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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第3章 貴族の少女と従者の男
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解決へ向けて4

 その後三人は宿へと戻り、屋敷で得た情報を整理した。そして、エマが自らの推理した事を話した。

 二人がエマの推理を聞いて浮かんだ疑問点を洗い上げ、それを元に更に議論を重ねた。

 そうしてついに、三人は一つの結論にたどり着いた。

「一応、これで筋は通りそうだな」

 ボリスが椅子に座りながら、天井を仰いだ。どうやら、慣れぬ頭を使ったせいで疲れたらしい。

「しかし、いくつか追加で確認しないといけない点がありますね」

 夢男が壁に寄りかかりながらそう言った。ルメール警部の姿を解いて、今はいつもの格好に戻っている。

「私達はそれらしいと納得しましたし、状況を考えると結論は他にありませんが、他の人達のアリバイを証明した方がより説得力が増します」

「そうね、その通りだわ」

 エマが夢男の言葉に賛同する。

「それはこの後もう一度屋敷に戻って確認するとして……問題は」

「それをどうやって警部に伝えるかですねぇ」

 夢男の言葉にエマが頷く。

「あ? そのまま警部に伝えりゃ良いんじゃねぇか?」

「だめよ、ボリス。そう簡単にはいかないわ」

 エマが無念そうに首を振りながら答える。

「ルメール警部の中では、もうマクマジェルさんが犯人で固まっちゃってるもの。よそ者の外国人の話なんて、聞いちゃくれないわ。それに警部視点からすれば、勝手に事件を捜査している私達は不審者よ。無視されるならまだしも、犯人の仲間と疑われるかも」

「んじゃ、どうすんだよ? 俺たち、今日一日無駄なことしちまったのか?」

 ボリスが腕を広げて困惑を示した。

「何か一工夫必要なのよ。それさえ思いつけば……」

 エマが悩み考え出したところで、夢男が挙手した。

「それに関しては私に一計ありますよ」

「本当?」

「ええ。……ただ、リスクがあるので、ちょっと確認しなきゃいけないことがありますけどね」

「どうするつもりなんだ?」

 ボリスが夢男に問うと、夢男は自分の考えを口にした。それを受けてボリスが「ふ~ん」とどこか他人事のように相槌を打つ。

「俺はそれが上手くいくかどうか分かんねぇな」

「まぁ、なんとかしてみますよ」

 と夢男は軽い調子で請け負う。

「ならば私とボリスはもう一度屋敷へ戻って、最後の確認を行いましょうか」

「はぁ~、またあの屋敷に行くのか。いい加減飯食ってとっとと寝たいぜ」

 そう言いながらボリスが、椅子から立ち上がる。

「もうちょっとで犯人を追い詰めることができるわ。……もう一踏ん張りいきましょう」

 ベッドから腰を浮かせて、エマがそう宣言した。



 屋敷へと戻ったエマとボリスは、もう一度ジェーンに会うことにした。

 本当はアンドレにも話を聞きたかったが、「もうさっきの話で十分だろ」とにべもなく断られてしまった。

 三人は屋敷の門前へと向かった。

「アンドレ様と私が居たのは、この辺りです」

 と言って、ジェーンが屋敷に向かって左側の門柱の辺りを指差した。

「どう、ボリス?」

 エマがボリスへと問いかけると、ボリスが頷き返す。

「そうだな、俺が二人を見たのも、この辺りで合ってる」

「それは一致したわけね」

 エマが納得するようにうんうんと頷き、その後、地面をよく観察し始めた。そして、少し小さめの足跡を見つけると、それを指差しながらジェーンに問いかけた。

「ジェーンさん、これはあなたの足跡ですか? 靴を片方お借りしても?」

「わかりました」

 ジェーンが片方の靴を脱いで、エマに渡した。エマがその靴を足跡へとあてがうと、大きさも靴底の形もぴたりと一致した。

「まごうこと無く、ジェーンさんの靴跡のようですね。こちらは?」

 靴を返しながらエマが問うと、ジェーンが履きながら答えた。

「アンドレ様の足跡だと思います」

「まあ、二人で居たんならそうなるな」

 ボリスが頷く。

「この辺りは警官達の靴跡もないし、二人の足跡で間違いなさそうね」

 エマが納得したように頷いた。

「ジェーンさん、もう少しお付き合い願えますか? 今度はフェルディナンさんとマリーさんもご一緒で」

 エマの言葉に、ジェーンが戸惑いながら「は、はい……」と頷いた。



「マクマジェル様を捕まえた時のことですか?」

 ジェーンを伴って現れたエマに問いかけられ、フェルディナンが不思議そうな顔をする。そばにはマリーも居る。

「ええ、マクマジェルさんを捕まえて、警察が来るまでのことをなるべく詳しく」

 エマがそう言うと、マリーとフェルディナンが昨晩のことを思い返しながら語り始めた。

「マクマジェルさんを『ギフト』で倒した後は、私とフェルディナンさんがマクマジェルさんを押さえていましたね」

「その後すぐにアンドレ様とジェーンが姿を現しましたので、ジェーンを警察に向かわせて、アンドレ様にはロープをお持ちいただくようお願い申し上げました」

「主人の息子であるアンドレさんにわざわざお願いしたのですか?」

「ええ。マクマジェル様はエルフの方なうえ、どのような『ギフト』を持っているかも分かりません。一人で押さえるのは不安がありましたし、アンドレ様に殺人犯を押さえるようお願いするのはためらわれたので」

「まぁそりゃ確かになぁ」

 ボリスが顎をさすりながら相槌を打つ。

「それで、アンドレさんがロープを持ってきた後は?」

「アンドレ様に持ってきて頂いたロープでマクマジェルさんを縛り上げた後、私はフェルディナンさんに言われて、館の灯をともして回りました。警察の方々がやってきた時に暗いままというのも憚られましたし……正直言って、皆不安と恐怖で胸がはちきれんばかりでしたから、せめて明かりだけでも灯ってて欲しいというのもありまして……」

「その間、マクマジェルさんはどうしていましたか?」

 エマの問いにフェルディナンが答えた。

「そのまま書斎の床に転がしておきました。念の為、私とアンドレ様が残ってマクマジェル様を監視しておりました。マクマジェル様は憔悴しきった顔で、呆然と身体を横たえておりました。抵抗らしい抵抗はありませんでした」

「それまでにどなたか、書斎机に近寄った方はいらっしゃいましたか?」

「いいえ? 誰も近づいていないと記憶しております」

「私も旦那さまのおそばに寄った時以外は、特には……」

「私も、書斎にはほとんど足を踏み入れないで、そのまま警察に向かいましたので……」

 三人全員が否定した。

「分かりました。ところで、マクマジェルさんの使っていた部屋には、警察が来るまでに誰か近寄りましたか?」

「私は警察が来るまで、ずっと書斎にいましたので……アンドレ様も同様です」

「私は館の灯を灯すので手一杯でしたし、客室には特に用は無かったので……」

「私はフェルディナンさんに指示をもらってすぐ警察に向かいましたから、マクマジェルさんの部屋には近寄っていないです」

 これも三人とも全員否定した。

「警察が来た後も?」

 その問いにはフェルディナンが答えた。

「警察がいらっしゃってからは、現場検証にジェーンが協力したはずです」

「あ、はい。シャロン様方がこの屋敷にいらっしゃる前に、私が客室を整えましたので、その関係で……」

「ジェーンさんが客室の準備をなさったのですね? お掃除をされたのもジェーンさんですか?」

「え、はい……あの、それが何か?」

 不安そうに問うジェーンに、エマも緊張しながら一歩踏み込んだ言葉を口にする。

「実は、マクマジェルさんの使われた客室のドアに、血が付着しておりました」

「ええ!? なんですって!?」

 三人が驚愕の表情を浮かべながら、にわかに色めきだつ。

 ボリスが「おい、そんなこと喋っちまっていいのかよ?」とエマに目線で訴えかけると、エマが硬い表情で微かに頷き返す。エマが言葉を続ける。

「ちょうど、ドアのツメ部分です。ジェーンさん、客室を整える時にその部分は見ましたか?」

「は、はい。隅々まで掃除するよう言われていますので、ドアの側面も必ず。私が掃除する時にはそのような物は一切ありませんでした」

「であれば、事件の起こった後に付いたと思っていいでしょう。ということで皆さん、これはとても大事なことなのです。……本当に誰も、マクマジェルさんの部屋には近づいていないのですね?」

 エマが念押しすると、皆緊張に眉をしかめ、そわそわと落ち着かない様子で無実を訴え始めた。

「わ、私はアンドレ様と一緒にずっと書斎に居りましたので……確かに旦那様に触れたので、手も召し物も血で汚れてしまいましたが、マリーにハンカチを借りて手を拭いました。よしんばマクマジェル様の部屋に近づいても、血で汚れることはないかと……」

「フェルディナンさんはハンカチをお持ちにならなかったのですか?」

「え、ええ。生憎と、皆様のお食事の後で洗濯に出してしまったので……」

 フェルディナンがもごもごと言い訳を口にする。エマがマリーに水を向ける。

「マリーさんも同じように手を拭ったのですか?」

「はい、私もフェルディナンさんが手の汚れを拭った時に一緒に……フェルディナンさんもそれを見ていると思いますが」

「ええ、そうです、マリーも手を拭っていたのは、このフェルディナンがしかと見ましたよ」

 マリーが幾分緊張する面持ちで返答すると、フェルディナンもその言葉に賛意を示す。その次にジェーンが答えた。

「わ、私は、そもそも旦那様には触れておりませんし、先程も申し上げた通り、すぐに警察に向かいましたので……」

「そうなるとアンドレさんも同じでしょうか?」

 エマの質問にフェルディナンが首肯した。

「アンドレ様は、旦那様には近寄りもしませんでした……あの、ノイラート様」

「はい、なんでしょう?」

 エマが問いかけに答えると、顔を強張らせたフェルディナンが不審げな声で告げる。

「日中にも感じましたが、もしやノイラート様は私共の中に殺人犯がいるとお疑いで? だとすれば、私共としては甚だ心外だと言わざるを得ません」

「いいえ、フェルディナンさん。これは念のための確認ですわ」

「そうとしても、何故あなたがこのような確認を取る必要があるのでしょうか? 警部がいらっしゃった時はまだしも、今はあなたにこのような疑いをかけられる謂れはない」

 ボリスが「あちゃあ……」と内心で頭を抱えた。どうやら踏み込み過ぎて下手を打ってしまったようだ。

「私は大変な失礼をしてしまったようですね。まことに申し訳ありません。世間知らずの娘の浅ましい好奇心で無礼を働いてしまいました。平にご容赦を……」

 エマが取り繕うかのように頭を下げると、フェルディナンが冷静に、されど常よりも低い声で感情を押し殺すように言った。

「……ノイラート様、私共はお仕えする主をあのような陰惨な形で失ったばかりです。私はもちろん、アンドレ様やマリー、ジェーンも、その無念や如何ばかりのものでしょう。ましてや、昨晩から一睡もせずに警察の捜査に協力し、正直申し上げて疲労困憊の身です」

 フェルディナンが幾分顔を紅潮させ、丸メガネの奥の目を鋭くさせながら言葉をつぐ。

「我々には休息が必要です。ノイラート様。日中にも、そして今にも、十分なご質問をされたかとこのフェルディナンは浅慮します。私共としてもこれ以上にお伝えできる事実は無いことでしょう。どうか、これ以上のご詮索はご容赦頂きたく存じます」

 フェルディナンが少しの毒を含んだ言葉を投げかけながら、丁寧に頭を下げた。



 一人の年若い警官が警察署へと戻ってきた。書斎の見張り番をしていた男だ。

 時刻は夕刻となり、日中の日差しでぬかるんだ地面もすっかりと乾いている。通行人の足跡や馬車の轍で凸凹としてはいるが、年若い彼にとってはさして苦にはならない。何気負う様子もなく警察署の門をくぐる。

 玄関前には一人の警官が立っていた。敬礼すると見張り番も敬礼を返してきた。

「交代か? エドモン」

「ああ、ピエールが来たんで、書斎の見張りを交代してきた」

「お疲れさん」

 見張り番の男は、エドモンと呼ばれた若い警官に労いの言葉をかける。

「警部が貴族のお嬢さんとそのお付きみたいなの連れて色々調べ回ってたけど、ありゃなんだろう?」

 年若い彼がそう言うと、見張り番も分からんという風に肩をすくめる。

「さあなぁ。重要参考人とは言ってたけど、だったら話だけ聞きゃ良いと俺は思うけどな」

「一度二人を連れて屋敷出てったんだけど、また戻ってきてさ。もうそろそろリュテに行くから、二人が何か調べたいことがあったら、協力してやれってよ」

「一体なんだってんだ」

 見張り番はやれやれと言ったように頭を振って、大きなため息をついた。

「こんな大変な事件が起こったっていうのに、警部はよそ者なんか連れて一体何考えてんだか」

「全くだなぁ。……ところで、警部はリュテに向かうって言ってたけど、リュテで何してくるんだ?」

「おいおいエドモン。連絡は回ってこなかったのか?」

 見張り番は呆れた顔をエドモンに向ける。

「いやいや! 移送手続きだっていうのは分かってるよ! ただ、移送手続きって実際何してくるんだろうなって」

「そりゃ、『リュテ拘置所』に身柄を受け渡す手続きだろうよ。どうせ送検するんだから、検察と同時に警察側も取り調べを進めるんだろ。……それに、シャロン家のご令嬢なんて大物がいるんだからな。そこらの適当な警察署に入れて、って訳にもいくまいよ。ついでにリュテ警視庁にも報告だろうな。中央の奴らも目ん玉ひん剥いて驚くだろうぜ。しばらく警部は忙しくなるだろうな」

 その言葉を聞いてエドモンは興味深そうに頷いた。

「なるほどなぁ」

「それがどうかしたのか?」

「いやぁ、単に興味があって聞いただけなんだ」

 そう言って、エドモンがふにゃりと笑う。と、何かに気付いて慌てた表情になった。

「あ、いけね! ピエールにも、二人に協力しろって言われてるの、伝えるの忘れてた。ちょっと屋敷に戻るわ」

「そこまで協力する必要あんのかねぇ……。外国人のよそ者にさ。ただの邪魔者だろ」

 棘のある言葉で疑問を口にする見張り番に、エドモンが苦笑した。

「まぁ、何考えてるか知らないけどさ、警部の命令だから。……じゃあ行ってくる」

 そう言い残して、エドモンは踵を返した。

 エドモンは幾分早歩きで警察署を離れる。赤い夕日が地面を赤く焦がし、何条もの轍の陰が、黒い蔦のように地面を這っている。

 背中からの逆光で、エドモンの顔には真っ黒い影がさし、そのギラギラとした目だけが暗闇の中に浮かんでいる。口角が微かに上がっているように見えるのは、気のせいだろうか。

 エドモンは建物の角を曲がった。建物の青黒い日陰の中で、ひやりとした空気を感じ取る。


 そこでふと、エドモンは足を止めた。


 おもむろに後ろを振り返る。

 警察署から死角になっていることを確認し、さらに周りに人の目がないことを確認する。そうして一息ついて、ニヤリと笑う。

「なるほどなるほど、警部は『リュテ拘置所』ですか。ということは、『あの者』がこの場にいても、問題はなさそうですね。いや、実に結構」

 エドモンの姿が一瞬ぶれる。


 その場に夢男が姿を現した。


「これで明日は格段に動きやすくなるというものです」

 夢男が帽子を深く被り直す。

「警部にはご迷惑をおかけすることになりますねぇ……。お詫びの言葉を探すのに苦労しそうです」

 殊勝な言葉とは裏腹に、夢男の口角が不気味につり上がった。


2020/10/26 改稿しました

改稿前は、パーシー、タチヤーナが夢男の前に姿を現す描写を入れて次話へと続いていました。

後々の話で彼らの会話内容が明らかにされ、それがストーリーに影響を及ぼす、という構成にしたかったためです。

しかし、書き進めていく内に当初考えていたものとは異なるストーリー展開となり、結果、当該箇所が不要な描写になってしまいました。

そのため、やむなく特務機関の登場シーンを削除する運びとなりました。

既読の読者様には大変申し訳ありませんでしたm(__)m

それ以外の展開には特に変更はありませんので、今後とも本作を何卒よろしくおねがいします。


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