木立の中の戦い
さてはて、と呟き、夢男がカロルとククを一瞥する。
「いきなり拉致するとは、いささか強引ではありませんかねぇ? レディはもっと紳士にエスコートすべきでは?」
「そんなことはどうでもいいことです」
油断のならない物を見る目で、パーシーが睨む。
「どうでも良くはないんじゃないですか?」
夢男はその険しい視線をどこ吹く風とばかりに受け流す。
「このような乱暴な方法で連れて行かれて、カロル嬢が納得するはずがないでしょうに。せめて対話ぐらいするべきだったのでは? それとも――」
そう言うとニヤリと口の端を吊り上げた。
「なにか、焦ってたりします?」
突然、ノーラの『ギフト』が夢男を襲った。
鋭い漆黒の棘が何本も飛び出し、夢男の身体を串刺しにしたかに思われた。
しかし、夢男は間一髪それらを躱すと、バク転しながら距離をとった。
「突然ですねぇ」
無表情に手をかざしているノーラを見て、夢男が呆れたような声をあげる。
「あなたと対話する気は、こちらにはありません」
パーシーが冷ややかに言い放つ。
「今はカロル嬢の確保を優先するように言われています」
ノーラの『ギフト』が分裂し、幾つもの黒い三日月状の物体となった。
「その邪魔を、しないで頂きたい!」
その言葉を皮切りに、黒い三日月がしなる刃となって、夢男を襲った。
夢男はククへと変身すると、急ぎ上空へと逃れる。
タチヤーナが腕を振るうと、幾筋もの糸が夢男へと迫る。
「おっと」
それをひらりと躱すと、今度は横殴りの雨のような、黒い棘の猛撃を受けた。
夢男はまるで空中を滑るアメンボのように、それらをツイツイと避ける。
「ノーラ姐はそのまま夢男を抑え込んで! 僕らは」
パーシーが急いでタチヤーナへと指示を出す。
「カロル嬢を連れてこの場から離脱する!」
「了解」
タチヤーナはそう言うとカロルの下へと素早く駆け寄り、カロルを担ごうとする。
と、そこへ不意に小石が飛んできて、土の地面をボソリと叩いた。
タチヤーナがハッとした顔をすると――。
「そうはさせません……よ!」
小石と位置を入れ替えた夢男がにわかに現れ、タチヤーナを蹴りつける。
咄嗟に腕でガードした彼女に、夢男はさらに石を投げつける。
「くっ!」
タチヤーナが身を反らしてそれを避けた。
しかし、その石と入れ替わった夢男にもう一度蹴りつけられてしまう。
今度こそ踏ん張りが効かず、地面へと倒れ込む。
「ぐっ……!」
「タ……姐!」
思わず名前を口にしてしまいそうになったパーシーだが、すんでのところで踏みとどまる。
ノーラの目線の動きに合わせるように『ギフト』の黒い砂がざらざらと動き、夢男に狙いをつける。
夢男は小石を後方へと高く放り投げると、カロルとククの二人を両脇に抱えた。
「いきますよ」
ノーラの『ギフト』が襲いかかる瞬間、三人の姿がその場から消え、黒い棘が虚しく地面を穿つ。小石がノーラをあざ笑うかのように地面を転がる。
少し離れた場所に三人の姿が現れる。
夢男は風で減速しながら地面へとそっと降りた。
「いやあ、危ない危ない。あやうく串刺しになるところでした」
ククの顔をした夢男が、その顔に似つかわしくないニタリとした笑みを浮かべる。
三日月を思わせるような形の笑みに、ククは生理的な嫌悪感を抱いた。
「助けてもらっておいてなんですが、私の顔でそんな邪悪な笑みを浮かべるのはやめて頂けますか……あと、この糸も解いてください」
しかしククが言うよりも早く、夢男はナイフを取り出しカロルの拘束を解こうとしていた。
「おやおや、気分を害されたのなら申し訳ない」
口では殊勝なことを言いつつも、そのヘラヘラと軽薄な態度に変わりはない。ククは閉口した。
そうこうしている間にカロルの拘束が解かれた。
糸の食い込んだ跡を思わずさすっていると、カロルの目が迫りくる危険を捉えた。
「っ! あの糸の人が来ます!」
タチヤーナがこちらへと猛烈な勢いで走ってくる。その腕が大きく後方へと振られた。
「間に合わない」
ククの解放を後回しにして、夢男が前へと出た。
何本かの糸を撚り合わせたものだろうか。タチヤーナの手からは細いワイヤーが三本伸びていた。それらは銀色に煌めきながら、空中に優美な曲線を描く。
夢男が変身する。
それと同時に、恐るべき速さでワイヤーが襲いかかった。
金属と金属が擦れるような、キュウン、という甲高い音が響いた。
「ム……」
タチヤーナが眉間に皺を寄せる。
ノーラへと変身した夢男が、その『ギフト』で壁を作っていた。
黒い壁には猛獣の爪痕のような傷が三筋残っており、タチヤーナの攻撃の鋭さを窺わせる。
その壁の一部から薄い刃が飛び出し、タチヤーナを襲う。
タチヤーナは咄嗟にワイヤーで防御する。辺りに金属音が鳴り響く。
すぐさま適当な木へと糸を飛ばす。それが幹へとしっかり巻き付くのを確認すると、夢男の放った棘の追撃を躱し、横へと飛び退った。
ウィンチで引っ張られるかのように、タチヤーナの身体がその木へと引き寄せられていき、夢男から遠ざかる。
どうやら彼女の糸は、巻き取るかのごとく手の中へと引き入れる事ができるらしい。
攻防が一旦落ち着く。不意にカロルの声が上がった。
「この糸切りづらいのですが……」
カロルがナイフを使ってククの糸を切断しようとしていた。
しかしどうやらうまくいかない様子で、ナイフをぎこちなく動かしている。
「その糸、束になっていると強度が増すようです。ちょっとバラけさせて、地道に少しずつお切りなさい」
夢男がアドバイスすると、カロルのナイフが少しずつ糸を切断するようになった。
「さて……こっからどう動きますかね」
夢男が辺りを見回す。
タチヤーナは林道脇の木で身構えている。
ノーラも少し遠巻きにしながらこちらの様子を窺っているようだ。
そしてパーシーは……。
「……! あの少年はどこへ!?」
パーシーの姿が何処にも見当たらない。夢男が危機感を覚える。
「切れました!」
カロルがククの拘束を解いた。
その瞬間。
「わ、きゃああっ!」
唐突にカロルの叫び声が上がる。
夢男が咄嗟に振り向く。
地面に出来た『扉』へと、カロルが落ちていく瞬間を目撃した。
「くっ!」
ノーラの『ギフト』を使ってカロルを掬い上げようとする。
ククもがむしゃらに手をのばしてカロルを掴もうとしている。
しかし二人とも一歩遅かった。カロルが吸い込まれ、あえなく目の前で扉が閉まってしまう。
「……ぁあっ!」
林道脇の木立の中、木の幹に開いた『扉』からカロルが飛び出してきて、それをパーシーが受け止めた。
「カロル嬢確保!!」
その声を聞いて、ノーラが一目散に木立の中へと分け入っていく。
「まずい!」
夢男とククが焦燥感に駆られながら、ノーラの後を追おうとする。
しかし、その行く手を遮るようにワイヤーが飛び出す。ノーラに変身している夢男が、黒い壁でガードした。
「邪魔はさせない」
目の前にタチヤーナが立ちはだかる。
彼女が腕を振るうと、幾筋もの糸が縦横に迸る。
一瞬の内に、林道を塞ぐ銀色の『網』ができあがった。
「邪魔をするな!」
ククが怒号を上げながら、空中へと跳躍する。
タチヤーナはククを阻止すべく糸を繰り出すが、そこへ夢男が割り込む。
腕を大きく横に振ると、巨大な刃が黒い軌跡を引きながら横薙ぎに払われる。
タチヤーナが糸を操り跳躍して躱すと、夢男の刃が二人の行く手を阻む『網』を切断する。
「カロル!!」
ククが飛翔して『網』を飛び越えようとする。
しかし、何かに脚をとられ、ガクンと引っ張られてしまう。
「っくそ! またですか!」
ククが自身の脚に絡まる糸に気づいた。その糸の先はタチヤーナの手の中に続いている。
さらに夢男を捕らえようと、もう片方の手から糸を繰り出す。
風切り音を響かせて夢男へと迫るが、『ギフト』の壁に阻まれてしまう。
タチヤーナは悔しげな表情で大きく息を吸い込む。
「夢男が……」
そちらに向かっている。
そう叫ぼうとした瞬間、目の前にナイフが飛んできた。
タチヤーナがそれを反射的に避ける。
避けたナイフがククと入れ替わった。
「っ!!」
ククが拳を繰り出す。しかしそれはタチヤーナに防御される。
逆にタチヤーナの拳を喰らいククが吹き飛ぶ。
だが空中を飛んでいたことで、ある程度ダメージは緩和できた。
空中でくるりと回転して、地面へと着地する。
「私が助けに行けないのは業腹ですが……邪魔はさせませんよ」
その言葉に、タチヤーナの眉が不快そうに歪められた。
カロルを拘束したパーシーが手近な木に手を当てる。そこに扉が出現した。
「このまま機関まで来てもらいます」
「パーシー、『私を」
「そうはさせない!」
カロルが途中まで言いかけるが、その前にパーシーの手がカロルの口を塞いでしまう。
「もがーっ!」
「このまま大人しく、うごぅっ!!」
がむしゃらに暴れるうちに、カロルの肘がパーシーの顔面にヒットする。
パーシーはたまらずカロルから手を離し、うめきながら顔面を押さえた。
カロルはその隙を見計らって、林道へと出ようとするが。
「……逃さない」
ノーラが立ちふさがる。
ノーラの顔は無表情だが、有無を言わさぬ威圧感がある。
その灰色の目に射抜かれ、思わずカロルはゾクリと背が震える。
不意に、カロルはそばで呻くパーシーを捕まえると、後ろから羽交い締めにした。
「それ以上近寄らないで!」
カロルの警告にノーラが足を止める。
「私はあなた達に協力する気も無ければ、大人しく捕まる気もありません。諦めてくれませんか?」
カロルが興奮しながらまくしたてると、ノーラが不思議そうに首をかしげる。
「……もしかして冗談? この状況であなたを諦めるわけ、ないよ?」
「ノーラ姐の言うとおりです」
パーシーがその言葉に同意する。口の中を切ったのか、唇の端から血が流れている。
「僕たちは陛下の命により動いています。あなたを確保するのは絶対条件です。諦めるわけがない」
この状況でも憎たらしいほどにパーシーは落ち着いている。ノーラからも何の気負いも感じられない。
「僕をこうやって拘束して、それでこの後どうするつもりです? 何か策はあるんですか?」
そんなものはなにもない。
「あなたにはこれ以上打つ手がないはず。チェックメイトなんですよ」
そんなことはカロルも分かっている。
しかし、何か。何か時間を稼ぐことを考えなくては。
カロルが焦燥感を滲ませながら黙りこくる。その様子を悟り、パーシーが無情にも宣告した。
「ノーラ姐、カロル嬢を捕まえて」
その瞬間、視界の外から伸びてきたノーラの『ギフト』が、カロルの両手首を捕らえた。
カロルが驚愕の悲鳴をあげる。
ノーラの『ギフト』が両側の木の裏から伸びてきていた。
パーシーが喋っている間に、密かに木を迂回させていたらしい。
つまりは、時間稼ぎをしていたのは彼らの方だったということだ。
カロルが悔しさに歯噛みする。
「さて、これで元通りですね」
パーシーがカロルの懐から脱出し、余裕の笑みを向ける。
ノーラの『ギフト』がカロルの身体全体を包み込んだ。口も塞がれてしまう。
もはや一切の抵抗が出来ないことをカロルは悟った。
「では機関へ」
任務の成功を確信し、パーシーが告げる。
木の幹へと手を当てると、そこに扉が出現した。
いきなりその扉が外向きに開かれ、パーシーの身体を強かに打った。
「……えっ?」
ノーラが唖然とした顔で、地面へと倒れたパーシーを見る。
「すみませんね。この扉、私の作ったものなんですよ」
扉の向こうから、別のパーシーが姿を現した。
そしてその姿が別のものへと変わる。
果たしてそこには――。
「……誰?」
「マティアス!?」
そこに居るだけで強烈な威圧感を放つ巨漢、マティアス・ヨハンセンが立っていた。
「いえいえ、もちろんマティアスではなく」
指をチッチッチと振りながら、ニタリと口の端を歪めた。
「夢男ですとも」
その時、死角から黒い棘が飛び出し、マティアスの姿をした夢男へと急襲した。
あぶない。カロルがそう叫ぶ間もなく。
棘が夢男の頭部を直撃した。
そして、鈍い金属音を鳴らして弾き返された。
「……うそっ?」
ノーラの常より眠たげな半眼が、今は驚愕に大きく見開かれていた。
信じられぬ、といった調子で再度、今度は真正面から黒い刃を飛ばす。
夢男の上半身に当たると同時に、刃は粉々に砕け散った。
「さすがマティアス。頑丈さはピカイチですね」
愉快そうに自らの上半身を拳で叩く夢男。鐘を叩くかのようなゴンゴンという音が鳴った。
蚊の刺すほどのダメージすら見受けられない。
その様子に、ノーラは久しく感じることのなかった恐怖の感情を覚えた。
足が思わず半歩後ずさる。
「さて、それではあなた方には」
夢男が拳をかち合わせる。ガキンという音が響いた。
「いい夢でも見てもらいましょうか」
夢男が、マティアスの強面をさらに凶悪な相貌へと歪めた。
すみません、推敲の時間が十分に取れなかったため、後で誤字脱字等の修正は入るかもしれません。
もし修正すべき点を見つけられましたら、ご一報頂けると幸いですm(__)m
次話は2020/10/26 6:00更新予定です。
【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2
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