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世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第3章 貴族の少女と従者の男
52/99

事情聴取:クク

 ククは元から体格の小さい方だが、背中を丸め、重たそうに頭を垂れるククは、常よりも更に小さく見えた。窓から陽の光がククへと降り注いでいるが、それでも顔を覆う陰は払えない。むしろ、ククの煌めく金髪に落ちる鉄格子の影が、まるで魂を囚えて離さぬ牢獄を象徴しているかのようで、より暗い陰へとククを縛り付けていた。

 そのあまりに痛ましい姿に、しばらくは誰も何も言えなかった。

 ククはエマとボリスが来たことに対する疑問すら発さず、ひたすら机の対面で俯いていた。

 エマは軽く咳払いをすると、意を決して話し始めた。

「マクマジェルさん、先程も言いましたが、私達はあなたのお話を聞くためにここへとやってきました。よろしければ、昨晩、何があったかを教えて頂けませんか?」

 ククが隈の浮かぶ目をエマへと向ける。

「何があったか? ……それは、私の方が知りたいです。ようやく自由の身になれたと思ったのに、なぜこんな目に…………」

 打ちひしがれた弱々しい声でククが呟いた。

「……私達は、あなた方三人が無実であると考えております。突然呼ばれた屋敷の主を殺害するなど、不自然極まりない。……そのため、あなた方があのお屋敷で何を見て、何を考えたのか、それを知りたいのです。あなた方の無実を証明する、何かの鍵が、そこに潜んでいるかも知れません」

 エマがゆっくりと、意識して落ち着き払いながら、ククに伝える。ククはその姿をぼんやりと眺める。

「マクマジェルさん、話して頂けませんか? 昨晩、何が起こったのかを。……もしかしたら、私達も何か助けになれるかも」

「……しかし」

 ククはルメール警部の姿を見て、躊躇するように肩を縮こませた。

「警部は私の供述を聞いた上で、それでも犯人と決めつけたじゃないですか。何をいまさら……」

「おっと、失礼! 私は警部ではないのですよ」

 は? という顔で見つめるククの前で、夢男は変身を解いた。

「え!? あなたは誰です!?」

「ククさんとは初対面でしたね。私は夢男と言います。よろしくお見知りおきを」

「夢男……あなたが……」

 ククが困惑しながらも理解を示した。

「おや? 私の事は聞き及んでいましたか?」

「はい。カロルとアレンさんから……味方の様な顔をしているが、どこか信用ならない奴だと」

「いやぁ、悲しいですね。私は正真正銘、あなた方の味方ですよぉ。こうしてあなた方を解放するために奔走していますしね」

「…………」

 ククは胡乱げな目を夢男に向ける。

「まぁまぁ、それはともかく。私は警部ではないので、どうぞお気になさらず、昨日のことをお話し頂けませんか?」

 そう言うと、夢男は再び警部の姿に戻った。

 ククは何かを考えるように少し沈黙すると、「わかりました」と返答した。

「そこまで言うのなら……。正直言って、それで何が分かるとも思えませんが……」

「ありがとう存じます。必ずやあなた方の無実の罪を晴らしてみせましょう」

 ククが話す決意を固めると、エマが力強くそれに答えた。

「まず、カロル様とゴードンさんからお聞き及びしていることについて。村長宅に通された後は、まず村長と会談をした。その後村長から晩餐に呼ばれ、それが済むとカロル様の部屋に三人が集まり、料理について少しだけ会話。その後、カロル様が眠ってしまわれたので、お二人が部屋を出ると、村長の息子のアンドレと出会う。少し口論となるが、その場は丸く収まり、ゴードンさんとマクマジェルさんはそれぞれの自室に戻った……それで正しいですか?」

「はい。特に訂正することはありません」

「マクマジェルさんは、屋敷の誰かと知己だったりしましたか」

「いいえ、誰とも」

「村長とは何か会話をしましたか?」

「いえ、自己紹介以外では特に何も」

「何か村長に変わった様子は?」

「私から見て、特に無かったです」

「マクマジェルさんは、村長について何か思うところはありませんでしたか? 何かカロル様を侮辱するようなこととか、マクマジェルさん自身に対して不快な思いを抱かせたとか」

「そういうことは一切無かったです。特に思うところも無かったです」

「そうですか……分かりました」

 エマはふぅと一息吐く。

「それでは晩餐について、何か変わったことや、気になることはありませんでしたか?」

「いえ……特には」

「アレンさんが仰ってたのですが、肉の味が少し変だったとか」

「ああ……確かにそうですね。正直言ってあまり美味しくは無かったです。一口だけ手を付けて、後は残しました。……それが何か?」

「これはアレンさんが仰ってたのですが……もしかしたら肉料理に一服盛られたかも、と」

 エマのその言葉に、ククが大きく目を見開く。

「薬を盛られた……ですか?」

「ええ。アレンさんは普段では感じない眠気だった、と気にしていらして、もしかしたら、と。ククさんは何かそういう点で気になることはありましたか?」

「いえ……私は普段どおりだったと思います。異様な眠気などは特には感じなかったです」

「他のお料理で、マクマジェルさんだけが手をつけなかったものはありますか?」

「……いえ、無いと思います。他の二人がどれに手をつけたかまでは分かりませんが、少なくとも私は肉料理以外は全て平らげました」

 ククがそう言うと、エマは納得したように頷く。

「晩餐に関しては分かりました。ところで、カロル様の部屋を退室なさる際に、鍵などはかけましたか?」

「ああ……はい、私が。アレンさんは気づかなかったようなので、私の方で鍵を掛けておきました。その鍵もそのまま私が持っていました」

「そうでしたか。マクマジェルさんも自分の部屋の鍵は掛けておいたのですね?」

「ええ、勿論」

「村長の息子と会ったときは、口論以外には特別なことはありませんでしたか?」

「特には無かったです。アンドレがあまりに口汚く罵ってきて、アレンさんが殴りかかろうとしたので、私が止めに入りました」

「承知しました」

 エマがククの話に頷き返す。

「それでは……核心的な部分についてお聞きしたいです」

 エマの声に緊張が滲む。

「あの夜、アレンさんと別れた後……マクマジェルさんに何が起きたのですか?」

「……」

 ククが眉根を寄せ、目を瞑り、少し沈黙した。昨晩のことをどう話したらよいかを考えているらしい。

 やがて、考えがまとまったのか、瞑った目を開いて、一つ一つを確かめるようにゆっくりと事件のことを話し始めた。



 昨晩は、自分の部屋に戻った後、特にすることも無かったので、多分21時半くらいには眠りについたと思います。先程も申し上げたように、異常な眠気などは感じず、自然な眠りだったと思います。

 ただ、いつもより少し早めの就寝で眠りが浅かったのか、23時より少し前くらいに起きました。何となしに窓の外を見ると、雨が止んでいて、雲間に月が見え隠れしていました。その月明かりが枕元を照らしていたので、そのせいで起きたのかもしれません。

 目が冴えてしまったので、水差しの水を飲んでいたところ、何やら隣の部屋で誰かが話しているようだ、ということに気づきました。


 ――――いいえ、カロルの部屋からではありません。その反対側の部屋、つまり村長の書斎の方からです。


 ――――そうです、私の部屋は書斎に接した客室でした。そのためか、くぐもった音ではありましたが、誰かが言い争っているような声が聞こえてきました。


 ――――村長と誰か、としか……。村長が誰かを大声で怒鳴っている、というのは声の雰囲気から分かりましたが、その相手の声はほとんど聞こえず、男か女かも分かりませんでした。内容もほとんど聞き取れず……。唯一、村長の「まさか、お前が……!」という言葉だけは、一際大きな声だったため聞き取れました。何か、相手のことで驚いていたようです。


 こんな夜中に一体なにを? と私は不審に思いながらも、再びベッドに横になっていたところ、時計が23時の鐘を打ち始めました。

 鐘が鳴り終わって、23時を回ったか……と、ぼんやり考えていたところ、書斎の方から激しい物音が聞こえ始めました。村長が「よせ、やめろ」としきりに騒いでいるのが聞こえてきました。

 これはただ事では無いと思い、書斎の様子を見に行こうとしてドアノブに手を掛けた時です。


 ドン、という大きな物音とともに、村長と思われる、恐ろしく大きな叫び声が響きました。


 最初は何かの獣の咆哮かと思ったほどの、凄まじい絶叫でした。おそらく、館中に響いていたはずです。

 私はその絶叫を聞いてあまりに気が動転し、鍵の閉まったままのドアを開けようとしてしまいました。すぐに鍵の存在を思い出しましたが……。とにかく、鍵を開け部屋から出ると、私は一目散に村長の書斎へと向かいました。書斎の扉は、私の部屋からは10歩程しか離れていません。すぐに扉の前に着きました。


 ――――いいえ、ざっと見ただけですが、辺りに人影は見えませんでした。誰かが歩いたり走ったりしている気配も無かったです。


 それで、扉の前に立つと、私は扉をノックしながら、何度も村長に呼びかけました。しかし返事はありませんでした。

 私はてっきり鍵が閉まっているものと思い込んでいたのですが、ドアノブを捻ってみるとカチャリ、とすんなり扉が開きました。そんな些細なことにも驚いてしまったのですが、気を取り直して、村長に呼びかけながら、部屋の中へと入っていきました。


 ――――書斎の扉ですか? 廊下側へと開く両開きの扉です。人二人分くらいの幅でしょうか。扉は厚く重たく、良い木材が使われているようでした。一つの軋みもせず静かに開いたので、かなり良く手入れがされていると思います。


 部屋の中を素早く見渡すと、すぐに村長の姿を見つけました。

 部屋を入って左手側、私の部屋の有る側ですが、そちらに書斎机がありました。机の上ではオイルランプが灯って、辺りをぼんやりと照らしていました。

 その机の真横の壁際、ちょうど私の部屋と接している壁でしたが……。


 そこの壁際に村長がうつ伏せで倒れているのを見つけました。


 私は思わず叫びながら、村長の下へと駆け寄りました。そうして、身体を揺すってみたのですが、返事は無く。無我夢中で、うつ伏せになっている村長の身体を仰向けにひっくり返しました。

 ……そして、あまりの恐ろしさに腰が抜けて、震えながらその場に尻もちをついてしまいました。


 村長の胸には、刃が全てすっぽりと隠れるほど深くナイフが刺さっており、胸から腹にかけて、赤い血が絵の具をぶちまけたようにべったりと付いていました。

 村長の顔は寸前の恐怖を表すかのごとく、目が釣り上がり、額には深く皺が刻まれ、大口を開けたままピクリとも動きませんでした。ランプの炎に照らされ、かえって陰影を濃くしたその顔は、地獄の鬼もかくや、といった恐ろしい形相でした。ランプの明かりが微妙に揺れる度に、大きく見開いた目の瞳も揺れるような錯覚を起こさせました。しかし、一点を見つめて動かぬ様は、中途半端に目だけ描かれた石膏像のような印象を思わせ、はなはだ不気味でした。既に村長が死んでいることは明らかでした。


 ――――はい、胸です。やや右上から心臓をえぐりこむように、少し斜めに刺さっていました。


 ――――多分、そうだろうと思います。私が自分の部屋で聞いた絶叫は、村長が誰かに胸を刺され、断末魔を上げた瞬間だったのです。


 私は気力をふりしぼって立ち上がり、膝が笑う脚をなんとか動かしました。そうして最初に行ったのは部屋中を見て回ることでした。


 ――――なぜ部屋の中を見て回ろうと思ったのかというと、村長の絶叫を聞いて私が書斎に入るまでおそらく10秒程度しか経っておらず、犯人はまだこの部屋の中に潜んでいるのではないかと考えたからです。もっと言えば、部屋のドアを開けた時には既に書斎の扉が視界に入るのですから、犯人が部屋から出て身を隠すまで、3~4秒程度の時間しか無かったはずです。そんな短い時間で犯人が逃げるのは不可能と思われました。


 書斎はサイドテーブル一つにチェア2つ、本棚が幾つかと観葉植物が一つ、後は暖炉があるだけの、極めてシンプルな部屋でした。そのため私が確認すべき場所は、せいぜいが本棚の陰か暖炉の中くらいのものです。もちろん、そこには誰もいませんでした。

 窓を一つ一つ調べましたが、開いている窓はありませんでしたし、鍵も全て閉まっていました。

 私はここへ来てようやく、誰かを呼ぼうという気になりました。そうして扉の方を振り向いた瞬間です。


 突然激しく扉が叩かれました。


 私はひどく驚き、全身がビクリと痙攣しました。心臓がいつもよりも2倍ほど膨らんで鼓動を打っているような気がして、このままでは心臓が破裂するのでは無いかと心配になったほどです。

 扉を叩いているのは年長のメイドのようでした。厚ぼったい扉のせいでくぐもった声でしたが、大声を張り上げているので、すぐに分かりました。

 私は、良かった、早く村長のことを知らせなければ、と考えたところで、ふと思いました。


 なぜメイドはこの部屋に入ってこないのだろう?


 その疑問の答えはすぐに分かりました。部屋の外でメイドが「旦那様! ここの鍵をお開け下さい!」と叫んでいるのです。


 鍵が? そんなばかな。私は書斎の鍵などかけていない!


 私は混乱のあまり、その場に少し立ち尽くしてしまいました。思考が停止し、上手く物事を考えることができませんでした。

 それでも、そのうち気を取り直すことができました。疑問は後にして、とにかくこの状況を伝えねば、と。

 そして、ドアノブに手をかけようとしたところで、ようやく気が付きました。


 村長を仰向けにした時に、私の手、腕、胸もとに村長の血がべったりと付いていることに。


 即座に、これはまずい、と思いました。


 この部屋には私しかいない。そうして私の身体には村長の血が付いている。


 どう考えても私が犯人と疑われる状況です。私がメイドの立場でもきっと同じことを思います。

 どうすべきかを考える時間はありませんでした。扉の外にもう一人現れ、鍵が開ける音がしました。そうして扉が開いてしまいました。


 そこには執事と年長のメイドの二人が立っていました。二人は私を見て驚いているようでした。

 私が満足な言い訳もできず、もごもごと呟いていると、二人はすぐさま村長の死体を見つけ、そちらに駆け寄りました。そうして二人は憎悪のこもった目で私を見るのです。

 私にはもはや正常な思考回路がありませんでした。その後の事は曖昧にしか覚えていません。

 執事がメイドに何かを命じると、メイドが私の前に立ちはだかりました。

 私はわけも分からず、そうだ、アレンさんやカロルにこのことを伝えねばと、全く状況にそぐわない事を考えていました。

 私はこの部屋から脱出しようとしました。

 風の力でメイドのそばを駆け抜けようとしたところ、メイドが突然両方の手のひらを打ち合わせました。

 すると、突然めまいが襲いかかり、私は身動きすることもままならず、その場に勢いよく倒れ伏しました。


 ――――私もそう思います。おそらくメイドの『ギフト』ではないかと。多分、両手を打つ動作が何か関係しているのだと思います。


 私がわけも分からず床で身悶えしている間に、二人に拘束されてしまいました。



「――その後の事は、特に言うべきことはないです。私はその場にずっと拘束され続け、警察が来たらそのまま連行されました。警察への馬車に乗せられた時にカロルとアレンさんを見かけて、二人とはそれきりです。同じ建物内にいるのに、顔を合わせることもできていません」

「ずっと拘束されていたのですか? 縄とかで?」

「途中まで執事とメイドが私の身体を押さえ、その後縄で縛られましたよ」

「そうでしたか……」

 エマが痛切な表情で俯く。

「……私がおかしいと思っていることは二つあります」

 ククが語りだした。

「まず一つ目は、犯人は書斎をどうやって抜け出たか。村長が断末魔を上げてから、私が書斎の扉を目にするまで、その短い時間に脱出するのは、どう考えても不可能です。隠れるところも無ければ、窓も全て閉まっていた。脱出できたのは書斎扉だけだったはずです」

 エマがその考えに同意するように頷く。

「二つ目は、書斎の鍵がなぜ閉まっていたか。私が鍵を閉めていないことは確実に言えます。では誰が、どういう目的で閉めたのか? 私が書斎に到着した時は周りに人はいませんでした。それも確実です。ですから、私が部屋の中を探索している間に閉められたものと思われます」

 そこまで語るとククは再び顔を俯けた。

「この二つが解決できない限り、私の冤罪は証明できないと思います……」

「私もそう思いますわ。……困難に思われますが、私達でなんとか解決してみせます。……ですからどうか、泣かないで……」

 エマがそう言って、ククを慰める。ククは俯きながら音もなく泣いていた。

「どうか、お願いします」

 ククが震える声で言葉を絞り出す。

「……こんな風に囚われるのは、もういやだ……」

 ククはそう言って、警官によって部屋から連れ出されるまで、さめざめと泣き続けた。


【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2

【質問箱】https://peing.net/ja/hiro_utamaru2?event=0


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