記者の目線
ゆるく蛇行する小道を少し歩くと、やや広めの通りへと出た。
日が沈んでから大分経ったはずだが、通りに並んだ店の灯は煌々と煌めき、行き過ぎる人波は絶えずして、昼間となんら変わらぬ活気を見せている。
その人混みをかき分けるようにして歩みを進めていくと、やがて一軒の居酒屋へとたどり着いた。どうやらロベールの行きつけの店らしい。
4人は店の奥まった席へと腰を落ち着け、適当に頼んだ注文が揃ったところで、ロベールが口火を切った。
「ところで、これを先に聞いておきたいんだが、いいか? ……アンタ方はカロル譲とはどういう関係なんだ?」
その質問は尤もなことだな、とアレンが頷く。
「俺は元々シャロン家付きの護衛として雇われたものだ。今は彼女を護りながら一緒に旅をしている」
アレンに続いて夢男も口を開く。ちなみに夢男は今、再びパーシーの姿を借りている。
「私は皆さんの身の回りのお世話をさせて頂いている奉公人のものです」
涼しい顔でいけしゃあしゃあと嘘を吐く夢男にアレンとククがげんなりとした表情を浮かべる。
ロベールは「ふぅんなるほど、使用人付きの旅ね……」と腕組みしながら頷く。そしてククへと顔を向ける。
「アンタもお嬢さん付きの使用人か?」
「あ、ええと私は……」
ククがどう答えたものかとまごついていると、夢男が代わりに答えた。
「道中、ククさんとは少しばかりご縁がありまして。彼女をいたく気に入られたお嬢様が少々ご無理をおっしゃって、ククさんに行動を共にしてもらっています」
「え、あーっと……そうです、別に無理とかでは無いので、それは全然気にしてないんですけど……」
すらすらと流れ出る夢男の嘘に思わず面食らいながらも、なんとかククが話を合わせた。
全てが本当でも無いが、全てが嘘でも無いところが実にいやらしい。
今は一応頼りになっているが……やはり夢男には油断できない面がある。
アレンは警戒感からか、思わず身を固くする。
夢男の話を聞いていたロベールが「旅の道連れねぇ……?」と少々困惑した顔で後頭部を掻く。
「なんか……俺が思ってたよりも気楽な旅をしてたのか? ……俺ぁてっきり、シャロン卿の死に関連した、なんかこう、うーん……もっとシリアスな旅かと考えていたんだが」
「お嬢様はおおらかで度量の広いお方でいらっしゃいますから」
夢男が苦労人顔で微笑むのを見て、アレンは軽い苛つきを覚える。
なんというか……お前が勝手なことを語るな、という感じだ。
……あと、何気にこの場の主導権をさりげなく夢男が握っていることも気に食わない。
カロルの救出という一点で今は手を取り合っているが……この男が腹の内で何を考えているかわからない以上、その態度は今後どう豹変するか分からない。
こういう時に手綱をとることのできない自分の頭の悪さが憎らしい……とアレンが悔しげに眉間に皺を寄せる。
ククも同じような気持ちを抱いているのか、その顔つきは芳しくない。
しかし二人の忸怩たる思いとはよそに話は進んでいく。
ロベールは「ふうん……まぁいいか」と多少疑問の残る顔つきをしたが、とりあえず追及は後にすることにしたのか、あまり深くは突っ込んでこなかった。
「それで……カロル嬢を狙う者の心当たりの話だな」
ロベールがジョッキを片手に取りながら話し始める。
「この首都の怪しい動きなんて、大小合わせりゃ砂漠の砂粒ほどもあるもんだが……カロル嬢に関連しそうな話で言やぁ、やっぱりシャロン卿の死は避けて通れねぇよな」
ロベールはぐびっと一口飲んだジョッキをテーブルに下ろすと、アレン達を睥睨する。
「卿は不慮の事故によって亡くなった……と警察は発表してる。なんでも、『所持していた銃弾を卿がうっかり暖炉へと落としてしまい、炸裂した無数の弾が卿の身体を貫いたことによる失血死』だとか。その遺体は見るも無残に傷つけられており、思わず目を背けたくなるほどの惨状であったと。遺族――つまりはカロル嬢のことだが――の心痛を深慮し、それ以上の報道は差し控えるようにとの通達が俺達記者連中へと下ってきた。それを無視して遺族へと無神経に近づくことあたわず、仮にそれを破った場合、常よりも重い罪に問われることを覚悟せよ……っていう丁寧な脅し付きでな」
そこまで語るとロベールはまたもやジョッキを口に付ける。
「政府はシャルル7世陛下と話し合い、事件の詳細がつまびらかになるまで卿の国葬は執り行わない、という決定を下した。こういうわけで、警察の調査が終わるまで記者連中は『おあずけ』を食らっちまったわけだ。俺の周りの記者仲間も、犬のようにだらしなく舌を出して、今か今かとヨダレを垂らしながら警察から貰える『餌』を待ってるってわけだ」
アレンはその初めて聞く『警察発表』に驚きを隠せない。
シャロン氏は勿論事故による死亡などではない。かの事件は、『世界樹の本』を狙うものによって引き起こされた殺人事件だ。
つまりは事件の重要性を鑑みて王と政府が報道管制を布くことにした、ということなのだろう。
アレンはあまり意識していなかったが、考えてみれば確かにカロルへと近づく記者連中は一人も居なかった。
その事実の裏にはそのような動きがあったということだ。
恐らくだが、主には王の意思によってなされた決定だろうと思われた。
何しろ、シャロン氏は特務機関……王の手先となる工作員達に狙われたのだから。
変に記者連中に嗅ぎ回られてしまうと困るのは王の方ということだ。
そこには断じてカロルへの配慮などはありはしない。冷酷なまでの打算による意思決定だ。
「だがよ」
アレンの深刻そうな顔を見ながら、ロベールが僅かに目を細める。
「その数日前にも、卿は暴漢に襲われたっていう話じゃねぇか。『野盗に襲われた』っていう警察発表以上のことは、卿は何も語りたがらなかった。別にそれならそれでもいいけどよ……俺は卿のあまりにも頑なな姿勢に疑問を感じたね。感じざるを得なかった。事件後の報道規制、国葬の無期延期、さらにはカロル嬢の屋敷放棄と謎の逃避行。……こんな状況を見せられて、記者として何にも思わずぼけっとしてる奴は記者失格だ。そいつは記者にとって一番大事なある種の霊感……つまりは『鼻』がぶっ壊れてやがる」
ロベールはジョッキから手を離し、自身の鼻を指先でトントンと叩いた。
「俺は卿が死亡したこの事件に、ある種の『臭さ』を感じてる。つまりは、政治的な『臭さ』だ。シャロン卿は王室侍従長という立場だったが、シャルル7世陛下とは政治的に対立していたのは周知の事実だ。……あまり大声は出せねぇがよ」
そういうとロベールは周りをちらちらと気にしてテーブルへと身を乗り出し、声を潜めながら続けた。
「今回の事件、何かしらの政争が関係してるんじゃないのか? 口に出すのもそら恐ろしいが、つまりは……暗殺ってやつさ」
ロベールが身震いするかのように頭を振った。
「アンタがた、その辺りの事情は……どうなんだ?」
じっとこちらの顔を覗き込んで、何かを窺うような目つきで問いただすロベールにアレンが答えあぐねていると、夢男が代わりに口を開く。
「そうですね、そのように考えて頂いて良いと思います」
「やはりそうなのか!?」
ロベールが興奮のあまり思わず椅子を蹴倒しつつ立ち上がった。
周囲の客たちが何事かと好奇の視線を送ってくると、ロベールは「あ、いや、すまんつい……」とバツの悪そうな顔でいそいそと椅子に座り直す。
「おい、夢男……」
「まぁ言える範囲のことは言っておきましょう。あまり手の内を見せないで居ると向こうも胸襟を開いてくれませんからね」
大丈夫なのか? と不安げな様子で声をかけてきたアレンに、夢男が手をひらひらと振った。
「そ、それで……その刺客っていうのは、何者なんだ? なにかしらの目星はついているのか?」
気を取り直したロベールがその声音に緊張を滲ませつつ質問を重ねた。
真剣な表情をこちらに向けながらも、慣れた手付きでメモ帳の上に鉛筆を素早く走らせている。
「いえ……そこまでは残念ながら」
夢男が難しい顔をして明言を避けた。しかし僅かに前のめりに身体を倒して、意味深な目線をロベールに向ける。
「ただ、何がなんやら分からないうちにも、何かしらの脅威が迫っているということだけは我々にも察することができました。そしてお嬢様も、この事件の裏に潜む何かしらの陰謀の存在を嗅ぎ取り、そのことに強い憤りを感じておられました。そのため、あの事件の夜運良く生き残った私とアレンさんの二人がお嬢様を護衛しながら、密かに色々と調べ回っている次第なのです」
立板に水を流すかの如き夢男の『真実』の語りに、ロベールが明らかに興奮した様子でしきりに頷く。
……なんて嘘と本当の使い分けがうまい野郎だ、とアレンは内心で舌を巻いた。
そして、今この場ではその語りはロベールに向けられているわけだが……と心の内でアレンは呟いた。
これまで見聞きした夢男の言動の数々、それらの内、一体どれが真実で、どれが嘘なのか……。
そのような思いに囚われているアレンを尻目に、夢男の話は進んだ。
「それで、その脅威とは果たして何なのだろうかと、身を隠しながら色々と調べていく内に……我々は『特務機関』と言う、正体不明の集団の名をちらほらと聞くようになりました」
「特務機関……?」
怪訝な顔つきをするロベールに夢男が首肯する。その言葉に思わず緊張が走る。
「私達も、この者らがどういった者達かは全然分かっていません。しかし、どうやら特殊工作を行うための何かしらの秘密部隊らしい、ということまでは掴んでいます」
「そ……そりゃつまり……」
夢男の言葉に動揺し、ロベールがどもる。夢男が頷く。
「誰かの差し金でしょう。おそらくは、旦那様と政治的に対立する立場の者からの……」
「なんてこった……」
ロベールは思わず絶句し、自身のぐりぐりと捻れたくせっ毛を前から後ろへと撫で上げる。
そして、腕を組み考え込む様子で、深く俯いた。
「……どうでしょうか? 何かしら思い当たる情報を持っていませんか?」
夢男がロベールの言葉を促すと、ロベールはしばし無言を保ったのち顔を上げた。
「特務機関なんて言葉は初めて聞いた名前だ。正直言って全然分からん。だが……実は俺も、王宮内を出入りする謎の存在についての心当たりはある」
ロベールの言葉に三人が色めき立つ。
ロベールは敵陣に潜入する斥候のような、恐怖と好奇心と英雄的決意をないまぜにしたような光を目に宿して、三人の顔を見渡す。
「実は今日、俺が襲われていたのも、まさにそれに関連した話だ。……ここ一ヶ月くらいの話なんだが、王宮の物資調達の馬車に混じって、一台の怪しい馬車が出入りしているのに俺は気付いたんだ……」
ロベールがとん、と人差し指をテーブルに落としながら、『青い馬車』の話を語り始めた。
次回更新は 2020/11/23 朝6時更新予定です。
【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2
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