新たな光、新たな影
倉庫に警察が到着して、マティアス一味は無事お縄となった。
人数が多かったため、更に増援を呼んで、一味の人間全てを逮捕したときにはもう真夜中になっていた。
「ご協力頂き感謝申し上げる」
ごま塩頭の年齢を感じさせる刑事が、アレン達に向けて謝意を述べた。
「今まで我々警察はなかなか尻尾を見せないマティアスやボードリヤールたちに手を焼いていたわけですが、まさかこうやって一網打尽に出来る日が来るとは」
マティアスとローザはこの場では暴行罪と強盗罪の疑いで現行犯逮捕となった。今後余罪が山程出てくるであろうことを考えると、恐らく一生かかっても牢から出ることは無いか、あるいは……。いずれにせよ、刑務所で暴れ出さないかが気がかりだ。警察が上手く対処してくれることを願う。
一方のボードリヤールも事情聴取という形で警察へ連行されることとなった。
「直接の罪は、今は問えないんですがね」
刑事はそのごま塩を頭を擦り上げながら話す。
「ボードリヤールには反社会勢力への資金供与、及び、過去の市議の殺人事件に関する殺人教唆の疑いということで、マティアスから証言を引き出して、こってりと絞り上げるつもりです。ヴィース市の警察は忙しくなるでしょう。市民の皆さんにも話を聞かせてもらうこともあると思いますので、その際はご協力を」
刑事がそういうと、カルロスが一歩前へ出る。
「……俺たちはどうなる?」
カルロスが刑事に問うた。
カルロス達はエリクとトニオを救出するため、マティアス一味の拠点まで乗り込んだわけだが、その際に一味と乱闘し、何人かを倒している。集団暴行の罪に問われる可能性はある。それはアレン達も同じだ。
ふーむ、と唸って刑事は頭を擦った。
「今回一味に捕まったエリク氏とトニオくんの救出のため、やむなく一味と対峙せざるを得なくなった……というところで情状酌量で相殺って判断にはなりそうですが、いま一歩何かあると検察も説得しやすいですなぁ」
そこまで言うと刑事はカロルに目を向けた。
「シャロンさん、今回、酒場客達がエリク氏とトニオくんの救出のため、急遽こちらの倉庫まで駆けつけて、『倉庫の前で抗議を行っている途中、激昂した一味の者が突然襲撃してきたため、やむを得ず自己防衛を強いられた』……それで間違いないですかな?」
と言って、何か物言いたげな目でカロルを見た。
「え? ……あ、あ、はい! そのとおりです! 私が証言します!」
カロルが途中で刑事の『つじつまを合わせろ』という意図を読み取り、それに合わせた。
「うむ、あのシャロン家のご令嬢のお墨付きとあれば、証言の信用も増すでしょう。事情聴取は受けてもらいますが、それ以上のことは無いかと思われます。いやぁ、みなさんが紳士的な行動をしてくれて実に良かった」
そう言って刑事がおどけるように両手を広げた。
「すまない、恩に着る」
「なに。私は何もしてませんよ。シャロンさんと皆さんがそう仰るならそうなんでしょう。少なくとも私はマティアス一味よりあなた方の証言を信じますよ」
カルロスが頭を下げると、刑事はひらひらと手を振った。
「それじゃ、まだちょっと現場見なきゃいけないんで、これで。後で事情聴取だけご協力願いますよ」
そう言って刑事はその場を去った。
「……ふう、緊張しました」
そう言ってカロルが一息吐いた。
「シャロンのお嬢さん、迷惑をかけちまってすまないな」
カルロスがそう言って頭を下げると、カロルは慌てて両手を振った。
「いえいえ、私の方こそ助かりました。こうやってマティアス一味を捕まえられたことですし、家財道具も無事に返ってきそうです。……その代わりと言ってはなんですが」
「分かってる。あのエルフの姉ちゃんのことだろ」
ヤッカが答えた。
「誰も何も言わねぇよ。あのエルフの姉ちゃんが活躍してくれなかったら、今頃こうやって皆無事で過ごせてないからな。口裏合わせて、『エルフなんて知らない、見てない、聞いたこともない』ってことにしておくよ」
「そういうことだ」
ヤッカが言うと、カルロスが同意した。他の者もうんうんと頷く。
「皆さん、ありがとうございます」
今ククはこの場にいない。警察がククの存在を掴んでいるかどうか分からないが、万が一のことを考え、ククには姿を隠してもらっている。人相はマティアス一味から聞き及ぶかもしれないが、口頭での人相書きだけなら上手くかわすことが出来るだろう。この町から出てしまえば、恐らく容易には捕まるまい。
ちなみにダントンもこの場にはいない。ダントンは足の骨折ということで、病院に直行となった。
「本当にいいのか……? あのエルフも一味の仲間なんだが……」
アレンが首を捻りながら、これで良かったのかと悩む。アレンはククの境遇を知らないため、一味を裏切ったマティアスの仲間としか認識していない。アレンの中ではククは未だに犯罪者のままである。
「まぁまぁ、アレン。まぁまぁまぁまぁ。まぁまぁまぁまぁまぁ……」
「分かった! 分かったから!」
カロルがまーまー言いながらアレンの顔を近くから覗き込んでくる。この頑固なカロルのこと、アレンが反対したとしても主張を曲げることは無いだろう。なんなら『ギフト』で強硬手段に出るかも知れない。
アレンは嘆息しながら、ククを見逃すことを承知した。
それから2日ほど経って、事情聴取も終わったアレンとカロルは、カルロスの店を訪ねた。
「お? 嬢ちゃん達じゃねぇか!」
ダントンがアレン達に手を振る。足には固定器具を付けて、そばには杖もある。
「こんにちは、ダントンさん。その後、調子は如何ですか?」
「おう! この通りピンピンしてるぜ!」
カロルが問うと、ダントンがピシャリと膝を打った。
「ピンピンしてるのか……? 足、痛そうなんだが」
「そんな細けぇこと気にしてんじゃねぇよ坊主! そんな肝の小さいようじゃ嬢ちゃんも愛想つかしちまうぜ!?」
「いや、そんなことは……」
ダントンがアレンを冷やかすと、カロルが曖昧な笑みを浮かべ否定する。そうして辺りをきょろきょろと見渡す。
「他の皆さんはいらっしゃらないんですね」
「他の連中はこの時間は仕事よ。ヤッカもブルデューもエリクもな。俺だけ仕事出れねぇからここでのんびりだらだら過ごしてるわけ」
「暇だからって入り浸られてもこっちは困るんだがな」
カルロスが店の奥から顔を出した。
「シャロンのお嬢さんにゴードンさん」
「こんにちは、カルロスさん。この前はお世話になりました。ダントンさんも」
カロルがそう言うと、ダントンは照れたように「へへっ」と鼻の下を擦った。
「気にしないでくれ。むしろお嬢さんのおかげで俺たちもお咎めなしになりそうだ。まことに感謝する。ありがとう」
「本当に気にしないでください。私もアレンもおかげで助かりましたから、おあいこです」
そう言ってカロルが微笑む。その時、店の奥からまた一人飛び出してくるものがいた。
「あっ、お姉ちゃんじゃないか!」
「トニオ!」
トニオがカロル達の前まで駆け寄ってきた。
「姉ちゃん、シャロン家のご令嬢だったんだね。貴族だとは思ってたけど、まさかシャロン家の人だなんて……」
「そういえば名乗ってませんでしたね。私、カロル・エレオノール・ド・ラ・シャロンと言います。覚えてくださいね」
「カロル姉ちゃんね。覚えておくよ」
というとトニオは子供らしい笑顔を浮かべた。
「こらトニオ。シャロン家のお嬢さんを気安い感じで呼ぶな。地位のあるお人なんだから」
「あ、いえ、別に私はただの娘ですので。普通に呼んでいただければむしろ嬉しいくらいで」
「いいじゃねぇかよカルロス! 嬢ちゃんもこう言ってるんだからよぉ!」
カルロスがトニオをたしなめるが、カロルとダントンがそれを否定する。
「それより……トニオはなんでここに居るんだ?」
アレンが疑問を口にすると、トニオがもじもじとする。カルロスが答えた。
「こいつをうちの養子にすることにした」
そう言ってトニオの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「やめてくれよ、カルロスさん……」
「わぁ! カルロスさんの子供になったんですか、トニオ!」
カロルが感激するように言うと、トニオが「まぁね」と答える。
「この前の事で散々懲りてね。前々からカルロスさんが養子に来いって誘ってくれてたから……さ」
「こいつは賢いが、まだ若い。いくらでも可能性がある。またあんな危険なことに巻き込まれて、それを潰すのは勿体ねぇ」
カルロスが答える。
「俺にはこいつと同い年くらいの娘がいるからな。遊び相手としてもちょうどいいだろ」
「ア、アリスはまぁ……」
そう言って、トニオは顔を赤らめながら口ごもる。
「まぁまぁ、トニオ。 まぁまぁまぁまぁ。まぁまぁまぁまぁまぁ――」
「ちょっと! 何でそんなに近づいてくるんだよカロル姉ちゃん!」
「アリスちゃん? ……ふーん」
「なにその顔! からかわないでよ!」
カロルがニヤニヤとトニオを見つめると、トニオが照れ隠しにカロルに怒鳴った。
「嬢ちゃん達はこの後どうすんだ? 事情聴取も大体終わったんだろ?」
ダントンが思いついたように質問する。
「そうですねぇ……」
とカロルが思案する。
マティアスたちから取り返した品を検めて見たが、結局『鍵』らしきものは見当たらなかった。目的自体に関しては徒労に終わった形だ。
ちなみに、シャロン邸にあった品々は持っていても仕方がないということで、そのまま処分することになった。鑑定結果が出ないことにはお金には変えられないということで、それらを担保として銀行からの信用借りという形でお金を手に入れた。元々潤沢にあった旅の資金だが、この結果更に増えた。当面はお金に困らなさそうである。
「目当てのものは無かったので、また旅に出ようとは思いますが。ちなみに……」
と言って、カロルは『鍵』の特徴を伝え、そのようなものを見たことが有るかを聞いてみた。しかし、残念なことに三人とも知らなかった。
「力になってやれなくてすまないな、シャロンのお嬢さん」
「いえ、そんな。またアレンと一から出発します。明日出立するつもりですので、今日はそのご挨拶でこちらに伺ったのです」
カロルが微笑みながら言うと、ダントンが慌てた。
「おいおい、明日だって!? こりゃまた急な……おい、カルロス!」
ダントンがカルロスに話を振ると、カルロスが頷いて、アレン達に話した。
「目障りなマティアスたちをぶっ潰せたということで、祝勝会を開くつもりだったんだ。シャロンさん達にも来てもらうつもりだったんだが、明日出発するってんなら、今夜やっちまおう……トニオ」
「分かってるって! みんなに声かけてくるよ」
「え、え、いいんですか?」
「なにを水くせぇことを! どーんと構えてぱーっと飲みゃいいんだよ!!」
「ありがとうございます! それではお言葉に甘えて!」
そういうと、ワクワクした顔でカロルがアレンの方を向く。多分こういう酒場でのお祝いが初めてだからテンション上がってるんだろうなぁ。アレンは苦笑する。
「ありがとうカルロスさん。参加させてもらうよ」
その日の夜の祝勝会は盛大に行われた。
昼には居なかったエリク、ヤッカ、ブルデューを加え、飲めや歌えの大騒ぎだった。
祝勝会にはカルロスの奥さんと娘さんもやってきた。奥さんはおっとりした優しそうな人だった。アレンはなんとなくカルロスには似合いの奥さんだなと思った。
「あら! あなたがアリスちゃんですか?」
「そうだよ。お姉ちゃんは?」
「私はカロルと言います。気軽にカロルお姉ちゃん、と呼んでくださいね!」
カロルはお酒が入って大分テンションが高く……あ、いや、割といつもどおりかな、思い返して見れば。
「アリスちゃん、トニオくんのことが好き?」
「え? うん、まぁ好きだけど……」
アリスがカロルに若干引き気味になりながら答えた。
「あらあら、トニオ。あらあらまぁまぁ。あらあらまぁまぁまぁ……」
「姉ちゃん、昼からウザいよ! アリスが何だって言うのさ!」
「アリス? ……ふーん」
「だから何、その顔!? すごいムカつくんだけど!!」
あの『好き』は多分、カロルの考えてるような意味合いじゃない気がするが……。仕方ない、助けに入るか。そのうちテンションが上がりすぎて『ギフト』でトニオを弄びかねん。
「カロル、トニオをいじめるのはそこまでにしてやれ。あとその流れ、気に入ってんのか?」
「若干」
カロルが酒の入った赤い顔で頷く。
「アレン兄ちゃん、助けてくれよ! もうずーっと俺のことこうやっていじってくるんだよ!」
「ああ、もう連れてくから。トニオはアリスちゃんと好きなだけイチャイチャしててくれ。さぁいくぞカロル」
「ああん! もうちょっと、もうちょっとだけ……」
「アレン兄ちゃんまで!! もうこっち来んな!」
からかい足りなそうなカロルの肩を押して、トニオたちから離れる。トニオはお怒りのご様子だ。アリスちゃんは、ぽかんと所在無さげに立ちすくんでいた。まぁ酔っ払いの大人に絡まれてもどうしたらいいか分からんだろう。
そうこうしていると、エリクとヤッカ、ブルデューが近づいてきた。
「ゴードンさん、それにシャロンさん。明日旅立つんですって?」
とヤッカが問いかけた。
「うん、そうなんだ。皆とも今日でお別れだ」
「短い間ではありましたが、寂しくなりますねぇ……」
ブルデューがしみじみと言った。エリクが二人の前に出る。
「ゴードンさん、それにシャロンのお嬢さん。本当にありがとうな。あんたらがいたおかげで、俺たちの街を取り戻せたよ」
「いえ、そんな……私達は自分の目的のために動いたまでで」
「それでも、シャロンさん達が居たから、俺たちもようやく動くことが出来たんだ。本当にありがとう!」
そういってエリクがカロルとアレンに握手した。
「この街に戻ることがあったら、声かけてくれよ」
「俺も俺も!」
「私もです。お二人共、本当にありがとうございました」
エリク、ヤッカ、ブルデューの言葉に、アレンとカロルは破顔した。
「おいおい、この男前のことも忘れないでくれよ!」
とダントンが三人をかき分けて顔を覗かせる。
「いつでも店にも遊びに来いよ」
カルロスも二人に声をかけてくる。
「ええ! この街に帰ってきたら、是非お声がけさせて頂きます。みなさん、本当にありがとうございました」
そう言ってカロルがお辞儀すると、「おうっ!」と皆が歓声を上げた。
そういう風にして、陽気な夜が更けていく。
……………………その様子を、建物の陰から窺っている女が居た。
女はシルバーグレイの髪をボブカットにした、痩身の美女だ。その目は固く閉じられ、長いまつ毛が目元を覆っている。身体にフィットした動きやすそうな服に身を包んでおり、淡雪のような白いスラリとした足が伸びている。ドレスにでも身を包めば、社交場で引っ張りだこになりそうな女だが、今は夜の闇に同化し、じっと酒場の様子を窺っている。
「……対象動きなし」
女が唐突にボソリと呟く。するとどこからともなく声が聞こえる。
『了解。こっちはようやく見つけた。ターニャ姐は動きが無さそうだったら適当に切り上げて』
「こちらの対象は動きそうにない。私もそちらへ加勢するか?」
『いや、そっちはそっちで誰かが見張ってなくちゃ。こちらは僕らでなんとかするよ』
「……了解。何かあればすぐに言え。そちらに行く」
『ありがとう、その時はよろしく』
それきり女と誰かの会話は終わった。
ターニャと呼ばれた女は、酒場を睨みつつ、先よりも深く濃く闇に同化していった――。
――――――――
翌日。アレンとカロルは街を出立し、今は街道沿いを馬に乗って進んでいた。
「ふぅん、そんなことが……」
アレンがカロルの話に相槌を打つ。
「そうなんですよ。だからククも辛かったろうなぁって……」
「うーん、まぁ、そうなのかなぁ……」
「あれ? アレンはそう思いませんか?」
「とにかく第一印象悪かったからなぁ……人をおちょくったような態度とるし、金は盗むし……」
「まぁまぁ、アレン。まぁまぁまぁまぁ。まぁまぁまぁまぁまぁ……」
「気に入りすぎだろ、それ……」
そうやって二人が雑談していると、突然一陣の風が吹き、カロルが銀髪を押さえた。
すると目の前に。
「……クク!」
「……どうも」
二人の目の前にククがふわりと降り立った。カロルが馬から下りてククに近づく。
「今まで何処に行っていたのですか? 昨晩はせっかくの祝勝会だったのに」
「祝勝会ですか? あったことすら知らないですし、警察に追われてる身で、そんなの出席できませんよ」
ククが呆れ顔で突っ込む。
「それで? どうしてここへ?」
アレンも馬から下りて、ククに質問する。ククは少し考えるように目線をさ迷わせたあと、顔を上げた。
「お二人に……特に、シャロンさんに御礼を言いに」
「私ですか?」
カロルが目をパチクリとしていると、ククが頭を下げる。
「助けて頂き、ありがとうございました。私はマティアスに捕まり、何ヶ月も過ごすうちに心が折れてしまっていました。妹のこともあきらめ、敵討ちもできず、このまま人生が終わってしまうのだろうと……。それでもこうやって再び立ち上がり、またこの明るい日差しの下を歩けるようになったのはあなた方のおかげです。……まぁその代わり警察に追われる身にはなってしまいましたが、マティアスに囚われていた日々に比べれば、万倍もマシです」
そう言うとスッキリとした顔で薄い笑みを浮かべた。
「私はまた、ペンダント探しの旅に戻ろうと思います。……何処へ向かえばいいやら分かりませんが、一旦国外にでも出てみようかと」
「そうですか……しばらくお会いできなくなるのは寂しい気がしますね」
カロルが残念そうに微笑んだ。
「ところで、そのペンダントってやつはどういう形してるんだ? 旅の途中、もしそれっぽい物を見つけたら確保しておくが」
「え? いいんですか?」
アレンの申し出にククが瞠目する。
「ああ。その代わり、俺らの探してる物についても旅先で見つけたら確保してほしいんだ。交換条件だと思ってくれ」
「それはいい考えですねアレン!」
「そうですか。分かりました。私の探してるペンダントは――」
とククが話し始めた。
「真鍮みたいな鈍い光沢の丸い形をした物で、真ん中に5本の線が下から上へ、広がるようなデザインをしています」
「……え?」
アレンが驚く。
「それの裏側には緑色の宝石のような物が一面散りばめられていて……どうかしました?」
ククが途中で二人の様子がおかしいことに気づき、不思議な顔をする。
「あ、いえ……クク、そのペンダントってこれくらいの大きさですか?」
と、カロルが手で輪を作って示した。夢男の情報なのでどれほどの信憑性があるかは分からないが……。
「ええ、多分。子供の頃に見たっきりなので正確には分かりませんが、大体その程度だったかと……」
ククが同意する。
「アレン、これって……」
「似てるな……」
カロルとアレンが真剣な顔で頷き合う。
「クク、私達の探しものなんですが――」
「――確かに、似てますね。私の探しているペンダントと……」
アレンとカロルが探している『鍵』の特徴を伝えると、ククも驚き、思案げな表情を浮かべた。
「でもそれはエンブレムであって、ペンダントでは無かったんですよね?」
「話に聞いただけなので、なんとも言えませんが……本の表紙に嵌ってたと言うからには、ペンダントではないと思いますが……」
「なぁ、そのペンダントっていつごろ失くしたものなんだ?」
「えーと……私が41の時だから……あの事件の直後に奪われていたとしたら、16年ほど前ですか」
「「……」」
アレンとカロルは思わず顔を見合わせた。16年前といえば、シャロン氏が友人から『本』を譲り受けた時とほぼ同時期だ。形も特徴を聞く限りだと一致する。
偶然には思われない何かを感じる。
「……クク、少し長くなりますが、聞いて頂けますか? 私達が何故エンブレムを探しているのか、何故このような旅に出ているか――」
カロルはこれまでに起こった全てを話した。父、国王、特務機関、『本』と『鍵』……。
「……そんなことが」
ククは息をのむ。
「ククのペンダントが失くなったかもしれないのが16年前、父が『本』と共に『鍵』を譲り受けたのもちょうどその辺り。そして見た目はほぼ一緒……」
「……でも、ただの偶然かもしれないだろ?」
アレンが冷静な意見を出す。カロルは「そうかもしれません。でも……」と続ける。
「少なくとも、意匠に関してはそれほど見かけるものでも無いですし、二つとも普通ではありえないような力があったことは確かです」
『ギフト』に関しては分からないことも多いが、特段珍しいものでもない。しかし、何かの品物が特殊な力を持っているというのは、他では見たことも聞いたこともない。
そのような不思議な力を持つものが同じ意匠を持つのは……。
「……偶然で片付けるのは、少し性急な感じがしますね」
ククが顎に手を添えて呟いた。
その間にカロルが何事かをアレンに耳打ちした。
「……どうでしょう?」
「うーん……」
アレンは少し悩ましげに眉根を寄せていたが、
「……まぁ、いいんじゃないか?」
とカロルの意見に賛同した。
アレンの答えを聞いて、カロルがククに向かい合う。
「クク、一つ提案なんですが」
「? なんでしょう?」
ククが不思議そうな表情を浮かべる。
「私達と一緒に旅をしませんか?」
「えっ!?」
カロルの思わぬ提案にククは仰天する。
「え……でも何故?」
「なんか先程の話を聞いて……勝手な勘なのですが、お互いの探しものが、あまり無関係な気がしないんです。なので一緒に探してみるのもどうかと思いまして。形も似ていますし、旅の間に得られた情報は、ここにいる三人とも有益になるかと」
カロルがそう言うとククが「なるほど……」と検討し始めた。
「それに……」
とカロルがもじもじしながら言う。
「ククと一緒に旅に出られれば、嬉しいなー、と……」
その言葉にククがぽかんとした顔で驚く。
「私と? 一緒にいるのが? 嬉しい?」
なんで? とククがカロルに問いかけた。
「え、なんかそれほど深く考えた発言じゃないですけど……単純に一人より二人、二人よりも三人、の方が楽しいじゃないですか」
カロルが屈託のない笑顔を返す。
「それに……私達、『ちょっと似た者同士』じゃないですか。……互いの気持ちをわかってくれる人が近くにいるのは……嬉しいことですよ?」
そう言って、カロルがククの顔を覗き込む。ククはカロルの顔を見ているとなんとなく落ち着かなくなって、組んだ自分の指先を見つめた。
お互いの気持ちを分かってくれる人、か……。
そんな人はこの16年間、誰一人として居なかった。ククはいつも一人だった。
一人で生活費を稼いで、一人で妹の面倒を見て、一人でペンダント探しの旅に出て、一人でウォムロを探して。
誰にも助けを求めず、むしろ一人であることを望んでいたフシすらある。
誰の理解も望まず、誰の助けも望まず。
その果てに、人生の暗い空洞へと囚われることになった。
……しかし、今は彼女のおかげで、こうやって日の当たる場所へ出ることができた。
彼女も同じ様に身近な人を亡くし、自分も追われる身になりながらも、父親の遺志を継ぐため、『鍵』とやらを探す旅に出ている。
……眩しいな、とククは思った。
ククは空を仰いだ。陽光が燦燦と降り注ぎ、抜けるような青空が広がっている。
ククはクスリと笑った。
この空は一人で飛ぶには広すぎる。
「……分かりました」
ククはカロルをまっすぐに見据えて言った。
「私も、あなた方と一緒に、旅をさせてください」
カロルは太陽のような笑顔を浮かべて答えた。
「はい……よろこんで!」
――――――――
時間は少しさかのぼり。
祝勝会に湧く酒場の様子を、遠くの建物の屋上から眺めるものが居た。
「……フフ」
夜の風に乗って、酒場の喧騒がここにまで届く。時折、愉快そうな笑い声が喧騒の中から飛び出してくる。
「楽しそうで、実に結構」
その男は立ち上がると、シルクハットを手で軽く押さえる。
「今回は空振りでしたかねぇ。……まぁゆっくり行きましょう」
その男は口元にニタリと笑みを浮かべる。
「見つけた! ノルベルト、パーシー、見つけたよ!」
突然、後ろから声がした。
こんな夜更けの、人気のない建物の屋上には似つかわしくない子供の声が響く。
「……了解。こっちはようやく見つけた。ターニャ姐は動きが無さそうだったら適当に切り上げて」
大人びた少年の声が響く。
「いたでしょ? ほらほら! 私の『ギフト』凄いでしょ! ねぇ褒めて、ノルベルト!」
屈託のない少女が喜色満面に声を上げる。
「……よくやった」
丸メガネの山高帽が無表情で呟く。
「いや、そっちはそっちで誰かが見張ってなくちゃ。こちらは僕らでなんとかするよ……ありがとう、その時はよろしく……すみません、待たせちゃって」
誰かと話をしていたパーシーが、正面を向く。
「へぇ、この人が」
パーシーが値踏みするようにじろじろと眺めた後、言葉を紡ぐ。
「あなたが……夢男さんですね?」
「……おやおや、こんなところで人に会うとは。みなさんも夜風に吹かれてここへ?」
そう言って夢男が三人に振り向いた。
「あいにく、私にはそのような詩人の言葉は持ち合わせていないもので、風情がなくてすみません」
パーシーがそう言い、ノルベルトが長銃を構える。
「あなたが奪った『本』を返していただきましょう」
夢男が口角を吊り上げる。
夜の街に銃声が響いた。
・作者twitter
https://twitter.com/hiro_utamaru2
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