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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第4章・前編 首都攻防戦 ~それぞれのリュテ~
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再会

 パーシーが病院の一室でぐっすりと眠っている。

 その側にはノーラともう一人黒いスラックス姿の壮年の男が控えていた。

 ワイシャツを腕まくりした男は、パーシーの胸に聴診器を当てながら慎重に何かを確かめている。どうやら医師のようだ。

 不意に腕を引っ込め聴診器を引っ張るようにして外した。

「うん、呼吸は安定しているようだ」

 それを聞いたノーラがほっと息を吐く。

「……良かった……。昨日は眠りながらうなされていたし、一瞬起きた後もずっと眠ってるみたいだから心配で……」

「モルヒネを投与すると眠気が出てくるからね。一応適量のはずだが個人差もあるし、次は少し減らして様子を見よう」

 医師は側の椅子に掛けていた自分のコートを掴んで立ち上がった。

「ノーラさんだっけか? 君はこの少年の保護者かい?」

「……」

 確かにパーシーが心配で、今日も朝から病室に顔を出しているが、しかし保護者かと言われるとそれはそれで返答に困る。

 ノーラが小首をかしげて悩んでいるのを見て、医師も首をかしげる。

「……まぁとにかく、少しこの少年のこと見ていてくれるかね? 私は他の患者を見にいかなければならない。特に呼吸には気をつけて。副作用が強く出るといけない」

 そう言って医師が病室の入り口まで歩いていくと、そこに一人の獣人の少女がいることに気付いた。医師が不思議そうな顔で呟く。

「おや……君は?」

「ノラちゃん!」

 その獣人の少女……ギヨルパがノーラへと声を掛けると、さきほどから首をかしげたまま固まっていたノーラが顔を上げた。

「……ギヨルパ。あなたもパーシーの様子を見に?」

 医師は一瞬、無関係の獣人少女が迷いこんだのかと思ったが、二人のやり取りを見て知人であることを見て取ると、「それじゃ私はこれで」と病室を出ていった。

「カロルちゃん用の買い出しついでに寄ってみた!」

 とてて、とギヨルパが二人の下へと歩み寄りながら、元気よく声を上げた。

 その腕の中には紙袋が抱えられている。

 ギヨルパがパーシーの寝顔を見下ろして、少し心配そうな顔を浮かべた。

「パーシー大丈夫?」

「……うん。骨はキレイな折れ方してたから問題ないって。昨日はすごく痛かったみたいだけど、今は痛み止めのお薬打ってもらって眠ってる」

「そっかそっか、じゃあ安心だね!」

 ギヨルパが朝日よりも眩しい笑顔を浮かべると、それに釣られてノーラも微笑む。

「……でも、ちょっと強いお薬みたいだから、少し様子を見ててくれって先生が」

「ふーんそうなんだ。今日はノラちゃんは皆のところには顔出さないの?」

「……そんなことないよ。お昼くらいまでにはそっち行くよ」

「そっかぁ! じゃあ皆にもそう言っておくね!」

「……うん、ありがとう。そっちの方は、何か変わったことある?」

「今のところは、特に何も無いよ」

 無邪気な笑顔でギヨルパが返答すると、ノーラは安心したように微笑んだ。

「じゃあ私は皆の所に戻るね!」

「……うん」

 ノーラが頷くのを見て、ギヨルパが踵を返し病室を出ていった。

 後にはノーラと、ベッドの上で静かに眠っているパーシーの二人が残された。

「……いい天気」

 ノーラはガラス越しに外の様子を見て呟くと、病室の窓を開け放った。

 外の風が吹き込んできて、辛気臭い病室に爽やかな朝の空気が満たされる。

 そよ風がパーシーの前髪をはらはらとくすぐって、パーシーが少しむずがるように眉をしかめた。

 今日は穏やかな寝顔だ。

 顔は無表情だが、ノーラのパーシーを見つめる目は優しかった。



 廃工場街の一角、少し手狭に感じる裏路地に一陣の風が吹き込むと、上空からふわりと二人の人影が舞い降りた。

「よっと……大丈夫かいエマ?」

「……え、ええ…………」

 ヴェルグの背中に担がれていたエマが、青い顔をしながら地面へと足を着ける。

「こ、怖かった……」

「いやぁ、怖がらせてごめんよ。ヒトは空の散歩には慣れてないよね。エルフにとってこうやって空を飛ぶのは普通のことだから、ちょっと気づかなかったよ」

 言葉ではそのようなことを言うが、カラカラと笑っているところを見ると、ヴェルグはあまり反省している様子には見えない。

 廃工場街まで連れて行って欲しいと言うエマに快諾したヴェルグは、エマを背に担いでそのまま風の力で鳥のように大空へと舞い上がった。

 空から見るリュテの景色は広大で圧倒されたが、それ以上に足元に地面が無いという恐怖感にエマの身はすっかり縮み上がっていた。

 道中ヴェルグが「どうだい空から見るリュテは?」「あの少しうねりながら流れている川がベレーヌ川で……」「あっちの平たいのがリュテ宮殿、そっちの少しずんぐりとしたのがオーヴェルニュ宮殿で……」など観光気分で色々と話しかけてきたが、エマにとってはそれどころではなく、ヴェルグの背中に必死になってしがみつくので精一杯だった。とても眼下に気を向ける、いや、目を向ける余裕などなかった。

 ヴェルグは膝が笑って上手く立つことのできないエマに手を差し伸べると、頭をぽりぽりと搔いて、少しきまり悪そうな様子を見せた。

「馬車で来ればよかったね」

「そ、そうですね……」

 まだ少し血の気の引いた顔で、エマがヴェルグの手をとる。

 少し気が落ち着いたところで、エマがキョロキョロと辺りを見回した。

「ここは?」

「ここはベレーヌ側北岸側にある廃工場街さ」

 ヴェルグも周りに目線をやりながら答えた。

 先程から辺りを見回しても、人影がほとんど見えない。たまに遠くに見かけたとしてもくたびれた労働者風の男たちばかりで、活気が良いとはお世辞にも言えない。

 建物も赤錆の流れ出た跡が目立ったり、コンクリートの一部が剥がれて地面に落ちていたりと、うらぶれた様子の地域だ。

 敷地に草生すぼろぼろになった工場跡地が物悲しい。

「それで……カロル様は何処に?」

「ちょうど、そこの角で見かけたのさ」

 エマの問いかけに、ヴェルグが傍の路地の角を指差して答える。

 ヴェルグがエマの手を引いて歩くと、建物の角から通りへと顔を覗かせた。

「この通りの正面の建物見えるだろ? あそこに彼女が連れてかれたのをたまたま見かけてね」

 エマもヴェルグにならって角から顔を出し、ヴェルグの言う方向を見る。

 少し広い通りの真正面、2ブロックくらい先の場所が丁字路になっており、そこにこの界隈にしては小綺麗な建物が見えた。

 といっても、装飾が綺麗とか、凝った意匠をしているというわけではない。単に建物の汚れが目立たないというだけの、ごく普通の簡素な建物だ。なんらかの事務所のようなものが入っていそうな感じだ。

 二階建てで横長の造りになっている。

 人の気配はあまり感じられない。少なくとも沢山の人間が出入りしているような様子は見受けられなかった。

「あそこの建物にカロル様がいらっしゃるのですか?」

「僕が見かけた人が、エマの探しびとだったら、ね」

 エマは思わずごくりとつばを飲む。

 あの無骨で風情の感じられない建物の中に、もしかしたらカロルが。

 アレン達によると、カロルを連れ去ったのは特務機関とか言うこの国の工作機関の者達らしい。

 ということは、特務機関の人間もあの中に?

 あの建物は何なのか?

 特殊部隊の拠点だとしたら、あまりに粗末な作りの建物だが……。

 だが、そう思わせることもそれはそれで好都合なのだろうか。

 それに、ヴェルグの言うことが正しかったとしても、今でもカロルがあの建物に居るという保証もなかった。

 灰色の寂れたような建物を見ていると、もやもやといろんな思いがエマの胸に去来し始めた。


 私はここに来て、カロル様が居るかも知れない建物を見て、それで一体どうしようというのか?

 私にはカロル様を救出できる手段など何もない。

 『ギフト』持ちではあるが、それだって自分の身を守ることはできるけど、それだけ。

 あの中に飛び込んでいったところで、返り討ちにあってそれでお終いだ。

 自分はなんと無力なのか……。


 そんな無力感に歯噛みしているエマを、ヴェルグはじっと見つめていた。

 その口角を少しばかり吊り上げながら。



「ここが廃工場街……」

「正確にはリュテ19区って地域だ」

 馬車から降りたアレンがポツリとこぼした呟きにロベールが反応した。

 アレン達三人はロベールに引き連れられて馬車で廃工場街までやってきていた。

 そのうらぶれた町並みをアレンは真剣な顔で見回している。

「それで、その怪しい建物ってのは何処にあるんだ?」

「いやあ……俺も昨日はじめて行った場所だから正確な場所がなあ……多分この辺りだと思うんだが」

 ロベールも頭に手をやりながら、きまり悪そうにこぼした。


 アレン達は昨日、ロベールに特務機関の話を振った所、彼からなにやら怪しい場所の心当たりがあるという話を聞いていた。

 彼は王室に関連した何かしらの記事のネタを期待していたところ、怪しい青い馬車が王宮を出入りしていることに気づき、それを調べていたということだった。

 そして昨日遂にその青い馬車を尾行し、一つの建物へと入っていくところまで追跡できた。

 昨日はひとまずそこまで確認し、後日改めて取材をしようと一旦中心街まで戻った所、旗持ち達に襲われた。

 そして、その襲われたところに現れたのがアレン達だったということだった。

「俺が旗持ちに襲われたのは偶然じゃねぇ。あの建物からはどうにも臭い匂いがする。これは俺の記者としての勘だ」

 酒の入ったロベールが赤ら顔でそう断言した。

 アレン達はそれを聞いて、少しばかり微妙な面持ちになった。

 それはそうだ。今の話だけ聞くと酔っぱらいの与太話にしか思えない。

 そして、仮にその建物が王宮と何らかの関係があったとしても、ロベールが旗持ちに襲われている以上、それは旗持ちとの関係なのでは無いだろうか?

 旗持ちならそれはそれで気にはなるが、カロルがさらわれている今は特務機関の居所を探すのが先だ。


「とは言え、他にアテがない以上、無視もできないか……」

 アレンは誰にともなくそっと呟いた。

「そうですねぇ。全く無関係とも言い切れないですし」

 アレンの独り言をパーシーの姿を借りた夢男が耳ざとく聞きつけていた。

「とは言え、ロベールさんの言う建物が何処かが分からなければ、調べることもできないわけですけど。この区域もそこそこ広いですからねぇ。見つけるのも難儀しそうです」

「一日かけて探し回るのは勘弁して欲しいところだが……」

 辺りをキョロキョロと伺っているロベールの後頭部を見ながら、二人でぼやく。

「すいません、二人共、ちょっといいですか?」

 そこへククが声を掛けてきた。

「あそこにいるの……あれ、エマじゃないですか?」

「え?」

 ククの予期せぬ言葉にアレンは小さく驚く。

「ほら、あそこ」

 そう言ってククが指差す先を見ると、十字路の角に二人の人影が見えた。

 一人はフード付きのマントを羽織った人物で、こちらは知らない人間だが、もうひとりの後ろ姿には見覚えがあった。

 あの赤茶の髪に全体的に紫がかった服装。

 ここ数日良く見ていた姿だ。

「あれは……確かにエマさん……に似ているような?」

 夢男が手で庇を作りながら、その人影に注視する。

「私、ちょっと行ってきます」

 そう言ってククがそちらへと駆けていくので、アレンたちも慌ててその後を追う。

「ロベールさん、すまないがちょっとここで待っててくれ」

「えっ、ちょっと、アンタがた!」

 ロベールが突然のことに慌てているのを尻目に、アレン達はエマらしき人物の下へと走り寄っていく。


「エマ!」

「ん? ……えっ?」

 突然後ろから声をかけられたエマが驚いて振り向くと、そこにはこちらへと走り寄ってくるアレン達の姿があった。

「えっ? アレンさん、ククさん? それに、えーっと……?」

「夢男です。どうも昨日ぶりです」

 見慣れぬパーシーの姿に戸惑うエマに夢男が声を掛けた。

 エマに近寄ったアレンが口を開いた。

「やっぱりエマだったのか。一体どうしてここに? ボリスは?」

「それは私も同じ気持ちですわ。皆さん、一体どうしてここに?」

「俺達はこの辺りに怪しい人物が出入りしていたとかで、他に手がかりもないから調べに来てたんだ」

「そうだったんですの……いえ、であれば、もしかしたら丁度良いかもしれません」

 エマが少しばかり顔を輝かせた。

「私も偶然、別口でカロル様のお姿を見かけたかも知れない方を見つけまして……こちらのヴェルグという方なのですけれど……」


「……あなた……」


 そこで突然ククが口を割った。

 丁度エマが指し示したヴェルグの方を見て、ほうけたような、思いがけず何か恐ろしいものを見かけたような顔で、ククは立っていた。



「…………ウォムロ?」



「…………おや、もしかしてキミ……ククじゃないかい?」



 ヴェルグがあの、三日月のような笑顔を浮かべた。

 ククの脳裏に、あの日、あの川べりで見た、幼いウォムロの邪悪な笑みがよぎった。

お待たせして大変申し訳ありませんでした。

トップページのお知らせに載せたように、次話の更新からまた不定期になります。

執筆のリズムを掴みたいのと、世界観をもう少し詰めたい部分がありますので、次回は少し間が空きます。

おそらく次回更新は年明けになりそうですので、今回が年内最後の更新になるかと思います。

どうぞ来年もよろしくお願いいたします。

良いお年を!


【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2


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