小屋の中の戦い2
厩舎の後ろに控えていた男たちは、思わぬ反撃を食らい動揺していた。その中の一人、禿頭の男が吐き捨てるように言い放つ。
「くそっ、手こずらせやがって!」
この男はボリス達の反撃から無事に逃げ切った内の一人だ。
その場に居た別の、中折れ帽をかぶった男が、手元の残弾数を気にしつつ禿頭の男に声を掛ける。
「あの光る壁は『ギフト』だな。思ったより手強いぜ、奴ら」
「同志が三人もやられた! あのクソッタレどもめ、奴らのケツに鉛玉ぶっこんでやる!! 見てろよチクショウめっ!」
今にも飛び出していきそうな禿頭の男を、中折れ帽の男が慌てて止めた。
「待て待て、隊長からの命令は奴らの足止めだ! さっきも勝手に飛び出しやがって! 俺たちはここで奴らを貼り付けにすりゃ良いんだよぉ!」
「うるせぇ、腰抜け!」
禿頭の男が肩にかけられた手を振り離しながら口角泡を飛ばす。
「あのサツに尻尾振ってる犬っころルメールめ! 奴らが『ギフト』持ちなの黙ってやがった!」
「おい、落ち着けって! 同志ルメールは熱烈な愛国者だ、わざわざ俺たち同志に黙る必要なんかねぇだろ! なんか事情あったか知らなかっただけだって!」
「偵察班のくせして知らなかっただぁ!? 作戦の立案者のくせしてそんな手落ちしてやがったら、あのボケナス、ぶっ殺してやるからな!」
その時、後ろから二人に声を掛けるものが居た。
「おーおー、やる気のあることで結構だな」
そこには一人の男が立っていた。
白いシャツを肘まで捲くった腕は細いながらもガッチリと筋肉がついており、グレーのベストを着込んだその下には隆々とした胸筋が盛り上がっている。少し太めのワークパンツに編み上げブーツを履くその姿は、そのキビキビとした動作の端々から何らかの戦闘訓練を受けていることを想像させた。
ベレー帽の下からはブラウンの硬い髪が飛び出し、少し垂れ気味の鳶色の目は眼光鋭く、その口元は余裕を感じさせる笑みを絶やさない。
その男は二人の間から覗くようにして、小屋の方へと鷹のような目を向けている。
「障壁を張る『ギフト』持ちか。厄介な相手だ」
「隊長! こっちは三人やられちまった!」
「裏に回ったチームも一人やられた。これで四人か」
隊長と呼ばれた男は淡々と被害状況を確認する。
「これで十二人のうち四人がやられた計算か。戦争だったら負けてるなこりゃ」
何がおかしいのか、隊長の男はクックックと笑う。
「笑ってる場合じゃないぜ、隊長! 死んだ奴らの敵討ちを命じてくれよ! あの売国奴ども全員ぶっ殺してやる」
さきほどから感情的になっている男が、隊長に食って掛かる。
「そう、それだ」
隊長が禿頭の男を指差す。隊長の男の目が細められ、元々醸していた存在感に凄みが増す。それを見た中折れ帽の男は、腹の底から冷たい怖気がこみ上げてくるのを感じた。
「なぜ小屋へと突撃した? 俺は銃撃で奴らを張り付けにしろとしか言ってないよな?」
「隊長達は後ろから奴らを襲撃したんだろ!? その時奴らの意識は後ろに向いてた。だったら奴らを潰すチャンスだと思ったんだ!」
「お前が突撃を主導したのか?」
隊長の底冷えのするような声音に、思わず禿頭が怯む。
「あ……ああ、そうさ! 奴らの意識が後ろへと向いている間に、突撃しちまえば奴らをぶっ殺してやれると思って、それで決死隊を募ったのさ! 例え俺たちが死んでも、国家のために戦い戦死するなら、それは名誉ある……」
「それが命令違反の言い訳になると思ってんのかよ?」
隊長の顔から笑みが消えた。
「だ、だが隊長! あいつらは売国奴だ!」
男は多少怯みつつも、自分勝手な主張を繰り返す。
「この国に対する侮辱は死をもって贖わなければならない! 俺たちは正義だ! そしてあいつらは悪だ! それを分からせる必要がある!!」
「だが結果、無為に三人が死んだ」
「名誉ある戦死だ! デパルトの栄光のために死ぬんだ! 三人、四人死んだところでなんだっていうんだ! ……さては隊長、怖気づいたのか? だからさっきから弱気な発言ばかり繰り返す。そうなんだろ隊長!」
いよいよ男は錯乱じみた言葉を吐き出した。口角から実際に泡が吹き始め、禿頭に走る血管が脈拍すら見て取れそうなほどに肥大する。それを見てとり、中折れ帽の男が流石にそれを見ていられなくなったようだ。禿頭の男を止めに入る。
「おい、いい加減にしろ! さっきからお前、言ってることがめちゃくちゃだぞ!」
「うるせぇ!! ケツ穴の小せぇ奴は引っ込んでろ!!」
「ぐぁっ!」
男は羽交い締めにされるが、腕をめちゃくちゃに振り回して、その拘束を解いた。獣のような息を吐きながら、銃を両手に構えた。
「もういい! てめぇらのような肝っ玉の小せぇ奴らはすっこんでろ! 見てろよ、この俺が奴らに一泡吹かせて」
銃撃音が鳴り響いた。
いままで怒りを撒き散らしていた男のこめかみから勢いよく血が吹き出す。
そのまま人形のように黒い土の上にどさりと倒れた。
彼の目は見開かれたまま、ぴくりとも動かなくなった。
「これで頭に上った血は抜けたかよ? 冷静になったら地獄で死んだ仲間に詫びてこい」
隊長は鉄面皮を崩さず、男の死体にそう言い放つ。それきり興味を失ったように目をそらすと、再び口角を笑みの形に歪ませた。
「さて、残るは俺も含めて七人か」
「隊長……どうしますかい?」
「半数近くが死傷、その上エルフの娘は逃しちまった……ミッションは大失敗だな。なにもかもこいつのおかげさ」
硬いブーツの底で禿頭を踏みつけ、蹴り飛ばす。物言わぬ死体は、なされるがままに地面を転がる。
「じゃあ撤退ですかい?」
「いや……ルメールからの指令には奴らの始末も含まれている。それに、このままリュテに行かせて好き放題されるのも厄介だ。なんとしてもここで始末する」
隊長の男は指折り数えながら呟く。
「向こうは銃手一人、障壁を張れる『ギフト』持ちの女が一人、よく分からねぇ黒髪の男が一人。このうち女は『ギフト』こそ持っているが、明らかに戦闘はド素人。そう考えると、向こうの戦闘要員は実質二人。こっちは七人。三人で一人仕留めりゃいい」
「しかしあの障壁は面倒ですぜ。突破できるかどうか」
「部隊を再編する。三人がここから銃撃であの狙撃手を張り付けにし、残る四人で奇襲をかける。お前はこっちに残れ」
男は「あい、承知」と銃をカチャリと構え直す。
「奇襲の方は俺が入って指揮する。……作戦失敗の責任は自分で取らねぇとな」
隊長と呼ばれる男がニヤリと笑う。
「オペラシオン・ベー(作戦B)だ」
「くそ、さっきはああ言ったが残弾がもう少ねぇな……」
ボリスが苦虫を噛み潰した顔で呟く。
「拳銃の弾が十二、ライフルの弾が六か……もうちっと余裕が欲しいところだが……」
アレンが外の様子を気にしながらボリスに提案する。
「俺が囮になって、相手の戦力を分散させるか?」
「外へ出てか? やめとけ。四人やられて手が止まったなら、十三、四人くらいはいたんじゃねぇか? だとしたら残りは十人。状況はかなり悪い」
「だが、このままだとその悪い状況も変わらないと思うんだが」
「そらぁ、そのとおりだ……どうしたもんか」
「最悪の場合、私の『ギフト』がありますから、それでじわじわと逃げましょう」
エマの声音には緊張の色が滲んでいる。
「しかし、さっきエマが言ったようなリスクがあるんだろう? 相手に『ギフト』を持ってる奴が居た時に、安全に逃げられるかどうか……」
アレンがそこまで口にした時、外から再び銃声が鳴り響いた。
「くそっ! 始まった!」
ボリスが険しい顔つきで長銃を手にして、身構える。
「ボリス、俺は念の為後ろからの襲撃に備える!」
「頼む!」
「エマ、ボリスとじいさんを守ってくれ」
「ゴードンさんは!?」
「なんとかする!」
アレンが後ろ側の窓の傍まで駆け寄り待機する。緊張のためかその息は荒く、大きい。
向こうからの銃撃の合間をぬって、ボリスが散発的に打ち返す。
ボリスはついでに、銃撃を仕掛けてくる敵の様子を観察する。そしてあることに気づいた。
「……妙だ。向こうの奴らの数がやけに少ない気がする。これは……」
ボリスがハッとした顔をする。後ろのアレンへと声を掛ける。
「こっちの銃撃は揺動だ! 裏側からくるぞ!!」
アレンがその声を聞いて、歯を食いしばり敵の襲撃に備える。
「違う!!」
それまで状況に流されるままだった老人が、突然叫んだ。
「上からだ!!」
その瞬間、『天井をすり抜けて』四人の男が姿を現し、ボリスとアレンへと襲いかかった。
「なっ――!?」
「遅ぇ!!」
隊長の男がボリスへとナイフの刃を突き立てる
ボリスの腹へと深々とナイフが刺さる。
「――――っ!!」
ボリスの目が大きく開かれ、苦悶の表情を覗かせる。
しかし、奥歯が砕かれんばかりに歯を食いしばり、息を思いきり吸い込み力を溜め、左手で男の腕を掴んだ。
「!?」
戸惑う男へと大砲のような勢いで右拳を振るう。
男はそれを腕でガードすると、その腕でジャブを放つ。ボリスの顔面に拳が入る。
「……っ!」
ボリスが回転する勢いで体を捻り左のフックを放つと、それが隊長の右頬を強打した。
「ぐぅっ!!」
隊長がたたらを踏んで後ろへと下がる。
「ぅぐ、アアアアアアアッ!!」
ボリスは激しい痛みに絶叫をあげながら、腹部のナイフを抜き、すぐさま右手で傷口を押さえた。
「ボリス!!」
「おっとお嬢さんはこっち……」
そう言って、もう一人の襲撃者がエマを捕えようとした時。
エマの『ギフト』が立ちはだかり、襲撃者は障壁へと追突してしまう。
襲撃者は「ブッ!」と短く呻く。
鼻頭を突然ぶつけたことに驚き、よたよたと後退する。
その横ではボリスがナイフを腰だめに構え、隊長の男へと何度も突きを繰り返していた。
男は時には身を躱し、時には手でいなしながら、ボリスのナイフを避け続ける。
「隊長!!」
「うるせぇ黙れっ!!」
もうひとりの男が隊長へと声を掛けるが、会話する余裕のない隊長は怒鳴り返して黙らせる。
背筋の凍るようなナイフの雨の中、一瞬の隙を付いて、隊長がボリスの懐へと潜る。
「……!!」
先程ナイフで刺した箇所へと男の掌底が突き刺さった。男はニタリと口角を歪める。
だが、すぐさまその顔は驚愕の色に染まる。
「傷が……!?」
「うぉらぁああああっ!!」
ボリスが隊長の男の顔を殴りつけ、怯んだところに薙ぎ払うような蹴りを放った。
「ふぐっ!」
隊長は吹き飛び、小屋の壁へ激突した。
「た、隊長!!」
さきほどからボリスと隊長の闘いを眺めるだけになっていたもう一方の男が叫ぶ。
ボリスが腰に差していた拳銃をその男へと二発打ち込む。
心臓付近を撃たれた男が、そのまま後ろ倒しに倒れる。
ボリスがそのまま間髪入れずに隊長の男へと銃を向ける。
撃鉄を起こして今まさに発砲せんとした時。
「クソ野郎が!!」
罵倒の言葉を残しながら、男が『壁をすり抜けて』姿を消した。
間一髪間に合わなかったボリスの銃弾が、壁に虚しく穴を穿つ。
「……クソッ!」
「ボリス、怪我は!?」
「大丈夫だ。『治した』」
ボリスが刺されたはずの場所にエマが目を向ける。血で赤く染まった服に隠れてその傷はよく見えない。しかし、確かに血は止まってるように思える。
「エマ、じいさんを『壁』の中へ」
ボリスが周囲を警戒しながらエマにそう告げると、エマは、床に尻もちをついてアワアワと慌てふためいている老人を引っぱり、傍へと近づける。
と、三人の周囲を光の壁が覆った。
「じいさん」
ボリスが随分と険のある声を老人に投げかける。老人の体がビクリと跳ねた。
「後で話があるぜ」
静かな怒りを眉間の皺に刻みながら、ボリスが油断なくナイフを構える。老人は背筋をぞっとさせ、ただ震えながらその場に座り続けた。
一方、アレンの方にも二人の襲撃者が襲いかかっていた。
「……くっ!」
アレンがナイフを二刀流に構え、襲撃者達を迎撃する。
幾つもの銀色の太刀筋がその場に閃き、刃と刃が打ち合う度に甲高い金属音が鳴り響く。
侵入者達のナイフ捌きはアレンから見たら素人に毛が生えたレベルのものだ。ほとんど力任せに振り回しているのと変わらない。
しかしそれも二方向から襲いかかってくるとなれば、ことは簡単にはいかなくなる。
アレンは交互に襲い掛かってくる敵に防戦一方となった。
「おらあっ!」
「ぐっ!」
剣戟を交えているうちに、一方の男が放った蹴りがアレンの腹部へ突き刺さった。踏ん張りきれず、背中から倒れ込む。
「もらったぁ!」
もう一人の男がナイフを逆手に構えてアレンへと振り下ろす。アレンは咄嗟に近くにあった椅子を掴むと、それを楯にした。襲撃者のナイフの切っ先が、木製の椅子へと突き刺さる。
「うおあああっ!!」
気合の雄叫びを上げると、アレンはその椅子を横に振り払い、それにより体勢を崩した敵へと強烈な蹴りを放つ。
「……っ!」
顔面にもろに蹴りを食らった男が、声も上げることができずに失神する。
「この野郎!!」
床に倒れ込んだままのアレンへともう一人の男が襲いかかった。
と、襲撃者の胸へと『黒玉』が吸い込まれた。
その瞬間、アレンの手にしていた椅子が猛スピードで襲撃者へと襲いかかった。
「うごっ!!」
胸のあたりを強打され、男が怯む。
「おらああっ!!」
アレンは男を右拳で殴りつけると、さらに左の蹴りを男へと見舞った。
吹き飛ばされた男は別の椅子の角へと頭をぶつけ、そのまま失神する。
「ハァ……ハァ……」
アレンが荒い息を付いて、額の汗を拭った。かなりギリギリの闘いであった。
「……ボリスは!?」
アレンの意識はもう一方の闘いへと向いた。
「あ、あいつはどこに……」
「シッ! エマ、静かに……」
ボリスが砂利の一粒、草の一本の物音さえ聞き逃すまいと、凄まじく集中する。
先程の現象を見る限り、隊長と呼ばれていた男は壁をすり抜ける『ギフト』持ちだろう。
壁の向こうへと逃れられた今、いつどこから男に襲いかかられるか分からない。
緊張に汗が滲む。
「おい、ボリス!」
間の悪いことに、状況を知らないアレンが声を掛けてしまう。
「ちょっと待て青年! 今……」
その瞬間、二発の銃声が響いた。
ボリスが咄嗟に身を守るように腕を盾にする。
「……?」
予想していたような衝撃はやってこなかった。
しかし。
「ボ、ボリス……」
胸から血を流したエマがゆっくりと倒れていく。
エマの張っていた障壁の一部が割れていた。一発の弾丸が障壁を壊し、もう一発の弾丸がエマの胸部を抉っていた。
光の障壁がフッと消える。
その向こうで、凶弾を放った銃口が硝煙にくゆる。
隊長の男が、壁から上半身を出して、にやりと笑っていた。
「エマァァアアアアアアアッ!!」
ボリスが咆哮し、エマへと駆け寄ろうとする。
「ボリス!!」
アレンが叫ぶ。
隊長の男が、ボリスへと銃口を定めた。
間に合わない。アレンが悟る。
ボリス達まで遠すぎる。
次の瞬間、乾いた拳銃の音が、二発鳴り響いた。
「あ……」
ボリスが撃たれてしまったと思った。
しかし次の瞬間、その予想を裏切る光景がアレンの目に映った。
「じ、じいさん……」
「……ぐふっ」
老人が腕を広げ二人を庇うかのように、隊長の放った凶弾をその身に受けていた。
【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2
評価・感想は小説家になろうにアカウント登録するとできるようになります。
作者の励みになりますので、よろしければ!