ボリス v.s. ノルベルト
「うおおおおおおっっ!!」
ボリスが男の下へと絶叫しながら迫りゆく。
男は数発の弾丸を発射し、そのうちの一発がボリスの肩口に叩き込まれる。
鈍器で思い切り叩かれたような衝撃を感じた。
「ぐうっ!」
しかし足は止めない。鬼気迫る表情で、男の元へと迫る。
「ちっ」
男が舌打ちとともに部屋の中に引っ込む。
ボリスがいよいよ戸口へと手をかけようかという瞬間。
壁を突き抜けてきた複数の銃弾が、ボリスを貫通する。
その銃撃をまともに食らったボリスが、たまらずたたらを踏む。
「ぐっおおおおおおおおおおっ!!」
しかし、『ギフト』でその傷を瞬時に治すと、今度こそ部屋の中へと飛び込んだ。
男の姿はすぐに目に入った。戸口の傍でこちらを見据え、身構えてる。
その男の姿を見て、ボリスの頭の中でブチリと音が弾ける。
やはり、とボリスは思った。
やはり……この男はっ――――!!
「ノルベルトオオオオオオオオッッ!!」
ボリスは再び咆哮し、拳銃を構えて、発砲した。
ノルベルトはのけぞりながらそれを回避すると、体重をのせた前蹴りを放った。
それをモロに喰らいよろめくボリスへ、ノルベルトが引き金を引く。
銃弾はかろうじて頭を逸れ、ボリスの耳をちぎり飛ばす。
ボリスは腰のナイフを引き抜くと、ノルベルトに襲いかかった。
鋭い刺突を繰り返すが、ノルベルトもそれらをかろうじて避ける。
「うおおおおおっ!」
ノルベルトがステップで避けたところへナイフの横薙ぎを一閃すると、その刃がノルベルトの腕を浅く切り裂いた。
「おおおおおっ!」
ノルベルトが怯んだ隙を逃さず、ボリスが銃口を向け、引き金を引いた。
ガチンッ。
ハンマーが虚しく空弾倉を叩く。弾切れだ。
「……っ!」
「くおっ!」
ノルベルトが振り上げた銃床をボリスの頭へと叩き込む。悲鳴をあげながらボリスが床へと倒れた。
ノルベルトはボリスに馬乗りになると、顔面へと銃口を定めた。
ガチンッ。
ノルベルトも弾切れだった。
「おらあああっ!」
ボリスが銃床でノルベルトの頬を強打する。
意識が一瞬途切れたノルベルトを蹴り払い床へと倒すと、ボリスがナイフを大きく振りかぶった。
その瞬間、唐突にボリスの側頭部へと蹴りが叩き込まれた
ボリスはたまらず床へと転がった。
「ノル、大丈夫!?」
蹴りを叩き込んだギヨルパは、ノルベルトの傍に近寄り、ボリスへと身構える。
「俺のことは良い、お前は離れてろ……!」
ノルベルトがよろめきながら立ち上がる。
床に片膝をついたボリスが呟いた。
「もう一人居たのか……」
先程やられた耳に手を当てると『ギフト』で治療する。みるみるうちに半分吹き飛んだ耳が再生され、遂には元通りの形を取り戻す。
それを見て、ノルベルトが口を開いた。
「さっきからのその治癒能力……お前……『不死身の男』だな」
「『不死身の男』?」
ギヨルパが問う。
「10年前、ポドポラ内戦で有名だった男だ。銃弾を何発受けようが、ナイフでどれだけ刺されようが、足をもがれようが、手をもがれようが……何度も立ち上がり襲いくる悪夢のような男。戦場の兵士たちから『不死身の男』と呼ばれ、恐れられた男だ」
「懐かしい話だな」
ボリスが口元をぬぐいながら立ち上がる。
「かくいうお前も、身を潜めた兵士や将兵をバンバン撃ち殺してくれたっけな。どこへ行っても銃弾が飛んでくるんじゃねぇかって、人民戦線側は夜も眠れないほど恐れたもんだ。ついた二つ名は『魔弾の射手』。人民の正義を目の当たりにして恐れをなし追い込まれた国軍はついには悪魔を召喚した、なんてプロパガンダに利用されてたな、お前」
「くだらん話だ」
ノルベルトが一刀に切り捨てる。
「その『不死身の男』がなぜこんなところにいる?」
「それは俺こそ聞きたい。なんでお前がこんなところにいやがる?」
「答えてやる義理はない」
「へっそうかよ。こちらとら10年間もお前の事を探してたってのによ。まさか異国の地、デパルトで工作員をやってるだなんて思いつきもしなかったぜ」
「俺を追いかけて……? ……俺はお前の事をよく知らない」
ノルベルトが鉄面皮の下に困惑の色を隠しながら問う。
「なぜ俺を追いかける?」
「それはてめえが」
ボリスから凄まじい怒気が発せられた。
「俺の妻、ソーニャの仇だからだ!!」
その言葉にノルベルトが眉間に皺を寄せながら沈黙する。
ボリスは一転、不気味なほど静かな声音で語りだした。
「1867年10月27日のブルヴィツェ、人民戦線側の大規模な決起集会が行われている最中、お前たち国軍が突然姿を現し、俺たちを攻撃し始めた。第一次ブルヴィツェ攻撃だ」
「…………」
「その混乱の中、お前は民間人の女を撃ち殺したはずだ。しかも俺の目の前で。その時のことを覚えているか?」
「…………いいや……」
「お前が殺した女は俺の妻、ソーニャだった。心臓を撃ち抜かれ、即死だった。俺もその時の銃撃で負傷した。お前の貫通弾だ」
「…………」
「忘れもしねぇ、お前の横顔……まるでゴミを片付けてやったとでも言いたげなあの冷たい目つきをよぉ!!」
「…………」
「あれから10年、ひょんなことでウェルゲッセンの貴族に、そこの娘の護衛兼教育係として雇われた。それなりに穏やかな日々を過ごしちゃいたが……お前への憎しみは一度たりとも途切れることは無かったぜ」
「…………ハタ迷惑な話だ」
沈黙を破り、ノルベルトが口を開いた。
「民間人の女を殺した記憶など、俺にはない。戦争の暗黙のルールとして、民間人を攻撃することは禁忌とされている。お前は何かの誤解をしている」
「誤解なもんかっ! あの時お前は、俺の目の前でソーニャを殺したんだ!! 俺はお前の顔を良く覚えている!! 妻を撃ち殺した銃弾の痛みを、身体が覚えている!! その痛みを今! お前に返してやるぜ、ノルベルト・スコジェパッ!!」
怒号を上げながら突撃してくるボリスを見て、ノルベルトもナイフを抜く。
「ギヨルパ、逃げろ」
一言、ギヨルパへと声をかけると、ボリスの大砲のような勢いの刺突を躱す。
そのままナイフによる近接戦へともつれ込んだ。
「で、でもノル!」
「早くしろ!」
ボリスの一瞬の隙をついて、ノルベルトがナイフを閃かせると、一筋の血の線が空中に描かれ、一瞬遅れて、ボリスの首から大量の血が溢れ出した。
「やった!」
「いやまだだっ!」
口角から血の泡を吹くボリスに向かって、更に突撃する。
首に手をあてたボリスが片手で応戦するが、ノルベルトのナイフがさらに二度三度とボリスの身体に突き刺さる。
「…………っ!」
刺されるのも構わず、無理矢理にノルベルトを引き剥がすと、ボリスが蹴りを叩き込む。
ノルベルトは床を激しく転がったが、すぐさま態勢を立て直す。
そうして、今のもみ合いの最中、肩へと突き立てられたナイフを、震える手で抜くと遠くへと放り捨てた。
ボリスが自身の首にかけた手を外す。
首元は大量の血に塗れているが、切り裂かれたはずの傷はどこにも見当たらない。
いつの間にか、刺突されてできたはずの傷もすっかりと無くなっている。
「見たかギヨルパ。これが『不死身の男』と奴が呼ばれる所以だ」
ギヨルパはその言葉を聞きながら、今更ながらに身体が震えていることに気付いた。無意識のうちに丸まった尻尾を無理矢理に伸ばして、ボリスの姿を見つめた。
「いくら攻撃しようと倒れない……『不死身の男』、別名を……」
ボリスが興奮に荒い鼻息を繰り返す。真っ赤に染まった顔面は憤怒の形相に覆われ、凄まじい殺気を放つ姿はまるでーー。
「『白兵戦の鬼』、近接戦、敵無しと呼ばれた男だ」
ボリスが獣のような咆哮を上げながらノルベルトへと飛びかかった。