陰謀の匂い
午前中はシャロン氏の事務仕事のため、オーヴェルニュ宮殿へ向かった。大昔の王城であったが、今は国民議会の議場として利用されている。現在のリュテ宮殿の目と鼻の先にあり、政治の一大中心地となっている。アレンはシャロン氏の仕事中は特にやることもなく、オーヴェルニュ宮殿に備え付けられた厩舎で馬の世話をしたり、昼飯を食べたりして過ごした。
午後2時くらいになり、シャロン氏が宮殿から出てくると例の警察へ向かった。新聞を読まないアレンは知らなかったが、シャロン氏の事件は新聞を大いに騒がせていたらしく、官僚や議員に質問攻めにあったらしい。
「今日は、仕事がやりづらいったらなかった」
シャロン氏はそれだけ言うと後は無言になった。どうやら相当やられたらしい。
警察署の前に着くと、なにかこの間よりもピリピリとした空気を感じた。門の警備員も硬い表情で街行く人にギロギロと目線を配っていた。
「なにかあったんですかね?」
「さぁ……入ってみれば分かるだろう」
シャロン氏も何かただならぬ気配を感じ取り、ひげを軽くさすりながら門へ入った。
その辺りにいた署員にシャロン氏の来訪を伝えると、クレマンソー警部はこちらです、と言って奥まで案内してくれた。到着した部屋ではあのカイゼル髭の太っちょ警部が、小さな椅子に窮屈に座りながらコーヒーを啜っている所だった。どうやらあの警部の名前はクレマンソーというらしい。
「失礼、寝不足でしてな」
木製の質素な椅子を大きく軋ませながら立ち上がると、警部は速やかにシャロン氏の元へとやってきた。
「何かあったのかね? なにやらざわついた空気を感じるが」
シャロン氏は軽く片手をあげた後、先程から気になっていた事を質問した。
クレマンソー警部はどう話したら良いかという顔をしながら、机に乗せた片手で大きな体を支えた。
「あの男が自殺しました」
「なんだって!?」
シャロン氏とアレンは衝撃を受けた。
「隠し持っていたナイフで、喉をこう……ね」
警部はそう言いながら、二本の指を首にあてて、スッと横に引く仕草をした。
「近くにある警察病院をご存知ですな? 顎の骨を折る重傷でしたから入院させていたのですが、恐らく昨晩の内にでしょう、隠し持っていたナイフでスッパリとやったようです」
「……なんということだ」
シャロン氏はやりきれないといった様子で、額に手をやり頭を振った。
「とりあえずここではなんですから、来客用の部屋に案内しましょう」
「うむ」
「ところで」
と言って、警部は突然アレンに水を向けた。
「アレン・ゴードンくん。君はここに残っていてくれるかね?」
「え? ここにですか?」
「そのとおり。これからシャロン氏とだけ話したいことがあるのだ」
警部はアレンに有無を言わさぬ言葉を向けた。しかし、それにシャロン氏が反対した。
「彼は昨日より、私の護衛として雇ったのだ。万が一の可能性を考え、そばに残したい」
「しかし……」
警部は綺麗な七三を撫で付けながら、どうするべきか迷っているようだった。
「彼の身元は私が保証するよ」
シャロン氏がそういうと、警部は、少し悩んだ後、俯けた顔を上げてアレンを見据えた。
「アレン・ゴードンくん。君は確かテルミナ出身だね?」
「え? ええ、そうです、テルミナ出身です。なんなら私の親父が出身を保証してくれます」
「……ふむ、分かった。君も付いてきたまえ」
そう言ってクレマンソー警部は先頭だって、シャロン氏とアレンを来客室まで案内した。
二人がソファに座ると、警部はドアから半身を出して廊下を注意深く確認し、誰もいないことを認めた後でドアに鍵をかけた。
「なぜ鍵をかけるのだね?」
ふう、と大きな息を吐きながら対面のソファを押しつぶすような勢いで座った警部に、シャロン氏は疑問を投げかけた。
「ことは単純ではありませんでな……失礼、飲み物を出すのを忘れていましたね。何か飲みますか?」
「いや、結構。それより話してほしい。警部は一体何を問題としているのかね」
「これはご内密にお願いしたいのですが」
警部は前置いてから語りだした。
「実は私は自殺とは思っていません。他殺だと思っています」
「なに!?」
シャロン氏は目を見張った。
「さきほどナイフで喉を掻っ捌いたと言いましたがね」
警部は真剣な目で語る。
「そのナイフはどこで手に入れたのでしょう? やつは病室に放り込まれるまで失神していたのです。入院着にも着せ替えました。当然やつの所持していたナイフはとっくに押収していました。やつがナイフを手に入れる機会など無かったはずです」
警部は右手に握った拳を左手の手のひらで包んだり離したりを繰り返していた。こうやって話している間も落ち着かない様子らしい。
「事前に仕込んでいた? 明らかにありえません。自分がどこの部屋に放り込まれるのかわからないですし、第一、最初から自分が病院に放り込まれる前提で人殺しをする奴がいるでしょうか? 全くありえない!」
警部は訥々と自分の考えを述べ立てる。
「あり得るとすれば、誰か協力者がいた場合です。そいつからナイフを受け取ればいい。では一体それは誰から? 病室とは言え、警察病院です。それなりに警戒するわけで、病室に誰にも見つからず到着することは難しいし、ドアも鉄で出来ており施錠も完璧でした。まず外部からの犯行とは思えない」
警部はそこまで話をすると声をひそめた。
「その場合、まことに残念ながら警察内部に協力者がいると考えざるを得ません。そしてその第一候補と言えば、昨晩監視にあたっていたジャックです」
シャロン氏とアレンは無言で警部の考えに聞き入る。
「ジャックならばそれが可能です。奴はドアの鍵を持っていましたし、夜になって人がいなくなった後なら、あのエルフに渡す機会などいくらでもある。ジャックは現在3ヶ月の減俸を言い渡され、昨晩の出来事に関して事情聴取を受けている所です。大方の者は自殺と考えていますが、やはり私と同じような考えに至る者はいるわけで、事情聴取と言う建前でそれとなく探りを入れている所です」
「そこまで分かっているならジャックが協力者であるのは明らかではないのか? なぜ逮捕しないのだ?」
シャロン氏が当然の考えを述べると、クレマンソー警部は難しい顔で頭を振った。
「シャロンさん、考えてもみて下さい。あのエルフの男がナイフを手に入れたとして、何故自殺せねばならないのでしょう? 奴はエルフ、つまりは風使いです。いくらでも逃げればいい。風に乗って飛んで逃げられれば、我々ヒトは追うことが出来ない。まぁ、署内にもエルフは居ますけどね、エルフの署員の応援を頼んでいる間にすたこらさっさですよ」
警部は右手を空中に上げ、何かが飛んでいくような仕草をした。
「それに朝、奴が自殺しているのに我々が気づいた時、ドアはしっかりと施錠されていました。協力者はドアを開け、奴にナイフを渡した後で、再度奴を閉じ込めたのです! それではまるで自殺を促しているようじゃないですか?」
アレンはごくりと唾を飲んだ。シャロン氏は口を開いた。
「しかし、それなら他殺だったとして、やはりジャックではないのか? 他に犯行が可能な者など皆無だろう」
「そのための事情聴取です。ジャックは勿論第一候補です。ですが、私はその線は薄いと考えております」
警部は確信に満ちた声で告げる。
「あのエルフの男は、実は以前から足取りを追っていた男なのです。なぜ追っていたか。それは、あの男が『デパルトの旗を立てる者たち』のメンバーであることを以前から掴んでいたからです」
その言葉を聞いた時にシャロン氏が息をのみ、その身体が緊張で強ばるのをアレンは見た。
「そうであるなら協力者とは当然『デパルトの旗を立てる者たち』の者に違いない。しかしジャックにはそれはあり得ない。なぜなら」
警部は一拍おいた。
「ジャックはテルミナ出身だからです。外国人排斥を掲げる愛国主義者共がジャックを仲間に入れるはずがありません。エルフの男はデパルト国内のエルフ領出身です。だからメンバーとして受け入れられていたわけですが、テルミナ出身のジャックはあり得ない」
「……そうであるなら一体誰なのだね!? 誰があの男を殺したというのだ!?」
「静かに。落ち着いて下さいシャロンさん。この話はご内密にお願いしたいのです」
興奮して思わず声を上げるシャロン氏を、警部がなだめた。
「ことは秘密裏に進めなければならないのです。他殺の線でジャックがあり得ないとしたら誰もあの部屋の中には入れないわけですが……」
警部は恐る恐ると言った調子で、自分の考えを述べた。
「それを可能にする『ギフト』があれば?」
シャロン氏は口髭をしきりに撫でる。
「本当にそんな『ギフト』があるかは私にはわかりません。少なくとも私の知る犯罪者のなかには居なかった。荒唐無稽とお思いでしょうね、シャロンさん。私も私の考えに少なからず疑問があります。根拠もない。しかし、そうでもないと辻褄が合わないのです」
「もはや」
シャロン氏は口ひげをさする手を下ろし、発言した。
「他殺の線で行くべきじゃないかね? 警察の者総出でそのような輩を探し出せば」
「ところがね、シャロンさん。それは無理なんです。なぜなら」
警部はいよいよ声を潜め、核心に迫ろうとしていた。
「警察の上層部から、自殺の線で捜査を進めろというお達しがあるからです」
「ばかな!?」
シャロン氏は怒りのあまり思わず立ち上がった。
「落ち着いて下さいシャロンさん! ことを慎重に運ばねばならないのはそのためなのです」
警部はシャロン氏を制して話を続けた。
「この話は誰にも聞かれたくありません。お二人もここだけの話として、絶対に胸の内に秘めてほしい。ことは重大なのです」
ふと、警部の手が震えていることに気づいた。巨大な陰謀の闇に、今まさに飛び込まんとしている警部は、いったいどんな心境なのか。
「この件には、もしかしたらどこでも自由に出入りできる『ギフト』持ちが関わっているかもしれない。そんな恐ろしい『ギフト』持ちがあの男を殺したのです。恐らく口封じでしょう。そして、警察上層部はこの件を適当な捜査でお茶を濁して、闇に葬り去ろうとしている」
警部はいよいよ肩まで震わせた。落ち着き無くしきりに手を擦っている。
「シャロンさん、あなたは一体何で……いや、何を狙われたのです?」
警部は決定的な質問をした。
シャロン氏は膝の上に乗せた手を万力のような力で握り込み、あまりの身体の強張りで上手く息が吐き出せぬといった様子でしばらく黙り込んだあと、ようやく言葉を発した。
「クレマンソー警部。それは言えん。言えんのだよ」
クレマンソー警部は緊張に冷や汗を垂らしながら、シャロン氏の言葉を聞いた。
「ことは国家を揺るがす……いや、場合によっては」
シャロン氏は絞り出すように言葉を吐き出した。
「世界をも揺るがしかねないものなのだ」
エルフの男に関しては
https://ncode.syosetu.com/n9717fz/3/
https://ncode.syosetu.com/n9717fz/7/
カロル父の思わせぶりな発言に関しては
https://ncode.syosetu.com/n9717fz/4/
を参照ください。
本作をお楽しみ頂けましたでしょうか?
評価・ご感想はページ下部へ↓