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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第4章・前編 首都攻防戦 ~それぞれのリュテ~
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木立の中の戦い

 さてはて、と呟き、夢男がカロルとククを一瞥する。

「いきなり拉致するとは、いささか強引ではありませんかねぇ? レディはもっと紳士にエスコートすべきでは?」

「そんなことはどうでもいいことです」

 油断のならない物を見る目で、パーシーが睨む。

「どうでも良くはないんじゃないですか?」

 夢男はその険しい視線をどこ吹く風とばかりに受け流す。

「このような乱暴な方法で連れて行かれて、カロル嬢が納得するはずがないでしょうに。せめて対話ぐらいするべきだったのでは? それとも――」

 そう言うとニヤリと口の端を吊り上げた。

「なにか、焦ってたりします?」


 突然、ノーラの『ギフト』が夢男を襲った。


 鋭い漆黒の棘が何本も飛び出し、夢男の身体を串刺しにしたかに思われた。

 しかし、夢男は間一髪それらを躱すと、バク転しながら距離をとった。

「突然ですねぇ」

 無表情に手をかざしているノーラを見て、夢男が呆れたような声をあげる。

「あなたと対話する気は、こちらにはありません」

 パーシーが冷ややかに言い放つ。

「今はカロル嬢の確保を優先するように言われています」

 ノーラの『ギフト』が分裂し、幾つもの黒い三日月状の物体となった。

「その邪魔を、しないで頂きたい!」


 その言葉を皮切りに、黒い三日月がしなる刃となって、夢男を襲った。


 夢男はククへと変身すると、急ぎ上空へと逃れる。

 タチヤーナが腕を振るうと、幾筋もの糸が夢男へと迫る。

「おっと」

 それをひらりと躱すと、今度は横殴りの雨のような、黒い棘の猛撃を受けた。

 夢男はまるで空中を滑るアメンボのように、それらをツイツイと避ける。

「ノーラ姐はそのまま夢男を抑え込んで! 僕らは」

 パーシーが急いでタチヤーナへと指示を出す。

「カロル嬢を連れてこの場から離脱する!」

「了解」

 タチヤーナはそう言うとカロルの下へと素早く駆け寄り、カロルを担ごうとする。

 と、そこへ不意に小石が飛んできて、土の地面をボソリと叩いた。

 タチヤーナがハッとした顔をすると――。


「そうはさせません……よ!」


 小石と位置を入れ替えた夢男がにわかに現れ、タチヤーナを蹴りつける。

 咄嗟に腕でガードした彼女に、夢男はさらに石を投げつける。

「くっ!」

 タチヤーナが身を反らしてそれを避けた。

 しかし、その石と入れ替わった夢男にもう一度蹴りつけられてしまう。

 今度こそ踏ん張りが効かず、地面へと倒れ込む。

「ぐっ……!」

「タ……姐!」

 思わず名前を口にしてしまいそうになったパーシーだが、すんでのところで踏みとどまる。


 ノーラの目線の動きに合わせるように『ギフト』の黒い砂がざらざらと動き、夢男に狙いをつける。


 夢男は小石を後方へと高く放り投げると、カロルとククの二人を両脇に抱えた。

「いきますよ」

 ノーラの『ギフト』が襲いかかる瞬間、三人の姿がその場から消え、黒い棘が虚しく地面を穿つ。小石がノーラをあざ笑うかのように地面を転がる。

 少し離れた場所に三人の姿が現れる。

 夢男は風で減速しながら地面へとそっと降りた。

「いやあ、危ない危ない。あやうく串刺しになるところでした」

 ククの顔をした夢男が、その顔に似つかわしくないニタリとした笑みを浮かべる。

 三日月を思わせるような形の笑みに、ククは生理的な嫌悪感を抱いた。

「助けてもらっておいてなんですが、私の顔でそんな邪悪な笑みを浮かべるのはやめて頂けますか……あと、この糸も解いてください」

 しかしククが言うよりも早く、夢男はナイフを取り出しカロルの拘束を解こうとしていた。

「おやおや、気分を害されたのなら申し訳ない」

 口では殊勝なことを言いつつも、そのヘラヘラと軽薄な態度に変わりはない。ククは閉口した。

 そうこうしている間にカロルの拘束が解かれた。

 糸の食い込んだ跡を思わずさすっていると、カロルの目が迫りくる危険を捉えた。

「っ! あの糸の人が来ます!」

 タチヤーナがこちらへと猛烈な勢いで走ってくる。その腕が大きく後方へと振られた。

「間に合わない」

 ククの解放を後回しにして、夢男が前へと出た。

 何本かの糸を撚り合わせたものだろうか。タチヤーナの手からは細いワイヤーが三本伸びていた。それらは銀色に煌めきながら、空中に優美な曲線を描く。

 夢男が変身する。

 それと同時に、恐るべき速さでワイヤーが襲いかかった。


 金属と金属が擦れるような、キュウン、という甲高い音が響いた。


「ム……」

 タチヤーナが眉間に皺を寄せる。


 ノーラへと変身した夢男が、その『ギフト』で壁を作っていた。

 黒い壁には猛獣の爪痕のような傷が三筋残っており、タチヤーナの攻撃の鋭さを窺わせる。


 その壁の一部から薄い刃が飛び出し、タチヤーナを襲う。

 タチヤーナは咄嗟にワイヤーで防御する。辺りに金属音が鳴り響く。

 すぐさま適当な木へと糸を飛ばす。それが幹へとしっかり巻き付くのを確認すると、夢男の放った棘の追撃を躱し、横へと飛び退った。

 ウィンチで引っ張られるかのように、タチヤーナの身体がその木へと引き寄せられていき、夢男から遠ざかる。

 どうやら彼女の糸は、巻き取るかのごとく手の中へと引き入れる事ができるらしい。


 攻防が一旦落ち着く。不意にカロルの声が上がった。

「この糸切りづらいのですが……」

 カロルがナイフを使ってククの糸を切断しようとしていた。

 しかしどうやらうまくいかない様子で、ナイフをぎこちなく動かしている。

「その糸、束になっていると強度が増すようです。ちょっとバラけさせて、地道に少しずつお切りなさい」

 夢男がアドバイスすると、カロルのナイフが少しずつ糸を切断するようになった。

「さて……こっからどう動きますかね」

 夢男が辺りを見回す。

 タチヤーナは林道脇の木で身構えている。

 ノーラも少し遠巻きにしながらこちらの様子を窺っているようだ。

 そしてパーシーは……。


「……! あの少年はどこへ!?」

 パーシーの姿が何処にも見当たらない。夢男が危機感を覚える。


「切れました!」

 カロルがククの拘束を解いた。

 その瞬間。

「わ、きゃああっ!」

 唐突にカロルの叫び声が上がる。


 夢男が咄嗟に振り向く。

 地面に出来た『扉』へと、カロルが落ちていく瞬間を目撃した。


「くっ!」

 ノーラの『ギフト』を使ってカロルを掬い上げようとする。

 ククもがむしゃらに手をのばしてカロルを掴もうとしている。

 しかし二人とも一歩遅かった。カロルが吸い込まれ、あえなく目の前で扉が閉まってしまう。


「……ぁあっ!」

 林道脇の木立の中、木の幹に開いた『扉』からカロルが飛び出してきて、それをパーシーが受け止めた。

「カロル嬢確保!!」

 その声を聞いて、ノーラが一目散に木立の中へと分け入っていく。


「まずい!」

 夢男とククが焦燥感に駆られながら、ノーラの後を追おうとする。

 しかし、その行く手を遮るようにワイヤーが飛び出す。ノーラに変身している夢男が、黒い壁でガードした。

「邪魔はさせない」

 目の前にタチヤーナが立ちはだかる。


 彼女が腕を振るうと、幾筋もの糸が縦横に迸る。

 一瞬の内に、林道を塞ぐ銀色の『網』ができあがった。


「邪魔をするな!」

 ククが怒号を上げながら、空中へと跳躍する。

 タチヤーナはククを阻止すべく糸を繰り出すが、そこへ夢男が割り込む。

 腕を大きく横に振ると、巨大な刃が黒い軌跡を引きながら横薙ぎに払われる。

 タチヤーナが糸を操り跳躍して躱すと、夢男の刃が二人の行く手を阻む『網』を切断する。

「カロル!!」

 ククが飛翔して『網』を飛び越えようとする。

 しかし、何かに脚をとられ、ガクンと引っ張られてしまう。

「っくそ! またですか!」

 ククが自身の脚に絡まる糸に気づいた。その糸の先はタチヤーナの手の中に続いている。

 さらに夢男を捕らえようと、もう片方の手から糸を繰り出す。

 風切り音を響かせて夢男へと迫るが、『ギフト』の壁に阻まれてしまう。

 タチヤーナは悔しげな表情で大きく息を吸い込む。

「夢男が……」

 そちらに向かっている。

 そう叫ぼうとした瞬間、目の前にナイフが飛んできた。

 タチヤーナがそれを反射的に避ける。


 避けたナイフがククと入れ替わった。


「っ!!」

 ククが拳を繰り出す。しかしそれはタチヤーナに防御される。

 逆にタチヤーナの拳を喰らいククが吹き飛ぶ。

 だが空中を飛んでいたことで、ある程度ダメージは緩和できた。

 空中でくるりと回転して、地面へと着地する。

「私が助けに行けないのは業腹ですが……邪魔はさせませんよ」

 その言葉に、タチヤーナの眉が不快そうに歪められた。


 カロルを拘束したパーシーが手近な木に手を当てる。そこに扉が出現した。

「このまま機関まで来てもらいます」

「パーシー、『私を」

「そうはさせない!」

 カロルが途中まで言いかけるが、その前にパーシーの手がカロルの口を塞いでしまう。

「もがーっ!」

「このまま大人しく、うごぅっ!!」

 がむしゃらに暴れるうちに、カロルの肘がパーシーの顔面にヒットする。

 パーシーはたまらずカロルから手を離し、うめきながら顔面を押さえた。

 カロルはその隙を見計らって、林道へと出ようとするが。


「……逃さない」

 ノーラが立ちふさがる。


 ノーラの顔は無表情だが、有無を言わさぬ威圧感がある。

 その灰色の目に射抜かれ、思わずカロルはゾクリと背が震える。


 不意に、カロルはそばで呻くパーシーを捕まえると、後ろから羽交い締めにした。

「それ以上近寄らないで!」

 カロルの警告にノーラが足を止める。

「私はあなた達に協力する気も無ければ、大人しく捕まる気もありません。諦めてくれませんか?」

 カロルが興奮しながらまくしたてると、ノーラが不思議そうに首をかしげる。

「……もしかして冗談? この状況であなたを諦めるわけ、ないよ?」

「ノーラ姐の言うとおりです」

 パーシーがその言葉に同意する。口の中を切ったのか、唇の端から血が流れている。

「僕たちは陛下の命により動いています。あなたを確保するのは絶対条件です。諦めるわけがない」

 この状況でも憎たらしいほどにパーシーは落ち着いている。ノーラからも何の気負いも感じられない。

「僕をこうやって拘束して、それでこの後どうするつもりです? 何か策はあるんですか?」

 そんなものはなにもない。

「あなたにはこれ以上打つ手がないはず。チェックメイトなんですよ」

 そんなことはカロルも分かっている。


 しかし、何か。何か時間を稼ぐことを考えなくては。


 カロルが焦燥感を滲ませながら黙りこくる。その様子を悟り、パーシーが無情にも宣告した。

「ノーラ姐、カロル嬢を捕まえて」


 その瞬間、視界の外から伸びてきたノーラの『ギフト』が、カロルの両手首を捕らえた。

 カロルが驚愕の悲鳴をあげる。

 ノーラの『ギフト』が両側の木の裏から伸びてきていた。

 パーシーが喋っている間に、密かに木を迂回させていたらしい。

 つまりは、時間稼ぎをしていたのは彼らの方だったということだ。

 カロルが悔しさに歯噛みする。

「さて、これで元通りですね」

 パーシーがカロルの懐から脱出し、余裕の笑みを向ける。

 ノーラの『ギフト』がカロルの身体全体を包み込んだ。口も塞がれてしまう。

 もはや一切の抵抗が出来ないことをカロルは悟った。

「では機関へ」

 任務の成功を確信し、パーシーが告げる。

 木の幹へと手を当てると、そこに扉が出現した。



 いきなりその扉が外向きに開かれ、パーシーの身体を強かに打った。



「……えっ?」

 ノーラが唖然とした顔で、地面へと倒れたパーシーを見る。


「すみませんね。この扉、私の作ったものなんですよ」

 扉の向こうから、別のパーシーが姿を現した。


 そしてその姿が別のものへと変わる。

 果たしてそこには――。

「……誰?」

「マティアス!?」


 そこに居るだけで強烈な威圧感を放つ巨漢、マティアス・ヨハンセンが立っていた。


「いえいえ、もちろんマティアスではなく」

 指をチッチッチと振りながら、ニタリと口の端を歪めた。

「夢男ですとも」


 その時、死角から黒い棘が飛び出し、マティアスの姿をした夢男へと急襲した。

 あぶない。カロルがそう叫ぶ間もなく。


 棘が夢男の頭部を直撃した。

 そして、鈍い金属音を鳴らして弾き返された。


「……うそっ?」

 ノーラの常より眠たげな半眼が、今は驚愕に大きく見開かれていた。

 信じられぬ、といった調子で再度、今度は真正面から黒い刃を飛ばす。


 夢男の上半身に当たると同時に、刃は粉々に砕け散った。


「さすがマティアス。頑丈さはピカイチですね」

 愉快そうに自らの上半身を拳で叩く夢男。鐘を叩くかのようなゴンゴンという音が鳴った。

 蚊の刺すほどのダメージすら見受けられない。

 その様子に、ノーラは久しく感じることのなかった恐怖の感情を覚えた。

 足が思わず半歩後ずさる。


「さて、それではあなた方には」


 夢男が拳をかち合わせる。ガキンという音が響いた。


「いい夢でも見てもらいましょうか」


 夢男が、マティアスの強面をさらに凶悪な相貌へと歪めた。


すみません、推敲の時間が十分に取れなかったため、後で誤字脱字等の修正は入るかもしれません。

もし修正すべき点を見つけられましたら、ご一報頂けると幸いですm(__)m


次話は2020/10/26 6:00更新予定です。


【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2


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