事情聴取:執事と村長の息子
エマ、ボリス、夢男の三人が警察署を出たのは、正午近くなってからだった。日も高くなり、雲が少なくなったこともあって、昨日とは打って変わって村中の家々の壁が眩しいくらいに輝いていたが、エマとボリスの表情は曇ったままだ。
「話を聞く限り、やはりククさんは誰かの策略にはまってしまったみたいですねぇ」
夢男がどこか他人事のように言った。
「ええ……そのようね」
エマが思案げな顔で、夢男に同意する。
「思うんだけどよぉ」
ボリスが口を開いた。
「肉料理とやらに眠り薬が仕込まれてたってんなら、それを証明すればいいんじゃねぇか? わざわざ犯人を探さなくてもさぁ。それが誰かが仕組んだってことで、エルフっ子がその罠にはまって犯人に仕立て上げられたって主張すればいけるんじゃないか?」
ボリスの主張にエマが反論する。
「眠り薬の件については、はっきりとさせることは必要だわ。だけどそれだけじゃ、マクマジェルさんが村長の死体と一緒に部屋に閉じ込められていたことは変わらない。その謎が解決できない限り、マクマジェルさんへの疑いは晴れないわよ」
エマが残念そうに頭を振る。
「村長の使用人に話を聞く必要があるわね」
「まぁ、そのようですね。ではこれから、いかが致します?」
夢男の問いかけに、エマが胸を張りながら言う。
「決まっているわ。これから使用人たちに話を聞きに行くわよ」
エマの言葉にボリスが驚く。
「え、今からかよ? 昼飯は?」
「今は食欲ないわ。このまま屋敷へ言って話を聞いてくる。ボリスは食べたければ食べてて良いわよ」
「まじかよ……」
ずんずんと力強く歩き出すエマの後ろ姿を見つめながら、ボリスが困ったように後頭部を掻くと、結局はエマと夢男に付いていくことに決めた。
屋敷の前で一人の警官が見張っていたが、ルメール警部の姿を借りた夢男が一声かけると、あっさりと中へ入ることができた。
「便利なものでしょう?」
という夢男に、エマとボリスはなんとも言えぬ微妙な気持ちを抱いた。味方のうちは良いが、敵に回ったら……、という言葉をなんとか頭から振り払いながら、二人は泥だらけの道を歩いた。
屋敷のノッカーを叩くと、それほど待たぬ内に扉が開かれた。
「おや……ルメールさんではありませんか」
「たびたびお邪魔してすまないね、フェルディナンさん」
執事の言葉に夢男が返事を返す。
「忙しいかね?」
「いやまぁ……大して忙しくはありません。坊ちゃまのお世話以外、特にすることもないもので……今は館の掃除を」
執事は幾分元気の無い声で、もごもごと言い返した。夢男が硬い表情で告げる。
「掃除? あまり現場に手を入れて欲しくないのだがね」
「いや、書斎や客室などは手をつけていませんよ。見張りの警官もいることですし、その他の関係のないところから手をつけています」
「何が関係ないかは捜査した上で判断することだが……まぁいい」
夢男が肩をすくめながら言う。
「ところで、重要参考人を見つけてね。この二人なんだが」
夢男が二人を見ると、執事もそれに釣られるように目線を移す。
「はじめまして、フェルディナンさん。私はウェルゲッセンのノイラート家次女、エマ・シャルロッテ・フォン・ノイラートと申します」
「俺はこの娘の従者のボリス・バーレクだ」
「は、はぁ、……私はフェルディナン・マショーと申します」
執事は困惑しながらも二人に挨拶を返した。
「この二人はあの容疑者達に関する重要な情報を持っている。そのため、この二人の証言とすり合わせをしたいので、この館に居る者にもう一度話を聞きたいのだが」
「そういうことですか、わかりました。それでは応接室でお話しましょう。……全員を呼びますか?」
「いや、とりあえず一人ずつで良い。よろしく頼むよ」
夢男がそう言うと、執事が館の扉を開き、三人を中へと招いた。
「私は昨日の夜、事件が起こった時は管理人室におりました」
応接室のソファに座ったフェルディナンが、不安げな表情で、両手を揉みしだきながら話し始めた。
「日誌を書いていたのですが、それも終わって、最後に館の施錠確認をしようとしていた時に、旦那さまの悲鳴が響き渡ったのです」
執事が身をぶるりと震わせる。
「旦那様はいつも23時頃は寝室でお休みになっているか、書斎にいらっしゃることが多かったので、悲鳴を聞いてから、鍵を持って急いで二階へと駆け上がりました。そこでマリー……これは二人いるメイドの内の一人ですが……マリーが書斎の扉を叩いて、旦那様へと呼びかけている所に出くわしました。私がどうしたか、とマリーに聞くと、旦那様がこの中にいるようだが、鍵がかかっていて中に入れない、という返事が返ってきました。そこで私は管理人室から持ってきた鍵で、書斎の扉を開けたのです……」
「ふむ。それから?」
「私とマリーは扉を開いて、大変驚きました。何しろ、書斎に居るはずの無い、マクマジェル様が、血だらけで目の前に居るのですから! これはただ事では無いと思い、マクマジェル様に、これは一体どうしたことですか?、と声をかけました。しかしマクマジェル様は、これは違う、これは違う、とうわ言を呟くばかりで、会話が成り立ちません。おそらく事に及んだ直後のため、非常に興奮なさっており、まともな会話ができなかったのでしょう。埒があかないと思い、私は旦那様の姿を探すため、部屋の中を見渡しました。旦那様はすぐに見つけることができました。何しろ、机の上のランプに照らされて、旦那様が血まみれで倒れてらっしゃるのですから……」
執事は冷や汗を流しながら、震える声で昨晩の出来事を話す。目は恐怖に見開かれ、唇が震えているのが、机を挟んだ対面からでも分かった。
「私はすぐに旦那様の下へと駆け寄り、その身を起こそうとしたのですが、正直言ってひと目見た瞬間に、旦那様が亡くなられていることを悟りました。そばにいたマリーも同じようでした。マリーは恐怖に目を見開き、なんとか悲鳴を抑えようと口を手で覆い……。我々二人は瞬時に悟りました。マクマジェル様が旦那様を殺した犯人だと。……少し失礼します」
執事はそう言うと、懐からハンカチを取り出し、顔の汗を拭った。
「それで……私はマリーにマクマジェル様を捉えるよう命じました。マリーは近くで手を叩くと、相手にめまいを与えることができる『ギフト』持ちなのです。正確には手を叩いた音を聞かせなければいけないらしいですが……。まぁそれはともかく、マリーはその『ギフト』でマクマジェル様を昏倒させることに成功しました。後はそのまま、警察が来るまで押さえつけていました」
「よく分かった……念の為確認するがね」
夢男は前のめりになりながら、執事に質問を始めた。
「本当に書斎の扉には鍵が掛かっていたのかね? 勘違いということは無いかな?」
「ルメールさん、それはありえません。マリーが扉を開こうと悪戦苦闘しているのを、はっきりとこの目で見ております。さらに私が鍵を開けてようやく扉が開いたのです。それまで鍵が閉まっていたことは明白です」
「ふむ、そうか。では別の質問だが、他に怪しい人影や不審な点などは無かったかな?」
「いえ、そのような者は……ルメールさん、これらの質問は昨晩もお答えしたと思うのですが……」
執事が訝しげに問いかけると、夢男は「なに、念の為の確認さ」と涼しげに言い放った。
「聞き間違いがあってはいけないからね。ことにこのような重大な殺人事件だと、なおさらね」
「そうですか、それは失礼なことを言いました。どうぞ、続けて下さい」
「理解を頂けて助かるよ。それでは次に、もう一人のメイドとアンドレくんについて、二人はその時、何をしていたか知っているかな?」
「いいえ、詳しくは……多分お二人とも自室でお休みになられていたと思います。二人が書斎に駆けつけたのは、私とマリーがマクマジェル様を押さえつけてからのことです。もう一人のメイド、名をジェーンというのですが、ジェーンには警察を呼ぶように言いつけました。坊ちゃまには何か縛るものを用意するようお願いしました。ジェーンと坊ちゃまのお二人共、特に拒否してくることもありませんでした。後はお二人に質問されるのが一番良いでしょう」
「ふむ、それではそうしよう。ところで、フェルディナンさん」
夢男が目を鋭くさせる。
「晩餐の料理についてなのだが、それを用意したのは誰かな?」
「料理の……用意でございますか?」
執事は予期しない質問に、不思議な顔でぽかんと口をあけた。
「調理したのは主にマリーで、ジェーンがそれを手伝ったはずです」
「料理を運んだのも?」
「ええ。食前酒と一緒に召し上がって頂く突き出しだけは、私がお出ししましたが」
「そうか。料理の内容を考えたのは誰かな?」
「料理の内容でございますか? それは私でございます。旦那様から大まかにリクエストを聞いて、私が具体的なメニューを決めてマリーに伝えました」
「なるほど」
夢男が頷く。
「今回シャロン嬢という大物政治家のご令嬢がやってきたわけだが、何か特別な料理を出した、ということはなかったかな?」
「ルメールさん、これは一体どういう質問なのでしょうか?」
執事が眉尻を下げながら、困惑したように両腕を大きく広げる。
「あまりにも些事に過ぎると思うのですが」
「フェルディナンさん、警部という仕事はね、とかく何でも知っておきたいものなのだよ」
夢男が執事に落ち着くよう、手で促す。
「まさか料理の内容に立腹してベルナールさんを殺したとは思わないがね。実は今回の殺人の実行犯であるマクマジェル容疑者だが、肉料理だけほとんど手を付けなかった、と言っていてね」
「そうなのでございますか?」
「本人曰く、エルフは肉を食べると腹を壊すので、あまり手を付けなかった、と言っている。他の二人は普通に食べていたので、肉に手を付けなかったのはマクマジェル容疑者だけになる。それが何と関係するのかは分からないが、念の為確認しておきたくてね」
夢男は何気ない風を装いながら、重要なことを質問する。
「肉は、何か特別な素材だったり、味付けだったりしたかね。例えば……香辛料とか」
「素材や味付けですか……」
執事が記憶を探るように考え込む。
「肉は仔牛のフィレ肉に赤ワインソースを掛けたものです。香辛料は……好き嫌いありますので、臭み消しの胡椒以外は、使用してはいないものと思われますが……」
「その赤ワインソースも、特別に指示したことはないかね?」
「いえ……いつもどおりのレシピだと思われます。メニューの指示は私が出しますが、具体的なレシピはマリーが把握しているものと思われます」
「なるほど。ではマリーに聞いてみるとしよう」
夢男が納得するように頷くと、執事が話が終わる空気を察し、恐る恐ると言った様子で問いかけてきた。
「これで話は終りでしょうか? そろそろ仕事に戻ろうかと思うのですが」
「すみません、最後に一つだけ」
腰を浮かしかけた執事に、エマが質問する。
「管理人室とやらの場所を教えて頂けませんか?」
三人は執事に案内されながら、管理人室へと向かった。
階段下の小さな扉を開くと、少し奥に廊下が見えた。どうやら建物の裏手に面しているらしく、窓があり、屋敷の裏の森が見える。
廊下に出て左へ曲がり、さらに突き当りの角を曲がると、壁側にドアが4つ並んでいた。
「手前からキッチン、ボイラー室、浴室・手洗い、管理人室となっています。浴室と手洗いは玄関ホールからも入ることができます。中はそれらの部屋を挟んだ短い廊下になっています。洗面器も中にございます」
その言葉を聞いて、エマが問いかける。
「管理人室は一番奥なのですね。あんなに奥まっているのに、よく悲鳴が聞こえましたね」
「ええ……それはそれは、とても恐ろしい悲鳴でした。まるで100頭の猛牛が一斉に鳴いたかのような……」
そう言って執事は記憶を振り払うかのように、頭を振った。
「お気持ち、お察しいたしますわ」
「どうもありがとうございます、ノイラート様。そのお言葉一つでこの身の救われる思いでございます」
そう言って執事はエマに向けてニコリと笑った。
メイド二人を探すため、玄関ホールまで戻った四人の前に、丁度階段から居りてくる人物がいた。
「……またお前らか」
村長の息子のアンドレ・ベルナールだった。
「おいフェルディナン。なんでこいつらがいるんだ?」
「なんでも昨晩の件について、皆に話をお聞き回りになっているとか。それで丁度今、私の知っている限りのことをお話したところです」
執事がそう言うと、アンドレは虫唾が走るとでも言うように顔をしかめた。
「お? 他人の足跡を嗅ぎ回りやがって、とうとう自分が小汚い野良犬だってこと認めたかよ、おい?」
「どっちかっつうと、警察犬だと思ってくれや、アンドレさんよ」
アンドレの悪態を受け流しつつ、ボリスが返事をする。
「俺らは重要参考人だからってここに連れてこられたんだ。文句があるならこの警部さんに言ってくれや」
「ルメールかよ……」
ボリスが言い放つと、アンドレが渋い顔をしながらルメール警部の姿をした夢男を見る。どうやらルメール警部に多少の苦手意識があるようだ。
夢男が油断なく、アンドレに問いかける。
「そういうわけだ、アンドレくん。手間をかけるが、君にも話を聞かせてもらうよ」
「言うことなんかねぇって昨日言ったはずだ」
「もう一度、確認のため話を聞き回っているもんでね、君にも協力してもらわないと、私としては困ってしまうな」
「てめぇが困ったところで、知るもんかよ」
「アンドレくん」
夢男が威圧感を出しながら、じっとアンドレを睨む。アンドレは怯んだように「うっ」と短いうめき声を漏らす。
「昨日ベルナールさんが殺された時、君は何処にいたかね?」
「だからよぉ! 自室で寝てたって昨日も言ったろう!」
「書斎と同じ二階で寝起きしているにも関わらず、現場への到着は遅かったようだが?」
「知らねぇよ、起きたのがそのタイミングだったってだけだ。フェルディナンとマリーが騒いでるのが聞こえて目が覚めたんだよ」
「フェルディナンさんが管理人室に居ても聞こえた程の悲鳴が上がったのに?」
「だから知らねぇって! がやがやうるせぇから見に行ったら、エルフのクソ女がとっ捕まってるのを見て、後はロープを探しに行っただけだ!」
「ふむ。参考にしておこう。ところでアンドレくん」
夢男が真剣な表情でアンドレに問いかけた。
「君は、もう一人のメイド、ジェーンと言ったか。ジェーンと一緒に書斎に来たのかな?」
夢男がそういうと、アンドレは急にソワソワしだし、目線が泳いだ。
「あ、ああ。ほとんど同じタイミングだった。俺がドアを開けたらジェーンが目の前をかけてくところだったからな。たまたまだ」
「ふむ。たまたま、ね」
急におとなしくなったアンドレに、夢男が含むような物言いをする。
「もういいだろ。俺は便所に用足しに来たんだ。下着が汚れたらあんたらのせいだぜ」
「そうか、ではまたなアンドレくん。また後で話を聞かせてくれ」
「もう話すことなんかねぇ」
そう言ってアンドレはその場を離れ、手洗いへと消えていった。
「あいつも難儀な性格だなぁ、フェルディナンさんよ」
「いえ……」
ボリスが白けるように言うと、執事はどう言うべきか困ったとでも言うように、額の汗を拭った。
【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2
【質問箱】https://peing.net/ja/hiro_utamaru2?event=0
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