木立の中の戦い2
2020/10/30
粗が目立ってどうしても気になったので、全面的に文章表現を修正しました。
ストーリーに変更はありませんが、前よりも良い文章に出来たかと思います(自画自賛)。
針葉樹が立ち並ぶ林の中を、二つの影が飛び交っている。
「ふっ!」
岩のようにゴツゴツとした樹皮を足蹴にククが空中へと飛び上がった。
ククの視線の先にはタチヤーナが居る。枝に巻きつけた糸にぶら下がりながら、幹へと足を掛けている。
ククがすれ違うようにして横蹴りを見舞う。それは腕でガードされてしまった。
ククが追撃を繰り出そうとするも、タチヤーナは別の木へと糸を伸ばし、空中ブランコの要領で移動する。
身体を器用に翻しながら太めの枝へと着地する。見事なサーカスだ。
と、タチヤーナが体勢を整える間もなく、近くの幹へとナイフが突き刺さる。
思わずハッとした顔をしていると、そのナイフと入れ替わってククの姿が現れた。
ククは拳を腰だめに握りしめ、今まさにタチヤーナへと飛びかからんとする姿勢だ。
「シッ!」
タチヤーナが腕を振ると、その手先から束となって糸が飛び出す。
銀色にたなびく美しい見た目とは裏腹に、それらが覆いかぶさるかのようにしてククに襲いかかる。
ククが咄嗟に頭上へと逃れると、意外に大きな打擲音とともに糸の束が木の幹へと固く巻き付く。
木の幹がギシリと軋むのを耳にして、あれに捕まっていたら自力での脱出は叶わなかっただろう、とククは思った。思わず喉がゴクリと鳴る。
息をつく間もなく、今度は網状に編まれた糸がククを捕らえようとする。
「くっ!」
辛くも横っ飛びにそれを逃れた。
そこへさらに銀色にしなるワイヤーが襲ってくる。
「次から次へと!」
瞬時にナイフを下に放り投げて『ギフト』を発動した。ナイフと位置を入れ替え、タチヤーナの攻撃を逃れる。
ククの頭上で空気を切り裂く音が響き、空振った銀色のワイヤーが近くの幹へと当たる。
バチン! という大きな音とともに樹皮が弾け、後にはクマの爪痕のような傷が残る。
ワイヤーがタチヤーナの手元に戻り、ククは上から落ちてきたナイフを受け止める。
一旦の攻防が止んだ。
空中戦なら分があると踏んでいたのに……。
ククは内心で舌打ちをした。
エルフは風の力を操れるため、空中戦が得意だ。
おまけにククの『ギフト』は機動性の高い能力だ。近接戦で引けをとったことはほとんど無い。
しかし、タチヤーナもクク顔負けの空中戦を繰り広げた。
糸を変幻自在に繰り出し、軽業師のように空中を跋扈する。
近くに寄れば糸で相手を絡め取り、遠く離れれば糸の束でできたワイヤーで攻撃する。
中距離を保ちつつ戦うスタイルのようだ。ククも自身の『ギフト』で得意な距離に持ち込もうとするも、タチヤーナの立ち回りがそれを許してはくれない。
「やりますね……」
ヒトがエルフの空中戦に付いてくるとは夢にも思わなかった。
なるほど、音に聞いた特務機関、アレンの言に違わずプロ揃いということだ。
簡単には通してくれそうもない。だが……。
息を整え、ナイフを構え直す。
「カロルには手を出させませんよ」
「それはこちらにも言えることだ」
タチヤーナが身構える。
「我々のやることに手出しはさせない」
二人が足場を蹴り、再び攻防が始まった。
「ぬぅんっ!!」
マティアスに変身した夢男が拳を振るう。
ノーラが『ギフト』で打ち払うようにいなすと、その攻撃は脇の木へとそらされた。
轟音が鳴り響き、大人が一抱えするほどの大木が半ばほどまで抉られる。
マティアスの身体に慣れていない夢男が、攻撃の勢い余って少しバランスを崩した。
ノーラはその隙に『ギフト』を攻城槌のような形に変形させると、まるで砲撃するかのような勢いで夢男へと叩き込む。
「おおっ!?」
それを真正面から食らってしまい、後ろへと吹き飛ぶ。
細めの木を何本かバキバキとへし折ったところで、ようやくその勢いが止まった。
夢男はしばらく仰向けに倒れていたが、やがておもむろに上体を起こした。
「……いやいや、さすが一筋縄じゃ行きませんね」
一瞬意識が途切れた頭をブンブンと振る。
「マティアスの『ギフト』を借りて正解でした。まともに戦ったら命が幾つあっても足りない」
「……」
ノーラは無言で夢男を睨む。
夢男はああ言うが、精神的に追い込まれているのはノーラの方だった。
なにしろ夢男にダメージが通らない。
身体のどこに攻撃を与えても、鈍い金属音を立てて弾かれてしまう。
鉄の塊に攻撃しているような感覚だ。
それに対し、向こうは拳一つでこちらの『ギフト』を砕いてくる。
棘は弾かれ、刃は砕かれ、壁を展開してもパンチ一発で大穴が空く。
生身であの攻撃を受けてしまえばタダではすまない。
夢男が腕を振りかぶる度にノーラの背筋に冷たいものが走った。
これほど緊張を強いられる相手はそうそういない。
ノーラの背中にじっとりと汗が滲む。
「どう思われているのかわかりませんが」
夢男が首をコキコキと鳴らしながら口を開く。
「別にあなたをどうこうしたいわけではありません。単純にカロル嬢から手を引いて頂きたいだけです」
「……それはムリ」
ザザザ、とノーラの周りを黒い『ギフト』の壁が取り囲んだ。
不意の攻撃に備えてのことだが、それに恐怖の感情が入り混じっていることは否めない。
「まぁ、あなた方の立場からすればそうでしょうね」
夢男は喋りながらもチラっと目線を林の奥に送った。
ノーラとの闘いが始まる前、カロルに逃げるようこっそりと手で合図を送った。
そして二人が戦っている隙にカロルがこの場から離れるのも確認できた。
そのまま無事に逃げ切ってくれればいいが。
そこまで考えて、ふとある疑問が頭をよぎった。
……そう言えば、パーシーはどこへ行ったのか?
夢男がそう考えた瞬間だった。
耳をつんざくような発砲音が鳴り響き、『夢男の身体を銃弾が貫いた』。
「……っ!!」
傷口から血が吹き出す。予測できなかった痛みに、声にならない悲鳴を上げる。
……しかし、即死は免れることができた。正直、危なかった。
一瞬だけ視界の端に銃身が見え、ほとんど脊髄反射のように身を捻った。
その行動がなければ、その銃弾は心臓を正確に撃ちぬいていただろう。
夢男は変身し直すことで傷を無かったことにできる。
しかし、即死の場合はそうもいかない。その次に危ないのは失神だ。
今の銃撃には背筋がゾクリとさせられた。
夢男は『ギフト』で傷を消しつつ、銃撃の方向へと顔を向けた。
「無事か、ノーラ」
「……ノルベルト」
その場に現れたノルベルトが、ノーラに声をかける。
その手の中のライフル銃は油断なく夢男へと向いている。
「ノーラ姐、大丈夫!?」
パーシーがあわてふためきながら姿を現す。
「……パーシー。私は、大丈夫」
ノーラがこくりと頷く。パーシーはその様子を見ると安堵の吐息を漏らした。
「ノルベルトさん、ノーラ姐と一緒に夢男の相手をお願い。僕はカロル嬢を追いかけるから」
「分かった」
ノルベルトが頷くのを見届けて、パーシーは林の奥へと向かっていった。
「なるほど、その貫通弾は厄介だ」
夢男が冷や汗を垂らす。
マティアスの鋼鉄の身体をいとも容易く貫いてしまう。そんな力を持っているのはノルベルトの全てを貫く『ギフト』ぐらいだ。
ノーラとノルベルトの二人がじりじりと間合いを詰めてくる。
「これは不味いことになりましたね」
優勢だったのが一転、追い込まれる形となってしまった。
「ハァ……ハァ……!」
木立の合間を縫って、カロルが駆けていく。
息は切れ切れで、額には玉のような汗が浮かぶ。
草木をかき分ける度に、手足に細かい擦り傷が増えていく。
先程から同じような景色が延々と続く。
方向感覚が良いとは言えないカロルは、自分が今どこへ向かっているかも定かではない。
とにかく奴らから離れる。
その思いだけを胸に、もつれそうな足をなんとか踏ん張り必死に木立の間を駆け抜けていく。
しかし。
「……見つけましたよ」
目前の木の幹に扉が現れ、その中からパーシーが姿を現す。カロルは慌てて足を止める。
「パーシー・フェザーストン!」
「大人しく捕まってくれませんか、カロル嬢」
「誰が!」
カロルは即座に踵を返し、先程走り抜けた道を逆走し始めた。
「無駄です」
しかし、またもや扉によって先回りされてしまう。
「うっ……!」
「僕の『ギフト』はこういう場所にはうってつけでして」
パーシーが余裕の笑みを浮かべる。
樹木が無数に林立するこの場所では扉が作りたい放題だ。
パーシーの追跡を振り切れそうに無いことを悟る。
「くっ!」
逃げ先を誤ったか……!
カロルは後悔の念に襲われる。
「もうあなたにできることはありません。大人しく捕まってくれませんか?」
「嫌に決まってるでしょう! パーシー、『思いっきり木に頭をぶつけなさい!』」
カロルが命令すると、パーシーが近くの木に勢いよく頭突した。
ハンマーで幹を叩いたような、大きく重たい音が林に響いた。
パーシーが苦痛に悲鳴を上げる。
しかし。
パーシーは咄嗟に自身の腕を間に挟みクッションにしていた。
先程の音はパーシーの腕の骨が折れた音だった。
代償はひどいものだが、頭を打って失神してしまう事態は回避できた。
「そんな……」
「何度も同じ事をされれば」
パーシーが脂汗を滲ませながらも、カロルに不敵な笑みを向ける。
「流石に対応策も考えます。……うぐぅ!」
それでもやはり痛みがひどいようで、うめき声を抑えることが出来ない。
「……ならば何度でも!!」
カロルが追い打ちをかけようと、パーシーに向かって走り出す。
彼は骨折している。激しい立ち回りは出来ないはずだ。
力の差が多少あったとしても、揉み合いにまで持っていけば勝算はある!
カロルが腕を伸ばし、パーシーを捕らえようとした。
「なんの策もなしに」
唐突にパーシーがつぶやいた。
「私一人であなたを追いかけるわけ無いでしょう?」
「捕まえた!!」
「!?」
突然後ろから誰かがぶつかってきて、地面へと引き倒された。
「ぐっ!」
カロルがうめき声を上げる。倒れたカロルの背中に誰かがのしかかり、地面へと押さえつけられてしまう。
「パーシー、大丈夫!?」
「いや、流石に大丈夫じゃないかな……骨が折れたみたい」
パーシーが誰かと会話を繰り広げる。カロルからはその顔は見えない。
「大変! 早く帰らないと!」
「うん……痛ててて……」
パーシーが苦痛に顔をしかめながらも、木の幹に扉を開く。
「さあ立って!」
背中の何者かが、カロルを羽交い締めにしながらカロルを無理やり立たせる。
「くっ……あ、あなたは……?」
「私はねぇ、ギヨ――」
「名前を言っちゃいけない!」
パーシーが咄嗟にその言葉を遮る。
カロルの後ろでギヨルパが「そうだった!」と言って、慌てて口を噤んだ。
轟音を立てて黒いハンマーが夢男に襲いかかる。それが振り回される度に周りの木が弾け飛ぶ。
ノーラの『ギフト』で作られたハンマーは当たったところでマティアスの鋼鉄の身体にはダメージを通せない。
とはいえ、当たれば吹き飛ばされる程度の威力はある。
そして地面へと倒れてしまえば最後、ノルベルトの銃弾が夢男を貫くだろう。
「なかなかに厄介な状況ですね……」
1対1でならノーラを圧倒できたが、ノルベルトが加わったことで夢男もそちらに意識を割かざるを得なかった。
ノルベルトは夢男たちからは一定の距離をとっている。
有効打を持っているノルベルトは先に倒してしまいたい。
しかし下手にノルベルトに向かっていっても良い標的になるだけだ。
ノーラもノルベルトをアシストする方向に切り替えたようだ。
無理に夢男を倒そうとせず、ハンマーを細かく振り回して夢男の移動を制限するように動いている。
こうなると周りの木々も邪魔に思えてきた。
マティアスの『ギフト』の優位性がなくなって、その巨体のデメリットが浮き彫りになる。
劣勢は明らか。この場からの離脱を考えるべきだ。
「そうとなれば……」
夢男はノーラの『ギフト』を避けると、すばやく木陰へと姿を隠した。
その木をノルベルトの銃弾が貫通した。
「…………」
ノルベルトは無言でボルトを引いた。仕留めた感触が無い。
ノーラが反撃を警戒しつつ木の裏へと回り込む。
「……いない?」
ノーラが周りをキョロキョロと見渡していると、上の方でガサガサという音が鳴り木の葉が振ってきた。
上を見上げると、木の枝が何かに弾かれたかのように揺れている。
「ノルベルト! 上空に逃げられた!」
ノーラが叫ぶ。
その言葉を聞いて、ノルベルトが急いで駆け寄ってきた。
「ノーラ、持ち上げてくれ」
ノルベルトの言葉に頷くと、ノーラは『ギフト』で箱のような物を創った。ちょうど小さめの気球の籠のような形をしている。
ノルベルトがそれに乗るのを確認すると、ノーラは自分の『ギフト』の籠を操作し、上空へと持ち上げた。
バサバサと枝をかき分けて、ノルベルトが林の上へと躍り出る。
周りを見渡すと、小さなエルフの女が空を飛んでいくのが見えた。
変身した夢男だ。
そう認識すると、ノルベルトが銃を構えた。
「カロル嬢は……」
ククの姿に変身した夢男は、ノーラ達から離脱すると上空からカロルを探し始めた。
それほど密集していない雑木林である。ほどなく、木々の合間にカロルの姿を見つける。
「っ! まずい!」
カロルが獣人の少女に捕まっているのが見えた。あれは確かギヨルパとかいう少女だ。
慌ててカロルの下へ飛んでいこうとする。
その瞬間、腹部に銃撃を受けた。
「ぐぁっ!!」
一瞬、痛みで気が遠くなり、風をうまく操れなくなる。
横目でちらと見ると、ノルベルトらしき男が黒い籠のような物に乗っているのが見えた。
「本当に厄介な……!」
そのまま林の中へと墜落してしまう。
木の枝に引っかかれ全身に傷を負いながら、地面へと落ちた。
「う……ぐ……」
「誰だ!?」
パーシーの声が聞こえた。
夢男が怪我を消し去りつつそちらに目を向ける。
カロルが今まさに扉へと引きずり込まれようとしているところだった。
「カロル嬢!」
「クク!?」
夢男とは気づかず、カロルが必死な声を上げる。
「早く、中へ!」
パーシーが焦りながら声を上げる。ギヨルパが「わかってるよぉ!」と言いながら、カロルを何とか扉の中へ押し込もうとしている。
夢男は焦るが、投げるのに手頃なものが周りにない。
なにか……なにかできることは……!
その時ふと、夢男の脳内に閃くものがあった。
「カロル嬢!」
夢男は大声をあげた。一か八か。
「その少女の名は『ギヨルパ』です!」
その言葉を聞いて、無我夢中でカロルは叫んだ。
「ギヨルパ! 『私を離しなさい!!』」
ギヨルパがパッとカロルを離した。
「あっ!」
ギヨルパは自分の行動が信じられず、目を大きく見開いて驚く。
カロルが思い切り体当たりをした。不意を突かれ、悲鳴を上げながらギヨルパが地面へと倒れる。
「よし!」
無我夢中だっただけかもしれませんが、よくぞ私の意図を汲んで『ギフト』を発動してくれました!
夢男が素早く立ち上がって、急ぎカロルの下へと駆け抜けていく。
最近はヒト社会で生活する機会も増え、獣人でもファミリーネームを持つ者が多くなった。
しかし、ファーストネームしか持たない獣人もまだまだ多い。
そこで夢男は、『ギヨルパ』という名がそれだけでフルネームである可能性に思い至った。
もしそうなら、カロルの『ギフト』が有効になるはずだ。
その可能性に一縷の望みを託した。
そして賭けに勝った。
「まずい!!」
パーシーが腕の痛みも忘れてなりふり構わず手を伸ばしてカロルを捕まえる。
「パーシー、『私を離して!』」
それは当然、カロルに防がれる。パーシーがパッと手を離す。
「くそぉ!」
パーシーが苛立ちと悔しさがない混ぜになった表情を浮かべる。
「カロル嬢、そのままこっちへ!!」
夢男が猛然とカロルに走り寄る。
カロルがこちらに振り向き、駆け寄ろうとしたところで。
扉の向こうから、ぬう、と腕が伸びてきて、カロルの腕を掴んだ。
「あっ!」
カロルが驚愕の表情を浮かべた。
そして、なすすべもなく扉の中へと引き込まれてしまった。
「カロル嬢っ!!」
間に合わない!
焦りながらも地面の小石を拾い、ククの『ギフト』を発動させようとする。
そこへギヨルパが割り込んできた。
「通さないよ!」
ギヨルパが蹴りを繰り出す。
「邪魔です!」
夢男がギヨルパの頭上を飛び越そうとする。
「させない!」
しかしギヨルパが驚異的な反射神経で夢男の足を掴む。
「なに!?」
「でやあああ!」
夢男の身体がガクリと空中に止まり、そのまま地面へと叩きつけられた。
「ぐぉっ!!」
全身を襲う痛みに夢男がうめき声をあげる。
朦朧とする意識の中、扉の奥から何者かが姿を現すのを目撃した。
「よくやったパーシー。皆を撤収させろ」
そこには特務機関長、ジョフロワ・マイヨールの姿があった。
「機関長……了解です」
パーシーが苦痛を堪えながらもジョフロワに返事をする。
ジョフロワは夢男を一瞥すると、再び扉の奥へと姿を消した。
パーシーの手が扉を押す。
「ぐっ……カロル嬢!!」
ギヨルパに上から押さえつけられながら、夢男が叫ぶ。
扉が閉まる音が響いた。
「カロル嬢……確保」
パーシーの言葉とともに、無情にも扉が消えた。
次話は2020/11/2 6:00更新予定です。
【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2
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