前に下ろした彼は再び俺たちに手を向ける。とたんに温かな光が傷を癒していく。


「怪我はもうないだろうか」

「あ、あぁ……」

「歩けそうか? 三人もいっぺんに担ぐことは出来ないが、街までの護衛はしよう」


 咄嗟のことで言葉が出てきやしない。故郷の若造と同じような年齢のくせに、どんな英傑だ。こんな規格外の人間が英傑なのか。彼は一体誰なのか。第何番なんだろうか。


 ああ。これが英傑か。漠然とした憧れで目指していただけだったが、実物を見れば、これは確かに崇めるにふさわしい。英傑でこれならば、救世主ディゾルディーネというのはどんなすさまじい人間なのだろう。


「助かった……英傑の方……」

「僕は、英傑ではない」

「そんな。ご謙遜を」

「謙遜ではない。英傑であれば今頃、別の場所で魔物狩りをしていることだろう。英傑であれば自由には動けない。国の命令に従って国を守る存在なのだから」


 その言葉は真実。本物の英傑が、わざわざただの英傑を目指す人間を救うために暇をしているとは思えない。しかし、英傑でなければなんだというのか。俺たちと同じように英傑を目指している人間で、類まれなる加護に恵まれた人物なのか。


 今すぐ英傑として召し上げられてもおかしくない。


「魔物の気配はない。しかし日が落ちれば冷え込む。動けそうか?」

「あ、あぁ。おかげさまですっかり傷は治った」

「では行くぞ。少し向こうに僕の馬を繋いでおいた。一人くらいなら乗せられる。どうしても歩けないなら言ってくれ」


 そう言って、彼は先導を行った。


 疲れた体を引きずりながら恩人の姿を観察した。英傑ではないこの強者を覚えておかなくては。じきに英傑になるに違いない。


 背に武器を背負い、服装はごくごく普通の冒険者のように丈夫そうな布と革の服。珍しい青っぽい髪。青い髪の有名人はいただろうか……ぱっと思いつくのは英雄ディゾルディーネだが。


 しかし違うだろう。身長は建物の二階に届くほどで、丸太よりも太い筋肉を持ち、青空よりも鮮やかな青髪に、強靭な肉体を持つという。あまりに強靭故に鎧を身につけていないとか。


 せいぜいありえるとすればディゾルディーネの兄弟だろう。ディゾルディーネの兄は……そうだ、「烈撃」。ほかにも兄弟がいるのかもしれない。


 命が助かったことへの安堵と、有名人に近しい人物に助けられたという高揚は不思議な心地だ。










「じゃあ、これで。ゆっくり休んで、怪我が後に引かないように」


 青年は無表情に言う。言葉のわりに俺たちを心配している風ではない。当然だ。彼の魔法で俺たちはすっかり傷を治していて、多少疲れている程度にまでなったからだ。


「待ってくれ! まさか、おまえもう行くのか!」

「あぁ。町まで来ればもう安心だろう?」

「あぁいや、俺たちはそうだ、しかし……あんたはさっきあんな怪物と戦ったばかりじゃないか! たっぷりお礼を……いや、そんなにいやそうな顔をしないでくれ、せめて宿代とメシ代くらい奢らせてくれ!」

「見返りを求めてやったことではないから。テルパ、さぁいこう」


 彼は素早く馬に跨り、走らせようとした。しかし人懐っこい目をした馬は走り出そうとしない。主人の命令に逆らうような馬なのだろうか。いや。


「テルパ? どうした、疲れたのか?」


 それどころか馬はトコトコとこちらに向かって歩いてきて、困惑する主人を諌めるようにいなないた。


「テルパ?」

「なぁ、俺たちの恩人よ。この馬はあんたに休めと言ってるんじゃないのか?」

「……テルパ。僕はこの町を見て回りたいんだ、わかるね?」

「ははは、どうだ。馬は動かない。それなら俺たちと飯を食いに行こうじゃないか」


 青年は目をつぶった。困ったな、と言わんばかりに。そして諦めたのか軽い身のこなしで馬から降りた。


「……世話になる」

「世話になったのはこっちだけどな!」


 なんだなんだと集まっていた人々がどっと笑う。この強く高潔な青年にただの青年らしさがあることに安心するように。


 落ち着いてみれば年相応に見える。特別無茶苦茶な筋肉があるわけでもなく、特徴といえば珍しい青っぽい髪くらいか。しかし英傑に見劣りしない力を秘めた恩人。


 ただ、少し気にかかったのは、道すがら名乗った時に彼も名乗ってくれたのだが、ディーネと、かの英雄のような明らかな偽名を名乗ったことだった。女みたいだからディーと呼べとも。


 訳ありなのだろう。強い人間ゆえに、なにか俺たちには伺い知れない何かがあるのかもしれなかった。


 食事の際、ずっと旅をしているのかと聞くと、旅というほどのものでは無いと答えた。


 どうしてあんなに強いのかと聞けば、強い訳では無いと謙遜した。上手いことありふれたジョブを使いこなしているだけだと。なるほど、木こりか。木であればなんでも切り倒せるという。勝手に納得して、俺たちは無口な彼と話した。


 有名人になることは間違いない。名声を得ることがわかってる相手に媚びを売る……というか、話を聞いておきたかった。特に気に入られたい訳じゃないが、そうだろう?


 名声ほど欲しいものはない。


 しかし彼は硬派だった。普通、自分の武勇伝を話すものだろうに特に何も言いやしない。いくらジョブ補正があってもあれ程の強者、ほかにも武勇伝くらいあるはずなのに話そうともしない。


 それどころかとっとと宿にひっこもうとする。


「まだまだ夜は始まってもないじゃないか、ディー。奢りなんだからもっと食え食え、飲め飲め。食ってもっと筋肉つけて、素晴らしい英傑になってくれよ」

「……」

「どうした? あぁいや、恩人のディーが別に細っこいとは言うわけじゃあない。だがまだ若いんだから、もっともっと屈強になれるだろ?」

「そうだな」

「わかってるじゃないか。ほら、肉もってこい肉!」


 彼はちらりと食堂の入口を見て、諦めて肉を口に運んだ。


 その時、いきなり外が騒がしくなった。


 英傑だ! 英傑様が来た! 興奮に叫ぶ誰かの声が聞こえる。


「おい聞いたかディー? 英傑サマが来てるみたいだな」

「そうか」

「淡白だなぁ。見に行こうぜ、英傑サマの顔を拝めばもっとメシも美味くなる」

「遠慮しておくよ。僕は静かな方がいい」


 シチューを口に入れて澄ましているディー。まぁいいか、俺たちだけでも見に行こうと腰を上げかけた途端、食堂の扉が派手な音を立てて開いた。


 現れたのは逆光に青く輝く髪を持つ男。竜殺しの剣を操る英傑。街へ出れば整った顔立ちの彼の姿絵などありふれたものだろう。


「ディーネ!」

「……」

「やっと追いついたぞ、ディーネ!」

「その女みたいな名前で呼ぶのはやめてくれ」


 英傑フィロールはつかつかとディーの座るテーブルの前にやってくる。近くに並べばよくよく髪色も顔立ちも似ていた。


 英傑の兄。「ディーネ」。その強さ。


 俺たちは恩人の正体を察した。しかし、驚きのあまり、対応するのは遅れた。


「なんの用か、兄よ。今は食事中なんだけど、騒がしいよ」


 「英雄」ディゾルディーネ。名誉を求めぬ無欲の人。「英傑」の危機すらを救うという強者。


 その前に立つのは若き「烈撃の戦士」。歴代の烈撃と勝るとも劣らない勇敢な戦士。期待の星、そして、ディゾルディーネさえいなければ、国を守るために精力的に出陣する彼こそが英雄ともてはやされていたことだろう。


「それは悪かった、弟よ。しかし、そうでもなければまたお前は逃げたろう? 今日こそ観念して共に城に向かおう。お前が救ってきた人々が、姫君が、国王がお前のことを今か今かと待っているのだ。

どうして英傑になりたがらないのかは分からないが、お前が疎むなら、もう誘うことは無いと約束してくださった。しかし、命を救われた人々や、民を救われた王家の方々はどうしてもお前にお礼がしたいと申し上げていらっしゃる」


 ディーは不機嫌そうにシチューの皿を抱えた。


「僕は別に礼が欲しくてやっているんじゃない。

フィロール兄さんも、そうやって城に行っている暇があるならとっとと誰かを救うために奔走した方がいい。名ばかりの『英傑』などどうしようもないものだろう? 人を救うために英傑になったのでは無いのか? 名誉を得るためだけならば、辞めてしまえ。僕から見れば英傑どもは休みすぎだ。休む間もなく王国を駆けずりまわって見せろ。そのための名誉なんだろう?

人を救えるだけで十分です、それだけが恩賞ですと言ってみろ」


 そして子どものようにシチューをかきこんだ。


「お前は高潔すぎる」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「名誉こそ望むもの。この国はそうやって成り立ってきたことを知っているだろう。相手を満足させ、心の安寧を与えてやるのも救済ではないのか? ディーネ」

「僕は臆病だからね、城なんかで現を抜かしている間にどこかの鉱山のトンネルの崩落があったら? 森で魔物に殺されそうな人間がいたら? 国境で英傑すら負けるような異常事態が起きたら? 常に恐れよ、兄よ。警戒せよ、手を緩めるな。

無駄話をするなら僕はもう行く」

「待ってくれ、ディーネ。父や母も心待ちにしているのだ。顔を見せて安心させてはくれないのか」

「僕の顔なら今兄が見ただろう。僕はこのとおり元気だから、心配なさらないでと伝えてくれたらいい」

「そんな隈をつけてよく言う!」


 烈撃は素早く動き、ディーの顔を、素早くハンカチで拭った。肌色の化粧らしき油脂が歪み、彼の言葉通り目元に黒い隈が露見した。


「……」

「お前、『休む間もなく王国を駆けずり回って』、寝てないだろう」

「……」

「調べたんだ。お前の行いは素晴らしい。まさしく英雄だ。まさしく王国始まって以来の逸材だ。そして、お前の思想はどこまでも高潔だ。だが、そんなお前がそこまで無理してどうするんだ?

ディーネは伝説の英雄ではない。烈撃の弟だ。そうだろう?」

「……自身のことなど気にしている場合じゃないよ、にいさん、僕は、人を救わなければ、ああ、今も、休んでいる場合じゃなかったんだ。救いを求める人が待っているんだ」

「分からず屋め。では、ディーネ風に言ってやろう。無理を重ね、お前は人である以上いつか倒れる。そして倒れている間の人間を救えはしない」

「……」

「ならば休憩を短く入れたほうがいい。倒れてから、動けなくなってから後悔するぞ、弟よ。もう城にいけとは言わない。上手く言っておく。父上や母上も余計なことを言って可愛い息子がまた家から飛び出すことの方が恐ろしいだろうさ。

さぁ、ご飯をお腹いっぱい食べたら、帰ろう、我が家に。そして少し、休んでくれ。な?」


 ディーネはゆっくりとジョッキを掴んで、中に入っている果実液を流し込むと、不貞腐れたように頷いた。


 俺は感動し、兄弟愛、英雄の自己犠牲をも厭わぬ姿と英傑の家族愛に打ち震えていた。


 これが俺たちのあこがれ、英傑!


 これが俺たちの畏怖する英雄の真の姿!


 兄君の馬とディーの馬が仲良く並んで去っていくのを清々しく眺めながら、今日という日を生きていることに感謝した。


 あの高潔な英雄になにか、その行いに報いるものが与えられますようにと祈りながら。










「おかえりなさい、ディゾルディーネ」


 名前を呼ばれると、無表情気味な顔が歪む。幼い時からの癖だった。それでも黙っていたディゾルディーネはフィロールに背中を押されて、いやいやながら口を開いた。


「母上。父上。第二子ディゾルディーネ、帰還致しました」


 そう高位でもない貴族の息子としてなんら特筆すべきところのない、最低限の型通りの挨拶と礼を見せたディゾルディーネは、すぐに顔を上げた。


 背には飾りのない剣、服装は簡素。特に浮かべた表情はなく、特筆すべきなのは目元の崩れた化粧のみ。剥がれたその化粧の下から覗くどす黒い目元のくまだけがやたらと目を引く。青い髪は一族の色。この場に三人もいれば目立つものではない。


 ただ、日に焼けてはいるのに化粧越しにも顔色が悪い青年だけがやたらと悪目立ちしていた。


「その目の隈はどうしたのです」

「最近少し、『夜遊び』をしていたまでです。家を出た不良息子のことはお気づかいなく」

「ディゾルディーネ」


 母親の咎める視線にディゾルディーネはわかりやすく目をそらした。


 だが強情な彼はすぐに母親の顔を悪びれもせずに見た。


「ディゾルディーネはご覧の通り疲れきっています。父上、母上、休ませてやっても?」

「もちろんだとも、さぁ、部屋はそのままだ。掃除もしてある」

「お気遣い痛み入ります」


 とっとと屋敷に入っていくディゾルディーネを見た使用人たちは畏れ、おびえたように道をあけた。まったく物怖じすることのないのは肉親だけで、王国民として正しくディゾルディーネすなわち救世主であると理解している使用人たちは尊敬を半ば怯えに変えていた。


 自分たちは救世主の幼少期を知っている。烈撃のフィロールの弟は凡夫だと思っていた。だから、兄のようにはなれない彼を憐れんですらいた。だというのに、いつの間にか覚醒したかのように力を手に入れた彼は、見返りすら求めることなく国中を駆けずり回ってるという。 


 自分たちは、敬うべき相手を間違えていたのだと。救世主の噂を聞くごとに事実を突き付けられるようだ。だが、慈悲深き救世主は報復すらしない。罪を償う機会すら与えられない。それは安らぎであり、同時に外部の誰かに自分たちの行いが知られでもすれば一巻の終わりだということだ。


 なにせ相手はこの国である意味、もっとも名誉ある者である。名誉こそが、すべての国で。


 名誉ある者を真っ当に敬わない者など、そのくせ、力のない者など。護られることはないだろう。だが、そんな無礼者に対しても分け隔てなく手を差し伸べるのが救世主だった。相手が犯罪者であろうが、無礼者であろうが、他国の人間だろうが、手を差し伸べるのだ。


「僕が休んでいる間、兄さんが代わりに無辜の人々を救ってくれ」

「……ああ、もちろんだとも」

「歯切れが悪いな。もしかして、烈撃としての任務があるのか?」

「いいや、お前を探すために任務はないよ」

「それはいい! じゃあ領地の森と、国境の近くと、それから、それから……」

「ああ、ディーネ、今は休むんだ」


 幼いときよりも口数の多い兄弟の会話を聞きながら、努めて目立たないように。功績を打ち立てながら、それを名誉としない得体の知れない存在と、そんな存在を変わらず弟として接する特異な兄を不気味にも思いながら。


 しかし、内心を悟られることだけはあってはならないので、使用人たちはさらに恭しく頭を下げた。


 フィロールはそれがわかって、唇を噛んだ。


 弟はおかしい。この王国ではどんな意味であっても遠巻きにされる存在だ。わかっていた。


 それを何とかしてやりたかった。


 






「ディゾルディーネを医者に診せましょう」

「確かにまともに寝てもいなければ食事をしている様子もないと調査結果が上がっていましたね。フィロール、しかしそれは静養さえさればいいのではないですか?」

「いいえ、母上。私は見てきました。英傑として様々な人間を。あれは中毒者の顔色です」

「ディーが薬でもやってるというの? フィロール、あなたは英傑ですがここではただの息子なのですよ。たった一人の弟に対して信じてやることもできないのですか?」

「いいえ! 違います! ディーネは極めて精力的に王国中を駆けずり回っていましたし、ひとところにとどまることもなく、対価として物を受け取ることもめったになく、所持金も大してありません。つまり、危険な薬を手に入れる金もない。だからそうではないと分かっています。

だから、あれは、あるいは、加護によるものではないか、と。そう考えました」


 「幸運」な「救命士」。勘違いされるディゾルディーネ。


 あながち間違ってはいないのかもしれない。彼は常に酔っていた。


 正義の自分に。「救世主」に。手を差し伸べ、いかなる困難も払いのけられることに。


 その快楽は、誰かに認められ、英傑として行動するよりもずっとずっと麻薬のようにディゾルディーネを蝕んだ。


 救命中は疲れることもない。救命中、決して死ぬこともない。救命中、空腹になるわけでもない。救命中、最高の、自分の能力を圧倒的に超えたコンディションで動き続けられるのだ。


 幼いころ、誰もが夢を見た伝説の英雄その人のようになれるのだ。


 ただ、それは人を救っている途中だけ。大きい枠で見て、国を守るために魔物と戦っても力は発揮されない。目の前で窮地に追い込まれた人間に手を差し伸べているときだけ与えられる力なのだ。


 ディゾルディーネは力に溺れた。決して失敗することはなく、決して力を制御から外すこともない。救命中であれば、どんな状況であっても完璧な存在になれるのだから。


 だから、いっそ邪悪に、助けを求める人間を求め続ける。力を出すために。英雄になるために。だけど、名誉になんて興味はない。ほしいのは英雄の自分。


 ああ、ディゾルディーネも名誉の国の人間。まっとうに王国民として育った存在。


 力こそ、名誉こそすべて。それを振るえる自分こそすべて。


「いざとなれば烈撃の戦士の力を使って取り押さえます。どうか医者を呼んでください」


 だから、ディゾルディーネは、脳内麻薬に蝕まれた青年は、自分の英雄としての道を邪魔されるのであれば、容赦はしない。兄であろうと、肉親であろうと。自分の力が発揮されない状況でも立ち向かおうとするくらいには。


 ただ、救命士の力が発揮されないディゾルディーネは多少剣を修めただけの青年だ。兄は弟に本気を出せないだろうが、栄養失調と重度の睡眠不足の歳下に後れを取るほどではない。


 だけど、それは剣が自分に向いていればの話だ。


「兄さん」


 力という麻薬に溺れた青年は、どこか幼く兄を呼ぶ。


 救世主は剣をもって、障害を打ち払おうとする。力に溺れ、己を正義とした青年の末路。


 話を聞かれていたことに焦った兄は少し、判断が遅れた。


「僕には幸運の女神がついている。心配することはない。僕は僕の行いによって死なず、恐れず。ただ世界の有り様に怯えている。人々が無為に死んでいくことを、恐怖していることを。それだけだ」

「お前が私たちと価値観が違うのは昔からだ。論ずることはやめよう。お前は疲れ、壊れている」

「決めるのは僕だ。僕はなんにしても人を救っているんだ。そうだろう?」


 ディゾルディーネは、衝動的に兄を切った。それは決して致命傷ではない。だが、関係ないことだった。高練度の救命士は救うべき人間を見逃さない。そして狂った脳みそは、加減も知らずに救おうとする。救いを求める人間を幻視し、流れた赤い血を、流させた相手を排除させる。


「標的発見……」


 ぼんやりと、うつろな声。


 斬られた腕を抑えながら、哀れなフィロールは脳内麻薬に溺れた弟の狂った笑みを目撃した。それは快活さとは対極だった。己を兄として慕い、ついて回り、憧れすら見せてきた相手の、道をたがえた姿を。


「確認、脅威。状況、暴行。対象、兄さん。目標、障害の撃破」


 弟の使い慣れた剣は、迷うことなく自分の心臓に突き立てた。









 英傑第十八番、烈撃の戦士フィロールはあるとき突然、いまだ若くして消息を絶ったという。


 その弟、救世主ディゾルディーネと共に。


 彼らの生家には、殺害された両親と、惨劇を翌日になるまで知らなかった使用人たちだけがいたという。


 神の加護は、矛盾した行動をどう見守ったのか、もはや知る由もない。


 ただ、事実としてその夜から英傑が一人、また一人とこの世から消えたのは青の一族の呪いだと語りつがれている。

オリジナル王道勘違いを書こうとしたはずでした。

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