表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第3章 貴族の少女と従者の男
61/99

事件の全容2

「第二幕などと、なにを得意げに……!」

 フェルディナンがエマの追求を跳ね返すように強い語調でやり返すが、エマはそれを軽くあしらうように無視して、話を進めた。

「まずはあなた以外の方のアリバイを証明しましょうか」

「なに?」

「最初はアンドレさんとジェーンさんのお二人」

 エマが二人に向かって振り返る。

「お二人は事件の起こった時、屋敷の門扉の辺りにいました。二人の姿をこのボリスが見ているので確実です」

「ああ、ばっちり見たぜ」

 ボリスが同意すると、ルメールが口をはさむ。

「しかし君はその二人の顔を見ていないと言っていたではないかね」

 ルメールがボリスの言葉を思い出しながら疑問を口にする。


――「その者たちの人相は分かるかね?」

「いや流石にそこまでは。あの宿からここまで遠いし」――


「それなのに、その二人がアンドレくんとジェーンさんだと、何故言いきれる?」

「それは警部さん、靴跡ですわ」

「靴跡?」

 エマの言葉にルメールが怪訝な顔をする。

「二人が立っていた場所には、アンドレさんとジェーンさんの靴跡だけが残され、他の人の靴跡は見当たりませんでした。つまり、そこにはお二人しか近づいていないのです。となれば、ボリスの見た男女というのがアンドレさんとジェーンさんであるのは間違いありません」


 ――「ジェーンさん、これはあなたの足跡ですか? 靴を片方お借りしても?」

「わかりました」

 ジェーンが片方の靴を脱いで、エマに渡した。エマがその靴を足跡へとあてがうと、大きさも靴底の形もぴたりと一致した。

「まごうこと無く、ジェーンさんの靴跡のようですね。こちらは?」

 靴を返しながらエマが問うと、ジェーンが履きながら答えた。

「アンドレ様の足跡だと思います」

「まあ、二人で居たんならそうなるな」

 ボリスが頷く。

「この辺りは警官達の靴跡もないし、二人の足跡で間違いなさそうね」

 エマが納得したように頷いた――


「当日、地面が雨でぬかるんでいたので、お二人の足跡もはっきりと残っていましたよ。それを確認した際に私とボリスの靴跡もついてしまいましたが、地面が乾いた後だったのでそれほどはっきり付いたわけではありません。見比べれば別々の時間に付いた足跡であることは一目瞭然のはずです。後で確認してください」

 ルメールがアンドレとジェーンに目を向けると、二人とも気まずそうにそっぽを向いた。

「そしてボリスが二人を見たのは、ちょうど犯行が行われた辺りの時間。お二人が犯人で無いことは、これで証明されます」

「ではマリーは? 一体どんなアリバイがあるのかね?」

 ルメールがマリーを指差すと、マリーが少し怯むように一歩後退する。

「それは、鍵です」

「鍵?」

 ルメールが聞き返すと、エマが頷いた。

「この書斎の鍵は、全部で三本しかないと聞いています。この屋敷の全ての部屋の鍵を束ねたもの二つと、村長が持っていた一本です。この内、一つの鍵束はフェルディナンさんが持っていました。その事はフェルディナンさん本人から聞いていますし、マリーさんも目撃していることですから確実です」

 聞き取りした際にフェルディナンが話していた言葉を思い出す。


 ――マリーに聞くと、旦那様がこの中にいるようだが、鍵がかかっていて中に入れない、という返事が返ってきました。そこで私は管理人室から持ってきた鍵で、書斎の扉を開けたのです……――


「もう一つは、屋敷の外に出た時にジェーンさんが持っていました」


 ――そう言ってジェーンはエプロンのポケットからジャラリと鍵束を取り出した。

「あなたがそれを管理しているのですか?」

 エマが質問すると、ジェーンが少し慌てた様子で否定する。

「あ、いえ、私が管理しているわけでは無いんです。昨晩に持ち出してから、こちらに返却するのをすっかり忘れていまして……」――


「ちょっと待ちたまえ、ノイラート嬢」

 ルメールが待ったを掛ける。

「そもそもアンドレくんとジェーンの二人は何故鍵束を持って外に居たのだね?」

「それはすみませんが、後ほどお二人から話を聞いて下さい。今この場で話すには長くなりますから……」

 エマがこの場での回答を避ける。

「ともかく、鍵束二つはフェルディナンさんとジェーンさんが持っていたことがわかりました。では、最後の一本はというと、それは書斎机の上にありました」

 そう言って、エマが書斎机の端の方を指差す。

「ルメール警部、このことについて報告は受けていますか?」

「……受けている。確かにその鍵は、書斎机の上にあったと」

 ルメール警部がしかめつらでエマの問いに答える。

「そういうわけで、最後の一本は書斎机の上に置かれたままでした。これで三本とも所在が分かりました。結果、マリーさんはあの夜、鍵を持っていなかったことになります。となれば、誰が書斎の鍵を閉めたというのでしょう? 少なくともマリーさんで無いことは言えるのでは無いでしょうか」

「いや待て、ノイラート嬢の言葉はすぐには承服できん。事件の後で、マリーがこっそりと机の上に置いたかも知れないじゃないか」

「いいえ、あの夜マリーさんは机には近づいてません。なので鍵を置くことはできないのです。それを証言してもらいましょうか。……エドモンさん、三人を呼んで頂けますか?」

 エドモンは「はい」と言って、何処かへと姿を消すとすぐに誰かを連れて戻ってきた。


 そこには、アレン、カロル、そしてククの三人が立っていた。


「ルメール警部、ご協力感謝致しますわ」

「憎き私の要請に応えて頂き、感謝を申し上げますよ、ルメール警部殿」

 エマとクレマンソー警部の姿をした夢男が礼の言葉を口にすると、ルメール警部は苦虫を噛み潰したような顔で夢男を睨む。

「あくまでノイラート嬢の要請に従ったまでだ。貴様のようなご令嬢の使い走りに協力したわけではない」

「事件が解明できるなら、なんと思われようが私は構いませんよ。それが警官の本懐ですからな。……ゴードンさん、シャロンさん、お久しぶりですな」

 夢男がそう言って帽子を傾ける。二人には事前に夢男の変装であることを打ち明けているため、二人は微妙な顔つきで夢男を見やった。

「ここへ三人、特にマクマジェルさんを呼んだのは、今回の事件について証言していただきたいからです」

「証言? 一体何の証言だね?」

 ルメールがそう言うと、エマがククに目線を向ける。

「マクマジェルさん、あなたはあの時、村長の死体を見つけたフェルディナンさんとマリーさんに誤解され、お二人に床へと押さえつけられてしまった。それに間違いはありませんね?」

 エマがそう問うと、ククは目に隈の浮いた顔で頷く。

「そうです」


 ――「ずっと拘束されていたのですか? 縄とかで?」

「途中まで執事とメイドが私の身体を押さえ、その後縄で縛られましたよ」――


「その後縄で縛られたわけですが、それまでに誰か机に近づいた人はいますか?」

「いえ……二人は私を押さえつけていたし、アンドレさんとジェーンさんはそもそも部屋に入ってきていません。誰も近づかなかったです」

「縄で縛られた後も?」

「その後は執事とアンドレさんが私を見張っていましたが、その間も誰も近づいて無いと思います」

 エマはその言葉に頷き返し、フェルディナンに顔を向けた。

「これに関してはフェルディナンさんも同じ事を仰っていましたので、頷いて頂けると思います」

 フェルディナンが何の話だと訝しむ顔つきをする。しかし、エマはフェルディナンが言っていたことをしっかり記憶していた。


 ――エマの問いにフェルディナンが答えた。

「そのまま書斎の床に転がしておきました。念の為、私とアンドレ様が残ってマクマジェル様を監視しておりました。マクマジェル様は憔悴しきった顔で、呆然と身体を横たえておりました。抵抗らしい抵抗はありませんでした」

「それまでにどなたか、書斎机に近寄った方はいらっしゃいましたか?」

「いいえ? 誰も近づいていないと記憶しております」――


「そしてその後は、警察が来るまでマリーさんは館の灯を点して回っていたため、そもそもこの書斎には入っていないはずです。そして警察が来てからは事情聴取以外でこの部屋に入ることはできなくなりました。事情聴取の際は警官が張り付きっぱなしなので、鍵をこっそりと書斎机に置くのも不可能でしょう」

「では、ベルナール氏に近づいた時はどうかね? その時ならば机にも近づいたはずだ」

「ルメール警部、村長が倒れていたのはこちらの壁際です」

 そう言って、エマは血の跡が残る壁際を指差した。

「それに対して鍵が見つかったのは、壁側とは真反対の窓側の方です」

 腕を動かして、村長が見つかった方とはまったく反対側の机の端を指差した。


 ――そこまで言うと、夢男は再び警官へと向き直った。

「君、この部屋で書斎の鍵が見つかったりしていないかね?」

 夢男がそう言うと、警官がしゃちこばりながら答えた。

「警部。書斎の鍵はありました。あの机の端のあたりです」

 警官は書斎机の、村長が倒れていたのとは反対側の机の端を指差しながら答えた――


「これも確認済みですね、ルメール警部?」

 エマがそう問うと、ルメール警部が神妙な面持ちで「ああ」とだけ答えた。

「マクマジェルさん、その時マリーさんは鍵のそばへは近づいて無かったですね?」

「はい、村長の死体を見つけたあとは、そこの執事に命じられて、すぐさま私を捕らえました」

「本人に確認するのもアレですが、マリーさんも同意しますね?」

「はい、近づいておりません」

 そこまで喋ると、エマはフェルディナンの方に向いた。

「フェルディナンさん、よもやこの状況で、マリーさんが机に近づいて鍵を置いたなんて言いませんよね?」

 エマが話しかけるが、フェルディナンは俯いたまま返事を返さなかった。

「そういうわけで、マリーさんが机に鍵を置くのはありえないどころか、誰も近づいていない。従って、鍵はずっと机に置かれていたと結論付けられます。そうならば、マリーさんが最後の一本を持っていたわけがない。従って、マリーさんが書斎の鍵を閉めたはずがありません。……そもそも、村長を差し置いてマリーさんが書斎の鍵を持っているというのも不自然ですからね」

「…………ならば、本当は鍵がかかっていなかったのではないか?」

 俯いたまま、フェルディナンが口を開いた。

「例えば、マリーが鍵がかかってるフリをしていただけで、本当は掛かってなどいなかったのでは? これなら鍵など問題にならないはずだ!」

 フェルディナンがマリーのアリバイを崩そうと必死に訴え始める。マリーはそれを見て、少しばかり残っていたフェルディナンへの信頼が完璧に打ち崩されたと感じた。不愉快さを隠せず眉を寄せてマリーが睨むが、いよいよなりふり構わなくなってきたフェルディナンはそれに気づかない。

「フェルディナンさん、それは奇しくも、あなたが否定したことではないですか」

 エマが冷静に言い返す。


 ――夢男は前のめりになりながら、執事に質問を始めた。

「本当に書斎の扉には鍵が掛かっていたのかね? 勘違いということは無いかな?」

「ルメールさん、それはありえません。マリーが扉を開こうと悪戦苦闘しているのを、はっきりとこの目で見ております。さらに私が鍵を開けてようやく扉が開いたのです。それまで鍵が閉まっていたことは明白です」――


 フェルディナンが後悔するように目を閉じて頭を抱える。苦しそうに喘ぎながら、頭を振る。

「……よしんば、他の者にアリバイが有ったとして、だからといってそれが何なのかね?」

 フェルディナンが消耗しきった顔で、目つきを鋭くさせながらエマに言う。

「だいいち、そこに居るエルフの女が言っていたじゃないか。書斎から出てきた者は居なかったと。この部屋はこの通り、人が隠れるような場所など存在しない。扉は外開きだからドアの陰に隠れるというのも不可能だ。そんな状況で、私はどうやって彼女の目を盗んで部屋を出たというのかね? そんなことは不可能だ。そうだ、それこそ私のアリバイだ。これで使用人全員のアリバイが証明された。やはり彼女が犯人だ!」

 フェルディナンがククを指差しながら叫ぶと、エマはどうしようも無いとでも言いたげに首を振った。

「彼女の言うことが真実なら、全員のアリバイが証明されるから、やはり彼女が犯人だと? 支離滅裂なことを言い始めてますよ、フェルディナンさん。逆に彼女が犯人だとして、自分に不利になるような供述などしますでしょうか? まぁ、それを追求しても水掛け論になるだけでしょうから、そこは無視しておきましょうか。それより、フェルディナンさん。あなたに反論する前に、一つ確認したいのですが……」

 興奮し、顔を紅潮させるフェルディナンと対照的に、エマが冷静に言葉を紡ぐ。

「先程は流しましたけど……あなたは何故ここに来たのですか? それも人の目を忍ぶようにこそこそと」

「それは……あなたが我々使用人を疑っていたようで、的はずれな浅い考えで我々が疑われてはたまらないと、自分もあのエルフ女が犯人である証拠を探そうと思って……」

「苦しい言い訳ですね。はっきり仰ってはいかが? 証拠隠滅しに来たと」

「そんなわけ……」

「あなた、私達が現れた時に、天井に向かって手を伸ばしていましたね」

 エマがそう指摘すると、フェルディナンの手がピクリと痙攣する。

「皆さん、天井を見て下さい」

 そういうとエマが天井に目を向けカンテラをそちらに向けた。拒否するように俯くフェルディナン以外が天井を仰ぐ。

「あれは……血の跡ですかな」

 夢男が天井の染みを見て、そう呟いた。

「その通り、血の跡です」

 エマが夢男に同意すると、フェルディナンがバッと顔をあげる。

「そ、それが何だと言うのだ」

「何故、あんなところに血の跡があるのでしょうね?」

 エマがフェルディナンを見据える。

「きっとエルフ女が旦那様を刺した際に飛び散った血の跡だろう」

「それはちょっとおかしいのでは? フェルディナンさん」

 苦し紛れの言い訳を捻り出すフェルディナンの言葉を、ばっさりと切り捨てる。村長が倒れていたあたりにカンテラの光をかざす。

「村長の倒れていたところには確かに大量の血液が広がっていますが、それ以外に血の飛び散った跡はありますか? 天井に飛び散るほど勢いよく血がふいたと言うなら、当然周りにも同じように血飛沫が飛び散ったはず。しかしご覧の通り、そのような跡はこの部屋の何処にも無い。それにナイフは村長の身体に突き刺さったままだったと聞いています。それに間違いは無いのですよね? ルメール警部」

 エマが確認をとると、ルメールは険しい顔つきで「ああ」と首肯する。

「そのとおりだ、ナイフは遺体に突き刺さったままだった」

「となれば、血が吹き出すというのもおかしな話。なにせ傷口はナイフで塞がっていたのですから」

「では、あの血の跡は一体なんだと言うのか!」

 フェルディナンが大声を上げる。

「それはフェルディナンさん、あなたがつけた血の跡ですよ」

「そんな馬鹿な!!」

 フェルディナンが馬鹿馬鹿しいとばかりに頭を振る。

「そんなことをして私に何の得があるというのか! まったくもって合理的でない!」

「あの血の跡こそ、あなたがマクマジェルさんの目から逃れた方法を語る証拠です。だからこそ、あれを消すためにこの書斎を訪れた……そういうことでしょう?」

 エマがそう指摘すると、アンドレが口を開いた。

「エルフ女の目から逃れた方法だぁ? それぁ、どういうことだ?」


「ずばり答えを言うと……フェルディナンさんは天井に張り付いて身を隠したのです」


「なんだって?」

 アンドレがいまいちピンと来ない顔でエマを見る。エマがそれに答えて言う。

「フェルディナンさんは物を軽くする『ギフト』持ちですよね?」

 エマが問いかけるが、フェルディナンは身体を震わせるばかりでそれには答えない。

「それはもしかして、『自分の身を軽くする』こともできるのでは? ……皆さん、実際、それに関してはどうですか?」

 エマが質問すると、マリーがそれに答えた。

「ええ、たまに屋敷の外壁の掃除をフェルディナンさんがしてました。その時に、『ギフト』で身を軽くして上まで登っていたのを度々見かけております」

 マリーの言葉にエマが一礼する。

「ありがとう存じます、マリーさん。……それでは、それを踏まえて、あの夜起こったことを説明いたしましょう」

 エマがカンテラをボリスに預ける。

「村長を殺してすぐ、マクマジェルさんが書斎扉をノックし始めて、あなたは焦ったはずです。あなたも認めたように、この部屋には身を隠せるような場所がありませんからね。そこであなたは咄嗟に、天井に張り付いてマクマジェルさんをやりすごす方法を思いつき、それを実行した。天井に付いた血の跡は、その時に手袋の血が付着したものです」

 そこまで言うと、エマは書斎の入り口まで近づき、扉を開くような仕草をした。

「書斎の机の上にはランプが灯っていたと聞きました。暗い部屋の中で唯一の光源です。嫌でもそれに目線が吸い寄せられる」

 エマが書斎机に顔を向けて説明しながら、ククの言葉を思い出す。


――部屋の中を素早く見渡すと、すぐに村長の姿を見つけました。

 部屋を入って左手側、私の部屋の有る側ですが、そちらに書斎机がありました。机の上ではオイルランプが灯って、辺りをぼんやりと照らしていました――


「その後すぐに村長の死体を見つけるわけです。そんな時に天井に気を払う余裕などあるはずがありません。偶然とは言え、上手いこと彼女の意識の隙を突いたわけです。そうして、彼女の気が動転している間に、こっそり部屋の外へ出て扉を閉めた。後はあなたの持っていた鍵で扉を閉めれば、マクマジェルさんと死体を閉じ込めた密室の完成です」

「……しかし、血の跡一つでそこまで言えるものなのかね? 他の者の可能性は無いのかね?」

 ルメールが疑問を口にする。

「警部、それはありえないでしょう。ここの天井はそれほど高くはありませんが、それでも手が届かないくらいの高さはある。マリーさんとジェーンさんはそもそも天井へと届く手段がないのです。二人共脚立を使って仕事をしていたことから言っても、それは明らかです」


 ――食堂に入ると、年少のメイドが脚立に乗り、シャンデリアの掃除をしていた。執事とエマ達三人が入ってきたのを見て、メイドは何事かと不思議そうな表情を浮かべた――


 ――「あと2、3本といったところです」

 マリーが背の高い脚立に乗って、階段の上にあるシャンデリアに手を伸ばしている――


「それに二人には天井に張り付く手段もありません。それでやりすごすくらいなら、本棚の陰に隠れるほうが余程現実的でしょう」

 エマはそう言って、本棚の方を指す。

「アンドレさんに関しては確かに分かりません。しかし、先程話したアンドレさんのアリバイは崩せないでしょう。念の為聞きますが、マリーさん、ジェーンさん。アンドレさんにそんな手段や『ギフト』などをお持ちか、ご存知ですか?」

 エマが質問すると、二人共首を振った。

「いいえ、私は知りません」

「わ、私もそのような話は聞いたことはないです……」

 ジェーンがチラとアンドレの方を見ると、アンドレは当然だという顔でふんぞり返る。

「あるわきゃねぇ。『ギフト』なんか持ち合わせちゃいないからな」

「そういうわけでフェルディナンさん、あなたくらいしか天井に血を付けられる人はいないのですよ」

 エマがそう言い切ると、フェルディナンが必死に反論する。

「そこのエルフ女は!? エルフは風に乗って空を飛べるのだろう!? その女なら天井にも届くはずだ!」

「部屋の中で呆然と立ち尽くして、あなた方に捕らえられたのですよ? 身を隠すことすらしなかった。誰かから逃れようとする以外で、何の理由があって天井に行くのです? それに、この部屋の中は風で荒らされた形跡もありません。そんなことをすれば、机の上の書類なども吹き散らされておかしくありませんが、それもない。その反論は全く不合理ですよ」

 エマの反駁に、フェルディナンが「それは……それは……」と狼狽しながら考え込む。

 それを無視してエマは続けた。

「さて、それではもう一つの謎、マクマジェルさんの客室に付いていた血についても明らかにしましょうか」

「客室に血、だって?」

 疑問符を浮かべるルメールに、エマが頷いた。

「実際に見ながら説明致しましょう。みなさん、客室の方へ」

 皆がぞろぞろと書斎を出ていく中、フェルディナンは脂汗を大量に浮かべながらその場に留まる。

 夢男がフェルディナンをせっつくと、ようやくフェルディナンは重い足取りで客室へと向かった。


【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2

【質問箱】https://peing.net/ja/hiro_utamaru2?event=0


評価・感想は小説家になろうにアカウント登録するとできるようになります。

作者の励みになりますので、よろしければ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ