木立の中の戦い3
今週は二話更新です!
こちらは一話目になります。
「やったぁ!」
ギヨルパの無邪気な歓声が背中から聞こえる。夢男は歯ぎしりした。
失敗した。よもや目の前でカロル嬢を攫われるとは。
戦闘に巻き込みたくないという思いがあったのと、カロル嬢はパーシーに『ギフト』を行使できるようなのでなんとかなるだろうという油断もあった。
あまりに甘い考えだったと反省せざるを得ない。
パーシーは戦闘力こそ無いが、知略に富み神出鬼没、必要とあればいくらでも援軍を送れる。
見た目だけなら幼い少年だが、なるほど、特務機関という特殊工作部隊の指揮官を担うだけの力がある。
あの少年こそが特務機関の要だ。
奴こそは、このメンバーの中で真っ先に処理しなければならない。
夢男がそのような考えを巡らせていると、落ち着いたギヨルパがパーシーに疑問を投げかける。
「ところでパーシー、この人はどうする?」
ギヨルパが夢男の襟首を掴み、くいくいと持ち上げた。
「そいつも……連れ帰ります。ぐっ、く……」
折れた腕が相当痛むのだろう。苦痛に顔を歪め、遠目からでも分かるほどに全身に汗をかいていた。骨折部分も痛々しく腫れ上がっている。
その様子にギヨルパも心配になる。
「だ、大丈夫……?」
「人数はこちらが圧倒している。負傷者も、僕だけです。い、今が好機なんです……そいつを逃したら、次はいつになるか、うぐぐ……」
「わ、わかった……」
パーシーのその言葉を聞いて、ギヨルパが上から夢男を押さえつけた。
「そんな安々と捕まるわけにはいきませんねぇ」
夢男がパーシーを見据えながら、ヘラリ、と笑う。
「カロル嬢は必ず取り返させて頂きます。どうぞ覚悟の準備をなさってください」
「そのようなセリフは、この場を逃げ切ってから吐いて頂きましょう」
パーシーが激痛に顔をしかめながら、木の幹に新たな扉を開いた。
「わっ……パーシー?」
そこには突然開いた扉に驚くノーラとノルベルトの姿があった。
「ノーラ姐、ノルベルトさん、夢男を捕まえてくれ」
扉から出てきた二人にパーシーが指令を出す。二人は夢男の姿を認めると、頷いた。
「了解」
こちらへと近づこうとする二人に夢男が気勢を示した。
「大人しく捕まるわけには……いきませんねぇ!」
そういうと夢男の身体が一瞬でローザ・ヴァイスマンの姿へと変貌する。
その身体から大小様々な黒い蛇が生み出され、背中に乗っていたギヨルパを捕らえる。
「うわわわ!」
大きな蛇に巻き付かれ持ち上げられたギヨルパが驚きと焦りの声を上げる。
「ギヨルパ!」
「おっと」
銃口を跳ね上げるノルベルトに対して、夢男がギヨルパを盾にする。
「銃口の向き先にはお気をつけを。なんでも貫通するあなたの『ギフト』でも、この娘は撃ち抜けないでしょう?」
「貴様……!!」
ノルベルトの顔色が怒りに染まっていく。
「ノルベルト! 私は構わないから撃っちゃって!!」
「…………っ!!」
ノルベルトは狙いこそ定めるものの、その指はぶるぶると震えるだけでトリガーを引かない。
「そう、そのまま大人しくしていてもらいましょうか」
その言葉を皮切りに、夢男の足元から無数の黒い蛇がまるで蛇口を捻ったかのように溢れ出した。
蛇どもがパーシー達三人に襲いかかる。
「…………!」
ノーラが咄嗟に『ギフト』を使って、ノルベルトとパーシーを掴む。自身も『ギフト』で作った足場に乗ると、空中へと躍り出た。
三人の足元を蛇の黒い波が通り過ぎていく。
「…………!」
ノーラが球体を一つ生成すると、そこからムチのようにしなる棘が飛び出した。
盾にされたギヨルパを避けるようにして、上から夢男を襲う。
「フフン」
その身体から更に湧き出した蛇が傘のように夢男とギヨルパを覆い隠す。
そこをノーラの棘が貫いた。
「……」
手応えは感じない。
しかし、大量の黒い蛇が突然煙となって跡形もなく姿を消した。
蛇に捕まっていたギヨルパが地面に尻もちを付く。
「ううう……」
「ギヨルパ、大丈夫!?」
ノーラが珍しく大声を上げる。
「大丈夫。……うう、蛇の感触がウネウネ、ウネウネェ……」
地面に落ちたギヨルパが青い顔をしながら、気色悪そうに指をわきわきと動かす。
三人がゆっくりと地面に降りて、ギヨルパの下へと駆ける。
ノルベルトが膝を付いて、ギヨルパに手を添える。
「……夢男は?」
ノーラが問うとギヨルパは首をぶんぶんと振る。
「なんだかわかんない内に消えちゃった」
「……そう……」
「おそ、らく……咄嗟に僕に変身して……この場から離脱したんだと……」
ノーラとギヨルパの会話にパーシーが割り込む。
「……パーシー……パーシー!?」
パーシーへと振り向いて、ノーラは初めてパーシーの骨折に気がついた。
「その腕!」
「骨が折れちゃって……ノーラ姐、折れてるところ、『ギフト』で押さえてくれない……?」
「だ、大丈夫……?」
「ぶらぶら、してる方が痛むから……」
パーシーが顔面を蒼白にしながらノーラに訴える。ノーラが「わ、分かった……」と言いながら、自身の『ギフト』をパーシーの骨折箇所に巻きつけた。
「ぎあああっ!」
ノーラの『ギフト』が腕をきつく巻き上げ固定すると、その苦痛に思わずパーシーが絶叫を上げ、地面へとへたり込む。
「パーシー!」
「はぁ……はぁ……大丈夫、ノーラ姐、大丈夫……ありがと」
今にも意識が途切れそうな目でパーシーが無理に笑う。
「多分奴は、ターニャ姐のところに、行ってると思う……あのエルフの女を回収して、この場を離脱するつもりだと……僕らも、急いで向かおう」
「……パーシー、無理しないで……」
ノーラが心配そうに言うと、パーシーが首を振る。
「骨折っただけだから。痛いだけだから、大丈夫」
あまり大丈夫そうではない顔でパーシーが言う。
「とにかく……ターニャ姐のところへ……」
「ハァ……ハァ……」
息を切らしながら、ククが太い木の枝の上に立つ。
その全身には細かい切り傷、擦り傷が無数に付いており、服のあちこちに血が滲んでいる。
その目線の先には同じように木の枝に立つタチヤーナが居る。
こちらも、ところどころに打撲の跡や浅い切り傷が目立つ。
「まさかここまでやるとは……」
思わず心境を吐露するククに、タチヤーナも息切れ切れに答える。
「それは、こちらのセリフだ……ちょこまかと、良く避ける……」
タチヤーナが疲労の滲む顔で、額の汗をぐいと拭う。
ククは無理やり息を整えるとナイフをあさっての方向に投擲し、この場からの離脱を図る。
「ふっ!」
タチヤーナが鋭い呼気と共に腕を振った。
手先から伸びた糸が瞬時にナイフを捕らえる。
糸がしなり大きく振られると、ククへと向かってナイフが投げ返された。ククは身を捻りそれを躱す。
「くっ……!」
「そのナイフにももう慣れた」
なんども投擲を繰り返す内に次第に見切られてしまっていた。今のように糸で掴まれては、『ギフト』の発動を阻まれている。
さらに悪いことには、タチヤーナは闘いながらも密かに木々の間に糸を張り巡らせていたようだ。
その糸は次第に密度を上げ、ククが気づいたときには四方八方を塞がれていた。
今や二人のいる場所は銀色の巨大な糸車の中かのようだ。
ククが『ギフト』を思うように振るえなくなる一方、タチヤーナは張り巡らされた糸を足場に跳躍することで、その動きがますます機敏になってきている。
もはや機動性についてもタチヤーナが優位をとりつつある。
「大人しく諦めたらどうだ」
「誰が!」
気丈に言い返すが、とは言え手も足も出なくなりつつあるのは確か。
焦燥感に頭の中が焦げつく。
どうする?
なにか手はないか?
カロルは今どうなっているだろう?
夢男がなんとかしてくれているだろうか?
益体もない思考に囚われ、考えがまとまらない。
「……くそっ!」
自分の不甲斐なさに思わず悪態を吐いていると、突然、ククの横に扉が現れる。
「っ!?」
ククが咄嗟に身構えると、扉の奥からパーシーが姿を現した。
「お前……!?」
「ああ、待ってください。私です」
パーシーの姿が一瞬ぶれると、そこには夢男が立っていた。
「……あなたですか」
パーシー本人でないことを知り緊張を解く。内心ほっとするが、すぐさま不安の念が広がる。
「カロルはどうしました?」
その言葉に、夢男は気まずそうに顔を俯向けながら返答した。
「すみません、力及ばず奴らに拉致されました」
夢男が無念を吐き出す。ククは愕然とした。
「撤退しましょう。アレンさん達と合流し、カロル嬢奪還の手を考えます」
その言葉を聞いたククは思わず夢男の胸ぐらを掴む。
「あなたは……! あなたは!!」
むざむざとカロルを奪われ、一体何をやっていたのか。
思わずそんな悪態が口をついて出そうになるのを、唇を噛んでこらえた。
自分だって同じなのだ。
一体何をやっていたのか。
蜘蛛女に絡め取られ、この場から全く動けずにいる。カロルが捕まったことすら知ることができなかった。
自分はなんと役立たずなのか。
今のこの苛立ちは夢男のせいではない。
不甲斐ない自分のせいだ。
噛んだ唇が破れ、一筋の血が流れた。
「う……うう……」
胸元を掴みながらその場に崩れ落ちそうになるククを夢男が支えた。
「私も痛恨の極みです。とにかく今は、この場を離れましょう」
「させるか」
タチヤーナの言葉が割って入った。
不吉な風切り音を伴い銀色の煌めきが二人に迫る。
夢男はアレンに変身すると白玉を創り出し、一方を足元に吸い込ませ、もう一方をワイヤーの迫りくる方向に放った。
白玉がワイヤーに飲み込まれると、二人を薙ぎ払うはずだったその銀色の線がぐにゃりと歪む。
軌道が逸れたワイヤーが虚しく木の表面を削った。
「…………」
タチヤーナが眉を顰めてワイヤーを手元に戻す。
「今回は私達の負けですが」
アレンの姿から更にパーシーへと変身した夢男がタチヤーナに言葉を投げる。
「カロル嬢は私達が取り戻します。必ず」
「…………」
無言のタチヤーナを尻目に、木の幹に扉を創ると、夢男はククを引っ張りその中へと入っていった。
扉が閉まり、後にはタチヤーナ一人がその場に残された。
と、間をおかずにその場に再び扉が現れる。
「ターニャ姐? ……夢男がこっちに来なかった?」
扉から出てきたパーシーが周りをキョロキョロと見渡す。その後ろから他のメンバーも次々に姿を現した。
本物のパーシーだ。
「来た。エルフの女を連れて逃げた」
「そっか……まぁそうだよね……」
パーシーが少し気落ちした顔を浮かべる。
「カロル嬢を確保できたらしいな」
「うん、任務は成功した。……できればあいつも、捕まえたかったけど……」
「すまないな。逃してしまった」
タチヤーナの言葉にパーシーは首を振る。
「あいつを捕まえるには良いチャンスだと思っただけ。カロル嬢を確保するという最大の目的は達成してるから、それで大丈夫。それに、どうせあいつはカロル嬢を奪い返そうとまた姿を現すはず。その時を待とう」
「うむ」
パーシーの言葉にタチヤーナが頷く。
「機関に戻ろう」
その場の全員が頷いた。
「クク! それに……夢男!?」
適当な場所へと逃れた後、空を飛んで小屋へと舞い戻ったククと夢男を三人が出迎えた。
「やぁお邪魔しますよ」
「一体……どうしたってんだ?」
アレンが問いかけると、二人は事の次第を話した――。
「カロルが……くそっ、やっぱり無理してでも俺がついていくべきだった!」
「ああ! カロル様、おいたわしや……」
「…………」
アレンが悔しそうに歯ぎしりする。エマは悲嘆の情に思わず顔を覆い、ボリスは無言で険しい表情を浮かべた。
「すみませんでした。まんまと奴らにカロルを……私の力不足で……」
「いや、ククのせいじゃない! 悪いのは奴らだから……」
ククが暗い表情で謝罪すると、アレンが慌てて否定する。
「カロル嬢を奴らから取り返しましょう」
夢男が声を上げると、アレンが一も二もなく頷く。
「当然だ。奴らの好きにはさせない」
「そのとおりですわ。今すぐにでもカロル様を奪い返しに参りましょう!」
アレンとエマが気炎を上げていると、ボリスがおもむろに口を開いた。
「お嬢、それはだめだ。……悪いが俺たちはこれ以上は付き合えない」
ボリスが強い目線でそう宣言する。急な事でアレン達は言葉を失うが、エマがそれに猛反発した。
「ボリス!? どうして!? カロル様をこのままにしておくというのですか!?」
「冷たいことを言うようだが、シャロンさんのことは俺たちには無関係のことだ」
「ボリス!!」
「前にも言ったはずだ。俺はお嬢の護衛だ。お嬢の安全を全てに優先するのが俺の役目だ、と。俺だって、シャロンさんの拉致には腸が煮えくり返るような思いだ。もしこれがお嬢だったら、俺は冷静ではいられない。お嬢をさらった奴には必ず血の制裁で報いを受けてもらう」
冷静に、いっそ冷徹な態度でボリスが続ける。
「だが、シャロンさんなら話は変わってくる。特務機関なんて秘密組織、明らかに危ない連中だ。しかもそいつらの暗躍にはこの国の王が関わってる? きな臭い話にもほどがある。悪いが、シャロンさん一人のためにそんな危険な話に乗るわけにはいかない」
「ボリス……なんてひどいことを!」
「お嬢、よく考えろ。ウェルゲッセン出身のお嬢や、ポドポラ出身の俺がシャロン嬢の救出に乗り出て、それに失敗したら? 相手方に国王が関わってくる以上、国際問題に発展しかねないぞ。そうなったらノイラート家のお家取り潰しになるのは明らかだ。いや、それだけならまだ良いほうだ。最悪の場合、他国王家への工作活動とみなされて、一家まとめて死罪なんてシナリオもありうる。俺たちの身の危険だけの話じゃなくなるんだ」
「…………」
「……そういうことで悪いが青年、俺達はこれ以上の助太刀はできない」
エマが無言になったのを見て、ボリスはアレンへと声をかける。
アレンの胸中に無念の思いは湧き上がるが、ボリスの言うことはもっともだ。自分たちのために彼らに危ない橋を渡らせるわけにはいかない。自分がボリスの立場だったら、全く同じことを主張するだろう。
それにアレンは、ボリスの拳が白くなるほど強く握りしめられ微かに震える様子に気づいてしまっている。
ボリスの悔しさはそこから痛いほど伝わってきていた。それで十分だった。
アレンは頷いた。
「分かった。そもそもアンガス村のことだけでもあんた達には大恩がある。本当に世話になった、ありがとう」
「……すまねぇな」
アレンの言葉に、ボリスは思わず目をそらした。
ボリスにも勿論憤慨する気持ちはある。
なんとかできるなら、なんとかしたい。
しかしエマの身の安全、これは何事にも変えることはできない。
一時の義侠心に駆られて、選択を誤るわけにはいかないのだ。
……例えその選択が、エマに大粒の涙をこぼさせようとも。今この時のように。
「……ともかくも、リュテに向かいましょうか。急いで奴らの拠点から探さなければいけない。スピード命です」
場が一段落したと見て、夢男が声を上げた。
「リュテに行く手段はあるのか?」
ボリスが問うと、夢男は一つ頷き、パーシーへとその姿を変える。
「この者の『ギフト』を使えば……これこのとおりです」
夢男が小屋の壁に手を当てると、そこに扉が現れた。
そこはどこかの裏路地だろうか、薄暗い灰色の建物の壁が真正面に見える。
遠くからは人々のざわめきがガヤガヤと聞こえる。
人々の生活の匂いと地面から立ち上がる土埃が、小屋の中へとこぼれ落ちた。
「なるほど、便利なもんだ。……すまないが、俺たちも利用させてもらっていいか?」
「構いませんよ。扉をくぐるだけですから」
「助かる。これでアンガスでの貸しはチャラってことにしてくれ」
ボリスの申し出を夢男が受け入れる。
「……話はまとまったな」
アレンが真剣な目で一同を見渡した。
「カロルを助けに行くぞ」
次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2
評価・感想は小説家になろうにアカウント登録するとできるようになります。
作者の励みになりますので、よろしければ!