表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の夢でまた会いましょう  作者: うたまる ひろ
第3章 貴族の少女と従者の男
44/99

夢男 v.s. 特務機関2

 夢男はハンマーで殴られたかのように吹き飛び、後ろへと転がった。苦痛に喘ぎながら、地面に手を突き、なんとか上体を起こそうとするが、ガクガクと痙攣するばかりで満足に動けない。全身に脂汗が滲み、喀血で地面を汚した。

「あなたが『本』を手放すつもりが無いことは分かりました」

 三人の靴音が響いた。

「少し面倒ですが仕方ありません。ギヨルパの能力であなたがどの辺りにいたかは、大体絞れています。『本』は、虱潰しに探すとしましょう」

 パーシーが地面に這いつくばる夢男を見下ろしながら告げる。

 銃がチン、と排莢音を立て、空薬莢が甲高い音を立てて地面に落ちた。そうして、ノルベルトが無言で引き鉄に指を掛けた。


 その瞬間、夢男の姿がかき消えた。屋上の鉄柵を叩くような重い金属音が鳴り響いたかと思うと、横合いから跳躍してきた『ギヨルパ』が、ノルベルトへと急襲した。


「っ!?!??」


 ノルベルトは辛うじて防御したが、混乱のあまり次の行動をとれない。ギヨルパの爪を受け、分厚いコートが切り裂かれる。

「ギヨルパ!!??」

 パーシーが驚愕と困惑に目を剥く。地面に手足を突いた目の前のギヨルパが、獣のように瞳孔を尖らせ、うるるる、と唸り声を上げる。


「私は、こっちだよ!!」


 突然、大きな声が上がったかと思うと、『ギヨルパ』が『ギヨルパ』へと突っ込んでいった。

 二人のギヨルパは倒れ込みながら揉み合いになり、地面を転げまわった。


「ギヨルパが二人!!??」

 パーシーが混乱の極みに頭を抱える。ノルベルトも目を見開き、銃を下ろして呆然と立ち尽くす。

 二人のギヨルパはしばし揉み合うと、互いに距離を取った。

「うぃいいっ!」

 ギヨルパが突進しながら爪を振るう。もう一方のギヨルパはそれを避けると蹴りを叩き込むが、相手は身体をしならせ衝撃を吸収する。

 横倒しにごろごろと転がりながら受け身をとった所へ、拳が飛ぶ。顔面すれすれの所を手でいなし、相手の背後を取る。

 後ろを取られたギヨルパが後方へ蹴りを繰り出すと、背後のギヨルパが肩口を蹴られよろめいた。蹴りを放ったギヨルパは地面に手を突き、身体を捻ると、回転しながら鞭打つような追撃の蹴りを放つ。その蹴りは腕の防御で防がれる。

 そのまま地面にうつ伏せに倒れ伏したところに、もう一方が跳躍し、上から拳を叩き込もうとする。

 と、地面に伏せた方が素早く前転しながら、相手を蹴り上げ、そのまま脚で相手を投げ飛ばす。

「ぎゃっ!」

 飛ばされた方は屋上の鉄柵にぶつかり、悲鳴を上げる。そこに爪の追撃が迫るが、吹き飛ばされた方は背後の鉄柵を掴むと、その上に逆立ちするようにして、身を持ち上げる。そのまま片手を離し身を翻すと、振り子のような蹴りを相手に見舞う。顔面を蹴られたギヨルパは横飛びに吹き飛ぶが、受け身をとりつつ宙返りし、鉄柵へと飛び乗った。


 二人は息を切らしながら、鉄柵の上で互いににらみ合う。


「これは……どういう……」

 なおも混乱の渦中にあるパーシーを尻目に、ノルベルトが銃を構えながら前へ出る。

「ノルベルト、私が本物のギヨルパだよ!!」

「嘘だよ、私が本物だよ!! 信じて、ノルベルト!!」

 二人のギヨルパはそれぞれ自分が本物だと主張してやまない。

 ノルベルトはしかし、落ち着き払いながらこう言った。


「俺の名前を言ってみろ、ギヨルパ」


 その質問に対し、二人のギヨルパが答えた。


「ノルベルト」

「ノルベルト・スコジェパ」


 その瞬間、ノルベルトの銃が火を吹き、「ノルベルト」とだけ答えたギヨルパを撃ち抜いた。


「ぎぁっ!!」

 撃たれたギヨルパが銃弾の衝撃で、空中へと身を投げ出された。そのまま落下する。


 と思われたが、その姿が猫獣人の青年の姿へと一瞬で変化し、そのまま『空中に膝を突いた』。


「やられましたね。……上手くやれば人数を減らせると思ったのですが」


 ヤッカと全く同じ姿、声をした男が不気味な笑みを浮かべながら、空中に立ち上がった。

「夢男……! シェイプシフター(変身能力者)か……!」

 パーシーが、驚愕すると同時に納得する。ノルベルトが銃のボルトを引きながら言葉を継ぐ。

「それだけじゃない。俺の銃撃の跡も消え去っている。変身すれば負傷も無かったことにできるらしい」

 ノルベルトの言葉にパーシーが目を凝らすと、先程ノルベルトが撃ち抜いた肩口の傷は消えて無くなっており、負傷の跡はどこにも見られない。

「なんて厄介な……!」

 パーシーが眉間に皺を寄せる。

「流石に3対1は辛いものがありますねぇ」

 ヤッカの姿をした夢男が、キザな仕草で額に手を寄せる。

「ここは退散とさせてもらいます。皆さん、よい夢を」

 そう言い残し、夢男が踵を返そうとする。

「そうやすやすと」

 パーシーが地面に膝を突いた。

「逃がすわけないでしょう?」


 パーシーが地面に作った『扉』に、ノルベルトが銃弾を放った。


「ぐっ!?」

 全く予期せぬ方向から飛んできた銃弾に、肩を貫かれる。体勢を崩し、再び落下を始めた夢男は、後ろの建物に開いた『扉』の向こうに、パーシーとノルベルトの姿を認めた。

「『扉を作る能力』……」

 夢男の姿が一瞬ブレると、ヤッカの姿のまま、肩の傷が綺麗に消えた。

 猫のように空中で体勢を整えると、地面に四肢をついて着地する。

 パーシーが扉を閉じ、再度扉を開く。ノルベルトがそれに銃口を向ける。

 夢男は銃撃を察知し、咄嗟に飛び退ると、さきほどとは別の角度から飛んできた銃弾が頬を掠める。

 夢男は3人が屋上にいる建物の壁に張り付いた。角度的に屋上から目視できる場所ではない。しかし、向かいの建物に現れた『扉』から銃口が向けられ、夢男は横へと飛び退って銃弾を避けた。

「これまた厄介な『ギフト』ですねぇ。でも、それは言い方を変えれば」

 夢男が壁にバンと手を突く。


「便利な能力ということです」

 夢男がパーシーに姿を変えた。


「!? くそっ!!」

 パーシーが焦り声を上げる。ノルベルトはそのまま次の銃撃に移ろうとする。

 しかしそれよりも早く、夢男がパーシーの『扉作り』で『扉』を開き、その奥へと姿を消してしまった。

「ギヨルパッ!!」

 ノルベルトが大声を上げる。

「分かってる!!」

 ギヨルパが鉄柵を降り、ノルベルトへと駆け寄る。そのままノルベルトの背中におぶさるような形で肩へと乗る。

 ギヨルパが神経を研ぎ澄ます。


 すると、映像とも違う、音とも違う、強いて言えば『気配』としか言いようの無いもの、しかし、『夢男が、向かいの建物の裏の、更に裏、2ブロック先の運河沿いの細い道を、急ぎ駆け抜ける』様子まで、ギヨルパはありありと感じ取ることができた。


「変な服野郎はまだすぐ近くにいるよ! ……こっち!」

 ギヨルパはノルベルトが構えた銃を上から優しく掴むと、人差し指を立てて、まるで照準を合わせるかのようにその銃身を動かしていく。

「……ここ。……いつもどおり、3つ数えるよ」

 ギヨルパが指差したのは向かいの建物の、さらにその隣のビルの『壁』だった。レンガが厚く積まれた重厚な造りの建物だ。

「…………」

 その建物の壁に射線を切られ、夢男を狙撃するには明らかに無理のある場所だが、ノルベルトはそれに構うこと無く、淡々と引き鉄に指を掛けた。


「3……」

 ギヨルパがカウントダウンを始めた。普段のギヨルパとは別人のように神経を研ぎ澄ませ、タイミングを図る。


「2……」

 キリキリとした緊張感が辺りを包む。パーシーが冷や汗を流しながら、拳に力を込める。


「1……」

 ノルベルトが絞るように指に力を込めた。



「今っ!!」

 大きな銃声が炸裂した。



 ノルベルトの銃弾は『レンガの壁を突き抜け、建物内部の障害物も突き抜け、更にその裏の建物も、空気抵抗も、重力も、全てを無視して真っ直ぐに飛び』、夢男を貫通した。



「ぐぁっ!?」

 パーシーの姿のままだった夢男は、その衝撃に吹き飛ばされ、地面を転がり運河へと落ちた。



「っ! ダメ!! 当たったけど、運河に落ちちゃった!!」

「! まずいっ!! ギヨルパ、場所は!?」

 パーシーが慌てて叫ぶと、ギヨルパが焦ったように大声で叫び返した。

「2ブロック先の運河沿いの小道!!」

「良し!! そこなら『見たことがある』!! 『扉』を繋ぐ!!」

 パーシーは屋上へと出るための建物の扉の横に『扉』を作ると、急ぎ開いた。

 ノルベルトは背中にギヨルパを乗せたまま、その扉を走り、くぐり抜ける。


 扉の先は運河に面した細い裏通りだった。周りは倉庫街になっており、荷物の搬入出のために、転落防止用の柵が設けられていない道だ。運河に向かって点々と血痕が残され、道の縁際で擦られたような跡を引いている。

 ノルベルトはその道の際に立ち、水面を覗き込んだ。

 そこには何かが落ちた後のような同心円状のさざ波が立ち、ガス燈の反射とその影が、オレンジと黒の縞模様を描いている。

 少し遅れてパーシーが駆け寄り「夢男は?」と声をかけた。ノルベルトは油断なく水面に銃を向けながら答える。

「明らかに運河に落ちた跡がある。姿は見えない」

「二人共、ごめん! 『スーパーくんくん大追跡』は水の中まで追っかけられないのに、ここまで考えてなかった……」

「誰のせいでもない。咄嗟にそこまで判断しろという方が酷だよ」

 しゅんとうなだれるギヨルパを、パーシーが気遣う。

 その間もノルベルトは油断なく周りを見渡すが、一向に夢男の姿は現れない。ノルベルトが銃を下ろした。

「……浮かんでこない」

「死んでしまって、運河の底に沈んでいることは……」

「大抵の場合、死体は浮き上がるからそれは無いだろう。それに、奴があれで死ぬとは到底思えない」

「だよね……」

 ノルベルトの言葉にパーシーが悩ましげに眉を寄せる。

「ターニャ姐にもこのことを伝えよう」

 パーシーは手近な壁に手を添えると『扉』を作り、ガチャッと開いた。

 開いた『扉』の奥から、ターニャ姐と呼ばれた女が、ボブカットの髪を揺らしながらひょこっと顔を出した。

「パーシーか、どうした? 突然『糸』が切れたようだが、『扉』をくぐったか?」

「うんそう。ごめんターニャ姐、こっちは失敗した。そっちはどう?」

「こちらは依然動きなし。ずっと酒宴を続けている。今日はもう動くことは無いと思う」

「こっちへ来てくれる? 一旦相談しよう」

 パーシーがそういうと、女は『扉』をくぐり抜け、後ろ手に『扉』を閉めた。パーシーの『扉』が消える。

「『本』を渡すよう交渉したんだけど、やっぱりというか、想定通り決裂した。その後夢男が逃げたので、ノルベルトさんの『無減衰弾』で狙撃したんだけど、運河に落ちちゃった」

「そうか。そいつの死体は?」

「上がってこない。多分逃げられた」

「ふむ……お前たち3人から逃げ延びるとは、相当のやり手のようだ。相手は『ギフト』持ちか?」

「うん。夢男はシェイプシフターだ。誰にでも好きなように変身できるらしい。しかも変身を利用して、負傷も無かったことにできる。おまけに変身した人間の『ギフト』まで使える。恐ろしいほどに万能で優秀な『ギフト』だ。さっきも僕の姿に変身されて、『扉作り』で逃げられた」

「……話に聞くだけでも恐ろしい能力だ。見破る方法は?」

「見た目や声だけじゃ判断できない。……でも、方法はある。さっきギヨルパに変身されちゃったんだけど、ノルベルトさんが咄嗟の機転で本物のギヨルパでしか答えられない質問をしたんだ。それで偽物を見破ることができた。どうやら記憶の共有まではしないようだ」

「なるほど。ではわれわれの誰かに変身されたとしても、予めサインを決めておけば見破ることは可能だな」

「そのとおりだよターニャ姐。……ノルベルトさん、本当にありがとう。あの機転が無かったら、特務機関の存亡の危機にすらなり得た」

 感謝を告げるパーシーに、「たまたまだ」とノルベルトが短く返答する。

「タチヤーナ。お前の『糸』で、運河の下を探れるか?」

 ノルベルトが女に話しかけた。ノルベルトからタチヤーナと呼ばれた女は「やってみよう」と短く返答し、両腕を開いた。


 すると、タチヤーナの両手のひらから何本もの白い糸が現れ、その先端が運河の水面下へと伸びていく。


 タチヤーナは何かを感じ取ろうとするかのように、固く目を閉ざしたまま、その顔を空へと仰ぐ。

「……どう?」

 しばし時が過ぎてから、パーシーが声を掛けた。手のひらから伸びた糸が水面下から戻り、タチヤーナは仰いでいた顔を正面に戻す。

「何者もいない。運河の底は泥とゴミ屑だけしか無いようだ」

「そう……」

 パーシーは大きくため息をついた。

「完全に任務失敗だね。シャロン邸に引き続き、二度目か……」

「……これからどうする?」

 ノルベルトが声をかけた。パーシーは頭痛を押さえるかのように手のひらで額を押さえる。

「……一旦ここは引き上げるしかないね。シャロン邸といい、今夜といい、相手が予想外に強い。これまでとは違って、一筋縄じゃいかないようだ。まずは機関長に報告して、今後の対策を練ろう」

 それを聞いて、タチヤーナが口を開いた。

「私は引き続きシャロン嬢を追跡する。私の場所はギヨルパの『鼻』で追ってくれ。ギヨルパ、これを……」

 そう言ってタチヤーナは自分のハンカチをギヨルパに渡した。

「遠く離れてしまうと、追跡が難しくなるんだったな?」

 タチヤーナがギヨルパに確認すると、ギヨルパは「うん」と返事した。

「あんまり遠く離れちゃうと気配がぼんやりしちゃって、どの方角にいるか、くらいしか分かんなくなっちゃう。あと水の中もダメだからね。水の外へ出てきてくれれば、また追えるようになるけど……それだけ気をつけて、ターちゃん」

「『ターちゃん』はやめてくれ。ちなみに今、夢男の気配は?」

「無い。ずっと水の中に潜ってるんだと思う……」

 ギヨルパの返答を聞いて、パーシーが思案げな顔をする。

「水中にずっといられる『ギフト』持ちに変身したか、魚にでも変身したか……」

「どちらでもいいだろう。……ずっと水中に潜むわけでもあるまい。いずれ陸には上がる」

 ノルベルトが言い、パーシーが頷いた。

「その時はギヨルパの『鼻』で分かるだろう。夢男の気配がまた現れたら教えて」

 パーシーがギヨルパに声をかけると「うん勿論。任せて!」と声を上げた。

「ターニャ姐があまりに遠く離れるようだったら、その前に僕の『扉』で確認しに行くね。『僕が行ったことも、見たことも無い場所だと、扉を直接繋げることはできない』けど、とりあえず近くに寄れば、ギヨルパの『鼻』でターニャ姐の位置は確認できると思う。ターニャ姐は何も気にせず、シャロン嬢の居場所の把握に集中して欲しい」

「心得た。よろしく頼む」

 タチヤーナが答えた。

「今さしあたって直面している危機は」

 とタチヤーナが言葉を続けた。

「機関長の胃に穴を空けやしないかどうか、だな」

「……その任務も多分、失敗しちゃうなぁ」

 苦笑ではあったが、久しぶりにパーシーの顔に笑みが浮かんだ。


【作者Twitter】https://twitter.com/hiro_utamaru2

【質問箱】https://peing.net/ja/hiro_utamaru2?event=0


評価・感想は小説家になろうにアカウント登録するとできるようになります。

作者の励みになりますので、よろしければ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ