事情聴取:二人のメイド
食堂に入ると、年少のメイドが脚立に乗り、シャンデリアの掃除をしていた。執事とエマ達三人が入ってきたのを見て、メイドは何事かと不思議そうな表情を浮かべた。
執事がメイドに声を掛けた。
「ジェーン」
「フェルディナンさん。どうされました?」
ジェーンと呼ばれたメイドは掃除の手を止めると、脚立を降りてきた。
「ルメールさんが昨日のことについて、もう一度話を聞きたいそうだ。掃除の手は今は止めていいから、警部に協力するように」
「昨日の話をですか? わかりました」
ジェーンは執事の言葉に承諾し、警部に向かい合った。
「皆さん、すみませんが、私も自分の仕事に戻りたいと思います。これで失礼いたします」
と言って、踵を返そうとしたところで、何かを思い出したかのように不意に足を止め、ジェーンに向き直った。
「ところでジェーン。洗濯物が溜まっていたようだが、まだ手を付けていないのかね」
「申し訳有りません……」
「警部の話が終わったら、またすぐ掃除に取り掛かりたまえ。掃除が終わったら次は洗濯だ。日のある内にやってしまわないと生乾きになる。スラムの子供の方がよほど手早く片付けるぞ」
「はい、申し訳ありません……すぐにやります」
「テキパキやることだ」
執事はジェーンにそう言いつけると、一同に軽く礼をして、食堂を出ていった。執事の意外に辛辣な物言いにエマは驚いた。
「あの方は厳しい方なのですね」
「ええ……私はまだ上手く仕事をこなせないので、特に……。仕事が遅いのは事実ですので」
ジェーンはそう言って目を伏せた。
「それではジェーンさんの貴重なお時間を無駄にしないよう、手早く聞くとしよう。話を聞かせてもらえるかな?」
夢男がそう言うと、ジェーンが「はい、ご配慮ありがとうございます」と言って頷いた。
「えっと……、よろしければお座り頂いて」
「では失礼して」
夢男が手近な椅子を引いて腰をかけると、エマとボリスもそれに倣って椅子に座る。ジェーンは自分が三人のために椅子を引くべきかと一瞬おろおろとしていたが、その前に三人がさっさと座ってしまったため、仕方なく自分も手近な椅子に腰をおろした。
エマとボリス、それにジェーンが簡単に自己紹介を済ませると、夢男が質問を始めた。
「昨日の晩23時頃、君が何をしていたか話してくれるかな?」
「は、はい。……でも、昨日も申し上げたとおり、あまり私に言えることはないのです。なにせ、事件が終わってから駆けつけたわけですから……」
ジェーンは膝の上に乗せた自分の両手を不安げに揉みしだいて、俯きながら答えた。
「なに、そう構えなくてもいい。君の見たこと、感じたことを正直に話してくれればそれでいい。昨日の話の繰り返しでも構わない。もしかしたら昨日気づけなかった事実に、今日気付くかも知れないのだから」
夢男がジェーンの不安を取り除くように言葉をかけるが、それでもジェーンは緊張しているのか、硬い表情で頷く。
「昨日は皆様のお夕食が終わった後、食堂の片付けをして、館の灯を落として自室へと戻りました。22時位だったと思います。それで自室で眠っていた所、旦那様の叫び声が突然響き渡り、驚きのあまり目が覚めたのです」
「それで、部屋を飛び出て書斎に向かった?」
「はい、そうです」
「しかし、その割には」
ジェーンの俯いた顔を覗き込むかのように、夢男が前のめりになる。
「書斎への到着が遅かったのではないかな?」
「え、ええ。その……寝ぼけていたので、耳に飛び込んだ叫び声が夢か現実か、イマイチはっきりしなかったものですから、すぐに動くことができなくて……。それで、そのうち部屋の外が騒がしくなったので慌てて外へ出たら、書斎でフェルディナンさんがなにやら大声で怒鳴っていたので、そちらへと駆けつけた次第です」
ジェーンが忙しなく自分の髪先を手で梳きながら答える。エマが挙手して質問をする。
「ジェーンさん、不躾ですみませんが、あなたのお部屋の場所を聞いても?」
「あ、はい。二階の南東の部屋です」
「南東というと……ええと」
「書斎が北側にあるので、階段を上った右後ろ辺りの部屋です」
「そうなのですね。ちなみに他の方たちのお部屋も、どちらにあるか聞いても?」
「他の方たち……ですか?」
ジェーンが目を瞬かせながら聞き返す。エマがこくりと頷く。
「アンドレさん、フェルディナンさん、マリーさんのお部屋ですわ。差し支えなければ」
「それは、あの……どうして?」
「私もそれは知りたいね」
困惑するジェーンに対して、夢男がエマに助け舟を出す。
「参考までにね」
「参考……ですか」
ジェーンは微妙に納得いかない、と言った顔をしていたが、警部からの質問ということで一応答えようという気になったようだ。
「ええと……マリーさんは私の部屋の左隣です。書斎に、より近い側の部屋です。アンドレ様は南側……書斎の丁度真正面のあたりの部屋で、フェルディナンさんは南西の角の部屋です。あの……それが何か?」
「さっきも言ったとおり、参考までにだよ。この屋敷の者が、その時にそれぞれ何処にいたのか。それを明らかにするためにね」
不安そうなジェーンを落ち着かせるかのように、夢男が優しく声をかける。
「それで、ええと……君はアンドレくんと一緒に書斎に着いたそうだね?」
「はい、同じくらいのタイミングで書斎に着きました。それで、アンドレ様と一緒に部屋の中を覗いた所、フェルディナンさんとマリーさんが、マクマジェルさんを床へと押さえていたのを見ました。それから、旦那様が倒れていらっしゃるのを見つけて……」
そういうと、ジェーンは青い顔をしながら、口元を押さえた。気を落ち着かせるかのように、2、3回と大きく呼吸すると、再び話し始めた。
「それで、フェルディナンさんが私に『警察を呼べ』とおっしゃったので、私は急いで警察署へと走りました。私が警察署へと駆け込んだ後のことについては、警部もよくご存知のことかと思います」
「ふむ。承知した」
夢男がそう言うと、エマが再び質問をした。
「今までの話からすると、ジェーンさんは他の皆さんが、それまで何をなさっていたかは知らない、ということでよろしいですか?」
「はい、私にはちょっと分かりかねます」
「アンドレさんと書斎の前で会ったということですが、アンドレさんが何をされていたかも?」
「アンドレ様ですか? いえ、私には……おそらく寝室でお休みになられていたのかと思いますが、詳しくは……」
ジェーンが困ったように眉をハの字にする。
「そうですか……。では、すみませんがもう一つだけ」
エマが重ねて質問をする。
「昨晩のお料理は、マリーさんとあなたが作ったということですが、間違いないですか?」
「お料理ですか……? はい、主にマリーさんが作って、私がその手伝いを」
ジェーンが、これは何の質問だろう? とでも言いたげにキョトンとした顔をする。
「ジェーンさんは、何をお手伝いされましたか?」
「ええと……お料理の盛りつけと、配膳ですね。後は、マリーさんから指示があった時に、野菜を切ったり、材料を取り出したりくらいでしょうか」
「じゃあ、調理や味付けは全てマリーさんが行ったということですか?」
「はい。そのとおりです」
「そうですか……ちなみに、料理のことで、何か気になることなどはありませんでしたか?」
「気になることですか?」
ジェーンは記憶を探りながら、たどたどしく答える。
「いえ……気になるような事は……あ、でも……」
「何かあるのですか?」
エマが身を乗り出す。
「い、いえ、料理のことかどうかはわかりませんが……」
ジェーンが何かをためらうように口ごもる。
「マリーさんと旦那様が、何事か話し合っている姿はお見かけしました」
「話? その内容はわかりますか?」
「いえ、シャロン様をお迎えする準備中にちらっとお見かけしただけですから、内容までは……」
「ベルナールさんとマリーさんがお話することは珍しいことなのですか?」
「あ、いえ、珍しいことではないのですが、旦那様が真剣な顔でマリーさんに何かをお話されていたので、ちょっと印象に残ってて……」
もうちょっと有益な情報かと勢い込んで聞いていたエマは、少し拍子抜けするような気持ちを抱いた。それを察したのか、ジェーンは頭を下げて、謝罪の言葉を口にした。
「よく考えたら、ただの私の印象の話ですね。申し訳ありません、あまり意味のある話ではない気がします」
「あ、いえ。意味が無いとも限りませんから。お話くださりありがとう存じますわ」
エマがそう言って締めくくる。すると、それまで沈黙を守っていたボリスが口を開いた。
「なぁ、ジェーンさん。俺からも質問いいか?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
突然ボリスから質問をふられ、戸惑いながらもジェーンは頷いた。
「俺とお嬢はふもとの宿に泊まってたんだけど、昨日の晩、この屋敷の前に人影を見かけたんだ。あんたは何か知らないか?」
「え? い、いえ、そういう方たちは私は見ていないです……」
ジェーンは驚くように目を見開いて、戸惑いながら質問に答える。
「あ……でも」
と、ハッとした顔をする。
「そういえば、変な様子の馬車が、屋敷の近くにいるのは見かけました」
「変な馬車?」
ジェーンの言葉に夢男が身を乗り出す。
「はい。暗くてよく分からなかったのですが、荷馬車と、そのそばに人影がありました。この丘のふもと辺りです」
「それは何時ごろの話なんだ?」
夢男が問いかけると、ジェーンは「え、ええと、そうですね……」と、どもりながら記憶を探った。
「確か、警察に駆けていく時にチラッと。……そう、それで今思い出しました。屋敷へと戻るときにも、その馬車はいました。そして、警察の馬車が現れた途端、こそこそと逃げるようにどこかへと去って行くのを見ました」
「ふむ、荷馬車ね……」
全く予期しない新たな情報が出て、三人は思わず顔を見合わせた。
「怪しい荷馬車が居たとか、もう、よくわかんねぇな」
三人はマリーというメイドを探すため、二階への階段を登っていた。ボリスが釈然としない様子で呟く。
「登場人物多すぎだろ。三人の使用人、クソ息子、門の前の男女に怪しい荷馬車。何がなんやらさっぱりだ」
「一気に全部わかろうとしないで、一つ一つ丁寧に確認していけばいい話ですよ」
夢男がボリスに振り返りながら話しかける。
「これから料理を作ったとかいうマリーさんに話を聞くのですから、眠り薬を仕込んだのかどうか、慎重に確認しましょう」
「そう、それだよ」
夢男の言葉にボリスが踊り場で立ち止まる。つられて二人も立ち止まった。
「料理したのがマリーって女だってんなら、眠り薬の件はもう確定で良いんじゃねぇのか? 最初に書斎に現れたっていうし、今回の事件で怪しい奴と言ったら、もうこの女だろ」
「まだ分からないわよ。ジェーンさんが料理の盛り付けと配膳をしたって言うなら、皆の目を盗んで、こそっと仕込むこともできるわけだし。それに……」
エマが真剣な表情になる。
「今までの話の中で、少し変な話をしている人がいたわ」
「エマ嬢も気づきました?」
夢男が問うと、エマが「ええ」と返事を返す。
「本当か? そりゃ誰で、どんな話だよ?」
「それについては、後で整理しましょう。まずはもう一人のメイドに話を聞かなきゃ」
そう言ってエマは階段を再び登り始めた。
三人が二階へ着くと、すぐ目の前に両開きの大きな扉が見えた。わきで警官が一人見張り番をしており、ルメール警部姿の夢男に向かって「お疲れ様です、警部」と敬礼をしてきたので、夢男は「うむ、見張りご苦労」と返した。
「書斎へは誰も入れてないかね?」
「はい、警部。私がこのように見張りをしておりますので」
夢男の言葉に警官がはきはきと返す。夢男が「ここが書斎ですか……」と小さく呟いた。
「何かおっしゃりましたか?」
「気にするな、独り言だ。それより、マリーというメイドを見かけたか? 一階に居なかったのでこちらへ来てみたが」
「赤毛の女の方ですか? それならあちらの部屋に入っていきました」
警官はそういうと、階段を挟んで書斎の真正面の部屋を指差した。
「あそこの部屋は?」
「村長の息子であるアンドレの部屋です」
「マリーは何故あの部屋に?」
「それらしい用具を持っていたので、多分掃除じゃないでしょうか」
「ふむ、そうか。ありがとう」
夢男がそう言って回廊を歩きだすと、再び警官は敬礼を送った。エマとボリスの姿を見送りながら、「この二人は何者だろう?」と言いたげに、不思議そうな表情を浮かべていた。
三人は階段から見て右手側へと歩いていった。
「ジェーンさんの言うとおりなら……ここがマリーさんの部屋。あそこの角に近い部屋がジェーンさんの部屋。そして書斎真正面にあたるあの部屋がアンドレくんの部屋ですかねぇ」
夢男が歩きながら一つ一つ部屋を確認する。
「ということは、アンドレくんの部屋の右側にある、あの角部屋がフェルディナンさんの部屋で、こっちとは反対の壁沿いに並んでるのがお客用の寝室ですかね」
「主人も使用人も客人も全部ごっちゃだな」
ボリスが感想を漏らす。
「まぁこの規模の屋敷ですからねぇ。他に部屋が無いのでしょう」
「村長でこの規模の屋敷なら、充分よ。むしろ、こんな村でこの屋敷を維持できるほどの収入があるのかしら?」
「そんなにこの村は潤ってるようには見えないがなぁ。何か特産品がある風でもなく、いたって普通の村って感じだ」
「まぁそれも気になりますけどねぇ。今は目の前の問題を片付けましょう」
夢男がそう言って、アンドレの部屋を親指で差す。
ちょうどその時、マリーが諸々の道具を持って部屋から出てきた。
「あら? あなたは……」
「どうも。マリーさん」
夢男が軽く帽子を掲げると、マリーは綺麗な一礼を返した。
「昨晩の話をもう一度……ですか」
マリーが掃除道具を片付けた後、再度応接室へと場所を移し話を聞くことになった。
「問題ありませんが、昨日の話以上の事はありませんよ?」
「なに、構わないよ。念の為の確認だと思ってくれ」
夢男がそう言うと、マリーは「わかりました」と簡潔に答え、一息吸うと話を始めた。
「昨日は晩餐の後片付けをした後、キッチンで翌朝の仕込みを始めました。具体的には、具材の下ごしらえと、朝食にお出しするスープの出汁取りです。今回、シャロン家のご令嬢を迎えることが急に決まったもので、コンソメのストックが無く、本来ならじっくり作るべきところなのですが、仕方なく簡単なレシピで作ることにしました」
「ということは、やはりシャロン嬢を迎えることは急に決まったことなのだね」
夢男が尋ねると、マリーはコクリと頷いた。
「食事や寝室の準備に大わらわでした。食材が足りたのは幸いでした」
「急な割には上手くやったようだね。食材が足りたとは言え、この屋敷にあったものだけで饗すとは、君はよほど料理が上手らしい」
「元々は首都にいるお貴族様の家で下働きしていましたので、その経験が活きているのでしょうね」
マリーはニコリと笑った。
「ふむ、なるほどね。続けてくれ」
夢男が話の先を促すと、マリーは再び話し始めた。
「それで、キッチンにこもりながら、スープのアクを取ったり、時々かき混ぜたりしていました。ただ……お恥ずかしいことなのですが、スープを作る合間に休憩のつもりで椅子に座っていたら、よほど疲れていたのでしょうか、いつの間にか居眠りをしてしまったようで」
「居眠りですか?」
エマが思わず口にすると、マリーは恥ずかしそうに頷いた。
「多分、22時半くらいのことでしょうか」
「ベルナールさんが殺される30分前くらいのことですね。その時間は確かですか?」
エマがそう尋ねると、マリーは「多少は前後しますが、そのくらいです」という言葉とは裏腹に、確信の宿る瞳でエマを見返した。
「キッチンには機械式時計は無いのですが、ロウソク時計があります。スープの仕込みがあったので、その時間を測るために、昨日はロウソク時計を灯していました。21時頃に晩餐が終わって、キッチンに戻った時に新しいロウソクに取り替えました。そのあと翌朝の準備をしている最中、思わず机の上でうとうとしてしまって、最後にロウソクの減り具合を見た時には、1時間半くらいが過ぎていました。それからストンと眠ってしまったようなので、だいたいそのくらいの時間かと思います」
「なるほど……」
エマがその説明に得心する。夢男が「続けて」と先を促す。
「そうして眠りに落ちてしまっていた時に、突然旦那様のものと思われる大絶叫が館に響きました。キッチンは書斎からは一番離れた場所に位置する部屋ですが、それでも私の眠りを覚ますほどの大絶叫です。夜の薄暗いキッチンでその声を聞くことは、何にもまして恐ろしい体験でした……」
そう言って、マリーは恐怖に顔を青ざめる。
「それで、しばし呆然となってしまったのですが、不意に気を取り戻して、スープとロウソク時計の火を落とすと、急いで二階へと向かいました」
「それで書斎の扉を叩いたわけだね」
夢男が確かめる。
「ええ。ただ、正確に言うと私はまず旦那様の寝室へと向かいました。扉の外から呼びかけても返事が無かったため、ダメ元でドアノブを回すと意外にも扉が開きました。それで中を覗いたのですが旦那様のお姿は見えず、次に旦那様の居そうな書斎へと向かいました」
「マリーさん、私にはその話は少しおかしく感じますわ。なぜ階段目の前の書斎を後回しにして、ベルナールさんの寝室を確認したのでしょう?」
エマが疑問を呈すると、「おっしゃりたいことはよくわかります」とマリーが頷いた。
「昨日、私は旦那様に『本日はお夜食は如何なさいますか?』と尋ねたのです。旦那様は夜遅くまで書斎で執務をなされることが多く、旦那様のご指示でお夜食を作って書斎まで届けることが度々あったためです。すると旦那様は『いや、シャロン家のご令嬢もいらっしゃることだから、明日は早く起きたい。今日はすぐ休むので、夜食は要らない。君もなるべく早く休むように』と、私にお言いつけになりました。そのため、てっきりあの時間には、旦那様はもうお休みになられているものと思い、まず旦那様の寝室に向かったのです」
初めて聞く話に、エマとボリスは思わず顔を見合わせる。夢男が質問する。
「ベルナールさんの寝室というのは何処かね?」
「階段上がって右手側、書斎の右隣の部屋になります」
「ふむ、確かに何かの部屋があったね。そこにたどり着くまで、あるいはその後でもいいが、怪しい人影や、何か気づきのようなものはあったかね?」
「いえ、キッチンを出てから、書斎の前でフェルディナンさんと出会うまで、誰かに出会ったり、怪しい物事などは特に見当たりませんでした」
夢男は考え込むように、顎に手を沿える。
「なるほどね。それで、書斎に入る時はどんな感じだったね?」
「書斎は鍵が掛けられ、固く閉ざされておりました。何度か扉を叩いて中へと呼びかけても返事がなく。そのうち、フェルディナンさんが鍵を持って二階までいらっしゃったので、扉の鍵を開けて、書斎へと踏み込みました。すると目の前に血だらけのマクマジェルさんがおりました。何やらぶつぶつと呟きながら、放心している様子で、ただそこにぼんやりと立ち尽くしておりました。それだけでも大変驚いたのですが、旦那さまが血まみれで倒れているのを発見した時は、心臓が握りつぶされるかのような心地がしました。旦那様が既に亡くなられていることはひと目見てわかりました。フェルディナンさんもそれを見て震えておりましたが、すぐさま私にマクマジェルさんを捉えるように命じました。私には手を叩いた音を聞かせると、相手に強烈な目眩をおこすことができる『ギフト』を持っています。それでマクマジェルさんを捕まえることができました」
「なるほど。その後は?」
「その後駆けつけたジェーンに警察へと向かわせ、アンドレ様にはマクマジェルさんを縛るロープを用意してもらいました。マクマジェルさんを縛り付けた後は、館中の火を灯してまわりました。そうしていると警察の方たちが到着されたため、ずっと眠ったままでいらっしゃったシャロン様とアレン様を起こしました。警察の方たちがいらっしゃる前に起こったことは以上となります」
「承知した。事細かな情報提供ありがとう。もう少し良いかな?」
夢男がさらに突っ込んだ質問をする。
「さきほど、ジェーンさんから、君がベルナールさんと何かを話していたということを聞いてね。それは先程の夜食の話をしていたのかな?」
夢男がそう質問すると、マリーは首を振った。
「いえ、旦那様にしては珍しく、お料理に関しての注文を私にお言いつけになりました」
この後質問をしようと思っていた矢先に、別の切り口から料理の話が出てきた。エマとボリスが真剣な表情になり、夢男の声がわずかに大きくなる。
「料理に対する注文? それはなんだろうか?」
「『今日は特別なお客様だから、料理も相応に特別なものであるべきだ。これは希少なもので特別なお客様にはぴったりだから、今夜の晩餐にはこれを使うように。私の料理には必要ないので、そのつもりで』と言って、私に香辛料を渡されました」
「香辛料ですか!?」
思わずエマが声を上げる。マリーが「え、ええ」と驚きながら少し身を引く。
「それは何に使いましたか?」
「肉料理です。初めて使うものなので、味を見るために少し舐めてみたのですが、かなり癖のある味と匂いだったため、正直言って上手い利用方法が思いつきませんでした。ソースと肉の味ならなんとか馴染ませられるかと思い、肉にまぶして使いました」
三人は思わず顔を見合わせた。
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