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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第3章 貴族の少女と従者の男
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解決へ向けて3

 その後、ジェーンの案内でキッチンと管理人室を確認することとなった。

 まずは裏口から近いキッチンへと向かう。

「こちらがキッチンになります」

 ジェーンが扉を開き、三人を中へと案内する。

 部屋はL字型で、調理用品が所狭しと置かれている。それでも7、8人くらいなら作業できそうな広さだ。

 入ってすぐ目の前には、細長いテーブルが壁に接して置かれ、手前と奥側に対面する形で椅子が配置されていた。

 右手側には、シンクや調理棚、食器棚などがあり、調理口が4口もある立派なレンジクッカー(木炭・石炭を中で燃やし、その熱で調理をするオーブン・コンロ)も備え付けられていた。

「あれがマリーさんの言っていたロウソク時計ですね」

 エマがテーブルの上あたりの壁に備え付けられたロウソクを指差して言った。

「はい、そうです」

「もともとどれくらいの長さでしたか?」

「ええと……新品がこちらに」

 そう言ってジェーンがテーブル近くの棚からロウソクを取り出した。おもむろにそれをロウソク時計の脇へ、比較するように並べた。

「ふむ……二時間分は燃やしていたようだね」

 夢男がロウソクに印字された目盛りを読んで言った。

「はい、ちょうど昨日の21時位に、マリーさんが新品と取り替えて使っていたので、このロウソクが消えたのは23時位かと」

 ジェーンが説明を終えその手を下ろしても、三人はロウソク時計をしげしげと見つめていた。

「その説明だけなら、マリーさんがこちらに23時まで居たようにも聞こえるけど」

「お嬢、それは甘い見立てだろ。この部屋を出て外で何かした後に戻ってきて消したかもしれないし、途中で消してからまた後で火をつけて二時間分燃やしたように見せかけたかもしれない。いくらでも偽装はできる」

「それに、ロウソク時計は精確ではないからね。5~10分くらいは誤差の範囲だし、条件によっては思った以上に早く燃えてしまうこともある。あくまで大体の時間しか分からない代物だ」

 三人がそれぞれの所感を述べ合う。それを受けてエマが悩ましげな声を上げる。

「ロウソク時計からは、何も言えそうにないわね……。仕方ないわ、他には何か……」

 エマがキョロキョロと周りを見渡していると、ボリスが声を上げた。

「なぁ、ジェーンさん。そこの扉は何だ?」

 そう言ってボリスが指差したのは、テーブルの後ろにある扉だった。特に何の変哲もない木製の扉に見える。

「そこは食料庫です。普段は地下の貯蔵庫に食料品を置いているのですが、すぐに使いそうなものはそこに移しておくんです。中も見ますか?」

「ええ、念の為」

 エマがそう頷くと、ジェーンが食料庫の扉を開いた。

 中は石壁の小さな部屋で、扉を開いた時に中からひやりとした空気が流れ出してきた。2、3人も入れば一杯になるほど手狭で、木製の棚の上にいくつもの箱が並べられていた。おそらく食料品はこの箱の中に氷とともに入れられているのだろう。

「うん、特別なものは何もないね」

 夢男が中をしげしげと見回して呟いた。

「うーん、そうね……。他に出入りするところも無さそうだし、キッチンにはあまり見るものはないかも」

 ジェーンが食料庫の扉を閉める後ろで、エマがキッチンに見切りをつける。

「次は管理人室に行きましょうか」



 キッチンを出ると、廊下の一番奥にある管理人室へとやってきた。位置的には正面玄関に隣接しており、応接室の反対側に位置している。

 ジェーンが扉をあけ、三人が中を覗き込む。

 管理人室はかなり手狭な作りとなっていた。横長の書き物机と卓上ランプ、書類やその他の物品を収める大型のキャビネットが備えられているだけのシンプルな部屋だ。こちらの入り口とは反対側の方にも扉が見える。

 エマはその部屋に入り、机やキャビネットを注意深く眺めると、やがてキャビネットのガラス戸越しに鍵束があることに気付いた。

「この鍵束は予備の鍵ですか?」

 それを指差しながら質問すると、ジェーンはこくりと頷いた。

「はい、そうです。屋敷にある全部屋分になります」

「この他にはあります?」

「ええと、もう一束ありまして、それはこちらに」

 そう言ってジェーンはエプロンのポケットからジャラリと鍵束を取り出した。

「あなたがそれを管理しているのですか?」

 エマが質問すると、ジェーンが少し慌てた様子で否定する。

「あ、いえ、私が管理しているわけでは無いんです。昨晩に持ち出してから、こちらに返却するのをすっかり忘れていまして……」

「何故持ち出していたのかね?」

 夢男の鋭い声に、緊張しながらジェーンが答える。

「あの、昨晩旦那さまのご指示で持ち出しました。必要になるから、お客様を通すついでに持ってくるように、と」

「必要に、ね……。つまりは、シャロン嬢達の部屋へ踏み入るのに必要……ってことかな?」

「ちょ、ちょっと私の方では、わかりかねますが……」

 ジェーンが恐ろしさのため、しどろもどろとする。

「ふむ。まぁいいさ。鍵はそれで全部かね?」

「予備の鍵に関してはそうです。後はこの屋敷に住む各自が、自分の私室の鍵を持っているくらいです」

「それは書斎に関しても?」

「はい。旦那さまがご自身でお持ちになられていたかと」

「では書斎の鍵は、ベルナールさんが持っていた一本と、予備の鍵が二本、合わせて三本あった、ということで良いかな?」

「はい、ご認識のとおりです」

「なるほどね」

 夢男が深く頷いた。

「ところで、そちらの扉は?」

 エマが部屋の奥に見える扉を指差す。

「こちらは玄関ホールへ通じる扉です」

 そう言ってジェーンが扉を開くと、その向こうには玄関ホールが見えた。階段の手すりと、真正面に位置する応接室の扉が見える。

「ふぅん……」

 エマが意味ありげに相槌を打つ。

「どうしたお嬢? 何か気になるのか?」

「うん、ちょっとね。後で話しましょう」

 エマが硬い表情で簡素な返事を返す。

「他に何か見たいものはありますか?」

「いえ、もう結構です。ありがとうジェーンさん」

 ジェーンに愛想笑いを向けながら、エマが感謝の言葉を口にした。



「なんだかんだで、最後になっちまったな」

 ボリスが扉を見つめながら誰にともなく呟いた。

 三人は今、書斎の扉の前にいる。フェルディナンから話を聞き始めて、そのままの流れで使用人たちから情報を集めていた結果、すっかり後まわしにしてしまっていた。

 目の前の扉を開けば、そこは昨晩の惨劇が起こった部屋である。両開きの見るからに重々しい扉が、なんとも言いようの無い威圧感を三人に向かって放っており、足を踏み出すのに少しばかりの勇気を振り絞る必要があった。

「扉を開けてくれたまえ」

 夢男が見張りの警官にそう言うと、その男は両腕に力を込め扉を引っ張り、「どうぞ、警部」と言って扉を開いた。

 三人が中の部屋へとぐっと足を踏み入れる。

 その書斎は何の変哲もない、至って普通の書斎だった。強いて普通とは違うところを挙げれば、家具や調度品などが少なく、ガランとした印象を与える部屋だというくらいか。

 ククの言っていた通り、ぽつんと置かれたサイドテーブルと高脚チェア、本棚が幾つかと観葉植物、書斎机以外には何もない。それが村長の趣味なのかどうかは分からないが、少しばかり寒々しさを感じる部屋だ。

 三人はすぐにそれに気づき、無言で歩みを進めた。

「…………ここで……」

 ボリスがどう言うべきか分からないと言った様子で、言葉に詰まった。

 扉を抜けて左手側、それなりの誂えではあるが、簡素な書斎机の横辺り。


 赤絨毯へと染み込んでしまった血の跡が、大きな黒い水溜りのように広がっていた。


 その脇の壁にも、上から下に向かい弧を描くような形で、赤茶色に擦られた跡が残っている。

 画家がキャンバスに残した筆致のようなそれが、絨毯の黒い水溜りへと落ちていく。

 村長の身体がどのような軌跡を経て床へと沈んでいったのかを、想像力が否が応にも描いてしまう。

 天才画家の描いた歴史的名画を遥かに凌駕する鮮やかな生々しさに、エマは胃から込み上げてくるものを感じざるを得なかった。昼食を抜いていて本当に良かったと、心の中で密かに思った。

「……この様子なら、村長はほぼ即死だったろうな。むしろよくもまぁ断末魔を上げる余力があったもんだ」

 ボリスが神妙な顔をしながら言う。

「君、確かベルナール氏は胸を一突きされて殺されていたんだったね?」

 夢男がそばに控えていた見張りの警官に向かって問いかけると、警官はハキハキと質問に答えた。

「はい、警部。被害者の胸には、刃の根元まで深々とナイフが刺さっておりました。検死の結果を待つまでもなく、それが致命傷となったことは明らかです」

「ベルナール氏はとても身長が高かったはずだ」

「その通りです、警部。警部より頭一つ分は高いでしょう」

「ふむ。リ・ド・ソレイユ山のように高い男だ」

 夢男が驚きとともに頷く。

「マクマジェルさんは、私より少し身長が低かったはずよね」

 エマがククの身長を思い出しながら喋った。

「私が警部の肩あたりまでの身長だから……ククさんから見たら本当に見上げるような大男ね」

「まるで雲の上に突き抜けるといった印象だろうな」

 ボリスが頷きながら返した。

「そんな身長差で胸を、しかも刃が根本まで埋まるような一撃って、正直無理がある気がするわ」

「たしかになぁ」

 エマの感想にボリスが顎をさすりながら答える。

「そして、クク嬢の言う通り、誰かが隠れられる余地はなさそうに見えるね」

 夢男が周りを見渡しながら言った。

 調度品の少なさも相まって、そもそも身を隠すような場所が殆どない。書斎机は板張りをしておらず、足元の見えるような机だ。身の潜めようがない。

 本棚の影や、書斎机の遠く真正面にある暖炉の中ならあるいはといった感じだ。

 しかし、暖炉の口は鉄柵で仕切られており、そこへ入り込むのはかなりの無茶を強いられる。本棚の陰にしてもそれほど厚みがあるわけでもなく、少し注意深く見ればすぐに見つかってしまうように思われる。

 このような部屋で犯人がククに悟られずに身を隠していたようには思われない。

「それはそれで困ったことになるな」

 ボリスが感想を述べる。

「なんせ、あのエルフっ子の話によれば、誰ともすれ違わなかったわけだし、身の潜めようがないなら、エルフっ子がこの部屋に入った時には誰も居なかったことになる。だけど、村長が殺されてからエルフっ子がこの部屋に来るまで、何秒も立たなかったって本人が言ってただろう? 犯人がこの部屋から出て、どこかへ身を隠すような時間も無かったってわけだ。そりゃ一体どういうことになるんだ? 犯人はまるで幽霊のように消えちまったってことになる」

 夢男が難しそうな顔で唸る。

「難問のようだね。すぐには答えは出ないだろう。色々と考えなければならないようだ」

 そこまで言うと、夢男は再び警官へと向き直った。

「君、この部屋で書斎の鍵が見つかったりしていないかね?」

 夢男がそう言うと、警官がしゃちこばりながら答えた。

「警部。書斎の鍵はありました。あの机の端のあたりです」

 警官は書斎机の、村長が倒れていたのとは反対側の机の端を指差しながら答えた。

「そうか、見つかったか」

 夢男が一つ頷いた。

「ま、書斎の鍵を自分で持ってたのは当然だな」

 ボリスが得心するように頷いた、その時だった。


「ねぇ……あれ何かしら?」


 エマが何かに気付いて声を上げた。指差しながら天井の方に目を向けている。

 ボリスと夢男が何事かとそちらに目をやる。

「……なにか、擦れた跡か?」

 夢男がそう呟いた。


 天井には何かを擦った跡のような茶色い染みが出来ていた。


「君、あれには誰か気付いていたかね?」

「いえ、あれについては今初めて知りました。……多分、誰も気付いていないものと思われます」

 警官が縦長の警帽を傾げながら、ぽかんとした顔で答えた。

「……血の跡か?」

「多分、そんな感じだね」

 ボリスの呟きに夢男が答える。

「なんだってあんな所に? 血しぶきの跡か?」

「いや、ナイフは胸から抜かれてなかったし、血溜まりはあれど、周りに血しぶきのような跡は見えなかった。あそこだけ汚れるのもおかしい話だろう」

 夢男とボリスがそうやって言い合っている間にも、エマは一人考え込んでいた。そうして不意に顔を上げて、半ば呆然とするような様子でこう呟いた。


「……多分、村長を殺した犯人が分かったかも」


「なに!? そりゃ本当かお嬢!?」

 ボリスが慌てるように言うと、エマが眉間に皺を寄せ、深く考え込む。

「……でも確証がない。何かはっきりとした証拠があればいいんだけど」

 そう言うとエマは警官に話しかけた。

「すみません、マクマジェルさんが使っていた客室も見せてもらえますか?」



 三人はククの使っていた客室へと場所を移した。

 エマが扉付近を念入りに調べていると。

「ここに、血の跡がある」

 そう言って、扉の側面、ラッチ(扉のツメ部分)の辺りを指差した。

 木製のドアに金属製のラッチが取り付けてあるが、その上辺りに僅かに、しかしはっきりと血痕が残されていた。

「これは?」

 夢男が警官に暗に問いかけると、警官は首を横に振った。

「これも報告には上がっていなかったと思います」

 警官の言葉を半ば聞き流しながら、勢い込んでボリスがエマに問いかける。

「なぁお嬢、一体これは何なんだよ? っていうか、犯人が分かったって、それは一体誰なんだ!?」

「待って、待ってボリス。まだ私も考えてる途中なの。ちょっと頭の中を整理させて……」

 そう言ってエマがボリスの言葉を遮ったところで、夢男が口を開いた。

「もし、落ち着いて考えたいということであれば、一度宿へと戻るかね?」

「……そうね、そうしましょうか。二人にも私の考えを伝えて、皆で考えたいし」

「決まりだね」

 そう言って夢男が先導を切って歩き始めると、二人もそれに付いて歩き、やがて屋敷を後にした。


【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2

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