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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第4章・後編 首都攻防戦 ~廃工場街の激闘~
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ウォムロの力

 ボリスの銃口はロベールを正確に捉えている。それに気づいたロベールが慌てて両手を上げて、無抵抗の意思を示した。

「お、おい! こりゃ一体なんだってんだ!?」

「うるせぇ! いいからその娘から離れろ!」

 目を白黒させながら困惑の声を上げるロベールになおもボリスは銃口を向ける。その様子を見て、エマがこけつまろびつしながら、二人の間にあわてて立ちふさがった。

「待って、ボリス! 私、別に捕まってるとかじゃないから! 銃を下ろして!」

「何!?」

「この人はさっき出会ったばかりの人! とにかく落ち着いて! 銃を下ろすのよ!」

 未だ疑問が残るといった気持ちを表すかのように片眉を上げつつ、ボリスは銃を下ろした。それを見てエマはほっと一息を吐いた。

「ボリス、勝手に一人で出歩いたのはごめんなさい。私は無事よ」

「お嬢、こりゃ一体どういう状況なんだ? 俺はてっきりお嬢が捕まったものだとばかり」

「違うんだけど、そんなような……ええと、どう説明したらいいか……」

 エマが眉をハの字に寄せて説明の言葉を探していると、遠くからウォムロが言葉を挟んできた。

「あなたがエマの従者の人なんだね。突然発砲するなんて危ないじゃないか」

「お前は……誰だ?」

 ボリスはウォムロに向かって誰何するが、それにはアレンが答えた。

「ボリス、落ち着いて聞けよ。あいつは……特務機関の人間だ」

「……何?」

 にわかに緊張が走り、ボリスの目つきが鋭くなる。下がっていた銃口が無意識に上がった。

「あいつがエマをここまで連れてきた張本人だ。理由は説明されたが、意味不明すぎて良くわからない。分かっているのは、あいつはカロルの居場所を知っていて、それを餌にエマを拉致したってことだ」

 ウォムロがそれに抗議の声を上げる。

「拉致なんて言葉はちょっとひどくないか? 彼女は自分の意思でここまで来たんだよ」

「誤魔化すな。そうなるように唆したんだろうが」

「僕は単にカロル嬢を見かけたという事実を教えただけで、それを元に自分で確かめようと行動したのは彼女だよ」

「自分がカロルの拉致に関わってることは伏せてただろうが」

「僕はその任務には無関係だもの。カロル嬢を見かけただけっていうのは本当だよ」

「それを詭弁っていうんだ」

「本音なんだけどなぁ」

 ウォムロは賃金交渉が難航してる経営者のような顔で肩を竦め、首を振った。

 そこへ再びボリスが声を上げた。

「待て待て、まだ良くわからん。アイツがカロルのお嬢さんをダシに、お嬢を連れてきたってことか? さらに、特務機関の一員だって? 結局、目的はなんなんだ?」

「俺たちにも良くわからん。エマにカロルを救出させて、その反応が見たいとかなんとか言ってるが……」

「なにぃ?」

 ボリスが素早く銃口をウォムロに向ける。

「お嬢をけしかけて反応を見るだぁ? お前、何を企んでる?」

「そういうことじゃないんだけどなぁ……どうにも分かってくれる人が居なくて悲しいよ」

 ウォムロは片手で頭を抱え、呆れたように首を振った。

「なんだか話も拗れてきちゃったし、一旦お話はここまでにしようか。それで、この後はどうする?」

 ウォムロの言葉に、アレンが訝しげに問い返す。

「どうって何がだ?」

「この状況さ」

 ウォムロは腕を広げて皮肉げな笑みを浮かべた。

「僕には戦う理由が無いんだけど、まだやるの? 君たちがここで引くって言うなら、機関の皆には黙っておくけど」

 アレンが「ハァ?」と驚愕混じりに戸惑っていると、誰かの「ふざけないでください」という声が聞こえた。

 アレンの視界の端でククがナイフを構え立ち上がっていた。

「私達がカロルを奪い返すのを、あなたの立場的に黙って見ているわけが無いでしょう。それで無くてもあなたは私の妹の、両親の、村の皆の仇です。あなたをぶっ殺す以外の選択肢なんかありません」

「そう? ……まぁ、キミとはそういう約束だしねぇ」

 その時、風が吹いた。

 始めは誰かのため息のようなささやかな微風だったが、地面の砂を巻き込みながら段々と強くなっていく。

 髪がなびき、ズボンの裾がはためき、何かの板っ切れが煽り飛ばされ、ついには身体が持っていかれそうになるほど成長した風が、ウォムロを中心にし竜巻のように渦巻いている。

 砂粒から顔を庇っていないと軽く窒息しそうだ。

 びょうびょうという分厚い風切り音の向こう側からウォムロの声が聞こえてくる。

「そういうことなら、めんどくさいけど」

 分厚い風のカーテンの奥で、ウォムロが腰を落とし片手を大きく広げて半身の姿勢をとった。

「僕も自分の仕事をしようか」

 ウォムロが片手を振るう。



 その瞬間、暴風が吹き荒れた。



 地面の砂埃をはらんだ風が、土砂崩れのような猛烈な勢いで襲いかかる。

 砂粒の当たる音がそこかしこで間断なく鳴り響き、耳の中で滝が流れているのかと思うほどの轟音に包まれる。

 視界一面が黄土色に包まれ、まるで砂漠の砂嵐に生身で突入したかのようだ。

 おそらく傍にあった街灯であろうか、金属がキシキシと甲高い悲鳴を上げる。

 木材がどこかでなにかにぶつかる音がし、ミシリ、メキメキ、という音を立てながら何かが破壊されていく。

 すべてが黄色い濁流の中で起こっている。

 この地獄の砂嵐の中で、まともに何かを認識できる者など誰一人居なかった。



 もうもうと舞い上がる砂色の煙が空を覆い、細かい砂粒がパラパラと降っていた。

 先程までの砂嵐は今は収まって、余韻のような風がひゅるひゅると砂煙をたなびかせている。

 どこかで金属製の何かが落ちる軽い音がした。

 むせ返りそうな土埃の匂いが辺りに漂う。

 舞い上がった砂埃がだんだんと薄くなってくると、一人の人影が浮かび上がった。

 その人物の腕が大きく振られると周りの煙が払われた。その向こうにはウォムロの姿があった。

「……あれ? 反撃はなし?」

 ウォムロはきょろきょろと辺りを見回すが、そこには彼以外に動く者は居なかった。

 フム、と呟きウォムロがもう一度腕を軽く振る。

 大きなシーツを広げたかのような音とともに風が巻き起こり、辺りの砂埃が払われた。

「……おや?」

 晴れた砂煙の向こうに立っている人影を見かけ、ウォムロは意外といった声をあげた。

「おお、すごいね、エマ」

 そこにはエマとロベールが居た。

 うす青い障壁がドーム状に二人を覆い、エマは冷や汗を流しながら両手を前にかざしている。

 ロベールは恐怖に青ざめながら尻もちをついていた。腰が抜けたのだろう。

「それが君の『ギフト』? よもやあの攻撃で君が無傷で立っているとは思わなかった」

 エマはウォムロの皮肉げな言葉にキッと睨み返すと、周りに向かって大声で叫んだ。

「ボリス! アレンさん! ククさん! ご無事ですか!? ご無事ならお返事くださいませ!!」

 その時、反対側の路地裏からごそりという物音がした。

「……私の名前は呼んで頂けないのですか? さしもの私もちょっぴり傷ついちゃいますねぇ……」

 大きな手がぶわりと周りの砂煙を払う。

「……どなたですの?」

「夢男ですよ。『この人』の姿をご覧になるのは初めてになりますかねぇ」

 そこにはマティアス・ヨハンセンの巨体を借りた夢男が居た。

「ククさんもこちらに」

 夢男が背後へと視線を送ると、そこには地面に四つん這いになりながら咳き込むククの姿があった。

 夢男はその巨体をのそりと立ち上がらせ、ウォムロの前へと歩み出た。

「夢男だね。それが君の変身能力かい?」

「ええ」

「へぇ、すごいね。せっかくなら変身するところを見たかったけど」

「そんなに面白いものでも無いですよ。それより今のがあなたの『ギフト』ですかね?」

「うん? いや、違うよ」

 ウォムロがニヤニヤとした笑みを口元に浮かべる。

「今のはエルフの持ってる風の力だよ。ククが風を操るところは見たことあるかい? それと同じさ」

 それを聞いて夢男は怪訝な顔をする。

「同じ? ……ククさんには悪いですけど、ちょっとそうは思えない規模でしたが」

「……その野郎の言う通りです」

 後ろから声が聞こえ夢男が振り返ると、そこには全身を擦り傷だらけにしたククが立っていた。

「今のはエルフの風の力です。『ギフト』ではありません」

「……あれほどの風の力は見たことがありませんよ? 彼はどういった『ギフト』を持っているのですか?」

 その質問に、ククは一呼吸置いて答えた。

「ありません」

「え?」

「そいつは『ギフト』を持っていません」

 夢男は再びウォムロへと顔を向けた。ウォムロはそのとおりだとでも言いたげに微苦笑したままそこに立っている。


「ウォムロは『ギフト』を持たないかわりに、先程見たとおりの強力な風の能力を持っています。私の知る限り、そいつはエルフの中で最強の風使いです」


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