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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第4章・前編 首都攻防戦 ~それぞれのリュテ~
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リュテに差す影

今週は二話更新です!

こちらは二話目になります。

未読の方は前話を御覧ください。

 裏道を歩き、建物の合間から抜けると大通りに出た。

 洗練されたデザインの、背の高い建物がどこまでも隙間なく立ち並ぶのに挟まれた往来には、ピッタリと測った等間隔にガス燈が立ち並び、その下を無数の人間と馬車が、左から右、右から左へと絶え間なく流れていく。

 身なりを整えた紳士淑女がおしゃべりに興じ、作業服姿の男どもはせかせかと歩いていく。郵便屋らしき人間が年季の入ったみすぼらしい郵便カバンを、これまた年季の入ったコートの肩にぶら下げて、あくせくと走り去る。女労働者が三、四人固まりながら雀の群れのようにやかましく談笑しては、あまり品が良いとは言えない笑い声を上げる。馬に乗った警官達が、通り過ぎゆく人波、建物と建物の隙間、窓の中の様子、果てには馬車馬からひり出された馬糞の一つ一つにまで油断なく視線を投げかけている。

 今まで見たどの街よりも人熱れに、喧騒に、華やぎに満ちたこの光景が、市内のどこまでも続いている。

 リュテ。デパルトの首都。歴史と文化が人々の靴の跡、石畳の一つ一つにまで染み込んだ街。

「ここはサン・ビノ通りです」

 パーシーの姿のまま夢男が言った。

「ここは、どの辺りなんだ?」

 アレンが問う。

「首都の中心から郊外までの、中間くらいですか。市内を東西に貫くベレーヌ川、その南岸側、リュテの東部にあたります」

「……まぁ、雰囲気は分かった……」

 夢男が説明するが、外国人のアレンはなんとなく、程度にしかわからなかった。とりあえず中心街からは少し外れた場所、くらいの認識だ。

「……ここがリュテか。初めて来た」

 その時、後ろでボリスが呟いた。その隣にはエマも居るが、深く顔を俯向け、どのような表情かはわからない。少なくとも良い表情でないことだけは確かだ。

「いい街だ。できたらもっと良い気分の時に来たかったが……」

 そういうと、ボリスはアレンと目線を合わせた。

「力になれなくてすまない」

「いや、アンガスでも小屋でもあんたらには助けてもらった。もう十分だ」

 そういうとアレンが手を差し出す。ボリスがその握手に応じる。

「お嬢さん、無事だと良いな」

「ああ、俺達が、必ず」

 流石に笑顔で、というわけにはいかないが、アレンは力強い目線でボリスに応える。

 ボリスが頷くのを見ると、目線を横にずらした。

「……エマも」

 アレンがエマを見つめてそういうと、突然エマが走り出した。人混みの中へと紛れてしまう。

「あ、お、おい!」

 ボリスが慌ててエマを追いかける。

「すまん! お前ら健闘を祈る!!」

 そう言って、ボリスも人混みの合間をかき分けていった。

 エマとボリスとの、別れだ。

「……数日の付き合いでしたが、寂しくなるもんですねぇ」

「……まぁ」

 夢男の言葉に、アレンが曖昧な返事を返す。

「我々も動きましょう。まずは急ぎ方針を立てねば……」

 夢男が身を翻し通りを歩き出したため、アレンもその後をついていく。

 アレンは後ろをチラと見た。そこにはククがいる。

 エマほどではないにせよ、ククもかなり落ち込んでいる。先程から口数少なく、その顔に暗い影が差す。

「クク、大丈夫か?」

「……はい」

 そう返事はするが、表情は晴れない。どうしても責任を感じてしまうのだろう。悪いのは特務機関であり、ククは何も悪くない、と本音を伝えているが、それでもどうしても……なのだろう。

「……今はとにかく」

 カロルの救出を。

 アレンは気合を込め直すと、石畳を踏みしめる足に力を込めた。



 林道の上に立ち止まった馬車がいる。

 その横に一人の男が立ちすくみ、馬車がこれまでに描いた轍の先が、ゆるくカーブした道の向こうへと消え行く、さらにその先を見据えるかのように鋭く目を細めている。

 肩幅に足を開き、地面に生えた大木のように微動だにしない。

 その身体の強張りは、片手に握られた拳銃がぶるぶると震えているところから察せられる。

 果たしてその男の胸に去来する思いは何か。

 そのように立ちすくむコート姿の男の後ろから、気の弱そうなおどおどとした声が掛けられる。その男は、先程までルメールの馬車を駆っていた御者の男だ。

「……ルメールさん」

「なんだね」

 林道の上に仁王立ちしている男……ルメールは振り返ることもせず、ぞんざいに返事を返した。

 気弱な男はルメールが見ていないにも関わらず、お辞儀するように少し頭を下げて、言葉を続けた。

「この後はどうしやすかい……?」

「…………」

 ルメールが答えないため、男はどうしたものかとやきもきする。しばらくの無言の後、ルメールがやっと口を開いた。

「このままリュテに行く」

「へぇ……左様で」

「ジョアキムが首尾よくやることを信じ、首都で待つ」

「ジョアキム……小屋の襲撃チームの隊長さんですね」

「うむ」

 ルメールが頷く。ジョアキムはアレンたちの奮闘によって排除されてしまったことをルメールは知らない。

「我々は隊長さん達に合流しなくていいんですかい?」

「しない。奴とはリュテで合流する予定だ。我々は予定通りに進む」

「へぇ、承知しました」

 御者の男が頭を下げる。

「ジョセフ……奴が死んだ以上、監視も必要なくなった。アンガス村の警部という『化けの皮』ももういらない」

 ルメール――と、フェルディナン――は、アンガス村の村長、ジョセフ・ベルナールの監視役として村に送られていた。

 今回の一連の事件によりベルナール氏が死に、その役目も御免となった。これ以上、あの退屈な村にとどまっている必要はない。

 ルメールはそこでようやく振り向いた。御者の男を気にも止めず、馬車の扉を開き乗り込む。

「今後はリュテ市内で同志達とともに、デパルトの御旗を立てよう」

 馬車の扉を閉めると、御者の男がどたどたと走り、御者台へと飛び乗った。

「クレマンソー……あのハイエナめにも、一泡吹かせてやらなければ気が済まん……」

 御者の耳がなくなり、内心に押し込めていた怒りが思わずぽろりと口からこぼれ落ちた。

 ハッ! と御者が一ムチくれると、馬車がガクンと動き出した。

「首を洗って待っていろ、クレマンソー……」

 馬車はリュテに向かって、ガラゴロと進んでいく。



「でかした……でかしたぞ、ジョフロワ!!」

 少し大きめの民家がすっぽりと入ってしまいそうな広さの豪華絢爛な部屋に大声が響き渡る。

 その声は無上の歓喜に上ずり、溢れた吐息がその人物の心からの満足を表していた。

「お喜び頂き、何よりでございます」

 特務機関長、ジョフロワ・マイヨールが赤絨毯の上に傅き、淡々とした声音で告げた。

 ジョフロワの目の前の人物……デパルト現国王シャルル7世が、満面の笑みを浮かべ、玉座から前のめりになりながらしゃべる。

「カロル・エレオノール・ド・ラ・シャロン嬢の確保、誠に良くやった!! さすが余の特務機関、至上の働きである! 余は大変に満足している!」

「恐悦至極に存じます陛下」

 シャルルは愉快そうに腕を広げて、その手でピシャリと両膝を打った。ウワハハハ! と腹の底から楽しそうな笑い声を響かせる。

「それで、娘は今何処へ?」

「現在機関の拠点、その地下の一室に」

 シャルルはその返事に満足したかのようにウムウムと頷く。

「そうかそうか、それで良いぞ」

「して陛下、娘はこの後如何ように致しましょう?」

 ジョフロワがカロルの今後の処遇について質問すると、シャルル7世は少し興奮も落ち着き、顔を軽く上気させつつ「ウム」と答えた。

「それなんだがな、ジョフロワよ。しばらくは機関の方に匿っておけ」

「承知致しました。……すぐにでもこちらの宮殿に身柄を移すのかと思っておりましたが」

「そうしたいのは、やまやまなんだがな」

 これまでの歓喜が少しなりをひそめ、シャルルの顔に苦々しい物が浮かび上がった。

「王室を探る動きがある」

 その言葉の意味に、ジョフロワはすぐにピンとくる。

「……なるほど、内務大臣ジュール・ランベール・ド・ブロイ卿、でございますね」

 ジョフロワの言葉に、シャルルが重々しく頷く。

「そうだ。彼奴めが、不敬にも余の住まうこの宮殿に、内偵を潜り込ませているらしい」

 その声音にも不愉快気な色が交じる。

「ジャン=クリストフ・ド・シャロン卿、奴の死に不審感を抱いておるらしい。シャロンの娘が父親を密葬に付し、屋敷を放棄して近隣の街をフラフラとしていることも、彼奴の不審感に拍車をかけているようだ。『何か隠れた事実があるのでは?』と」

 ジョフロワがその言葉に頷く。

「ド・ブロイ卿はシャロン卿と政治的に友好な関係を築いておりました」

「その通り。奴らは内政を重視、特に、公教育と科学技術の研究開発へ力を入れることを重視する点で轍を一つにしていた。そしてそれは関税による保護貿易と植民地経営に力点を置く余の外交重視の立場とは全く異なるものだ」

 シャルルは玉座に背を深く預け、腕を組んだ。

「余とシャロン卿がしばしば意見を衝突させていたことを、ド・ブロイめは知っていたのだろう。まさかそれだけで疑ったわけではあるまいが、シャロン卿への一連の襲撃事件、そして奴の娘の不審な動き、そこから何かを感じ取ってはいるようだ。この王宮だけではなく、余と志を同じくする外務大臣や国防大臣の下へも、間諜を送り込んでいるだろうよ」

「つまり、今はカロル嬢を積極的に動かせない、と」

 ジョフロワの言葉に、シャルルはこくりと頷いた。

「もどかしいものよ、せっかくシャロンの娘を確保したというに。目と鼻の先に人参をぶら下げられた馬のような気分だ。しかし、余がこの事実を知ったのもほんの二、三日前のこと。ある意味では良いタイミングであったかも知れぬ」

 そこまで言うと、シャルルは前のめりになりながらジョフロワに命じる。

「そういうことでジョフロワよ、しばしそちの方でシャロンの娘を保護しておけ。どちらにせよ『世界樹の本』を確保するまではシャロンの娘に用は無い。匿うのであれば、特務の下が一番良いだろう」

 ジョフロワはその言葉を耳にして、頭を深く垂れる。

「拝命仕りました。……しかし、ド・ブロイ卿による諜報の動きについてはいかがするおつもりでしょうか? 放っておくのでしょうか?」

「放っておけ。どうにかする当てはある」

「当て……ですか」

 ジョフロワの言葉に、シャルルが「うむ」と鷹揚に頷いた。

「そのためには海外に出ている『ある者』を呼び寄せる必要があるゆえ、すぐには実行できん。その間しばし、娘はそちに預ける」

「偉大なる陛下のご信頼に、全身全霊を持って応えさせて頂きます」

「うむ。期待しておる。引き続き励むが良い」

 シャルルが満足そうに頷いた。



 時刻は18時。夜の帳が迫りくる薄暗闇の黄昏時。

 国王の住むリュテ宮殿から何台もの馬車が通りへと躍り出る。

 宮殿に食料や衣服、その他消費物などの生活物資を運びこんだ馬車である。それらの車体や幌などにはその物資を供与した企業や団体・組合のマークが誇らしげに掲げられている。

 何かのパレードかと思われるほどの馬車の群れが地響きを立てて王宮から走り去ろうとしている、その光景を建物の陰からじっと窺う一人の男がいた。

 かぶったハンチング帽の脇から癖の強い黒髪がもじゃもじゃとはみ出て、顔の下半分は伸ばしっぱなしの無精髭が生え散らかり、とても身なりが整っているとは言えない

 太く力強い眉の下にはこれまた意思の強さを感じさせる鳶色の目が、何かを探しているのだろうか、ひっきりなしに流れていく馬車をギョロギョロと追いかけている。

 手にしたメモ帳をしきりにめくっては馬車の群れに目をやり、またメモに視線を落とすということを繰り返していた。

 しばらくそうしていると、突然ヒューッと口笛を吹き、指を鳴らした。

「いたいた、いやがった……! 今日は当たりだぜ!」

 タバコと酒で喉を潰したような嗄れ声でそう言うと、男の背後に控えさせていた辻馬車へと声を掛けた。

「おい! あそこのよ、あの青くてボロっちい馬車見えるかよ? あれをちっと追ってくんな!」

 そう言いながら男は、幾分腹の出た重たそうな身体を、意外な軽快さで二人乗りの座席へと持ち上げる。男がドカッと座席に座り込むと車体がギシリと軋み、馬がそれに驚きブフンと鼻を鳴らした。

「へぇ? どの馬車だって?」

「だからよ、あそこの青い奴だよ青いやつ! 車体の窓に目張りしてるのが見えっかよ? あれだよあれ!」

 そういいながら男は頭上の屋根から垂れる、布で出来た日除け用の庇をぐいっと引き下げた。夕刻の建物の陰にあってただでさえ暗い中、男の顔は完全に暗闇の中に紛れる。

 一方御者は額に手をやり、馬車の群れの中から男の言う『青い車体の目張りをした馬車』を見つけようと目を皿のように見開いている。しかし……。

「こう薄暗くっちゃよく見えねえよ……」

「だーっ!! このままじゃ奴がどっかに行っちまう!! もういいから馬車を出してくれ! 俺が言うとおりに走らせりゃいいから!」

「そうかい? んじゃ……」

 男が青筋立ててガミガミと怒鳴るが、御者は肝が座ってるのかニブイのか、のんびりとした口調で返事を返した。どこか牧歌的な手付きで馬の手綱を握ると、そろそろと建物の影から通りへと躍り出た。

「あぁ、あぁ、なんだか焦れったいなぁ、あんたの運転は! もうちっと急いでくんねぇかな!?」

「だけど旦那、これ以上急ぐと、あの馬車の群れにオイラたちも紛れっちまうよ。そしたらにっちもさっちもいかなくなっちめぇ」

「ん……む……そんなもんか? ……まぁいいや、とにかくよ、俺が指示したらすぐにそのヨボヨボじいさん馬にムチくれてくれよ! すぐにな!!」

 はいよ、とどこかのんびりとした返事を返す御者に、「こいつ大丈夫かよ?」という感想を抱きながら男はドカリと座席に座り直した。


 目当ての馬車を見失わないよう必死に目を見開き、御者に右へ左へと指示を飛ばす。

 そうしている間にも馬車の一群から一台、また一台と馬車が離れていき、ついに『青い馬車』一台のみになった。

 男は身を乗り出しながら御者へと大声を飛ばした。

「おい! 流石にもう分かるだろ!? あの馬車をこのまま追ってくれや! ……ちっとだけ距離を離してな!」

 御者の男は片手をあげてひらひらと手のひらを振った。了解ということだろう。

 男はそれを見ると座席へと身を沈め、懐からメモ帳を取り出しページを捲り始めた。

 ……男が『青い馬車』の存在に気付いたのは、ここ一ヶ月ほどのこと。

 男は以前から色々と黒い噂の絶えない現国王に目を付けていた。

 王宮の様々な情報は他の人間から買うことも有るが、大部分は自分の足を動かして手に入れていた。

 『青い馬車』に関してもそうだ。

 王宮の定期的な物資調達の馬車共に紛れ、度々あの『青い馬車』が混じっていることに気付いた。

 大量の物資を運ぶため大型の立派な荷馬車が多く走る中、小さい客室馬車が何故かひっそりと混じっている。

 あれは明らかに物資の運搬などではない。それを行うにはあの小さい馬車では効率が悪すぎる。

 しかも窓には目張りまでしている。気付いてしまえば怪しいことこの上ない。

 ならば誰か要人でも乗っているのかと推測を働かせたが、それにしては安っぽい車体だ。

 要人とまではいかない、王宮の人間の誰かだろうか?

 しかし、『必ず』物資調達の馬車共に紛れてこっそりと王宮を出るのはどうしたことか。

 男の鼻は、この馬車に何らかの『秘密』がある事を嗅ぎ取っていた。

「へへ……お前が何処へと帰っていくのか……今日は最後まで付き合ってやるぜ……」

 男の口元に笑みが浮かび、タバコで黄色く濁った歯を覗かせる。

 ガス燈の明かりが路上に光と陰の縞模様を落とす。

 影に沈んでは光に浮かぶ、小さな青い馬車を見据えながら、男を乗せた馬車はリュテ市内をひた走る。


「なんだか……不気味なところに来ちまいましたねぇ、旦那……」

 御者の男はうすら寒そうに背中を丸めてぶるりと震えた。

 男たちは今、リュテ市郊外にある『廃工場街』までやってきていた。

 昔のことになるが、とある企業家が巨額な資本を投下して作った工場群、それに下請けや孫請けなどの関連工場が少しづつ寄り集まって出来た工場街だった。

 かなりの権勢を誇っていたものの、一昔前に起こったリュテ市内の『共和紛争』と穏やかな言葉で飾られた市民同士の殺し合いに巻き込まれ、本体企業が倒れてしまった。

 するとその煽りをモロに受けたその他の関連工場も連鎖的に倒産へと追い込まれてしまった。

 辛うじて生き残った企業も、もっと都合の良い場所へと拠点を移してしまい、結果この地域一帯がゴーストタウンと化した。

 治安も悪化し、今では半スラムといった様相だ。

 油と鉄さびの匂い漂う朽ちかけた工場の合間を、青い馬車が進んでいく。

 やがて、とある建物の敷地に馬車が入っていった。

 少しだけ時間をおいてから、そろそろと遠巻きにその建物を眺めてみる。

 その建物は何かの事務所でも入っていそうなごく普通の建物だ。

 3階建てのレンガ作りで、意匠的には多少の古さを感じさせるものの、立派な構えをしている。

 建物の構えからはなんら特別なところを感じさせない。しかし……。

「この『普通』臭さが逆に怪しいぜ……」

 男が呟く。

 こんな廃工場街の片隅に立つごく普通の建物。

 王宮へと出入りするような御者が、どんな理由でこんな所にこのような拠点を構えるのか?

 男は馬車を待たせて一人地面に降り立つと、建物の近くへと忍び足で近づく。

 近くでいろいろと眺めてみるものの、特に変わったところはない。

 何か看板のような物は無いかと探ってみるが、そのような物は見つからない。

「ますます怪しいぜ……」

 男は片眉を上げて、大きく息をついた。


 男は馬車へと戻ると、御者に市内の中心まで戻るように伝えた。

 その言葉を聞いて、御者は明らかにほっとした表情を浮かべた。こころなしか馬車のスピードも早い気がする。

 中心街まで戻ってくると人々の喧騒とギラギラと眩しい街の明かりにホッとした気分になる。

 平気なつもりでいたが、やはり少しは緊張していたらしい。

「『フリーランスのジャーナリスト』がこんなことでビビっちゃいけねぇや……」

 男はそんなことを呟き、馬車の座席で一人虚勢を張るようにふんぞり返った。


 その後は一軒のバーの前で馬車を降り、安いブランデーを何杯かやって帰路に就いた。

「う~ん……ちと酔っちまったなぁ、疲れてたかな……」

 おぼつかない足元を懸命に動かし男の住まうアパルトマンへと足を向ける。

「……ちっと暗いが、こっちの道を抜ければ……」

 近道になる。そう考えると男は建物の間の細い裏道へと入り込む。

 酔いでクラクラとする頭を手で押さえつつ、歩みを進める。


「おい、お前」


 突然後ろから声を掛けるものがいた。男が驚いて振り返る。

「う……な、なんだ、何か用か……?」

 酔っ払った男の後ろには、三人組の男たちが居た。

 さきほどの声かけの時にも感じたが、あまりいい感じがしない。

 柄の悪そうな顔つきに、剣呑な目元がギラリと光る。

 三人組の内の一人が男に問いかける。

「お前、何者だ?」

「はぁ?」

 男は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「それを聞きたいのはこちらだよ! あんたらは一体……」

 その言葉を遮って、男たちの一人が胸元を掴んできた。「ひっ!」と思わず短い悲鳴を上げる。

「いいから答えな。おっさん、名前は?」

 男たちの危うい雰囲気を感じ取って、男は素直に答えた。

「ロ、ロベール・ジャメ……」

「ロベール。お前は何者だ?」

「……な、何者とは?」

「何をこそこそと嗅ぎ回ってやがんだって言ってるんだよ」

 ロベールの胸ぐらを掴む男が凶悪な相貌をずいっと近づけてくる。

「お前が何のことを言っているのかわからない! 私はバーで軽く引っ掛けて家に帰るだけのただの一市民で……」

 そこまで喋ったところで、突然男がロベールを殴った。狭い路地裏に背中から倒れ込む。

「言い逃れしようとしてんじゃねぇぞこら」

 男共が暗い顔でロベールを見下ろす。

「てめぇが王宮から廃工場まで、馬車を付け回してたことは知ってんだ」

「お、お前ら……あの青い馬車の関係者か!?」

「聞いたことに答えろやこのボケぇ!!」

 そう叫んで、男はロベールを蹴る。ロベールの口からうめき声が上がる。

「俺らはもっとも偉大でもっとも高貴なる存在に仕える名誉ある下僕よ! あんなクソどもと一緒にすんなこのクソ野郎!!」

 男のその叫びを聞いて、ロベールにはピンと来るものがあった。

「そのセリフ……お前ら『デパルトの旗を立てる者たち』の一味だな……?」

 ロベールのその言葉を聞いて、男たちがピタリと動きを止める。

「以前別の取材をしてた中で聞いたことがある口上だ。曰く、下っ端ほど好んでその口上を口にするらしいな……?」

「おっさん、てめぇ今日死んだぜ」

 男の内の一人が懐から刃物を取り出した。その切っ先がギラリと邪悪な光を放つ。

「てめぇらのような犬の糞にも劣るような奴らに……」

 ロベールは近くにあったゴミ箱を掴んだ。

「簡単にやられてたまるか!!」

「うおっ!」

 セリフを言い切ると同時にゴミ箱を三人組に投げつけた。男たちが怯んだ隙に立ち上がり、必死に路地裏を逃げ始めた。

「やろう!」

「逃がすな! 追えぇ!」

 三人組が追いかけてきた。向こうの男たちは若々しいが、こちらは中年。酒を抜きにしても足元が覚束なくて不安になるが、それでも懸命に足を動かす。

「くっそ! 頑張ってくれよ、俺の心臓ちゃん!!」

 そんなことを呟きつつ、迷路のような路地裏を懸命に走り逃げていく。

 数分ほどそのような追走劇を繰り広げたところで、小さめの通りへと抜け出た。


 そこで何者かとぶつかった。


「うおおっ!」

「うわっわ!!」

 ロベールは踏ん張りきれず、地面へと倒れ込んでしまった。

「だ、大丈夫か!?」

「う……く、くそ……」

 くらくらした頭を押さえていると、遂に三人組に追いつかれてしまった。

「な、なんだお前ら!?」

「そりゃあ、こっちのセリフだ! 邪魔すんな小僧!!」

 ロベールがぶつかってしまった青年が三人組に因縁をつけられる。巻き込んじまったか……とロベールが歯噛みする。

「おっさん、追われてるのか?」

「そ、そうだ……訳のわからない理由で殺されそうになって、逃げて……」

 ロベールのその言葉を裏付けるように、男たちはナイフを握りしめ、ロベールへと迫ろうとする。

「……なんだかよくわからんが、少なくともお前たちは正義の味方にゃ見えねぇな。若い男が三人も寄ってたかっておっさん一人を追いかけてんじゃねぇよ」

 そう言って、ロベールがぶつかってしまった青年……アレンがナイフを抜いた。


次回更新は 2020/11/9 朝6時更新予定です。


【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2


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