解決へ向けて
三人はマリーと別れ、再び応接室へと戻った。使用人たちからの話を聞けば聞くほど、全貌が明らかになるどころか、混迷を深めるように思われ、三人の表情は決して晴れやかなものではない。
「俺は何がどうなってるかさっぱりだぜ」
ボリスがため息を吐きながらソファに座る。
「肉料理に怪しいスパイスが使われたのは確か。でもそれを指示したのはここの主であるベルナール。そして本人は殺されてる。しかも薬を盛られたのは、あの三人と来た。盛るやつと盛られるやつがまるであべこべだ」
「そして、村長を殺した犯人はカロル嬢たちの他にいると。なかなか厄介な事件ですねぇ、これは」
夢男がソファへと深く身を預ける。
「村長が三人を眠らせたとして、それで何をしようとしたのか……。少なくとも、それは三人に対して、友好的な行動ではないわよね」
そこまで言うと、エマは夢男に目を向けた。
「夢男さん。あなたはカロル様に敵がいる、とおっしゃってましたね。薬を盛ったのが村長なら、村長の行動は正に敵のそれ。何か思い当たるフシはないですか?」
エマが問いかけると、夢男がどう答えたものか、「うーん」と悩ましげな声を漏らす。
「そういうことなら『デパルトの旗を立てる者たち』あたりじゃないでしょうか? もしかしたら、あの村長がその組織の一員だった、という可能性も考えられます」
「『デパルトの旗を立てる者たち』? そいつらはなんなんだ?」
ボリスが首をかしげる。
「デパルトの、熱烈な愛国主義者たちですよ。この国は元から保守的な機運が強い国ですからねぇ。宗教的にも旧教派の国ですし、国民議会があるのに、王も政治に関わってくる二重権力体制です。旧体制への志向が強い国と言えるでしょうね」
夢男がデパルトという国の特色をかいつまんで説明する。
「そういう空気の中、愛国主義者たちもかなり幅をきかせて活動しています。それが『デパルトの旗を立てる者たち』です。俗称は『旗持ち』ですが、彼らはこれを蔑称と捉えていますね。まぁ今はその話はどうでもいいですが……」
夢男の言葉に身を乗り出して耳を傾けるエマとボリス。
「この者たちは簡単に言えば『王制復古』を目指して活動しています。王への絶対の忠誠を誓い、現在の立憲君主制を絶対王制へと巻き戻し、国民一丸となって富国強兵に努め、この地域一帯の覇権を誇っていた時代を取り戻そう、そういう思想のもと活動しています」
「王制復古だぁ? 時代遅れにもほどがあるだろ」
ボリスが呆気にとられたように、顔をしかめる。エマが疑問を口にする。
「それで、それがどのようにカロル様たちと関わってくるのかしら?」
「端的に言うと、カロル嬢本人と、彼女たちが探している『エンブレム』、これを旗持ち達が確保しようとしているということです」
「それはなんのために?」
「王へと献上するためにです。旗持ち達は王と結託しているのですよ」
「王と……結託してるだって?」
ボリスが険しい顔になる。夢男がこくりと頷く。
「旗持ちの思想を考えれば、なにも不思議な事はありません。前王は自制のきく方だったようですが、現王は政治権力への欲望を隠そうとはしないようですね」
「おいお嬢。これは絶対危ない橋だぞ」
ボリスが幾分硬い声でエマに語りかける。
「もうここで手を引いた方がいいんじゃないか?」
ボリスの言葉にエマが微かに首を振る。
「確かに危ない橋かもしれないわボリス。でも、これで確信できたこともある」
「確信?」
ボリスの問いかけにエマが頷く。
「王やこの国の愛国主義者がエンブレムを探し求めていると言うなら、彼らはエンブレムの力が本当にあると信じていることになるわ。であれば、エンブレムの『記憶を取り戻す力』、その力の存在に俄然真実味が増すわ。カロル様たちがそれを手に入れるために奔走していると言うなら、カロル様を助けることで、私の願いも叶うかもしれない。……打算的な考えだけど」
「とは言えお嬢、危ない橋には変わらない。悪いことは言わないから、この件からは手をひこうぜ」
ボリスが諭すように言う。エマは胸に両手を添えて、目を閉じて眉間に皺を寄せる。そのまつ毛が微かに震えている。
「お願い、ボリス。私が自分の記憶……ノイラート家に引き取られる前の記憶を、どれだけ真剣に探しているか……その理由を知っているでしょう?」
「…………まぁな」
エマが身じろぎ一つせず、苦しげに話すのを見て、ボリスは目を伏せて同意する。
「……単に興味として聞くのですが、前の家のことに、それだけこだわっている理由をお聞きしても?」
夢男がエマに問いかけるが、エマは険しい顔つきで首を振った。
「すみませんが、そのことについては、あまり話したくないので……」
エマの否定に、夢男が「そうですか、ならば今はあまり詳しくは聞きますまい」とあっさり引いた。
「ボリス。わがままばかり言ってごめんなさい。でも、どうしてもこのチャンスを見逃せないの」
そう言って、「お願い……」と消え入るような声で懇願した。
ボリスはしばらく目を閉じ、うつむいたままだったが、「……分かったよ」とだけ言って、ソファの背もたれに深く身を預けた。
「ありがとう、ボリス」
「…………」
全ては納得しきれていないボリスは、そっぽを向いて沈黙で返した。
エマはその姿を寂しげに見つめた後、夢男へと向き直った。
「夢男さん、その旗持ちとやらを見分ける方法はあるのですか?」
「そうですねぇ……彼らは自分が旗持ちである証拠として、『三つ旗獅子紋』という印を使ってるので、それが見つかれば」
「『三つ旗獅子紋』ですか?」
エマが問い返すと、夢男が首肯した。
「三つの旗を持った獅子の紋章です。三つの旗は『国民』『国土』『国富』を表していて、王家の象徴である『獅子』がそれを持つというわけです。つまりは、王の主導の下に『デパルトの繁栄を象徴する旗を立てる』ことを目指すということですね」
「ではそれが村長の持ち物から見つかれば」
「村長が組織の一員だということが証明できるというわけですねぇ」
エマの言葉を継いで、夢男が同意する。
「……村長が、その旗持ちとやらだった場合」
ボリスが言葉を発する。
「村長はお嬢さんたち三人を捕まえて、エンブレムを奪おうとした。それで食事に眠り薬を仕込んだ。そういうことになるのか?」
「おそらくね」
エマがボリスの言葉を肯定する。
「そして、その場合、幾つかの謎が解けるんじゃないかしら」
「ん? それはどういうこった?」
エマの言葉に、ボリスが虚をつかれたような顔をする。
「ボリス、あなた男女の他にも、もう一個警部に話していたことがあるわよね」
「もう一個……ああ、ここの二階の窓でちらちら揺れてた灯りのことか」
ボリスが昨晩の記憶を思い出して首肯する。
「灯りですか?」
夢男が興味深そうに目線を向けると、ボリスが「ああ」と返事を返す。
「昨日の晩、23時より少し前、この屋敷の二階の窓に、灯りがちらちらと揺れるのを見たんだよ。多分、机の上にあったとかいうランプの光じゃねぇかな。犯人ともみ合った時に机が揺れたとか」
「ククさんの話によると、揉み合いになったのは23時より少し後よ、ボリス」
エマはククの言葉を思い出しながら言った。
『鐘が鳴り終わって、23時を回ったか……と、ぼんやり考えていたところ、書斎の方から激しい物音が聞こえ始めました』
「ボリスがその灯りを見たのが23時より少し前なら、村長と犯人との揉み合いより前の話になるわ。そう考えると、村長が殺された時のものとは思えない。それよりももうちょっとありえそうな仮説があるわ」
エマが自分の考えを述べる。
「ジェーンさんが言ってたわね。『怪しい馬車がいた』と。それってもしかして、村長が呼んだものなんじゃない?」
「はぁ? なんでそう思うんだよ?」
「ボリスが見た灯りの揺れ。それが実は、村長がその馬車へと合図を送っていたところだとしたら?」
「馬車への合図……ですか」
夢男がなるほどと言った顔でエマの話に聞き入る。
「村長が薬を盛ってカロル様たちを眠らせたとして。夢男さんが言ってたように、カロル様とエンブレムを確保するのが村長の目的だったとしたら、村長はカロル様を拉致するつもりだったんじゃないかしら。それで、村長は仲間に向けて合図を送る。その合図で仲間が村長宅に入り、馬車にカロル様たちを乗せて、首都まで運ぶ、そういう算段だった。どうかしら、これで辻褄は合いそうだけど」
「いやいや。それだと、使用人が怪しむだろ。突然三人の姿が消えてさ」
「主人と使用人の力関係ならどうにでもできるわよ。『昨日の内に突然この村を出立すると言われ、夜の内に三人は出ていった』とか適当にでっちあげればいいし、なんなら、この件は考えるな、誰にも言うなとでも口止めしておけば良い」
「うーん……」
ボリスは考え込むように天井を仰いだ。
「辻褄はあうかもだが、あまりにも仮説を重ねすぎてないか? ジェーンって女が本当のことを言ってるとも限らないし、それにそうしたら、俺が見た男女も村長の仲間ってことか?」
「ボリス。その男女って23時少し過ぎに見たのよね? 正確にはどれくらい過ぎた頃だったの?」
「いや……宿の時計が23時の鐘を打ち終わった直後くらいだ」
「だったら、その男女は少なくとも直接の犯人ではないわね」
エマがボリスの言葉に相槌を打つ。
「書斎で揉み合うような音が聞こえてきたのは、ボリスが男女を見たのと同じ時間、23時の鐘を打った直後だもの。……まぁ、カロル様たちを運ぼうとしていた仲間って線はあるけど。その男女に関してはまだなんとも言えないわね」
エマが肩をすくめる。
「ところで、ここまで話しといてなんだけど、実はこの仮説は一つ欠点があるのよね」
「欠点?」
ボリスが問い返すと、エマが「そう、欠点」と一息つきながら答える。
「ジェーンさん、一個嘘をついていたのよ。だから馬車の話も本当の話か微妙なの」
「え、嘘だって!?」
ボリスが勢いこんでエマに問いかける。
「それはなんなんだよ!?」
「それに関しては」
とエマが背筋を正す。
「ジェーンさんに直接聞きましょう。もしかしたら、ボリスの見た男女に関しても、何かわかるかも」
「まぁ、仮説は検証してなんぼですからね」
夢男が中折れ帽を被り直して立ち上がった。
「少しずつ疑問を明らかにしていけば、犯人のことも絞り込んでいけるでしょう。着実に一歩一歩進むとしましょうか」
「ええ、そうしましょう」
夢男の言葉に呼応するようにエマが立ち上がり、一拍遅れて、ボリスがいかにも仕方ないといった顔をしながら重い腰を上げた。
三人が玄関ホールへと出ると、そこで不思議な光景を目にした。
「マリー、あと何本になりますか」
「あと2、3本といったところです」
マリーが背の高い脚立に乗って、階段の上にあるシャンデリアに手を伸ばしている。
脚立の下に立っていたフェルディナンが足元の箱からロウソクを数本取り出すと――。
「おお?」
「これはこれは……」
ボリスと夢男が目をしばたかせる。
フェルディナンの手のひらに乗っていたロウソクが、重力をなくしたようにふわりと浮かび上がり、フェルディナンがそれを軽く押すと、気流に乗ったシャボン玉のようにマリーの下へと飛んでいく。
マリーはそれを受け取ると、シャンデリアにロウソクを立てた。どうやら、ロウソクの交換をしていたようだ。
「フェルディナンさん」
「おや、ルメールさん」
夢男が声をかけると、フェルディナンがこちらへと振り向いた。
「今のはフェルディナンさんの『ギフト』かね?」
「ええ、そうです」
「それは一体どんな『ギフト』かね?」
「物を軽くするという、ただそれだけの『ギフト』です。こうやって高いところに物を運ぶには便利ですがね」
フェルディナンが上を向いて、マリーの仕事を見守る。
「終りました、フェルディナンさん」
「ご苦労、マリー」
マリーが仕事を終えて、脚立を降りてくる。マリーが夢男の姿を見て、不思議そうな顔をする。
「警部さん。どうされました?」
「ジェーンさんにもう少し話を聞きたくてね。彼女はどこかな?」
「ジェーンなら、今頃は洗濯でしょう。この館の裏手になります」
フェルディナンが館の奥の方を見て答える。
「ふむ、館の裏手ね。ではそちらに向かうとしよう」
そう言って夢男が玄関扉の方へ行こうとする。
「警部さん、裏へ行くなら勝手口がありますので、そちらから出るとよいでしょう。よろしければご案内しますよ」
マリーがそう申し出た。夢男が微笑む。
「どうもありがとう。それではお願いしようかな。良いかな、フェルディナンさん?」
夢男がそう問うと、フェルディナンは特に気にする風もなく、「ええ、構いませんよ」と返す。
「マリー、ついでだからジェーンの様子も見てきなさい。遅いようだったら急かしてくれ」
「わかりました、フェルディナンさん。……それでは警部さん、こちらの方へ」
マリーが三人を先導して、階段下の通用口へと誘う。三人は黙ってマリーについていった。
「ジェーン、仕事はどう?」
「あ、マリーさん」
勝手口から館の裏手へと出ると、そこでジェーンが金属製の洗い桶で洗濯をしていた。
「洗濯はちょうど終わったところです。後はこれを干せば……」
そう言ってジェーンが後ろを見ると、そこには洗い終わった服が大きな麻袋満杯に詰め込まれていた。
「これを干すのね? 手伝うわ」
「え、そんな! マリーさんだってお忙しいのですから、お手を煩わせるわけには!」
「いいのよジェーン。私の仕事は一段落したし、このままだとまたあなたがフェルディナンさんにどやされるわ。それと、警部さんが」
そう言うとマリーは夢男たちへと目線を向けた。
「ジェーンに話を聞きたいそうだから、警部さんに協力してあげて」
「え、お話ですか?」
ジェーンは戸惑うような目線を夢男に投げかける。
「すまないね。新しく疑問が湧いてきたもので、また話を聞かせてもらいたい」
「は、はぁ……」
ジェーンはなおも疑問を感じるかのように、胡乱げな目を三人に向ける。
「ジェーンさん、単刀直入にお伺い致しますわ」
エマはマリーがこの場から遠ざかったのを確認すると、ジェーンに言葉をかけた。
「屋敷の前にいた人影について、ジェーンさんは本当は何か知っていますね?」
「え……」
ジェーンは目を大きく見開くと、顔を真っ青にして、ぎゅっとエプロンの裾を握りしめた。
「あなたの言葉を聞いて、私は違和感を感じたんです。このボリスが」
というと、ボリスの方をチラと見る。
「『昨日の晩、この屋敷の前に人影を見かけた』と言った時、ジェーンさんはこう答えました」
『え? い、いえ、そういう方たちは私は見ていないです……』
「なぜ人影が『複数人』だと、あなたは分かったのでしょうか。ボリスはそのようなことは一切発言していないはずです」
ジェーンが傍目から見ても気の毒なほど狼狽し、今にも泣きそうな顔でエマを見つめる。
「どうでしょうジェーンさん? 何か知っているなら教えてほしいのですが」
エマがそう言うと、ジェーンは震えながら目線を落とし、か細い声で「はい……」と返事をした。
「…………です」
「え?」
「私、なんです…………」
ジェーンが震える声で告白した。
「あの時間、屋敷の前に居たのは、私なんです」
【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2
【質問箱】https://peing.net/ja/hiro_utamaru2?event=0
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