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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第4章・前編 首都攻防戦 ~それぞれのリュテ~
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ボリスと占い婆

 その頃ボリスはエマを探すため、リュテ市内を駆け回っていた。


「くそ……一体何処にいるんだ!?」

 苛立ちの募る様子で、頭をガシガシとかきむしる。

 道行く者に手当たりしだいに声をかけ、それらしき少女を見なかったかを聞き込みして回ったが、かんばしい答えは返ってこなかった。

 何しろリュテはデパルトの首都にして、百万の人口を誇る大都市である。

 それだけの規模の都市に住む人間は、視界に入っただけの人間を気に留めたりはしない。

 貴族の娘一人の存在など、いちいち覚えてなどいられない。

 言い方は様々であれど、返ってくる答えは結局はこのような言葉であった。

 もっとも、ボリスが踵を返して反対側へと歩みを進めていたら、もしかしたらエマの姿に見覚えのある人間もいたかも知れなかった。

 なにしろ、ボリスは今、エマが歩いていった方向とは逆側へと探しに来てしまっているのだから。

 ボリスは悩ましげな顔つきで、一人立ち尽くす。

「エマの奴……まさかとは思うが……」

 一人でカロルを探しに行ったとか言わないよな?

 恐ろしい想像を思い浮かべて険しい顔つきになる。

 エマは大分カロルに執着している。思いつめた結果、後先考えない行動に走る可能性もあった。

 ……だがしかし、とそれを否定する考えも思い浮かぶ。

 自分だってこうやってエマ一人探すのに手こずっているんだ。現実問題、カロルの行方の手がかりを掴むのだって難しいはずで、そもそも目的地が無ければ突っ走ろうにも突っ走れないはずだ。

 ……とは言え、アレン達と道端でばったり出会ったら、という可能性はもしかしたらあるのか?

 それで、彼らが既になんらかの手がかりを掴んでいて、それを知ったエマが彼らの救出劇に同行したとか……。

「いやいやいや……」

 ボリスがかぶりを振る。

 そんな都合のいい話があるだろうか。気が急くあまりに考えすぎている気がする。いや、だけど……。

 堂々巡りで答えの出ない自問自答をボリスは一人繰り返す。

 もうこうなったら警察に相談すべきか? と考え始めたときに、ボリスに声を掛ける老婆の声が聞こえてきた。

「××、×××××」

 その低くおどろおどろしい声にボリスが思わず振り向くと、そこには占い師らしき老婆の姿が建物の間にぽつんと見えた。

 片方によれたテーブルクロスのようなシワだらけの顔の隙間に、黄色く濁った歯を覗かせてニタリニタリと笑っている。

「う……なんだ、婆さん? 俺になにか用か?」

「おや、アンタ外国人かい?」

 奇怪な笑い声を上げながら、老婆は共通語で改めて話しかけてきた。

「あ、ああ……」

「さっきから何か思い悩んでるようだけど、どうじゃ? ワシが一つ占ってやろかい?」

 そう言って老婆が愛想の良い笑みを浮かべる。もっとも、よれたテーブルクロスをさらにぎゅっとシワ寄せたような顔を「愛想の良い笑み」と表現するならの話だが。

 ボリスが少し気圧されるような様子で返事を返した。

「ま、まぁ、悩んじゃいるんだが……占って貰う必要は別に……」

「まぁまぁ、そう言わずこっちおいでよ。その様子じゃあ、どうせ行き詰まってるんだろうに」

 そう言って老婆は来い来いと手招きする。ボリスは老婆の言葉に思わずムッとする。

「いや、本当に良いよ、自分で解決するから……」

「アンタ……戦争経験者だろう? ポドポラの内戦かい?」

 老婆の唐突な言葉に思わずボリスは呆然と黙り込んだ。

 老婆は神妙な様子で水晶に両手をかざし、目を瞑りながら、ああ……うむむ……と口の中でもごもごと呟いている。

「うん……ちいと言いづらいが……アンタ大事な人をその戦争で亡くしているね」

「…………」

「かわいらしい嬢さんだ。フィアンセかい?」

「………………そのとおりだが……なぜそれを?」

 ボリスが少しの畏れを声に含みながら訝しげに返答すると、老婆はヒィヒィと笑った。

「占いじゃよ、占い。これでワシの力が本物だと分かったかね?」

「…………それは納得したが、勝手に人の過去を覗き見るのは感心しねぇな婆さん」

「ヒッヒ、まぁそう言いなさんな。ワシもこの国の共和派連中が起こした『革命』で夫を亡くした身さね。今の時代多かれ少なかれ、皆なにかしらの傷を心に負っているものよ。……ちぃと話が逸れちまったね」

 ヒェッヒ、とひきつけのような声を上げて老婆が笑う。

「それで、どうかね? 悩んでるなら、ワシに相談してみんか? 一回20ルブラぽっきりだよ」

「……占いねぇ……占いとかはちょっとなぁ……あ、いや待てよ、別に普通に聞いたって良いのか」

 ボリスは少し渋るような態度を見せたが、すぐに気をとりなおし老婆へと質問した。

「婆さん、これくらいの背丈の、貴族の女の子見なかったか? 髪が赤茶色で、髪の毛の長さがこんくらいで……」

 そう言ってボリスがエマの外見の特徴を身振り手振りしながら伝えると、老婆はフム……と目を眇めて記憶を探ったが、結局は首を横に振った。

「見覚えは無いね。というか、そんな子はこのリュテには腐るほどいるというか」

 その言葉を聞いて、ボリスは舌打ちしながら残念そうに頭を掻く。

「そうか……まいったな、この感じじゃ誰に聞いても同じ答えが返ってきそうだ」

「じゃから、占いなんじゃよ」

 老婆はニイと笑みを浮かべた。

「どうじゃ? 一つ騙されたと思って占ってみんかね? ワシの力はさっきので納得したんじゃろ?」

「…………仕方ねぇな……今は藁にもすがりたい気持ちだ」

 ボリスはそう言うとふところを弄り、20ルブラを机の上に置いた。

「ヒェッヒッヒ、まいどどうも。それじゃ、占ってしんぜようかね」

 老婆はそそくさとその金を懐にしまうと、愛想笑いを浮かべながら両手を突き出し、水晶をつるつると撫でだした。

「アーブラカタブラ……アーブラカタブラ…………」

「……なぁ、婆さん。さっきそんな呪文唱えてたっけ?」

「シッ、静かにおし! 極めて微妙な力のコントロールが…………」

 そこまで言うと、老婆は石像のようにピタリと動きを止めた。こめかみをピクつかせ、ううむと低い唸り声をあげる。

「お、おい、どうした婆さん?」

 心配になったボリスが老婆へと声をかけると、老婆は神妙な面持ちでボリスの顔を覗き込んだ。

「ワシが見たのは、今にほど近い、この後すぐの未来のことだ。それによればお前さん……その娘、今大変な事件に巻き込まれてるのかもしれんぞい」

「っ!? なんだ、婆さん! 何が見えたんだ」

 老婆の言葉に不吉な空気を感じ、思わず声を荒げてしまう。

 老婆は顔をギュッと真ん中にしわ寄せ、モグモグと口を動かして悩むそぶりを見せる。

「うん……そうじゃな…………その、お前さんが探している娘っ子が建物の中にいるところが見える」

 老婆はううんと唸りながら、神経を研ぎ澄ます。

「誰かに……捕まっているのか? 男の姿が見える」

「なんだって!?」

 机に勢いよく両手をついて、ボリスが語気を強める。

「お前さんはそれを……助けに行ったようだ。……銃を撃ってる場面が見える」

「婆さん! それはどこだ!!」

 ボリスが思わず老婆の手を勢いよく手に取り、老婆がそれにびっくりする。

「ちょっ、落ち着けい! せっかく見えていた『ビジョン』がどっかに吹っ飛んでしまいおったわ!!」

「っ……! すまねぇ……」

 ボリスが手を離すと、老婆はおうおうと声を上げながら両手の甲をしきりにさすった。

「全く……そう急かさんでも、金もらった分はしっかり教えるっちゅうに」

「そうは言っても婆さん、こっちも真剣なんだ。荒っぽい真似しちまったのは謝る、だから教えてくれ! エマは今何処にいるんだ!?」

「エマというんかい、その娘っ子。うむ、そうじゃな……多分あれは…………廃工場街の一角じゃなかろうか……」

 そう言うと老婆は机の下に頭を突っ込みなにやら探り始める。

 そして一枚の折り畳まれた紙を手にすると、それを机の上へと広げた。それは地図のようだった。

「これは、このリュテの市内図じゃ」

 そういうと老婆は糸が付いている涙滴の形をしたガラス製のおもり……いわゆるペンデュラムをその手に握り、地図の上へと垂らした。

「…………」

 真剣な面持ちでそれを地図の上で揺らす。

 そのペンデュラムは始めは上下左右に乱雑に振れているだけだったが、徐々にその軌跡が円状になっていった。

 老婆が少しずつ手を動かしていると、やがてその円が小さく収束していき、最終的にある区画を示すようになった。

「……うむ、多分このあたりじゃろう」

 そう言って老婆はリュテ市内の廃工場街、そのうちのとある一区画のあたりを指で丸くなぞった。

「そこか! ありがとう婆さん!!」

 礼を述べつつ、いてもたってもいられずといった様子で、ボリスが駆け出す。

「ちょいとお待ち!!」

 老婆が大声を上げてボリスを制した。老婆のその小さく痩せ枯れた体のどこから出たのかと思うほどの大きな声に、ボリスも思わずその場に立ちすくんだ。

「な、なんだよ。俺は早くエマを……」

「他にも見えたものがある」

 老婆は真剣な表情でボリスをにらみつける。無言で手招きをしてきたので、ボリスは素直に老婆のところへと戻る。

「これは、すぐの話ではないが、そのうちお前さんに起こる出来事だ。さっき一瞬だけ見えた。大事な話じゃ」

 老婆が手を組んで、ボリスの目を見る。そのえも言われぬ威圧感を感じ取り、ボリスは思わず黙り込む。

「先に言っておくが、遠い未来のことは曖昧なイメージとして浮かぶんじゃ。だから、具体的なことは何も言えん。そして今から伝えるのは、見えた『ビジョン』、そのままのイメージじゃ。本来なら、そのイメージをワシなりに解釈して伝えるところなんじゃが、そのイメージが何を言わんとしているのか、正直言ってワシには判断できん。しかし、どうも重要なことのような気がする。ただの勘だが、ワシもこの商売は長くやっておるでな、多少は信用してもらって良い。そういうつもりでワシの見た『ビジョン』を聞いてくれ」

 その射抜くような目線に、ボリスが思わずゴクリとつばを飲む。

「暗い場所に、一人の女の子が立っておる」

 老婆が自らの見た『ビジョン』を語りだした。

「その女の子は『私を愛して、私を愛して』としきりに訴えかけているようだ。お前さんはそれを聞いて、手に持った灯りをその子に向かって掲げる。すると」

 老婆は突然、ぱっと両手を広げるジェスチャーをした。

「その女の子が照らし出されて、その姿が浮かび上がる。どうやら女の子は鏡の前にいたようで、その顔が鏡に映し出されている。……しかし不思議なことに」

 そう言うと老婆は何かを恐れるかのように背をかがめ、声を潜めた。

「鏡の中の女の子の顔は明るく照らし出されているのに、その手前におるはずの本人は何故か暗い影の中に沈んだままなのじゃ。それを見ているお前さんに、その子はしきりに訴えかけるんじゃ、『私を愛して、私を愛して』と」

 そう締めくくると老婆はスッと背を伸ばした。

「ワシの見た『ビジョン』は以上じゃ」

 聞かされるがまま聞いていたボリスが、困惑しながら老婆へと問いかける。

「それは……つまり……どういうことなんだ?」

「ワシにもなんとも理解できん。お前さんは、この話を聞いて何か思うことはあるかね?」

「いや……正直言って、全然心当たりはない……その女の子っていうのは、つまりはエマのことなのか?」

「特徴を聞くに、多分そうじゃなかろうか」

 老婆が歯切れの悪い返事を返す。ボリスが戸惑うように首を微かに横に振る。

「だが、そんな体験は全然覚えがないぞ」

「さっきも言ったが、これは過去のことじゃない。未来に起こる出来事を象徴的に示した『ビジョン』じゃ。つまり、これから起こる出来事じゃ」

「だったら、なおさら……心当たりはねぇよ」

 ボリスが少し疲れたように頭を振った。

 それを見て、老婆はううむと唸る。

「もしかしたら、そのエマとやらは、何か心に秘めたものがあるのやもしれん。お前さんが今まで見ていたものは、鏡の中のエマ、いわば、本人とは違うある種の『似像』のようなものを見ていたのかもしれん」

「どういうことなんだ?」

「う……む……ワシもなんと言ったら良いのか……というか、どう解釈するのが正解かがわからん……。本人がいれば、もしかしたら何か分かったかもしれんが、な。だがとにかく、いつかお前さんは、エマの訴えかけに光を投げかけてやらねばならない時が来るのだろうと思う。その時のために、お前さんはできるかぎりエマに付き添っておやんなさい。きっとエマにはお前さんが必要なんじゃろう」

 そう言うと、老婆は机の上の地図を小さく折りたたみ、ボリスへと渡した。

 ボリスはそれを受け取りながら「いいのか?」と聞くと、老婆はコクリと頷いた。

「まずは助けに行っておやり。『廃工場街』と言えば、リュテの御者連中なら分かるはずじゃよ」

「婆さん……恩に着る。エマを助け出せたら、必ずまた礼に来るよ」

 ボリスがそう言うと、老婆は「そういうのは、ええから」と言って、手先を振ってボリスに行くように急かした。

 駆け出そうとした時に、ふと聞きたいことが思い浮かび、背中越しに老婆へと振り返った。

「なあ婆さん、さっきの……遠い未来の、『ビジョン』? だっけか。それってどれくらい先の話なんだ?」

 そう言われた老婆はううんと首を捻った。

「詳しくは分からんが……ここ数ヶ月ということはあるまいよ」

「そうか……逆に考えると、それまでエマは無事だって考えて良いのか?」

「ううむ、そうじゃな……少なくとも死んでるとか、そういうことはなさそうに思えたがのぉ」

「……そうか……」

 ボリスはその言葉を聞いて、僅かに安心したような表情を浮かべた。

「ありがとう、婆さん。この礼は必ず」

 ボリスは今度こそ完全に踵を返し、通りの向こうへと駆け抜けていった。


次回更新は2020/12/21 6:00の予定です。


【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2


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