少女との出会い
その後の事情聴取は長時間に及んだ。アレンがシャロン氏と出会う前に、既に御者と護衛が一人ずつ殺されていた。なるほど、最初は気付かなかったが、馬車を警察署裏手の駅舎に留める際、客室の外装に血がべったりと付着し赤茶色に乾ききっているのが見えた。ガス燈の薄暗がりの下、見も知らぬ惨劇にアレンはぶるりと震えた。頭を振ったあと、アレンはシャロン氏の証言を裏付けるべく、警察署の中に入っていった。
エルフの男は無事逮捕となった。今後は検察に送検され、勾留となるだろう。
まずは御者と護衛が殺された場所の現場検証となった。疲労感の中うんざりして、今日は勘弁してもらえないかとアレンが思わず洩らしたのだが、カイゼル髭をはやした太っちょの警部が、
「こういうのは拙速が原則でしてな。雨でも降られて証拠が流れちゃあなたも私も困ることになる」
と言って、そのでっぷりとした腹を揺らした。
次はアレン達が襲われたあの十字路へと向かった。シャロン氏も疲労のピークだろうに、国の重鎮である自分が襲われたとあって、アレンよりも真剣に現場検証に付き合っていた。
全ての事情聴取が終わったのはもう日も跨いだ午前2時頃だった。
流石にカイゼル髭の警部も、十字路の場所からもう一度警察にお越し下さいとは言わず、後日にまた警察の捜査に協力して欲しいとシャロン氏に告げた。シャロン氏も心より同意し、その日は解散となった。
アレンは最早この時間では宿もとれずどうしたものかと悩んだが、シャロン氏がお礼も兼ねてもてなしがしたいので、シャロン家邸宅に宿泊しないかと誘ってきた。
「勿論、それとは別に謝礼はさせてもらうよ」
とシャロン氏は相好を崩し言った。
アレンは恐れ多いと最初は固辞したものの、他に良い妙案があるわけでもなく、結局シャロン家にお邪魔することとなった。
途中の道すがら、アレンとシャロン氏は雑談しながら過ごした。最近になって蒸気船が就航し、デパルト―テルミナ間の距離が近くなったことを話し合った。
「まぁデパルトとテルミナにはいつでもキナ臭い案件があるからな……」
と、シャロン氏は両国の行方について悲観的だったが、アレンはデパルトに渡る際まさに蒸気船に乗ってやってきており、比較的に蒸気機関技術の発達していたテルミナと、伝統を大事にするデパルトを結ぶ蒸気船が、なにか両国の架け橋の象徴のように思え、シャロン氏よりも楽観的な考えを持っていた。
アレンは海を渡る際水夫から聞いた、一夜にして乗組員が全員消えてしまったという、噂の域を出ない怪事件の話をすると、シャロン氏は、
「蒸気船という鉄と石炭と最新技術の塊を前にしてもなお、人は帆船時代の迷信に右往左往するものだな」
と言い、ニコリと笑った。
他にもテルミナの方には森に出現する美女の幽霊がいるとか、エルフのスリ屋が出るらしいなどの噂話に花を咲かせた。シャロン氏は幽霊の話は興味なさそうだったが、エルフのスリ屋の話には興味を示した。なんでも、エルフの住んでいた比較的大きな集落が、何らかの悲劇により廃村となってしまったとか。
「あの卑劣漢も、スリ屋ももしかしたらその村の出身だったのかもなぁ」
と、しみじみと呟いた。
気の向くままに喋り続けていたが、流石にシャロン氏も疲れていたのか、途中で眠りこけてしまった。アレンはシャロン氏を起こさないよう、慎重に手綱を握った。
地平線の向こう側が白み始めた頃、シャロン氏の住む街、「カド・ドゥ・パッセ」へと辿りついた。ここでアレンはシャロン氏を起こし、邸宅への道案内を依頼した。
シャロン氏の指示に従って馬車を走らせ、ついにシャロン家邸宅へとたどり着いた。
シャロン氏の邸宅は流石貴族と思わせる大邸宅だった。
3階建ての屋根は赤く葺かれ、真っ白に塗られた邸宅の側面と対照をなしている。その壁も今は地上に顔を覗かせた太陽によって、燃えるようなオレンジ色に染められている。庭はなるべく自然を再現するべく慎重に草花が配置されているのが見て取れた。幾何学的な配置を良しとするデパルト式とは異なる、自然の美を模したテルミナ式庭園だった。デパルトでテルミナ式庭園を見るのは珍しいことだった。庭園には温室が準備されており、何らかの果実を育てているようだ。少しばかり気後れするアレンだったが、シャロン氏の指示で門をくぐり、邸宅へと近づいていった。
馬車を所定の場所に止めた後、邸宅のこれまた大きな玄関に歩みよっていった。
「ところでアレンくん、一つ提案があるのだがね」
とまるで悪戯を企む幼い子どものような笑みを浮かべ、シャロン氏は提案した。
「アレンくんさえよかったら、私の護衛にならないかね?」
「護衛ですか?」
「そうさ」
シャロン氏は茶目っ気のある笑顔を浮かべた。
「アレンくんは強い。それはもう素人目から見ても判るくらいに。さらになんと言っても、あのクリフの息子だ。信用がおける。そして何より私が君を気に入った」
とシャロン氏が述べると、アレンは苦笑いのような表情を浮かべた。クリフの息子と言ったところで所詮自分の発言だけが根拠である。そんな安々と信用して大丈夫なのかな? といったことを考えていた。
「これからの衣食住は全て当家で賄おう。その上で給金も……これこれこのくらいではどうだろうか?」
「えっ!? 衣食住に困らないのに、更にこれだけ頂けるんですか?」
「君の働きは値千金だよ」
シャロン氏はそうおどけた。しかしアレンはあまりの破格の待遇と疲労感のピークが重なって、最早正常な判断力を失っていた。
結局、アレンは二つ返事で護衛の仕事を引き受けた。
「これからよろしく頼むよ、アレンくん!」
シャロン氏と固い握手を交わしながら、アレンの心は別の思考に囚われていた。
婆さん、これは夕焼けじゃなくて、朝焼けじゃねぇか!!
朝の陽光に燃えるシャロン家の前、仕事は得られたがやっぱり婆さんは警察に放り込んでやる、と決意を新たにするアレンだった。
アレンはシャロン家のメイドに案内された部屋に着くと、どさりとベッドに倒れ込み、そのまま眠りに落ちた。
普段から睡眠時間が短いため、4時間弱眠ったところで目が覚めた。するとメイドが部屋の中に待機しており、アレンは飛び上がって驚いた。メイドは身体を拭くための桶(白磁製!)とタオルを用意してくれていた。そこまでは良かったのだが、そのままアレンの身体を拭くところまでメイドがやると言い出すので、アレンは狼狽えながらその申し出を固辞した。メイドを部屋から追い出すと、しっかり眠ったはずなのにぐったりとした気分になった。
メイドからシャロン氏が広間にて待っていると言われ、アレンは広間へと向かった。
広間にはシャロン氏が柔らかそうな革張りのソファに身を沈め、パイプを燻らせていた。
「おはよう、アレンくん。よく眠れたかな?」
「ええ、あんなに上等なベッドは初めてでしたよ。疲れとともに身も心も溶けてしまうかと思いました」
「そうか、それは良かった」
シャロン氏はくつくつと笑った。
「今日一日は仕事も用事も無いので、本格的に護衛を願うのは明日からだ。今日はメイドに屋敷の中を案内してもらうといい。ちなみに庭園は私の趣味が詰まったご自慢の一品さ!」
「テルミナ式庭園ですよね。良いご趣味です」
「だろう?」
と言うと、またくつくつと笑った。そうしてシャロン氏は、「そういえば」と話を切り出した。
「私には娘が居てね。もうすぐここにやってくるだろうから、紹介したく思う」
「お嬢さんですか?」
「こちらも当家ご自慢の一品さ」
とシャロン氏は笑った。
まいった、貴族のお嬢さんにどう接するのが良いかなんて分からんぞ、とアレンは焦った。ご紹介はまた後日ということでと、なんとか引き伸ばしを図ろうとした矢先に、広間の扉が開いた。
「おおカロルや、おはよう」
「おはようございます、お父様」
ソファから身を起こしながら、シャロン氏は朝の挨拶の言葉を口にした。
「お父様、昨日のことをミレイユから教えてもらいました」
「そうか、心配をかけてしまったようだな。なに、この通りピンピンしておるよ。そこの若者のおかげでな」
そういうとシャロン氏はソファから立ち上がり、大きく胸を開くようにして手でアレンを指し示した。
アレンはしかし、シャロン氏の言葉が耳に入っていなかった。
アレンの目はシャロン嬢に釘付けとなり、呼吸も忘れて見入っていた。
「紹介しよう、私の命の恩人、アレン・ゴードンくんだ!」
シャロン氏は自分の娘に自慢のお宝を広げて見せるかのごとく、アレンを紹介した。
「はじめまして、アレンさん。父が大変お世話になったそうで、真にありがとう存じます」
シャロン嬢は完璧なカーテシーを披露しながら、アレンに自己紹介をした。
「私は、ジャン=クリストフ・ド・シャロンが第一子」
カーテシーから身を起こした彼女は。
「カロル・エレオノール・ド・ラ・シャロンです」
アレンのこれまでの人生で最も美しいと感じる、銀髪の少女だった。
なんと……よすぃさんからカロルのFAを頂いてしまいました!!!
めちゃくちゃ嬉しいです、よすぃさんありがとうございました!!(;▽;)
こちらを読んでいただいている読者の皆様、よろしければよすぃさんの作品もお楽しみ頂ければ!!
■よすぃさんの投稿作品
絆創膏をアソコに貼った私が無双して世界を救う!?
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小五に転生したオレは変態脳で人生を謳歌する!
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エルフの男に関しては第三話
https://ncode.syosetu.com/n9717fz/3/
カロルとの出会いに関しては
https://ncode.syosetu.com/n9717fz/1/
も参照ください。
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