ウォムロとの再会
お待たせしました、更新再開です。
復帰後初回なので、ちょっと短めです。
今後とも何卒よろしくおねがいしますm(__)m
驚き身を竦めるネコのような様子を見せるククと、飄々とした様子でそれを見るエルフの男。
二人の間ににわかに立ち上がった不穏な空気に、その場の人間も自然と口を噤んだ。
ククは常時眠たげな半眼の目を今は大きく見開かせながら、すぐにでもネコ科の猛獣のように飛びかかれるように、あるいは、すぐにでも脱兎のごとく逃げ出せるように、姿勢を低くして身をこわばらせている。警戒心と敵愾心のせめぎあうその内面を表すかのごとく、その足の裏で地面の砂をこすりながらジリジリと後退しているのがアレンの目に映った。
アレンは顔を上げて、ククに対峙する怪しげな風体のエルフに目を向ける。
その男はククから向けられる剣呑な視線をどこふく風とさらりと受け流して、というよりは、そもそも何も感じていないかのような様子で、いやらしいニヤニヤ顔を困惑に傾げて、その場に立ち尽くしている。ところどころが汚れて使い込まれた様子のフード付きマントに身を包み、オリエンタルな雰囲気を醸すふわっと膨らんだ白いズボンを履く様は、風の吹くまま気の向くままどこへとも流れていく根無し草の旅人といった印象をアレンに持たせた。
ククはその男のことを「ウォムロ」と呼んだ。
ウォムロ?
そんな名前を最近何処かで聞いた気がする。
あれは……確かボードリヤールとマティアス一味のごたごたに巻き込まれた後、ヴィースの街を発った後のこと。カロルからククの話を聞いた時のことだったはず。
その時のことがゆらゆらと記憶の奥底から浮かび上がってくる。
カロルの話によるとククは故郷をある一人の男に滅ぼされ、今は意識不明の妹のためにとあるペンダントを探しているということだった。
霞のような曖昧な記憶の輪郭が徐々に鮮明になっていく。
そう……そのある男。その男の名前が……確か…………。
「ウォムロ……」
ククが再び口を開いた。
その名前がアレンの耳朶を打った時、アレンの意識が現実に戻ってくるとともに、その名前がククの故郷を滅ぼした仇、その男の名前であったことを確信した。
ということは。アレンは目の前のエルフの男を見た。
この男が。
この旅人風の優男がククの生まれ育った村を焼き落とした張本人。ククの両親の仇、ウォムロ・ブントッカ、その人なのか。
それを知ったアレンはにわかに緊張感が湧き上がるのを感じ、人知れずごくりとつばを飲んだ。
ウォムロはその言葉を聞くと、少し肩をすくめた。
「久しぶりだね、クク。元気にしてたかい?」
薪が爆ぜるかのような激情がにわかにククの顔に浮かんだ。
「元気にしてたか? ふざけないで! あなたがしたことで私がどんな思いでこれまで生きてきたことか!」
「ふ~ん?」
ウォムロは困ったように頭をぽりぽりと掻く。
「どんな思いをしてきたの?」
太い木材がたわんだかのような、盛大な歯ぎしりの音が響いた。
「私がどんな思いでこれまで生きてきたか?」
ククの手が、懐からナイフを引き抜いた。
「それは、お前の身に刻み込んで教えてやる!!」
その瞬間、突風が吹き荒れ、ククがその場から忽然と姿を消す。
「っ!」
身を竦めたアレンが咄嗟に辺りを見渡すと、ククはいつの間にかウォムロを挟んだ向こう側へと移動していた。その手を着いた地面には、擦られてできた二つの線がククの足へと続き、砂埃がもうもうと舞い上がっている。
片手を中途半端に上げた姿勢のウォムロが、マントの裾をはためかせながらククの姿を見据えている。少しの間を置いて、その片手から一筋薄っすらと血がにじむ。それを試薬の反応を見守る化学者のようにぼんやりと眺めてから、ウォムロは再びククへと目を向けた。その唇の端が楽しげに吊り上がる。
「へぇ……しばらく見ない内に随分と風を操るのが上手くなったじゃないか」
「…………」
ククはその言葉に反応せず、黙々と立ち上がるとナイフを構えて腰を落とした。
「えっ、えっ、これは一体何が起きてるんですの? ウォムロって?」
「さぁ……私にも何がなんやら……」
後ろからエマと夢男の声が聞こえる。事情を知らない二人はこの事態についていけず困惑しているらしい。無理もない。目の前で思いよらない刃傷沙汰が突然起こったら誰だってこういう反応になる。
無視されたことを気にした風でもなくマントの裾で血を拭うと、飄々とした様子でウォムロが話を続ける。
「ククはなんでここに居るの?」
「それを聞きたいのは私のほうです。なぜここに? 海外に出てたんじゃないんですか?」
「僕の質問、なんにも答えてくれないんだからなぁ」
やれやれといった風に首を振るウォムロ。しかしその口元の含み笑いは消えていない。
「まぁいいや。実はいろいろあって、この国で仕事に就くことになってね。それで舞い戻ってきたというわけだよ」
「仕事?」
ククが怪訝な顔になる。
「あなたみたいな人格破綻者が何の仕事をすると? なんの犯罪組織に加担しているんですか?」
「しがない使いっぱしりさ」
ウォムロの声に自嘲の色が混じる。
「事情があってあまり詳しくも話せないんだけど、一応、犯罪組織じゃあないさ。ギリギリだけどね」
「信用できませんね。あなたのような大量殺人犯を雇うなんて、よっぽど人を見る目が無いか犯罪組織かの二択です」
そこまで悪態を吐くと、ククはエマの姿をちらっと見た。
「エマはなぜその男と一緒にいたのですか?」
突然水を向けられたエマがビクリと反応する。
「え、わ、私ですか? ええと、その……」
エマがウォムロを恐る恐る見ながら答える。
「今朝、ひょんなことからヴェルグさんと知り合ったのですが、もしかしたらカロル様のことを見たかも知れないと彼がおっしゃったもので、それでカロル様を見かけたという場所まで連れてきてもらったのです」
「カロル……?」
それを聞いたククの顔がキョトンとした顔からみるみるうちに疑惑と憎悪の入り混じった表情へと移り変わり、彼女を見ていたエマを青ざめさせた。
ククがウォムロへと顔を向ける。
「カロルとどういう関係ですか?」
導火線の火が樽爆弾の中に消えていったのに爆発せずに沈黙してしまったような、張り詰めた空気が辺りを包む。緊張感に満ちた空気が粘土の様に固く重く感じた。
そんな空気に気づいていないのか、脳天気な声色でウォムロが「う~ん」と唸る。
「まぁ見かけたってだけさ」
「それだけじゃないでしょう」
「というと?」
「それがなんでカロルだと判断できたんですか?」
「エマから特徴を聞いたからだよ。年の頃17、8くらいで銀髪の貴族然としたお嬢さんっていうからさ。そういう人なら見かけた覚えがあったからここまで案内したまでさ」
ククが何かを問うかのようにエマに視線を向けると、それに気づいたエマがこくこくと頷いた。
「ここで見かけたと? 具体的にどこで?」
「あそこの建物さ。ほら正面にあるあそこ」
そう言ってウォムロは突き当りの建物を指差し、ククが警戒心もあらわにウォムロをじっとりと睨みつけて、ゆっくりと視線を外しながらその建物へと顔を向けた。
その時、息を切らせたロベールがやってきて、膝に手を着いてあえぎあえぎ言葉を吐いた。
「はぁ……はぁ……あんたら突然、走りだしてどうしたんだ……はぁ……はぁ……俺みたいな中年にゃ、結構な距離だったぜ……ふぅー……」
「ロベールさん」
ククの硬い声が響いた。
「いきなりで申し訳ないんですが、あなたが怪しいと思った場所。それってどこですか?」
「へ?」
「あなたが見かけた怪しい馬車が入っていった建物です。どこですか?」
「本当にいきなりだな……それは、ええと……」
そう言ってロベールは辺りをキョロキョロと見回した。
「ああ、偶然だな」
ロベールが口を開いた。
「あれさ、あれ。丁度あそこにある建物」
そう言ってロベールは一つの建物を指差した。
それはウォムロが指差した、道路の突き当りにある建物だった。
ククは建物から目線を外さないまま、ウォムロに問いかけた。
「ウォムロ」
「なんだい? ちなみに、僕は今『ヴェルグ』って名乗ってるんだ」
ウォムロがニコニコとしながら言う。
「海外の伝承でね、世界に風を送ると言われている神鳥がいて、それからちょいと名前を拝借し」
「ウォムロ」
「……なんだい?」
「あなたの仕事って何?」
「…………」
「答えて」
「事情があって、それには答えられないのさ、残念ながら」
「あなた、もしかして」
ククは、すぅ、っと息を吸った。
「『特務機関』のメンバーだったりしませんか?」
その場に沈黙が降りた。
その言葉を知っている全員がククの思わぬ言葉に緊張感を募らせる。
困惑気味に皆を見回しているのはロベールただ一人だ。
ウォムロは静かに呼吸して、何か考えを巡らせているようだった。
そうして大きく息をフーっと吐き出すと、皮肉げな笑みを唇の片端に浮かべながら答えた。
「そうだよ、僕は『特務機関』のメンバーさ。もしかして、話に出ていたカロル嬢の味方をしているエルフ女って、キミのこと?」
その瞬間、地面を蹴ったククが猛烈な勢いでウォムロへと肉薄した。