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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第3章 貴族の少女と従者の男
59/99

扉開かれる時

「お嬢、踏み込みすぎたな」

 屋敷から宿へと戻る途中に、ボリスがエマに話しかけた。

「やっぱり客室の件は伏せといた方が……いや、それが無くても、昼からずっと使用人たちを嗅ぎ回ってばかりだったからな。そりゃ信用も失くすわな」

 残念そうな顔つきでボリスが言う。

「確かにもう質問したりできないのは残念だけど」

 それでもエマが意外と涼しい顔つきをする。

「聞きたい事は、あらかた聞けたわ」

「そうか? 結局誰も客室には近づいて無いってことしか分からなかったように思うけどな」

「それはそれで、確認が取れただけ儲けものよ。それにそれだけじゃない、ジェーンとアンドレの足跡もそうだし、その他にも確認がとれたものもあった」

 エマがつかえの取れたようなさっぱりとした顔で言う。

「明日、犯人を捕まえる。そのためにも、夢男さんと一緒に明日の作戦会議をしましょう」

 エマの瞳に決然とした光が宿った。



 二人が宿に戻ると、夢男が既に帰っていた。「やぁ」と軽薄そうな笑みを浮かべ、ひらひらと手をふる。

「そっちの首尾はどうだったんだ、夢男さんよ」

 ボリスが問うと夢男が調子のいい声で返した。

「上々ですよ。問題なくいけそうです」

「ありがとう存じます、夢男さん」

 エマが夢男に一礼する。

「後は明日警部が帰ってくるのを待つばかりね。……そうと決まれば明日への英気を養うってことで、ごはんにしましょうか。……流石にお腹が空いてきちゃった」

 とエマが少し照れくさそうに笑った。



 翌日の夕方、警部が警察署へと戻ってきた。

 馬車から降りる警部の元へ何人かの警官が駆け寄る。

「警部、お疲れ様です」

「うむ、ご苦労。私がいない間、おかしなことは無かったかね?」

「いいえ、警部。警部がリュテへと出発した後は、特に何もありませんでした」

「結構なことだ。それじゃ早速で悪いが、ベルナール氏殺しの被疑者たちの移送に入る。君達、準備をしてくれ給え」

「はっ。しかし警部、またすぐに発たれるのですか? 少しお休みになられては……」

「いや、シャロン家の令嬢が関わっている以上、これは単なる殺しじゃない、重大事件の類だ。悠長に休む暇は無いよ」

 そう言ってルメール警部がニヒルに笑うと、警官たちは畏まりながら「それではすぐに」と言って、銘々署内へと入っていった。

 ルメール警部が凸凹の道を少し歩き辛そうにしていると、そこへ声を掛けるものが居た。

「ルメール警部殿」

「……? あなたは……確か……」

「おや、覚えておいでで?」

「確か、クレマンソー警部とか……」

「お見知り頂けてるようで恐悦至極」

 そこには中折帽を胸にあてて一礼するクレマンソー警部が居た。

「どうしてクレマンソー警部殿がここに?」

「実は昨日、たまたま警視庁に顔を出していたのですが、その時にシャロン家のご令嬢が殺人の共謀の疑いで捕まった、という話を聞きましてな……」

 それを聞いて、ルメールが顔をしかめる。

「そうですか。ことがことだけに、あまり他の者に知られて欲しくないことだったのですが。中央の連中も存外頼りない」

「すみません、私も耳聡い方なものでしてな。ついうっかりと聞いてしまいました」

 それを聞くとルメールは、はぁ、と大きなため息をついた。

「それで? クレマンソー警部殿は一体何をしにここへ?」

「実は、私はシャロン家のご令嬢とは、少しばかり縁がありましてね」

 クレマンソーが帽子をかぶりながら答える。

「よければ、カロルさんとお話をさせて頂きたい」

「……クレマンソー警部殿。それは本気で言っているのですか?」

「ええ、本気ですとも」

 クレマンソーが真剣な目を向ける。ルメールが険のある目つきでクレマンソーを睨み返す。

「本件はシャロン家の人間が関係しているということで、国家的重大案件に位置づけられます。本来ならクレマンソー警部、あなたにすら知られてはならない案件だ。これからシャロン嬢を含む被疑者三人をリュテ拘置所まで移送するところです。馬車の窓も全面目張りしてね。そのような案件に、興味本位で首を突っ込まないで頂きたい。これはあなたのためを思って言っているのですぞ、クレマンソー警部」

 ルメールが僅かな敵対心を声色に込めながら、クレマンソーに警告する。

「ご忠告痛み入ります、ルメール警部殿。しかし、あなたが私のためを思って言うというのならば、私もあなたのためを思って言っているのですよ、ルメール警部」

「? ……言っている意味が」

 ルメールが当惑しながら言葉を返すと、クレマンソー警部が帽子を深く被り直しながら言った。

「本件について、私はシャロン嬢は冤罪を被っていると確信しております」

「なんですって!? 何を根拠にそんなことを言うのですか!?」

「あの屋敷の者と話をした者が居りましてね。その者から話を聞いて、私は犯人は別にいると確信しました」

「屋敷の者と話を? そいつは誰です!?」

「ノイラートという貴族の方ですがね」

「ノイラート? ……ああ、この村に滞在していた貴族の娘か。そんな小娘の与太話を信じるというのですか、あなたは?」

「あくまで、そのご令嬢の話を聞いた上で、私が推察して出した結論ですよ」

「クレマンソー警部、あなたは何という愚物だ! また聞きの話で、犯人は別に居ると確信した? なんと愚かな! その娘がなぜ、どうやって屋敷の者から話を聞き出すというのかね!? 話を聞き出したという、その事すら疑わしい!」

「そのご令嬢はカロルさんと懇意にされていてね。今回の事件に違和感を抱き、独自に話を聞いて回ったそうですよ。私も屋敷の者と少し話をさせてもらったから、間違いない」

 その言葉でルメール警部が激発した。被っていた帽子を投げ捨ると、クレマンソーへと迫りその胸ぐらを勢いよく掴んだ。

「私の管轄下の地区で、私の許可も得ず、勝手に捜査をしたというのか! 貴様のそれは越権行為だぞ!」

「捜査だなんてそんな大層な物じゃないですよ。あくまで世間話の範疇です」

「戯言を! 貴様の事は中央に報告させてもらう! 馬鹿馬鹿しい行為の代償は懲罰をもって贖ってもらおう!」

 そう吐き捨てると、ルメールは押し倒すほどの勢いでクレマンソーを突っぱね、署内へと戻ろうとした。そこへ強い語気でクレマンソーが言葉を投げかける。

「仮に冤罪が証明されたとしたら、懲罰を免れないのはあなたの方ですよ、ルメール警部殿!」

「ばかなことを……」

 ルメールが振り返り、軽蔑の目をクレマンソーに向ける。

「だってそうでしょう? 相手は大貴族のシャロン嬢だ。もしも冤罪ならばこれは大問題ですよ。シャルル7世陛下からの不興だって買いかねない。そうなったらあなた、国内に居られなくなりますよ。それに、ここにはノイラート家のご令嬢も居る。ノイラートさんがあなたの杜撰な捜査をお国に帰って吹聴してごらんなさい。事はもはや国内政治の範疇では済まなくなりますよ。あなたはそうなった時に、どう責任を取るとおっしゃるのか!?」

「貴様……私を脅迫するか! 恥を知れ!!」

「あなたは重大事件、重大事件と仰るが、それに値する捜査をしたというのか!? あなたの言葉には重みが全く感じられない! あなたは大した捜査もせず、状況証拠だけでシャロン嬢の身柄を送検しようとしている! あまりにもお粗末な捜査だ! それほど重大事件だというなら、隅から隅まで調べ尽くした上で仰って頂きたい! あなたに比べたら、あなたが馬鹿にしている『貴族の小娘』の方がよっぽど誠実な捜査をしている! 恥を知るのはあなたの方だ、ルメール警部!!」

 クレマンソーの、ハンマーで横っ面を思いっきり引っ叩くような物言いに、ルメールは頭の中が真っ白になり、実際に血が滲み出すほどに強く拳を握り込んだ。自分の意思では止められないほどに体が震え、顔面が血圧で破裂しそうなほどに真っ赤になった。腹の中でグツグツと煮えたぎるマグマが血管に乗って頭へと上り、今にも頭頂部を割って空高く吹き上がるかのような怒りを感じた。ルメールの長い人生の中、これほどの侮辱とそれに対する凄まじい怒りを感じたことは無かった。

「いいだろう……いいだろう! 貴様の挑発に乗ってやろうじゃないかっ!!」

 ルメールはカラカラに乾ききった喉から、それだけで馬すら叩き伏せそうな大声をあげた。

「冤罪だ冤罪だと騒ぐなら、実際にそれを証明してみろ!! しかし、もしもそれに失敗したなら、その時は身の破滅を覚悟してもらう!! 必ずお前を牢獄に叩き込み、一生外へ出られなくしてやる!!」

「それこそ脅迫以外の何物でもないですな。しかしその話に乗りましょう。その証明は今夜、ベルナール氏の屋敷にて行います。時間がきたらお迎えに上がりますので、それまではごゆっくりとその疲れを癒やして下さい」

「なんという侮辱!! 貴様こそ、おぞましい地下牢で一生を終える覚悟をしておくことだ!!」

 そう吐き捨てて、今度こそルメールは警察署の中へと入っていった。


 それを見送ったクレマンソーは「ふぅ」と大きく息をついた。

「とりあえずは、ルメール警部を引きずり出すことには成功しましたかねぇ。ちょっとばかり焚き付けすぎた感がありますが、まぁなんとかなるでしょう」

 そう言って、クレマンソーがニヤリと笑った。

「後は今晩に向けて最後の仕込みですか。いやはや、目が回りそうなほど忙しい。自分がどれで誰なのか、分からなくなりそうだ」


 クレマンソー警部の姿が、ルメール警部の姿へと変貌する。


「『働き、のち、祈れ』って奴ですかね。最善を尽くしたら後は天命とやらを待つことにしましょう」

 帽子を深く被り、コートのポケットに手を突っ込みながら、ルメール警部の姿をした夢男は一人、ベルナール氏の屋敷に向かって歩き出した。



「再調査……でございますか?」

 フェルディナンが驚愕の表情を浮かべる。それを伝えた年若い警官がコクリと頷く。

「先程、ルメール警部から直接、屋敷の皆さんに言伝を頼まれました。なんでも、首都からいらっしゃったクレマンソーという名の警部が、シャロン家のご令嬢と懇意になされているそうで。本件にいたく関心を寄せられているようで、とある者から今回の事件の概要を聞き及んだ所、いくつかの違和感を感じられたそうです。そのような理由でクレマンソー警部が事件の再調査を申し出たため、ルメール警部はそれを承諾なさったとのことです」

「なんと……」

 驚きのあまり頭が真っ白になってしまったのか、それきりフェルディナンは言葉を失ってしまう。

「クレマンソー警部は特に書斎に関心を寄せておいでです。話によると、昨日こちらにお見えになったノイラート様が、書斎にて『不自然な痕跡』を発見なされたとかで、クレマンソー警部もそれを見てみたいと」

「『不自然な痕跡』? それは一体?」

「いえ……私も分からないんですがね。とにかく、クレマンソー警部はそれを見たいと。そのため、屋敷の皆さんにはご迷惑かと思いますが、明日こちらにクレマンソー警部がいらっしゃるので、捜査にご協力を」

 その言葉に少々うんざりとした顔をしながら、フェルディナンが目頭を揉む。

「また事件についてのお話ですか? 私共も考えつく限りの事は全てお話していると思うのですが……」

「そこまで難しく考えないで下さい、フェルディナンさん。仰るとおり、聞かせていただくべきことは全て聞かせて頂きました。それはクレマンソー警部にも伝わっています。警部は書斎を少し確認したら、後は2、3質問するだけだと言うことです。それほどお手間は取らせません」

 若い警官が幾分気の毒そうに言うと、フェルディナンはそれでもなお胡乱げな目で警官を見つめる。

「……だといいのですが」

「ご迷惑おかけしてすみません。……実を言うと私も、上の急な方針転換のせいで、今夜は一人で書斎の不寝番をすることになってしまいまして……タハハ」

 苦笑する警官に「そうなのですか?」とフェルディナンが少し驚いた表情をする。

「ええ。再捜査するということで、交代するはずだった者が別の仕事に取られてしまいまして。『エドモン、お前は若いんだから、お留守番くらい一人でやってこい。それとも一人じゃ心細くて、ママンのお乳が恋しいか?』と、こうですよ? こんな侮辱って無いです! だから言ってやったんですよ。『おい、ピエール。お前は本当はあの書斎で見張りするのが怖いんだろう? お前が可哀想だから、俺がお前の分も見張ってやるよ。ご本を読んで、いい子にして待ってな、ピエール坊や』ってね。ピエールの野郎、顔真っ赤にしてこっちを睨んできましたよ」

 若い警官がその時の真似をしながら、おどけた様子で語り聞かせると、フェルディナンも多少毒気を抜かれたようで、元の柔和な表情を見せるようになった。

「左様でございますか。お若いとは言え、一晩中は大変でございましょう。よろしければ、後ほどメイドに言って軽食をお持ちしましょう」

「え、良いんですか?」

「ええ、我々からのあなたへの、労いの気持ちだと思って下さい」

 そう言ってフェルディナンが破顔すると、若い警官はパァッと明るい表情を浮かべた。

「それはありがたい! ここへ来る前に一応たらふく食っては来ましたが、どうせ夜中には腹が空いちまいますからね。ありがたく頂戴します」

 警官の喜色満面の声に、「それはようございました」とフェルディナンが笑顔を返した。



 警官の言伝はフェルディナンから屋敷の者へと伝えられた。皆一様に驚いていたが、こうなってしまっては一日も二日も似たようなもの、と腹をくくったようだった。

 その後は、屋敷にいる者たちはいつもどおりの行動を取った。

 18時にはアンドレのために夕食を給仕し、それが終わったのちに使用人たちがささやかな夕食を済ませた。

 マリーが警官のために軽食を作り持っていくと、警官は大層喜んでその場でぺろりと平らげてしまったので、マリーは驚きつつも思わず笑ってしまった。

 その後、マリーは食材の在庫チェックと翌日の食事の仕込みでキッチンにこもり、ジェーンは食器の片付けやテーブルメイキング、取り込んでおいた洗濯物を各自の分に分けて部屋の前まで運ぶ等といった諸々の雑用で館中を駆け回り、フェルディナンは主に管理人室で出納帳への記帳、資材管理や建物の補修見積もり等の屋敷の管理業務を行った。

 アンドレだけは、食事の後はすぐに自分の部屋にこもってしまい、それきり姿を現さなかった。

 警官は書斎の前でちいさな丸椅子に座りながら、退屈そうに彼らの動きを眺めていた。途中柱時計の鐘が鳴る度に、鐘の打つ回数をわざわざ数えたり、先程自分の元へやってきたマリーのことを思い出して、彼女の美しい顔立ちや、思わず笑い転げた時のその優しげな笑顔、育ちの良さを感じる所作、一級品の料理の腕前などに思いを馳せては、一人ニンマリと笑顔を浮かべたりした。

 やがて、23時にもなると仕事もあらかた片付いて、使用人たちが自分の部屋へと戻っていった。屋敷の灯は落とされ、警官の足元に置かれた小さなランタンだけが、辺りをぼんやりと照らし出している。

 音一つない暗闇の中、ランタンの明かりだけを寄る辺に、警官は一人丸椅子に背を縮こめて座っている。なんとも心細く、頼りないという気持ちを抱かずには居られなかった。

 そうこうしている内に、ふと、『自分が座っているすぐ後ろは、殺人事件の現場なのだ』という考えが頭をよぎった。思わずゾッとして体が強張る。

 しかしこれも仕事なのだ。警官はそう気合をこめると、悪い考えを振り払うかのように頭をブルブルと振った。

 自分は重要な役割を担っている。その仕事を全うせねばならない。その言葉を小さく呟きながら、警官は背筋をピンとまっすぐに伸ばした。



 ――――――――――――――――



 深夜。


 屋敷の中を誰かが、そぅ……、と忍び歩く。


 書斎の前にたどり着く。


 警官は、体をやや横に傾けながら、だらりと脱力している。

 耳を澄ませると、穏やかな呼吸音が、すぅ……、すぅ……、と繰り返されている。

 どうやら眠りこけてしまっているようだ。


 それを確認した何者かは、警官の居ない側の扉を、なるべく音を立てないようゆっくりと開く。

 緊張のためか、指先が微かに震えている。


 半分ほど扉を開いたところで、すばやく身体を書斎へと滑り込ませ、すばやく扉を閉める。


 後ろ手に握ったドアノブを慎重に戻すと、思わずと言った様子で、胸に詰めた空気を吐き出す。

 そうして、あたりをキョロキョロと見渡す。


 『不自然な痕跡』とは一体なんであろうか?

 それは、何を伝えてしまうのだろうか。


 自分の犯行を伝えてしまうのだろうか。


 ルメール警部が再捜査を許可するとは意外だった。

 彼はエルフ女を殺人犯と断定し、もはやその考えを変えることは無いと思っていたが、どのような心境の変化があったのか。

 もっと言えばあの貴族のお嬢さんだ。あいつは一体何者なのか。

 よそ者の外国人の癖に、余計に首を突っ込んできたのは腹立たしい。

 しかも、その『不自然な痕跡』というのは、あいつが見つけたということじゃないか。


 ギリッ……、と歯ぎしりする。


 色々上手くいかない現状にイライラする。


 最初シャロン嬢を迎えることになった時、これはチャンスだ、と思った。

 なんとか自分がシャロン嬢を押さえ、首都にいる仲間にこのことを伝えることができないだろうかと思い悩んだ。

 しかしそうこうしている内に、あの男に出し抜かれそうになってしまった。


 だから殺した。


 揉み合いの末に思わず殺してしまった。

 その事自体に悔いは無いが、この死体をどうするべきだろうか、とは思った。


 しかし、悩む間もなく、あのエルフ女が書斎に来てしまった。


 思わず絶望しかけたが、咄嗟の判断で難を逃れることができたのは僥倖だった。

 さらに、うまいことエルフ女を犯人にしたてあげることが出来てしまった。これは望外の喜びだった。

 シャロン嬢の身柄は警察に押さえられてしまったが、警察ならば問題はない。後は首都の仲間達が上手くやるだろう。


 何から何までうまくいった。その喜びを内心、思い切り噛み締めていた。


 あいつら、ノイラート家の令嬢とその従者とかいうよそ者さえ来なければ……。


 あいつらが現れてケチが付き始めた。

 何だってルメール警部は奴らに肩入れしていたのだろう。全く分からない。

 おまけにクレマンソー警部だと? 一体誰だ、そいつは。

 書斎の『不自然な痕跡』だと? そんな物を残した覚えはない!


 一体、何が起きてると言うんだ!


 ……まあいい。とにかく、その『不自然な痕跡』とやらを見つけて、それをどうにかして消してしまえばいい。

 そうすれば、その痕跡とやらから私を追うのは不可能になるだろう……。


 何者かはそこまで考え、改めて書斎を見回した。

 すると……。


 天井についたシミに気付いた。


 何者かは「これか!」と思った。

 これを見ただけですぐさま私に繋がるとも思えないが、勘の良い人間なら気づくかもしれない。

 まして、あの小娘は色々と鋭そうだ。もしかしたら、ぼんやりとでも私とこのシミとの関係に気付いているかもしれない。


 こいつさえ消してしまえば……。


 何者かが、それに腕を伸ばした――。


「そこまでよ」

 突然に書斎扉が開いて、その向こうにエマの姿が現れた。


 天井のシミに腕を伸ばしていた何者かが、雷に打たれかのように全身を跳ねさせ、思わず「ぅわっ!」と声を上げた。

 エマの後ろにはさらに、ボリス、ルメールと、もう一人恰幅の良いカイゼル髭の紳士が控えていた。

 どうあがいても逃げ場はない。


「こんな時間に、この書斎で、何をしてらっしゃるのか、お聞かせ願えるかしら?」

 エマがランタンの明かりを差し向けた先には――。


「ねぇ? フェルディナンさん」


 フェルディナンが恐慌に落ちいった顔で、全身を細かく震わせていた。


【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2

【質問箱】https://peing.net/ja/hiro_utamaru2?event=0


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